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第四話

 ──昼を少し過ぎた頃、三人は西の離宮前に来ていた。

 アレクサンドラ発案の肝試しの下見である。実のところは肝試しの下見という名目で行う現場検証だが。

 今回、七不思議の舞台でもある離宮前で遺体が発見されたが、アレクサンドラは警備兵の死と七不思議は無関係だと思っている。

 それをあえて王族に確認させて、適当なタイミングで発信させるための現場検証だ。

 幽霊が実在するか否かについては、実際にアレクサンドラ自身が悪魔が存在していることをよく知っているから否定はしない。

 だからといって人を手にかけるような幽霊が王宮内に存在しているとも考え難い。

 王宮とは下手を打てば息をしているだけで恨みを買いかねない場所であるので、そのような存在がいるのならばむしろそちらが噂になっていないとおかしい。

 それに、いつだって人を害するのは人であり、死人よりも生きている人間の方が怖いものだ。

 アレクサンドラは気になることはなんでも自分で確かめたいタイプの人間であったので、どうしても現場を自分の目で見てみたかったという理由は胸の内に隠して、そんなもっともらしい理由を頭の中に並べ立てて己を正当化すると再び辺りの様子へと意識を集中させた。


「あら、なんだか物々しい雰囲気ね」

「当然といえば当然だがな」

「まったく、こんな現場を見たいだなんて本当にアレクサンドラったら面白い人ね」


 三人が訪れた離宮前には念のためなのか、普段は人の寄り付かないひっそりとした場所だというのに今は二人も衛士が立っている。

 アレクサンドラ達はテオバルトを先頭にして衛士らに労いの言葉を掛け、堂々と現場に踏み入った。

 近くまで来た事はあったが、実際にこの場所に訪れるのは初めてなので、アレクサンドラははしたなく見えない程度に辺りに視線を巡らせる。

 木々に囲まれた離宮は木漏れ日の中でひっそりと静まり返り、明かりも人の気配もないからかまるで建物自体が眠っているように見えたが、まことしやかに流れる幽霊の噂と結び付くような陰鬱さは微塵も感じられなかった。


「えーと、何々、西離宮の庭側を向いて……あぁ、大体あの辺だな」


 テオバルトが手にしているのは、アレクサンドラの要請により取り寄せたこの件の報告書の写しである。

 遺体の発見現場の位置を確かめ、きょろりと辺りを見回すが、既に現場は調査された後という事もあっておかしなところは特段見受けられない。報告書にもあったが、争ったような痕跡だって何ひとつない。

 一方フランチェスカはその横で死亡した警備兵の経歴をまとめたものを眺めている。


「ふぅん、四十七歳。まだ四十代だったのね。二十年以上も警備兵として勤めてくれていただなんて。お兄様、私、彼の長年の働きに対してご家族に何かお礼の品とお花を贈りたいわ」

「それなら後で担当部署に声を掛けると良い。花なら王宮内に専門の担当が……」

「あぁ、そうね。担当がいたわね」


 王子と王女がそんな話をしている横で、アレクサンドラはちらと隣に立つ悪魔を見た。

 今、悪魔は衛士の扮装をした上で周りに認識を阻害する魔術を使っているとかで、この場にいる誰一人として悪魔の存在に違和感を抱いていない。

 いつもアレクサンドラの屋敷で使っている手である。

 澄まし顔で堂々と同行している悪魔に、アレクサンドラは悪魔だから人を騙すのが上手なのかしらとしみじみと思ったりなどした。


「ねぇ、アレクサンドラ。ここを見て」

「何かしら」

「この警備兵の経歴。彼の一番最初は西離宮の警護となっているわ。この離宮、結構最近まで使われていたのね」

「本当だわ。彼は警備兵として王宮に登用されてから五年間は、この西離宮の警備を担当しているわね。となるとその歳まではこの離宮は使われていたはず……」


 二十年ほど前まで使われていたという事実にアレクサンドラは素直に驚いた。

 あんな怪談まであるくらいなので、もっと年季の入った建物かと思っていたのだ。

 だが、建物というのは人の出入りがないと傷みが激しいと聞く。今では手入れもされていないというこの離宮が実際より古く見えても不思議はない。

 それによくよく考えてみれば、側妃とは現王の側妃なのだからそんなに古い話であるはずもない。

 七不思議という括りは時間の感覚を狂わせる効果でもあるのかしらと、アレクサンドラは肩を竦める。


「この離宮が閉じられたのは、正確にはいつか知っている?」


 アレクサンドラがフランチェスカに問うが、王女はふるりと首を振って知らないわと答えた。

 だが、代わりにテオバルトがそれなら知っているぞとアレクサンドラに答えた。


「この離宮が閉じられたのは二十年前。私の生まれた頃の話だから覚えている」

「なるほど、本当に側妃様のためだけの建物だったということね。離宮が閉じられたから彼は離宮の警護から外れたのね」

「……最終勤務日に、一番最初に配属された場所を訪れたいと、彼はそう思ったのかしら」


 フランチェスカの言葉に、アレクサンドラもテオバルトもしんみりした気分になって無言で廃離宮を見上げた。

 この場所が二十年前に閉じられたというのは、二十年前に側妃が儚くなったという事を示す。

 そんな場所であっても、一番最初に配属されたというのは、自分の中で記念すべき事であったのだろう。


「あら?」


 そんな離宮の前で、アレクサンドラは風に流されて地面を転がるように移動するものを見つけて目を瞬かせた。

 持ち前の反射神経でそれを拾い上げ、はてと首を傾げる。


「これ、この付近にあったかしら」

「うん? 何の事だ」

「これよ」


 アレクサンドラが拾い上げたのは、一枚の花弁であった。

 形が特徴的な青い花弁は王宮内にも飾られる高貴な花ではあるが、翻せば庭に自然に咲くようなものではない。

 花弁の萎れ具合を見ても、しばらくこの辺りにあったようだ。


「誰かがお花を供えに、という訳では無さそうね……」


 ここにあるのは花弁だけだし、それが風に乗って流れてくるにしても場所として不自然なので、アレクサンドラは他にも花弁が落ちてはいないかと辺りを見回しながら、相変わらず楽しそうにこちらを観察している悪魔へと視線を移した。


「悪……、」


 悪魔と言い掛けたアレクサンドラがさすがに悪魔と呼ぶのはまずいと口を噤んだその一瞬、割り込むようにその場に甲高い女の声が響いた。


「まぁあ! 王子殿下、王女殿下! お目に掛かれるだなんて光栄ですわ!」


 衛士の制止を振り切って早足で出て来たその娘に、テオバルトとフランチェスカが生温かい笑みを浮かべる。これは王族伝統の『面倒くさい奴が来た時の顔』である。


(この娘、明らかに今私を無視したわね)


 自分を知らないのか、知っていて無視したのか、侯爵家のアレクサンドラには目もくれず、テオバルトとフランチェスカに声を掛け仰々しく膝を折る金髪の娘。

 その娘を見て、あまりの不敬と不作法にアレクサンドラは思わず眉を顰めた。

 王族の前に出て、許しも得ずに話し掛けるとは何事か。

 この恥知らずは誰かと視線でこっそりフランチェスカに問えば、彼女は王宮内の生花を担当する家門の者だと耳打ちして教えてくれる。


(まぁ! たかだか中流貴族が、王宮での仕事を生業としているから付け上がったのね)


 フランチェスカから教えられた家門は、勿論だがアレクサンドラの生家であるブランシェス侯爵家には及ぶべくもないものである。

 大体そうであればアレクサンドラが知らない訳もない。


(確かこの手の仕事を請け負う家門は当代の王による指名ではなく、代々受け継がれるものだったはず。だからテオバルトもフランチェスカも気に入らなくても強く言えないってところかしら)


 アレクサンドラは少し考えてから、淑女らしい笑みを浮かべて娘に声を掛けた。


「ご機嫌よう。貴女、生花を扱う家門のご出身なのでしょう。この花をご存知かしら。そちらの家門で取り扱っている?」


 娘は怪訝な表情を隠しもせず、アレクサンドラが差し出した花弁をちらと見て素っ気なく答えた。


「そちらは当家のものではございません。その花についてなら、ダリエ家にお尋ね下さい」


 そう簡潔に答えたきり、娘は完全にアレクサンドラの存在を無視してテオバルトとフランチェスカにどうしてこんな場所にいるのか、お部屋に飾る花は是非当家になど、あれこれと捲し立てて来たので、三人は互いに目配せをして全速力でその場を離脱した。

 その際、アレクサンドラが悪魔に「その娘の足止めをしなさい!」と強く命じたので、幸いにも娘が追ってくることはなかった。

 犠牲となった悪魔には後で何か美味しいものを与える事にしようと決めて、アレクサンドラはここ最近で一番急いで足を動かすことに専念した。

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