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第二話

 アレクサンドラはその日、母と共に王妃に謁見する予定があり王宮を訪れたのだが、何だか辺りの空気がざわついていた。警備の兵もいつもより多い気がする。

 母もすぐにそれを感じ取ったらしく、何があったのかと怪訝な顔をしている。

 二人は王妃を待つ為に一度応接室に通されたが、程なくして慌ただしく王妃付きの侍女がやって来て本日の謁見は中止になったと告げた。


「中止? 何かあったのですか」

「それについてわたくしの口からお話する事は出来ません」

「さようでしたか。王妃様はご無事なのですか?」

「はい。ただ、現状謁見する事は叶いません」

「王妃様がご無事であればそれに勝る事はありません。また日を改めますわ」

「そのようにお伝え致します。王妃様より、お待たせしたお詫びとしてお茶の席を用意するよう言いつかっております。どうぞお掛けになってお待ち下さい」


 侍女はそう言うと部屋の中に数名の使用人を呼び寄せて、あっという間にテーブルにお茶の支度を調えさせた。

 香りからして外国から取り寄せた極上の茶葉だろう。

 アレクサンドラは母と共にソファに座り、素直にお茶を楽しむフリをしながら胸の中でそっと呟いた。


(悪魔。どうせ側にいるのでしょう。どうなっているのか情報を集めて来なさい)


 すると、すぐに頭の中に声が響く。


(悪魔使いが荒いよなぁ。まぁいいや。暇潰しにちょっと行ってくる)


 アレクサンドラが外出する際、悪魔は何かしらの方法で付いてくることが多い。

 それは従者のフリをして紛れていたり、姿を消した状態で漂っていたりと様々だったが、今回は後者だったようだ。

 悪魔の気配が消えたのを感じ、ほうと小さく溜め息を吐くと母が不思議そうな顔でアレクサンドラを見詰めていた。


「どうしました?」

「何でもないわ。お母様。何があったのかと少し不安になっただけよ」

「そうね。クラウディア様の御身に何かあったようではないけれど、このざわつきようは少し気になるわね」


 予定ではクラウディア王妃を交えて和やかに終わるはずだったお茶の時間は、母娘二人が不穏な空気に気まずさを感じるだけの時間となって終わったのだった。

 謁見も出来ないのだから長居をするべきでないとの母の言葉にアレクサンドラも頷き、情報は後ほど悪魔に集めさせたものを確認しようと控えていた侍女に断り部屋を出る。

 侍女の先導で貴族用の通用門へと向かっていると、アレクサンドラは名前を呼ばれてふと足を止めて声のした方へ振り返った。


「あぁ、やっぱりアレクサンドラだわ! ね、お兄様。私の言った通りでしょう」

「本当だ。今日は登城の日だったのか」


 護衛を引き連れてやって来たのはアレクサンドラと同年代の男女であった。

 アレクサンドラと母は相手を確認した瞬間、深々と膝を折って頭を下げる。

 それを少女は手で制してころころと笑う。


「良いのよ。二人とも顔を上げて。本当に久しぶりだわ。前回はいつだったかしら、お兄様」

「半年前にあった私の生誕祝いの式典じゃないか。なぁ、アレクサンドラ……、あー、ブランシェス侯爵令嬢」


 慌てて呼び方を正した青年の言葉に、アレクサンドラは仰る通りでございますと答えてからゆっくりと姿勢を戻した。


「テオバルト王子殿下、フランチェスカ王女殿下にブランシェス侯爵家のアレクサンドラよりご挨拶申し上げます」

「やだ、式典でもないのにそんな畏まらないで!」

「ははは。今日はブランシェス侯爵夫人と一緒だから猫を被ってるんだろう。上手いものだ」


 やって来たのはこの国の王子テオバルトと王女フランチェスカで、この二人とアレクサンドラは王家の定めた『遊び相手』という間柄であった。

 齢十二の頃からアレクサンドラは王城でこの二人の王族と共に学び、共に遊んで、この五年間は本当の兄妹のように一緒に育った。

 もしもテオバルトに友好国の姫君との縁談が持ち込まれなければ、アレクサンドラは彼と結婚する事になっていたのだが、それも今はもう綺麗に流れ去った話だ。

 テオバルトは来春には結婚し、そのタイミングで立太子することになっている。

 偶然の再会を喜びながらもアレクサンドラは臣下としての態度を崩さず、今日はこれで御前を失礼致しますと下がろうとした。

 だが、フランチェスカはがしりと絹の手袋に包まれたアレクサンドラの手首を掴んで可愛らしく笑った。


「久しぶりに会えたのだもの。しばらくこちらに滞在して私の話し相手になってちょうだい。よろしいわね、ブランシェス侯爵夫人」

「しかし、今は……」

「あら、何か用事でも?」

「王女殿下より優先させるべき予定などあろうはずもございませんが、本日は謁見も中止との事ですし」


 戸惑う母、ブランシェス侯爵夫人の様子に、テオバルトが何か思い当たったらしく、あぁと呟く。


「そうか。アレのせいで城内が騒々しいからな。なに、仰々しいだけで大した事ではないのだ。妹ももうすぐ他国に嫁ぐ身で、ブランシェス侯爵令嬢と過ごせる時間も残り少ない。どうか我が儘を聞き入れてやってほしい」


 続いたテオバルトの口添えに、ブランシェス侯爵夫人は少し迷いながらも最後には頷いた。


「──アレクサンドラ。くれぐれも失礼のないように」

「心得ております」


 屋敷に帰る母を見送ったアレクサンドラは、王女達に連れられて、王城東側にある王族の居住エリアへと通された。

 これまで王城に滞在する際は王城西側にある客間が用意されていたので、アレクサンドラ自身ここに踏み入るのは初めてだ。


「王族でない私がここに入る事は不敬に当たらないかしら」


 ぼそりとアレクサンドラが呟けば、それを聞いたフランチェスカがころころと笑った。


「大丈夫よ。だってアレクサンドラだもの」

「どういう理屈なのよ、それ」

「王族よりも王族らしいじゃない?」


 それは態度が大きいだとか、傲慢だとか言いたいのだろうか。

 憮然とした表情のアレクサンドラを左右から挟み、王家の尊き方々は口々に言う。


「確かに、式典の時など他国の使者が一招待客のお前を王族だと思い込む程だものな」

「ねぇ。私の代わりにあちらに嫁ぐのはどう? 婚約は破棄したのでしょう? 侍女が噂してたのを聞いたわ」

「ははは。あの婚約破棄、なかなかに見物であったそうだな。ひとつ再現してみてくれないか」


 アレクサンドラはそれらを途中まで大人しく聞いていたが、滞在する為の部屋に入ってフランチェスカが手のひらを振って人払いしたのを確認すると、一つ深呼吸をしてからカッと目を見開いた。


「二人とも、さっきから聞いていれば言いたい放題じゃない! いくら温厚な私とはいえさすがに怒るわよ!」


 しかし王子も王女も慣れているのか、アレクサンドラの怒気に恐れる様子もなくけらりと笑う。


「温厚? 温厚という意味をもう一度辞書で調べ直すべきだぞ」

「うふふ、アレクサンドラなら苛烈とか猛攻って言葉の方が似合ってると思うわ」


 この二人、アレクサンドラと付き合いが長い上、王族として育てられた事でしっかり胆力もある為、こちらが何を言っても大概の事は軽く受け流してしまう。

 だが、二人との濃すぎる交流があったが故に、幼いアレクサンドラは友人の死という心に負った大きな傷に押し潰されずに生きることができたのだ。

 それを差し引きしたところで、二人がアレクサンドラで遊んでいる事実もまた変わることはない。

 天敵ってこういう相手を言うのかしらとアレクサンドラが内心で毒づいた頃、何でもないような口調でフランチェスカが言った。


「王宮内で死体が見つかったせいで、せっかくの残り少ない自由時間だというのに一人で部屋に押し込められそうだったのよ。アレクサンドラが来てくれて良かったわ」

「何ですって?」

「貴女が来てくれて良かったと言ったの。これで少しは気が晴れるというものよ」

「そこではないわ!」


 死体? 死体ですって?

 アレクサンドラは目を丸くしてフランチェスカとその兄テオバルトを見た。


「今のは事実なの? この王宮内で……死、いえ、遺体が発見されただなんて……」


 確認のため、恐る恐る問い掛ければ、二人の王族はそうだけどと揃ってこっくり頷いた。

 二人ともあまりに平然とした様子なので、かえって現実味がないのが余計に不気味である。


「西の離宮よ」


 フランチェスカの補足にアレクサンドラはひくりと口許を引き攣らせた。

 西の離宮とは、幽霊が出ると噂されているあの廃離宮の事だ。

 そんな場所で、いや王宮内であればどこでだって、死体が見つかれば大騒ぎになるだろう。

 王宮内のざわついた空気の理由を知ってアレクサンドラは愕然とした。

 そんなアレクサンドラの様子に気付いてか、テオバルトが安心しなさいとばかりに胸の高さに手を上げる。


「あぁ、でも心配しなくてもいい」

「は?」

「あれはおそらく他殺ではない」

「では何だというの」

「それは……。いや、長い話ではないが、せっかくだから茶でも飲みながら話そう」


 ちらと先ほど侍女達の手によってテーブルの上に調えられたティーセットに視線を送り、王子はゆったりとソファへと歩き出す。

 王女もそれに続き、一人出遅れたアレクサンドラは二人の背中を見てハッと気付いた。人払いをしてあるからここには自分達しかいない。という事は。


「わ、私にお茶の支度をさせるつもりなの!?」


 自分は侍女ではない。そう主張するための一言だったが、二人の王族はじっと無言でアレクサンドラを見つめ、そうだけどと再び揃ってこっくり頷いた。


「他に誰がいるんだ?」

「そうよね、お兄様」


 やっぱりこの二人は私の天敵だわ!

 そう思いつつもアレクサンドラは臣下の礼を忘れず、侯爵家の娘として十分過ぎるほどの迷いのない優雅な所作で三人分のお茶を淹れるのだった。

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