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第十四話

 王はゆったりと椅子の背もたれに身体を預け、少しだけ考えてから静かな声で話し始めた。


「まずは側妃の件だな。私の迎えた側妃・アイリーンは強く賢い女性であったが、彼女の母は身分が低く王家の中でも後ろ盾がなかった。それ故に身売り同然でこの国に嫁いできた。我が国の内情を探り、報告するのが彼女に与えられた役割だった」

「それは……」

「あぁ。彼女は側妃という名のスパイだった。しかもいつでも切り捨てられるスパイだ。そんなことは最初からわかりきっていたから、離宮をあえてあの位置に建設して彼女をこの国に迎え、密かに監視を続けた。このくらいは君も推測しただろう。だがこれは表向きのこと」

「表向き?」

「そうだ。なにせアイリーンは嫁いだその日に手打ち覚悟で私にすべてを打ち明けていたからな。だから私はそれを逆手にとって、こちらの情報を流すふりをして油断したあちらの情報を根こそぎ吸い上げてやったのだ。離宮の監視も、監視対象はアイリーンではなく彼女に近づこうとする存在だった。王宮の中に紛れ込んだネズミを誘き寄せる餌としては極上だろう?」

「全くですわね。なるほど、確かにあの塔からは離宮の周りの様子も監視が容易い。もし近付くものがあればランプか何かを使って近くの警備兵に合図でも出していたのでしょうか? わたくしはそれが西の塔の幽霊騎士の話の元だと思っているのですが」

「まいったな。その通りだ。でもうまく誘導できただろう? ネズミ退治も実に順調にいったのだよ」


 情報操作を十八番とする目の前の男の、天気の話でもするかのような淡々とした口ぶりに、アレクサンドラは背中に冷たいものが伝うのを感じた。

 多くの王位継承者からただ一人の王太子として選ばれたのは、何も血統と継承順位だけの話ではない。この政治的手腕があったからこそ彼はその頭上に王冠を戴くまでになったのだ。


「アイリーンは自分の立場をよく弁え、正妃ともうまくやっていた。母親の身分が高くなかったせいで国では王族とはいえろくな扱いを受けなかったようでな、表向き監視されていてもこの国の方がむしろ伸び伸び過ごせると笑っているような女性だった。だからこそ、自分が身籠り、その子供を祖国の政治の道具にされる可能性に恐怖を覚えた。まぁ、彼女自身が国に捨て駒にされてこの国に嫁いでいるわけだしな。この国の王女としてならまだしも、そんな祖国に我が子を良いように使われるのは我慢ならないという思いから、子供のことは秘密にしたいというのが彼女の最初の願いだった。正直なところ、時期も悪かったのだ」


 時期が悪かったという言葉には苦々しさが含まれていた。

 その表情を見るに娘を隠すというのが王としても苦渋の選択であったというのは想像に難くない。


「だから、側妃様を軟禁の末の病という事に?」

「あぁ。面会者を限定するにも便利だった。それに彼女の警備兵は優秀な騎士で、安心して離宮を任せられたのだ」

「その警備兵とは……まさか」

「そうだ。あのように亡くなるだなんて思いもしなかったが。こんなことならもっと早くに彼もリリアーヌに会わせてやれば良かった」


 その口ぶりから亡くなった警備兵は側妃・アイリーンを知ってはいたが、その娘のリリアーヌの存在は知らなかったと推測できる。

 ならば余計にあの夜は驚いたことだろう。

 今のリリアーヌは亡くなったアイリーンと同じ年頃だ。きっと背格好もよく似ている。

 心臓に疾患を抱えた彼は遠い昔に亡くなったはずの側妃がそこにいるのを見て、ひどく驚愕したに違いない。


(でもそれが彼の死に繋がったとは、あまり思いたくはないわね……)


 真偽のほどがどうであれ、アイリーンとリリアーヌの存在が警備兵の命を縮めたとは、アレクサンドラは思いたくはなかった。

 それはあまりに悲しすぎる現実だった。


「そういえば君は離宮の中の肖像画を見たか」

「えぇ。側妃様とリリアーヌは瓜二つでした。肖像画といえば、外から見えるように角度を調整されていたように見えましたが……」

「君にはそう見えたか。それは逆だ。アイリーンはあの離宮の庭を気に入っていたから、ああして庭が見えるようにしたんだ」

「さようでございましたか。離宮内には百合の花も飾られておりましたね。あれは側妃様……アイリーン様の死を悼んでダリエ家の、リリアーヌの母とされる女性が飾ったものでしょうか」

「半分正解で半分間違いだな。悼む気持ちはもちろんあっただろう。だが、フローラ・ダリエに百合を飾ってほしいと言ったのはアイリーンだ。娘を近くに感じたい、と」


 娘を隠すと決めた時、アイリーンは離れる娘の代わりに娘の名前の由来であるその花を離宮に飾ってほしいとフローラ・ダリエに依頼したという。

 そしてフローラはその依頼に忠実に応えた。

 産後体調が回復せず弱っていくアイリーンが息を引き取るその日まで。

 アレクサンドラは離宮内に飾られた百合の花の本当の意味を知って、胸が締め付けられる思いだった。


「陛下はリリアーヌの処遇をどうなさるおつもりなのですか」


 耐えきれずにアレクサンドラはついにその問いを口にした。

 娘を政治の道具にされたくないというアイリーンの気持ちも理解はできるが、本来ならリリアーヌは王女であり、同業の家門の娘にあのような物言いをされる立場ではない。

 だが、もし彼女を本来の場所に戻すのだとしたら、彼女の背負うものは王族としての義務と責任である。

 今の情勢は彼女が生まれた当時に比べたら安定しているとはいえ、おそらくは何も知らされずに育ってきたであろうリリアーヌはその重責に耐えられるだろうか。

 アレクサンドラの問い掛けに、王はうむとやたら勿体ぶった仕草で答えた。


「君を共犯者に、といったのは、ずばりそこが問題でね」

「どういうことでしょう」

「ブランシェス侯爵令嬢アレクサンドラ。君は私がばら撒いたヒントをもとに私の意図するところを的確に汲み、完璧には至らずともここまで真実に近づいた。これは私にとっても賭けであったのだ。君がここまで辿り着くなら君を共犯者とし、出来なければ今後も一令嬢として扱おうと決めていた」

「……それで、陛下はどのように判断されたのですか」

「期待以上だった。言っただろう。君には共犯者になってもらうと。あぁ、君をテオバルトの伴侶として迎えられないことが実に惜しい。かの国の姫君との婚姻の条件が他に妃を取らぬ事とはな。せめて近くに置いておけるように王家に近しい者との婚約を組んだというのに、自らの役割すら理解出来ぬとはあの愚か者めが……」


 ぼやくように王が口にしたのが自らの元婚約者と婚約破棄についてだと理解し、アレクサンドラは非常に気まずい顔になった。

 この元婚約相手というのが、国内で唯一ブランシェス侯爵家と縁戚になる事が許される王家に縁のある家門の子息であったのだ。

 怒れるアレクサンドラが使える手段とコネクションを利用して、婚約者とその浮気相手の一族丸ごとに及ぶ報復を行ったことは記憶に新しい。

 命まで取るようなものではなかったが、それでも相手の家門の権威は大きく揺らぎ、今ではブランシェス侯爵家どころか社交界での立ち位置すら危ういと聞く。

 アレクサンドラが行った、本人だけでなくその一族すべてを巻き込んだ報復について社交界で『魔女の所業』と言われるのもその苛烈さが原因だった。

 普通の令嬢であれば婚約者の浮気に対して怒りのあまり報復の想像くらいはするかもしれないが、アレクサンドラはきっちりそれを実行してしまったのである。

 しかし、王子と王女の遊び相手を務めるほど王から信頼され、かつ国内有数の大貴族であるブランシェス侯爵家の一人娘・アレクサンドラの婚約相手に求められる条件は王族の婚姻並みに厳しかった。

 お陰でアレクサンドラは新しい婚約も結べないまま今に至っているのだ。

 そもそもアレクサンドラがぼっち生活を送ることになったのも、彼女の後ろにあるものが強大すぎるせいもある。

 もし少しでもアレクサンドラの気に障るような事になったら命が危うい。国内の貴族たちは一様にそう考えたのだろう。

 気の進まない婚約ではあったけれど、今では婚約を破棄するのではなく婚約を継続したまま相手を飼い殺し程度にしておくんだったわとアレクサンドラは多少後悔している。

 けれども王の反応はアレクサンドラの下した判断を否定するものではない。

 むしろアレクサンドラが報復していなかったら、王直々に手を下されて相手の家門はもっと悲惨なことになっていた可能性すらある。

 命あっての物種というやつか。

 やっぱり報復しておいて良かったかもしれない。

 胸を撫で下ろしてアレクサンドラは改めて口を開いた。


「それで、結局陛下はわたくしに何をさせようと仰せですか」

「あぁ、それなんだが。君にひとつ頼みたいことがあるのだよ」


 受けてもらえるだろうか。

 そう王は言ったが、肯定以外の答えが用意されてないであろうことはアレクサンドラも深く理解していたので、笑顔を浮かべてこっくりと首肯を返したのだった。

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