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死せる夫人のスヴニール  作者: 文月黒


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第十三話

 あぁもう!とアレクサンドラは乱暴な仕草で椅子に座り、麻袋の中から取り出した水の瓶からコルクを引っこ抜くと行儀悪く口をつけて煽った。


「噂? え? え? 突然どうした? 意味わかんねぇんだけど。なんかお前に取り憑いたりとかしてる?」

「取り憑かれたりなんかしてないわよ! これはむしろ、踊らされた、だわ」

「踊らされた? 噂に?」

「……王陛下に、よ!」


 中身はワインではなく水なのでまったく酔えないが、それでも人心地つくくらいはできる。

 勢いよく水を飲み、ぷは、と瓶の口から唇を離してアレクサンドラは続けた。


「王宮七不思議ってそれっぽい由来があっても所詮はいわゆる噂話なわけ。でも怪談なんてどこにでもあって、似たり寄ったりでしょう。だから誰もが興味本位で聞きはするけど、噂の真偽を確かめる人はそうそういない。だって噂ってそういうものなんだもの。真実のようで真実でないのが七不思議。七つの独立した余興のための作り話。みんなそう思ってる」

「まぁ、そうだな。それで?」

「都合が良すぎるの」

「何に」

「全てよ。あぁ、噂、そう噂よ。情報操作は陛下の十八番ではないの! 悪魔、離宮が閉じられる二十年前の記録は確認出来て?」

「したけど、二十年とちょい前くらいから側妃が病で離宮から出てこなくなった以外で特に何か問題とか事件なんてなかったけどなぁ。あ、正妃のクラウディアも子供が授からない事に悩んで医者をたくさん呼んでたってのは記録にあったな」

「それこそが答えでしょう」


 答え、と悪魔が首を傾げる。その視線が説明を求めていたので、アレクサンドラは大きな溜め息を吐いてから口を開いた。


「王の不興を買っただなんて、そんな事実がそもそもないの。そんなことあったら記録に残らないわけがない。側妃様が離宮から出て来なくなったのを、誰かがそんな風にさも真実のように言ったのだわ」

「それこそ不敬ってやつじゃん」

「えぇ、不敬極まりないわ。でも噂ってそういうものじゃない。私だって婚約破棄した当初は魔女の末裔だなんて噂がたったのよ。心外だわ」

「そうだよな。お前は魔女の末裔じゃなくて悪魔の友人だもんな」

「やだ、お前私の友人のつもりだったの。悪魔のくせに身の程を弁えなさいよ」

「辛辣ゥ!」


 きゃらきゃらと笑う悪魔は笑いすぎて目尻にたまった涙を指先で拭い、そして不満そうな表情のアレクサンドラの眉間を人差し指で突いた。


「それで、お姫様は何がそんなに気に入らねぇの」

「お姫様はおよしなさいったら……。気に入らないというか、これ多分陛下が仕組んだ事よ。不敬な噂を放置したまま咎めないのも、昨夜あのタイミングで御自らお出ましになられたのも、そして私をこの塔に導いたのも。噂を使って有るものを無いように、無いものを有るように情報を操作して、陛下は一体何をお望みなのかしら」


 側妃の病というのは妊娠と出産を隠すための方便だろう。

 病という事にしてしまえば公の場に側妃が出てこなくなっても咎めるものはいないし、疑問に思うものもいない。側妃を隠すのにはちょうどいい。

 そしてその内に誰かが、側妃は病で離宮から出てこないのではなく、王の不興を買って離宮に閉じ込められているのだという噂を流した。

 だが、それは王にとって実に都合のよい『噂』であったので、王はその噂を利用して離宮に真実を閉じ込めた。

 だが、ここまで解き明かしても、まだ王の真意が掴めない。

 リリアーヌを隠したいだけならこの塔へアレクサンドラを導く必要はなかった。

 あえて離宮への侵入と探索を許し、この塔へとアレクサンドラを送ったその真意はどこにあるのだろう。


「……こうなったら直接聞いてみるしかないわね。陛下に謁見出来ないかお願いしてみるわ」


 アレクサンドラがそう呟けば、悪魔は口笛を吹いて楽しそうだと目を輝かせた。

 同時に遠くで鐘の音が響いた。正午を知らせる鐘の音である。

 もう正午かとアレクサンドラは驚いたが、外から近付く足音に気付いて慌てて悪魔に姿を隠すように命じ、自分は何もなかったかのように済ました顔で椅子の上で姿勢を正した。


 ***


 塔から出た三人は三者三様の面持ちで地面を踏んだ。

 テオバルトは近年見たことがないレベルの神妙な顔をしており、フランチェスカは古くて狭い部屋が怖かったと泣きじゃくっていた。

 そしてアレクサンドラはといえば、なんといって謁見を申し出るかばかりを考えすぎてどこか不機嫌に見えた。ちなみに悪魔は姿を見えなくしただけで気配は感じるのでどうやら近くにいるらしい。

 そして懸念していた王への謁見は、アレクサンドラが想像していたよりもずっと容易く叶った。

 何故ならアレクサンドラが申し出る前に王の方からアレクサンドラを呼んだからだ。

 自室に戻って良いと許可を与えられたテオバルト達と別れ、アレクサンドラは今朝と同じように遣いに連れられて王の執務室へ入室した。


「やぁ。塔はどうだった」

「大変貴重な体験を致しましたわ、陛下。それにしても塔からの景色は素晴らしいものでした」

「ふむ。何か良いものが見えたか」

「えぇ。陛下のご想像通りかと」


 そんな互いの腹を探り合う会話を少しの間続け、アレクサンドラはにっこりと微笑んだ。


「陛下。陛下はわたくしに何をお望みなのでしょう。ブランシェス侯爵家として離宮の維持費の寄付を? それともダリエ家への援助をお望みでしょうか?」


 離宮とダリエ家。この二つを同列に持ってきたアレクサンドラに、王は満足そうに目を細めた。

 王は執務室の人払いをすると、アレクサンドラに部屋に備えられている応接用のソファをすすめ、自身も向かいに腰を下ろす。


「君はどこまで理解出来た」

「まぁ。やっぱりわたくしをお試しに?」


 すすめられたソファに優雅に座ったアレクサンドラは、わざとらしくちょっとだけ傷ついた顔をして見せてから、よろしゅうございますと頷く。


「えぇ、そうですわね。王宮で昔から語り継がれている七不思議と呼ばれる怪談が近年起こったであろういくつかの事実を隠蔽するために利用されていることと、ダリエ家の娘についてなら少しは理解したつもりですわ。ただ、どうして彼女が隠されるに至ったか、これについてはわたくしでは答えに辿り着くことが出来ませんでした」

「ほう?」


 王の瞳に一瞬だけ剣呑な光が宿ったのをアレクサンドラは見逃さなかった。

 しかしアレクサンドラは笑顔を崩すことなく、むしろ笑みを深めて続けた。


「花を扱う家門の娘、リリアーヌ・ダリエですわ。側妃様のお子であり、あなた様のお子。本来であれば王女として育てられるべきお方。王宮内に流れる噂を操作して陛下はあの娘を隠しておられる。そうでしょう?」

「君はそれを私に話すことで自身の身が危うくなるとは思わなかったのかね」

「まぁ。いやですわ、陛下。そうであるなら陛下はもっとうまくあの娘を隠すでしょう。あれではわたくしに見つけろと言わんばかりではないですか。塔のあの部屋をわたくしに割り当てたのも、あの夜わたくし達が離宮に入るのを止めなかったのも、すべて陛下のご采配であるとわたくしは考えております」


 アレクサンドラの言葉に王は一度だけ深く頷いた。

 そして手で執務室の扉を示してアレクサンドラに問うた。


「レディ。出口はあちらだが、まだここに留まるかね」


 その問い掛けにアレクサンドラは淑女らしからぬ無邪気な笑顔を浮かべた。


「まぁ! ここまで知っておいて今さら戻れるとは思っておりませんわ! そうでなければわたくしはわたくしの考えをこのように口にしたりなど致しません」


 そう、今更引き返せるものか。

 これから王の口から語られるのは王家に関わる重要な秘密だ。

 覚悟ならばもう出来ている。

 好奇心は猫をも殺すというが、王宮で過ぎた好奇心がもたらすものを知らぬアレクサンドラではない。それに何よりアレクサンドラは王に仕えるブランシェス侯爵家の娘である。

 王の思惑が絡んでいると悟った時に、アレクサンドラは腹を決めていた。


「なるほど。では、君には予定通り私の共犯者になってもらうこととしよう」

「謹んでお受け致しますわ」

「ははは。頼もしいことだな。さて、どこから話したものか……」


 王はほんの少しだけ言葉を探すように沈黙し、ゆっくりと語り始めた。

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