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第十二話

 リリアーヌ・ダリエ。

 王宮内の花を扱う家門の娘。

 警備兵が肖像画を見るために離宮の庭に向かおうとした時、気配か足音かに気づいてアレクサンドラ達が見た時のようにリリアーヌが囮として取り残されたのだろう。

 その証拠に、肝試しの時もリリアーヌはすぐに逃げようとはせず、辺りの様子を窺うように見回してからその場を後にした。誰に姿を見られたのか確認するよう言われたのかもしれない。もう一人のあの鼻持ちならない傲慢な娘ならそのくらい言いそうなものだ。

 それはさておき、警備兵は離宮の庭に立つ娘の姿にどれだけ驚いた事だろうか。

 月明かりに照らされて銀に見えるショールを被ったその娘の面影に。

 アレクサンドラの脳裏に浮かぶのは離宮で見た肖像画と、ダリエ家の娘。

 その二つを頭の中に浮かべてアレクサンドラは口許に手を添えてゆっくりと口を開く。


「……私はあの肖像画を見たことがあったのではないわ。あの肖像画に描かれた人物によく似た人物を知っていたのよ」


 そう、それこそがリリアーヌ・ダリエだ。

 肖像画に描かれた側妃よりもリリアーヌの眼差しは幾分か柔らかだが、顔つきは生き写しといっても良いほどに非常によく似ている。

 次にアレクサンドラは今は汚れ一つない己の指先を見つめた。

 離宮前で拾った花弁を包んだハンカチに付着していた茶色の汚れ。この正体は土ではなかった。リリアーヌの髪についた花弁を取ろうとして指先が汚れたのも、同じものが付着したからだ。

 アレクサンドラにはその汚れの原因に心当たりがあった。


「戻ったぜ」

「ご苦労。……アレはあったの?」

「あぁ。これだろ。ダリエの家からちょいと拝借してきた」


 短い帰還の言葉と共に再び姿を現した悪魔の手にある小さな包みを見て、アレクサンドラはやっぱり、と眉根を寄せた。

 あの夜、リリアーヌは同業家門の娘に「醜い正体」と言われていた。「病気」とも。そしてリリアーヌは病気ではないと否定はしたが、醜い正体という点については誰にも言わないでほしいと懇願していた。

 それは彼女が何かを隠していたかったということの証左だ。


「……髪粉、ね。しかもこれ、かなりの上級品だわ」


 悪魔から受け取った包みは髪粉と呼ばれる髪を染めるための染料だった。

 この手の染料は平民の手の届く品であれば通常は染料独特の匂いがする。その匂いがここまで薄いのは上級品の証に他ならず、茶色のそれはリリアーヌの髪色ともアレクサンドラのハンカチや指先を汚した色とも一致する。

 彼女が隠したかったものはこれでおおよそ明らかになっただろう。

 アレクサンドラの推測ではリリアーヌは実母と同じく生まれながらに銀色の髪を持ち、それを隠すために髪粉を使い続けていた。だが、それをあの娘に知られてしまった。

 この国では生まれながらの銀髪というのはほとんどいないから、あの娘はリリアーヌが何らかの理由で若くして白髪になったとでも思い込み、その理由を病気だと決めつけたのだろう。

 そもそも髪粉を使い続けているリリアーヌ本人は、なぜ髪を染めなければいけないのか、その本当の理由を知らされているのだろうか。

 なんだか面倒ごとの匂いがしてきたなと思いながら、アレクサンドラは悪魔に報告の続きを促した。


「他には?」

「えーと、お前が気になってた七不思議。いわゆる王宮七不思議が今のかたちになったのは約二十年前。その辺を境に年代によって微妙に内容が違ってるみたいだった」


 増えたり減ったりするっていうやつだな、と悪魔は笑って言葉を続ける。


「ダリエ家についてはお前が睨んだ通り、リリアーヌはダリエ家の娘ではあるが、基本的に外郭にいて王宮内には立ち入らないそうだ」

「どこぞの娘とは大違いね。あら、待って。外郭にいるのなら、何故あの時離宮前に? あの場所は内郭よ」

「内郭にある離宮にいたのは呼び出されて仕方なくってところだろうな。ちなみに王宮内の花の管理って、深夜から明け方にかけて人目につかない時間帯にやるらしいぜ」

「あぁ、その時なら通用門が開くからリリアーヌは内郭に入れるのね。花泥棒も通用門から出入りしていたのかしら」

「多分そうだろうな。ちなみにリリアーヌは幼少期から身体が弱かったとかで表にはほとんど顔を出さず、正式に家門の仕事を手伝い始めた五年ほど前から顔を出すようになったそうだ。ちゃんと個人の身分証も発行されてるから通用門は通過できる。リリアーヌの身分証が発行された頃にダリエ家に娘がいたことを知った王宮勤めの人間も多かったみたいだな」

「姿すら知られず家門の中でのみ生きてきたのは、やっぱりリリアーヌの容姿のせいかしら」

「まぁ、そうじゃなきゃそもそもこんなもの必要ないだろ。それと、リリアーヌの母親は十年ほど前に夫と共に馬車の事故で既に死んでいたが、これもお前の予想通り、あの離宮が使われていた頃に離宮の花を担当していたのがダリエ家で、リリアーヌの母親は側妃にも気に入られていて侍女どころか姉妹みたいに扱ってたんだとさ」

「とすると、廃離宮の幽霊の噂の発端はその母親かもしれないわね」


 廃離宮に飾られていた花はダリエ家が用意したもの。

 ならば、リリアーヌの母親が懇意にしていた側妃の死を悼んで度々離宮を訪れていてもおかしくはない。

 だが、王の不興をかったとされる側妃だ。リリアーヌの母親は表立って動くことはせずに人目を忍び、闇夜に身を隠してあの離宮に通っていた。もしかしたらリリアーヌが被っていたように母親も銀のショールを被っていたかもしれない。

 それを偶然目にした者が廃離宮に銀の髪の女の幽霊が出ると言い始めて噂が広がった。そんなところだろうとアレクサンドラは悪魔に説明した。


「……推測ではリリアーヌは側妃様の産んだ子供で正当なる王家の血統ということになるわね。でもどうしてリリアーヌは隠されなければならなかったの? 時期を考えるとテオバルトよりも先に産まれた王家の子供よ。男であれば一大事だけれどリリアーヌは女だし、側妃の子であれば継承問題にもならないような……。この辺は側妃様の離宮が何故王族の居住エリアがある東側でなく、西側のあの位置に建てられたのか、というところにも関係していそうね」

「あぁ、確かに。東側に離宮作れば良かったのになんであえて西側に作ったんだ?」

「これもあくまで推測だけど、側妃様は監視対象だったのではないかしら」

「監視?」


 突然出てきた物騒な言葉に悪魔が眉をしかめれば、アレクサンドラは視線で窓の外を示した。


「えぇ。見て。ここからだと離宮がとてもよく見える。見えすぎるくらいよ。位置からして、この塔から離宮は見張られていた。七不思議にあった西の塔の幽霊騎士の噂はその辺りが発端だと思うの。七不思議では処刑されたかつての主人を探し求めて騎士が塔を彷徨っているって話だけど、使われていないはずの塔に人影が、だなんていかにも怪談の定番じゃない? そんな噂があれば、生きている人間の気配だって簡単に幽霊騎士のせいにできる」

「それはそうかも。でも側妃の監視って? 他国から嫁いでくるってことは国同士の結びつきを深くするのが目的だろ。友好国なんじゃないのか?」

「友好国同士とはいえ政略的な輿入れだもの。スパイを疑われるなんてよくあることでしょう。ただ、側妃様がそういう微妙な立場で不興を買うようなことをしたら、そっちの方が大問題になっていると思うのだけど……」


 確か、側妃の輿入れの際、今の王は正妃を迎えてはいたがまだ王太子であったはずだ。側妃に礼を尽くしながらも警戒の色は隠せなかっただろう。代替わりが近づけばそこに付け込もうとするものが出るのは世の常だ。

 事実、先王は政治的手腕に優れていたものの、同時にかなりの好色で知られた人物であったから側妃の数も多く、現王即位の際は継承権を持つ人間が多すぎてかなりごたついたと聞く。

 そこまで考えてアレクサンドラはなんとも言えない顔になった。


「……なんだか嫌な可能性に気付いてしまったわ……」

「え、どういう可能性?」

「推測よ? あくまで推測。お母様から聞いたことがあるのだけど先王陛下はかなりの好色で、その、面食いだったらしいのよ。息子の側妃にまで手を出すなんてこと、普通はないけど……でも……外国の美女が息子の嫁にきたら……」


 言い淀むアレクサンドラに、悪魔は合点がいったと手を打ってにやりと笑った。


「なるほど。先代はその頃まだ色んな意味でバリバリの現役だったってわけだな。こっそりお手つきに、なんて噂でも流れたらリリアーヌの父親が誰か、非常に微妙な事になっちまうってことか」

「王太子の子供なのか、王の子供なのか。これはかなりデリケートな問題になるわ。だって生まれた子供の王位継承順位が変わってきてしまうのだもの」


 デリケートどころの話ではない。

 下手をすれば王位継承権をめぐって暗殺や内乱が起きかねない。

 王宮内では複雑な人間関係と利害関係が絡み合っており、何より側妃は外国出身だ。

 出生当時にリリアーヌの存在が明らかになっていれば現王の即位は三年くらい延期になっていたかもしれない。


「ふむふむ確かにな。それならいっそ子供が生まれたこと自体を隠してなかったことにすれば、少なくとも表立った問題は起こらない」

「普通そういう子供は貴族に養子に出されたり修道院で密かに育てられるはずだけど、王宮仕えのダリエ家が引き取ったというのも不思議な話よね。あまりに近くだとリスクも高そうなのに。現にリリアーヌは側妃様にそっくりなのよ」

「灯台下暗しってやつじゃん? 離宮勤めの人間は限られるし、ダリエ家は外郭にある。王宮に出入りする人間でも側妃の顔とリリアーヌの顔を両方知ってる奴はそうそういないだろ」

「なら、そのために大回廊から肖像画が外された可能性が高いわね。王宮勤めの使用人って結構入れ替わりが激しいのよ」

「じゃあ側妃の顔まで知ってるような人間はもうほとんど残ってないんじゃね?」

「おそらくはね。だからこそリリアーヌは外に出られるようになった。それに人って、特に貴族というのは人を外見で判断することが多いの。まさか王族が出入り商人の家の娘として花の管理をしているとは夢にも思わないでしょう」


 王宮内のあちこちにあるダリエ家の飾る花を、王はどのような気持ちで見ていたのだろう。

 深夜の離宮を訪れた王の顔を思い出したアレクサンドラは、そこではてと首を傾げた。


「……不興?」


 あの時王陛下が浮かべていたのはそんな表情だったかしら。

 むしろあれは……。


「あっ!」


 そしてアレクサンドラは座っていた椅子から勢いよく立ち上がり、窓にへばりついた。

 窓からは離宮がよく見える。

 そう、先程アレクサンドラが自分で口にした通りこの部屋の窓の位置は離宮を見張るにピッタリだ。

 だが、他の部屋は?

 この塔はいわば牢だ。脱走防止の為に各階の窓の位置は絶妙にずらされている。

 つまり最上階で離宮が見える窓は、アレクサンドラのいるこの部屋の窓だけだ。

 今回、王の指示で事前にこの塔のどの部屋に誰が入るか決められていた。つまり、王がアレクサンドラにこの部屋をあてがっている。


「嘘でしょう……?」


 考えてみれば、この部屋は先王時代から使われなかったにしては小綺麗で備品にも傷みが少ない。

 それに、どうしてあの夜、離宮周りにだけ衛士がいなかったのか。そして何故王はあのタイミングで離宮に来たのか。

 まるで三人が離宮に入ったのを見計らったようなタイミングではなかったか。

 昼間のうちに三人が離宮に出入りしていたことだって、見張りの騎士からすぐに報告されていたに違いないし、三人が夜中に部屋を抜け出したのだって実際にはもっと早くバレていたはず。

 王族が部屋にいなかったとしたら、居住エリアの外だって人手をやって探すはずだろう。それなのに三人が戻った時、居住エリアでは多少の慌ただしさを感じたが、それ以外の場所は静かだった。

 そもそもアレクサンドラがダリエ家を訪れたことだって王は知っていたのではないか。

 考えれば考えるだけアレクサンドラの顔は青褪めていく。


「やだやだやだ! そんな! まさか最初から……!?」

「おい、どうしたんだよ」

「どうしたもこうしたもないわよ。ねぇ悪魔。今回の一連のあれこれを一つにまとめるのに、ものすごく便利なものがあるのだけれど気付いたかしら?」

「んー、七不思議の一つがリリアーヌと側妃の繋がりに関係すんのはわかるけど……一つにまとめるって何?」

「──『噂』よ」


 やられた!とアレクサンドラが両手で顔を覆い何やら唸り始めたので、さすがに悪魔もたじろいた様子だった。

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