第十話
「ブランシェス侯爵令嬢。陛下がお呼びです」
翌朝、アレクサンドラが早起きをして一通りの身支度を済ませた頃に王の使いがやってきた。
まだ朝食も出されていない時間帯だったが、今のアレクサンドラは何も言わずにただ神妙な顔で頷き、使いの後について廊下を歩くことしかできない。
連れて行かれたのは王の執務室で、そこには既にテオバルトとフランチェスカの姿がある。
どこか眠たげなフランチェスカの様子を見るに、叩き起こされてここに連れてこられたのかもしれない。
執務机を挟んで王と対面した三人は、居心地悪そうに何を言われるのかとじっとその時を待った。
王はしばらく三人を立たせたまま何かの書類を読んでいたが、そのうちに書類から目を離さずに口を開いた。
「……さて、昨夜いい歳をした子供達がベッドを抜け出した件だが……、あの離宮はパジャマパーティーの会場には不向きだろう。テオバルトに発言を許す。なぜあの場所にいたのか話しなさい」
指名されテオバルトの肩が小さく跳ねる。
彼は緊張からか乾いた唇を舐めてから歯切れ悪く答えた。
「肝試しを、して、おりました……」
テオバルトの回答に、王は肝試しと呟いて口許でふっと笑い、次はフランチェスカを指名した。
「フランチェスカ。肝試しはどのように行われたのか説明しなさい」
「はい、陛下。まず、昼間のうちに現場の下見を致しました。昼にはあの場所には衛士がおりましたが、私達が夜中にあの場所を訪れた際は誰もおらず、私達は離宮の周りに現れるという幽霊の噂を確かめようと離宮に近づき、そして建物の鍵が開いているのに気が付いて中に入りました」
フランチェスカの説明にふむふむと頷いた王は最後にアレクサンドラに問うた。
「レディ・アレクサンドラ。離宮の感想は?」
「あの場所は儚くなられた側妃様を悼む気持ちで溢れておりました。七不思議などという低俗なゴシップで消費されて良い場所ではございません。わたくし自身、軽率であったと反省しております」
「……よろしい」
そして三人の言葉を聞いた王は、にっこりと微笑んで執務室の隅にあるテーブルを示した。
そこには三つの麻袋が用意してあり、王の護衛騎士がテオバルトから順に一人に一つずつその麻袋を渡して回る。
袋は抱えられる程度でそこまで大きいものではなかったが、中に瓶らしき筒状のものが入っていてアレクサンドラにはそこそこの重量に思えた。
これはなんだろうと困惑する三人に、王はようやく書類から目を離して立ち上がると、背後にある窓から外を指差した。
「王宮内で遺体が発見されるという痛ましい事件が起きたばかりであるにもかかわらず、王族と侯爵令嬢が立場をわきまえずに夜中に部屋を抜け出して周りを心配させたこと、しっかり反省してきなさい」
王の顔と示された窓の外とを交互に見ていたテオバルトが一番最初に言葉の意味を悟って喉の奥で悲鳴を上げた。
次にフランチェスカも兄の様子と窓の外を注視することで言葉の意味を理解し、顔を青褪めさせてよろめいた。
アレクサンドラだけは最後まで王の仕置きがなんなのかいまいち理解出来ず、重い麻袋を抱えるのでやっとであったが、窓の外をよく見て、そこから塔が見えるとようやく仕置きの内容を理解した。
「お前たちには特別に最上階の部屋を一人につき一部屋ずつを用意してある。自分の足で塔をのぼり、そこで正午の鐘がなるまできっちり反省してくるように」
以上だ、と王は話を切り上げ、三人は執務室を追い出される。
正確には塔への護送を担当する騎士達によって連れ出された。
騎士達は三人が荷物となる麻袋を持っているのを見ても誰一人代わりに持とうとはしなかった。
もうお仕置きは始まっているのだ。
王が三人に課したお仕置きとは、『塔にある部屋で正午まで反省すること』であったが、この塔というのが重要で、この西の塔と呼ばれる場所はかつて罪を犯した王族や上位貴族が処刑までの間に幽閉される場所であった。昨夜フランチェスカが行くのを嫌がった場所でもある。
先王の御代から長らくその用途で使われたことはないはずだが、そんな曰くしかない場所に立ち入るだけでも恐ろしいというのに、さらにはその幽閉用の部屋で反省してこいという。
これなら素振り千回の方がまだマシだったなと、歩きながらテオバルトがぼやいた。
「もう、どうして全て私のせいだって言わなかったのよ。そうしたら、少なくともお仕置きは私一人だったかもしれないのに」
アレクサンドラが小声で二人に言えば、テオバルトとフランチェスカは心外だと片眉を上げてアレクサンドラを見た。
「そりゃあ肝試しをしようと言ったのは君だ」
「でもやると決めたのは私達よ」
この二人の遊び相手として城に上がって以来、悪戯も一緒にしたし、説教だって一緒に受けてきた。
どこかで聞いたような言い回しではあったが、三人でやったのだから罰も三人で受けるのだと言うテオバルトとフランチェスカに、アレクサンドラは今まさにお仕置きのために塔に連行されているというのに胸を打たれてジンとしてしまったのだった。