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第一話

 アレクサンドラ・ジェッテ・ブランシェス侯爵令嬢、通称レディ・アレクサンドラは、今日も今日とて暇を持て余し、侯爵家の有する美しく広大な庭園の一角にある、家族しか入る事を許されないプライベートエリアでお茶の時間を楽しんでいた。


「……あのさぁ、もしかして暇なの?」


 その向かいでやや気まずそうな顔をしてアレクサンドラに問うたのは、光に透けると濡れたアメジストのように見える紫がかった黒髪と、満月にも似た鮮やかな金の瞳をした青年だった。

 だがその青年、背中には蝙蝠に似た大きな羽がついており、ゆったりと羽ばたかせながら宙に浮かんでいる。

 そんな一目で人ならざるものであると判る容姿の青年を一瞥し、アレクサンドラはフンと鼻で笑いながら答えた。


「その通りだけれど、それが貴方に何か関係があるのかしら?」


 やさぐれているともとれるその答えに、青年もとい悪魔はヒェと首を竦めた。


 ──ほんの数ヶ月ほど前に自身が巻き込まれた婚約破棄騒動において、黙って引き下がってなるものかと元婚約者とその不義の恋人を一族郎党に至るまでコテンパンにやっつけたまでは良かったのだが、やり過ぎだと言われて社交界でほんのりと孤立してからというもの、アレクサンドラのぼっち生活は未だ継続中であった。

 話し相手と言えば、家族の他には図書室の隠し部屋で見つけた本から出てきたこの悪魔くらいのものである。

 お茶会も夜会も、侯爵家として義務的な必要最低限のものは参加しているが、以前のように私的な招待状が届く事はない。

 由々しき事態である。


 しかも、少し前にひょんな事からアルタウス伯爵子息ユミールが巻き込まれたアルシェ子爵令嬢モニカによる心中偽装事件を解き明かしたが、内容を公にする事が憚られた為、表向きにはアレクサンドラが突然アルタウス伯爵邸に乗り込んだ事になっており、警戒した貴族達にますます距離を取られている有り様だった。


(まぁ、ユミールのところに突然乗り込んだのは事実だし否定はしないけれど、悪魔に証拠品を集めさせたから、どうしてアレを解き明かせたのかだとか、どうやって証拠を集めたかについて、詳細を濁して勢いで押し通してしまったのは明らかに悪手だったわね……)


 婚約破棄云々については半年もすれば落ち着くだろうと見ていたのに、こんな状態では新たな婚約どころか、正常な社交活動が再開できるのはいつになる事やら。

 建前上の交流こそあるものの、社交界でこのような立場になってしまうとは侯爵令嬢であるというのに我ながら情けない。

 アレクサンドラはそんな苦々しい思いを香り高い紅茶で嚥下した。


「あっ、そういえば城の離宮?に幽霊が出るって話聞いたんだけど……」


 知ってる?と問うた悪魔は、どうやらアレクサンドラを思い遣って話を変えようとしてくれているらしい。悪魔の癖にお優しいことだ。

 いつまでも拗ねた態度をとっているのも馬鹿らしいと、アレクサンドラは小さく溜め息を吐いて頷いた。


「離宮……。あぁ、廃離宮の幽霊の話でしょう。私が子供の頃からある怪談だわ」

「へー、そうなんだ?」


 悪魔がきょとんとするのも致し方ない事だ。

 何せこの悪魔、何をやらかしたのかは知らないが随分と長い間本に封印されていたのである。今の悪魔は時事ネタやこの手のゴシップにも疎い。

 アレクサンドラは悪魔の気遣いのおかげかほんの少し気分が上向いたので、知らないならば説明しようと口を開いた。


「廃離宮の幽霊というのは王宮七不思議の一つよ。廃離宮というのはかつて王陛下の側妃がお住まいになっていた離宮なのだけど、その側妃は陛下のご不興を買って半ば軟禁状態になり、そのまま病によって亡くなったと言われているわ。その後、あの離宮の辺りで幽霊が目撃されるようになったっていう……まぁ、よくある噂話ね」

「じゃあ幽霊ってその側妃?」

「さぁ? 知らないわ。確かめた事ないもの」

「ふーん。つーか、王宮七不思議の方が気になるかな。あと六個もそれ系の話あんの?」

「時々増えたり減ったりするわ」

「何それ面白い」


 歴史のある場所や建物なんていうものは、そんな怪談話がつきものだ。アレクサンドラの住む屋敷にだって幽霊だか妖精だかが出るだの何だのという話がある。

 大体、古に剣と魔法によって創られたという伝説がある国なのだから、人外の何かが居たとしても驚きはない。現にこうして目の前に悪魔も実在するのだし。

 アレクサンドラは細い指先で茶菓子を摘みながら、怪談話にきゃっきゃと手を叩いて喜ぶ悪魔を眺めて廃離宮について知っている事を脳裏に思い起こす。


 王宮の西側エリアにひっそりと建つ廃離宮は、かつて他国から嫁いできた貴人の為に建てられた、異国情緒を感じさせる建物である。

 側妃となったその貴人が息を引き取ってからは封印され、幽霊の噂が出てからは更に人が寄り付かず、今や廃棄離宮などと呼ばれて手入れすらされていないという。

 それでも取り壊すだとか、他の人が使うだとかいう話は出ていないのだから、アレクサンドラとしてはそちらの方が余程不思議だ。

 取り壊して建て直すのにコストが掛かるのなら、改装でもしてしまえば良いものを、当時のままそっくり残しているのである。

 まるで、主人の帰還を待つかのように。


「……廃離宮の女主人(マダム)

「ん?」

「幽霊の通称よ。長い銀の髪を揺らめかせた女性が『許して』と泣いているんですって」


 夜な夜な廃離宮に現れては、泣きながら赦しを請う幽霊。

 考えてみれば何とも哀れな存在だ。

 今度花でも手向けてあげようかしらと思いつつ、アレクサンドラは一口サイズのマドレーヌを口に放った。


「あー。王の不興がどうたらって話だもんな。なぁなぁ、他の七不思議は?」

「えぇと確か……元はとある貴族の館にあったという鏡の間の自分の死に様が見える大鏡と、勝手に鳴る悲恋の逸話のある大オルゴール、亡霊が弾くホールのピアノ、今なお囚人を監視するために西の塔を徘徊する幽霊騎士、大庭園を彷徨う貴婦人の霊魂、あとは大回廊の肖像画の目が動くとかそんなのだったと思うわ。全部それっぽい由来があるそうよ」

「ふぅん。怪談ねぇ……」


 悪魔は何か思うところがあるのか、もしゃもしゃとテーブルの上の菓子を食べ進めていたが、ふと食べる手を止めて呟いた。


「何か、西側多くね?」


 そう言われて、アレクサンドラも怪談話の舞台となる場所を、脳内に呼び起こした王宮内の地図に当てはめる。

 確かに王宮の西側に集中している気がしないでもない。


「確かに。でも、東側には王族の生活エリアがあるから、怪談話ひとつでも不敬になってしまうのではないかしら」

「忖度〜」

「大体、そんなのどこにでもあるような根拠のない噂話よ。娯楽の一つだわ」

「肝試しとかしねぇの? 人間は好きだろ、そういうの」

「馬鹿ね。王宮でそんな事が出来るはずがないでしょう」

「それはそう」

「やれるなら私がとっくにやっているわよ」

「あは、やっぱりやりたいんじゃん〜」

「当然じゃない」


 そうして、そんな他愛もない話をしながらアレクサンドラがいつも通りに悪魔と二人きりのお茶会をした、その翌日である。

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