08――不可能な狙撃
学園内。生徒たちは休みではあったが、オトナたちは忙しなく働いている。
私は学長室にいた。
「なるほど……。狙撃用マシナーか」
「私のマシナーの情報では、まず間違いないだろうとのことです。先ほどの音声データの通り、銃器は旧型のものと思われます」
「だが、狙撃地点との間にあるビルは廃ビルなんかではない。人の働いている時間にそんなことが可能なのか? 専用マシナーとはいえ……」
当然、間のビルが撃ちぬかれたという情報はない。銃弾が曲がったとしか思えない軌道だが、そんなことができるのかということだ。
数分、黙り込んだ遠藤学長は口を開く。
「……この学園で勝手をする存在が現れたことは事実だ。リーリエ、次のターゲットはこの狙撃手だ」
『断れ、リーリエ』
『なぜ?』
『無駄死にするだけだからだ』
「遠藤学長、お言葉ですが私が敵う相手ではないかと」
「これは仕事だ。リーリエ、もう一度言うぞ」
狗は、飼い主に牙を剥くこともある。
「……いえ、結構です。承知しました」
学長室の扉を閉める。重い扉の音が廊下に響いた。
『どうすんだリーリエ』
『やるしかないわ。牙を剥くにはまだ早い』
『死んじまうぞ』
「貴方とは短い付き合いになりそうね」
口をついて出た言葉だ。聞く者もいない中、小さく消えた。
家に帰り、まだ明るい時間だがシャワーを浴びる。
無駄に死ぬつもりは無い。マシナーについて調べよう。特に、軍用マシナーだ。
『ケイジ、貴方ずいぶん通信しているようだけど?』
『……俺はお前に死んでほしくない。情報収集だ』
彼が私に何も言わずに動いているのは初めてだ。
問題点は二つ。ビル二つを挟んだ狙撃のからくりと、相手の姿をどうやって捉えるか。
一つ目は想像もつかないので後で考えるとして、二つ目も問題だ。
相手が姿を現すのを待つ他ないが、そうそう情報が洩れるとも考えにくい。
と、なると餌が必要だが相手のバックの意図を読む必要が出てくる。
なぜ、西条先輩と大槻先輩を狙ったのか。
西条先輩は元はと言えば私のターゲットでもあった。つまり遠藤学長以外にも敵がいた可能性はある。
その流れで考えると大槻先輩も何か知っていると見るのが自然なところだが、それは本人に直接聞くことにしよう。
……大槻先輩を餌にするという手もある。彼の命も奪うことが目的であれば、という前提にはなるが、それでも相手と私の接点はそこだけだ。
「……大槻先輩に会いに行くわ」
まだお昼どきだ。時間はある。
東にある大病院へ向かう。蒸し暑いのでバスだが、それでも車内は嫌な湿度で満ちていた。
『リーリエ、何かあると思うか?』
『わからないけど、無かったら私からできることは何もなくなるわ』
『それもそうか』
電動のバスは静かに病院の前に止まった。
C棟の7階、海に面した病室に大槻先輩の部屋はあった。
「こんにちは、大槻先輩」
「ひっ……、な、なんだリーリエか」
大きな体に似合わず、ずいぶんとおびえ切った様子だ。
『この部屋なら狙撃されることもねぇな』
窓は一面、海景色。
マシナーの代わりはまだ用意できていないらしく、右腕があるべき空間には何もない。
「この前は助かった。救急車があと少し遅かったら危険だったといわれた」
「聞きたいことがあって来たのだけれど……、単刀直入に言うわ。先輩、西城先輩から何か預かってない?」
少し驚いた顔。
「なぜ知っている? ……実は俺も知能のマシナーを持っていてな。安定させるために頭にチップが入っているんだが、純が一度だけそれにアクセスさせてくれといったことがある」
意外な事実だ。外見からはわからないのでスイセンも知らなかったのだろう。私の記憶が正しければ西城先輩は頭にマシナーが入っていたはず。これは知れ渡っていた。
「最近の話?」
「あいつが殺される三日前だ。それほど容量はないが、大切なデータなんだと言っていた」
「それは誰かに話したの?」
少し考えこむが、首を振った。
「……話していない。だから驚いたんだ」
順当に考えれば、産業スパイとしてのデータだろう。西城先輩は危険が迫っているのを察していた?
「それを見せてもらえる? 貴方の身の安全のためよ」
「リーリエ……、お前は何者なんだ?」
「それは言えないけど、貴方のことを伝えることはできる」
「……わかった、渡そう。ファイアウォールは外したから好きにしてくれ」
『ケイジ』
ダウンロードする。
『……こいつは、マズいな。覚悟して見ろ』
どういうことだろう。私の視界にテキストデータが広がる。
報告書のようだ。
内容は最新型のマシナーの図面や、人事の情報。などなど。
『……これのどこが?』
『最後の一文だ』
学長は暗殺者を抱えている。友人を人質に、好きに操っている。知りたくなかった。このデータを親友に託す。
「どうして……?」
なぜバレているのか。いや、私の友人は人質に取られてなどいない。脈絡もなく差し込まれたその文言は、どこか現実と不一致だった。
「内容は俺は見ていない。何かあったら誰でもいいから人に渡せと言われていた。だが、死ぬのは……」
窓ガラスが割れる。同時に、グチャッと音。
大槻先輩の頭部は原形をとどめていない。
「嘘でしょ……! どこから?」
『……不可能なはずだ。だが、なにか金属音が聞こえた』
ナースコールを押し、窓枠の下に身体を隠す。これで人が来るはずだ。窓が割れた音で来るだろうけど。
「ケイジ、狙撃手の狙いは? 今回の指示はそいつを消せだったはず」
『わからねぇ。西城を消したのはこれを隠すためか?』
「……また狙撃された。日本ってそんなに銃に緩いのかしら? 警察と遠藤学長を通さないと到底無理よ」
『新しい狗か?』
「否定はしていたけど、私よりも都合のいい存在が手に入ったのかもね。私は用済みってとこかしら」
『報酬をケチってか?』
「ほかに動機は?」
『こういうのは、変に強請るよりもカネで対等になるのが鉄則だ。いつ牙を剥くかわからねぇ狗なんて飼っちゃいられねぇ。それがわからない学長でもないだろうに』
「私が何かヘマをしていたとしたら?」
『制裁か?』
「かもね!」
頭を一瞬出す。だが、やはり海しか見えない。追撃もない様子だ。
周囲がざわめきだす。しばらく待つと、ウォッチャーのサイレンも聞こえた。
「また、貴女がいるのね。リーリエ」
「偶然よ、鬼灯先輩」
「そんなわけない。日本で狙撃事件が起きて二回ともその場に貴女がいるのよ?」
「……私が狙われてるのかも?」
「ただの一学生が?」
「西城先輩も大槻先輩もただの一学生よ」
鬼灯先輩はイラつきを隠さない。
「……私だってこの学園島で何かが起きていることくらいわかるわ。ウォッチャーの目もかいくぐるほどの、大きな何か。そしてリーリエ、貴女はそれに深く関与している」
「鬼灯先輩はなぜウォッチャーを?」
「今は関係ない!」
「答えて」
「……正義感よ。法律には絶対的な正義がある。私は間違っていないと確証が持てるから」
「その法律の届かない正義があるとすれば?」
偉そうなことを言ったものだ。私だってただの狗にすぎないのに。
「そんなものは……ない」
「ウォッチャーは銃も見落としているのにね」
パンッと高い音。じんわりと痛みが広がった。
鬼灯先輩は私を平手打ちした腕を下す。
「……いつか全部話してもらうから」
吐き捨てると、黒い髪をはためかせ去っていった。
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