07――猛暑のショッピング
「あづい~溶けちゃう~~~」
今日は彩と二人でショッピングモールを目指している。彩が最近マシナーを新調したこともありそれに合わせたファッションを、とのことだ。
それにしても。
「暑すぎる……マシナーの熱で汗が……」
重量の問題でHMDにラジエーターは積んでいない。耐熱性はあるので熱暴走とまではいかないが、熱を放っているのには間違いない。
学園島はセミの騒音が響き渡る初夏を迎えていた。
「見てよクーちゃん、私のマシナーから熱気が……」
彩の脚は金属製だ。表面の景色が揺らいで見える。
「……火傷しちゃいそうね」
「はっ! 今の私なら脚でお肉が焼けるかも!」
「油ギトギトになるわよ……」
「うぇ~それは嫌だなぁ」
うだるような暑さの中、冷房の効いたショッピングモールへの最後の壁である長い上り坂だ。思わず立ち止まる。乗っておけばよかった電動バスが静かに登って行った。
「バス代をケチるんじゃなかったわ」
「……」
「彩?」
「…………もういい!」
背中を丸めて歩いていた彩が叫ぶ。
「クーちゃん! 私に乗って!」
「え、えぇ」
姿勢を落とした彩におんぶされる形で乗る。彩が立ち上がると、かなりの視線の高さだ。
「うおおおーーーー!!」
気合の声と共に彩は走り出した。
ヤケになった彩には悪いが、これは快適だ。生暖かい風が、私の汗を乾かしていく。
上り坂の車道のバスを追い越し、あっという間に自動ドアの前に着いた。
「やった! 私はやったんだ! 早く入ろうクーちゃん!」
彩の背中から降りる。すでに自動ドアからは、とても魅力的な冷たい風が漏れ出ていた。
二重の自動ドアを抜けると、熱気にかぶさるように清涼感のある空気が私達を包む。
「ふぅ。ちょっと休憩しましょ。スタバもあるし坂の分奢るから、ね?」
「あ~、私は今生きているんだぁ、涼しい~。……スタバ! 行こうすぐ行こう今すぐにでも」
二人でとびっきり甘くて冷たいものをグランデで頼み、カップを持って席に着く。学園自体が休園となった今、ショッピングモールは混みあっており学内で見た顔もちらほらと。
冷たい飲み物に体温が下がっていくのを感じる。二人でホッとしていると、店の前から大きな声が聞こえた。
「彩さんとクロエさんだ! 元気してる?」
店内の視線が一斉にそちらに向く。当人はそれをつゆほども気にする様子もなく、こちらに早足でくる。当然視線もこちらに向く。勘弁してほしい。
縁のない四角いメガネと、顔の左半分のマシナー。スイセンだ。
「げぇ、スイセン君じゃん。私たちの変な噂とか流してないよね?」
「噂だなんてとんでもない! 僕は自分で調べた真実しか口にしないし、もし噂の時はあくまで噂だとちゃんと付け加えているよ!」
「調べたって……自信満々みたいだけどそれは本当に真実かしら? 驕りじゃないの?」
「これでも危ないこともやってるつもりなんだけどなぁ。例えば、そうだね。クロエさんが気にしてた西条先輩の親友、大槻先輩の現状とか」
故人の周囲を興味本位で嗅ぎまわるとは、このスイセンは思ってた以上にゲス野郎なのかもしれない。
「親友の突然の死に悲しみに暮れる彼は、何者かに狙撃されたみたいだ。それも封鎖された学園内で。学園内のどこでどんな風にかは掴めてないけれど、今は病院にいる」
「……それで?」
「ここからが不思議なところだ。狙撃であれ何であれあの丸太のような右腕のマシナーを破壊されるほどの危険にさらされたのに、大槻先輩は助けを求めるどころか何も話そうとしない。これは僕自身が聞きに行った。日頃の行いもあって、帰ってくれの一言だったけどね」
スイセンは椅子を引き、座る。
「そんな調子だから気になって色々聞きまわったんだ。ウォッチャーの知り合いにも、オトナにもね。驚いたよ、誰に対してもそうらしい。襲撃犯を捕まえた方が安全なのに。誰にも言えないような秘密を握っているか、よっぽど恐ろしい目に合ったかだろうね。僕は、あの目は後者だと思ってる」
『はは~ん、これだなリーリエ。命は取らないが口封じってことだ』
『ただの学生が狙撃されて腕が吹き飛ぶなんて経験したらそうもなるわ。それも親友が狙撃されて死んだ場所で狙われるなんて、次のターゲットになったと考えてもおかしくない』
昨日の今日でここまで掴んでいるとは、正直驚いた。誰にでもこんな風に言いまわしているなら大問題だが、勘というか、嗅覚はホンモノらしい。
「……あなた、学園内で狙撃されたと言ったわね。病院にいるだけでそれの根拠というには弱いんじゃない? 事故や故障かもしれないし、なぜ突然銃が出てくるの? ここは日本よ」
スイセンはあごに手を当て、しばらく考える。
「……まあいいか、言っちゃっても。実は僕、昨日いつも通り噂集めにウロウロしていたんだけど、銃声らしいのを聞いたんだ。その後に学園で騒ぎが起きていて大槻先輩が運ばれるのを見ちゃったからさ」
「へえ……」
私が見られていなかったのは幸運だった。そしてスイセンは重要な情報を握っている。
『ケイジ、記録お願い』
「ちなみになんだけど……どんな銃声だったか憶えてる?」
「難しいなぁ。バズーン? ズズン? 射的部の軽いのとは違う、重い爆発音だったのは間違いない」
大口径で旧世代の装薬で弾を放つタイプ。そこは間違いなさそうだが、現場にいた私の耳にはその音は届いていない。
確かに動揺はしていたが、聞こえれば間違いなく気づくだろう。
では、聞こえないほどの距離、あるいは音を遮る何かの向こう側から撃ったことになる。
「聞こえた場所は?」
スイセンはスマホを取り出し、地図アプリを広げる。マーキングのピンが数えきれないほど立っていた。
「ここだよ。これは間違いない」
その中の一角。予想された発射地点よりもさらに遠い地域だ。
驚くべきことに、学園とその地域との間にはビルが二棟ある。
『下手くそちゃんだなんてとんでもねえな。凄腕ちゃんだ』
『ケイジはこんなことできる?』
『俺は特別にチューンされてるが、そもそも眼のマシナーだぜ? 凄腕ちゃんは狙撃専用にマシナーを積んでるに違いない。リーリエもプロだがコイツはさらに上。超一流のプロだな。もしくは予想もつかない絡め手があるか……。遠藤に相談するこった。この記録も渡すんだろ?』
『ええ、もちろん』
「クロエさんも物好きだね。……それにしても、あまり驚かないんだね。この日本、学園島で違法な銃が扱われてるかもしれないのに」
「信じたとは言っていないわ。貴方の言うことだし」
「その割には詳細を知りたがっているみたいだったけど?」
「……物好きなのよ」
通知。
『暗殺はやめてください。私が代わりますので。大槻は私が撃ちました』
相変わらず、差出人は不明。西城純を撃ったのもこいつだろう。
「僕の話を聞くなんて意外だなぁ」
しばらくスイセンには関わらない方がよさそうだ。この男に正体を知られるわけにはいかない。
「まあ物好きっていうなら続報があれば伝えるよ。聞いてくれる人あっての情報だからね。はい、これ僕のアカウント」
スマホに表示されたコードをマシナーで読み込む。
「あまりうるさいとブロックするからね」
「ハハッ、ほどほどにしておくよ。じゃあ、僕はいくから」
「忙しんだねぇ~。何か約束?」
彩は私たちが話している間、暇そうにスマホを触っていた。
「あの西城先輩が亡くなったんだ。せめて詳細を知りたいという人は数えきれないほどいるんだよ。じゃ!」
スイセンは早足で去っていった。
「ひとのこと嗅ぎまわって広めるなんてすっごく悪趣味だよね~」
「……正直、近づきたい相手ではないわ。私たちの噂も平気で広めてそうだし」
「ね~。さ、買い物行こ買い物! 涼んだし!」
「たくさん買っちゃったね!」
「私もいい加減夏物が必要だったし、ちょうどよかったわ」
彩はスカートをたくさん買っていた。マシナーが干渉するのでスパッツにスカートが彼女のスタイルだ。
ショッピングモールから出ると、日が傾きヒグラシがカナカナと鳴いている。いよいよ夏を感じさせた。
「帰りはもちろんバスね」
「当然だよ! もうあんな思いはしたくないからね……」
それなりに遅い時間とはいえ、まだ蒸し暑さはあった。
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