06――待ち合わせ2
珍しく二人だけで帰路につこうとしていた時のことだそうだ。西城純にメールが届く。
呼び出しの連絡だったそうだ。彼にとってはそれも珍しい話ではない。ほぼ毎週、呼び出され思いを伝えられていたと。
大体は、女の子一人とそれを応援する取り巻きが待ち構えている。思いを受け止められないのもそれなりに辛かったそうだ。
だが、指定された場所。私たちが今話しているこの武道場裏には誰もいなかったらしい。
しばらく待つが、やはり誰も来ない。帰ろうかというところで、何かが飛んできたそうだ。
目視はできなかったが、ヒュン、という音と弾ける植え込み。一斉に鳥が飛び立ち危険であることは察したと。
振り返ると、すでに西城純は無残な姿になっていた。
「これが、何が起きたかだ」
「まるで銃で撃たれたみたいね」
というより確定だ。まるで、と言ったのは私が日常的に銃に触れていることを悟られないため。
「俺はそのままその場から逃げ出した。……怖かったんだ」
静かに涙を流していた。彼は昔からの親友を亡くしたばかりなのだ。
「通報はしたのでしょう? それだけで立派よ」
「ああ……」
恨みを買うような思い当たりがあるのか聞こうかとも思ったが、それは酷というものだ。
今は涙を流しておくべきだ。
「そのことはウォッチャーには?」
「これから向かう……」
『伏せろリーリエ!』
ケイジの声に反射的に身体を落とす。
空を切る音。金属のひしゃげる音。飛び散る液体。
「グッ……!」
狙撃されている。大槻先輩の右腕、マシナーの部分にあたったようだ。殺すつもりだったのなら、下手くそ。
「大槻先輩! 走って!」
立ち上がり、巨体を支える。大口径の銃だ。金属製のマシナーが千切れている。
なんとか武道場の陰には入れたが、大槻先輩の腕が良くない状態だ。
機械でこそあるが、体液は身体と共有している。つまり流しすぎると命に関わる。
「クソ……! なんで俺まで……!」
『学長、狙撃を受けています』
『救援を送る。場所は?』
『学内武道場裏、一般人のけが人が一名』
『配慮しよう』
一般人の、と付け加えたのは私の身分がばれると困るからだ。
「人を呼んだわ。しばらく頑張って」
「わ、わかった」
追撃はこない。だが、頭を出すわけにはいかない。バッグの化粧ポーチから手鏡を取り出し、角から出す。
学園はこの島の中心にある施設だ。学園島というくらいだし。
そのような立地もあり、ビルに囲まれているため狙撃が可能な地点も多いのだ。
だが、それらしい影は見当たらない。狙撃手が姿を現すのも間抜けというものだが。
数分。早い、学長を経由したのは正解だった。サイレンの音が近づいてきている。ウォッチャーと、救急。
人が増えたからか、狙撃手に追撃の意思はないらしい。大人数に囲まれ、大槻先輩は無事救急車に乗せられていった。
「あなた、クロエ・リーリエね?」
「……ええ」
私に声をかける背の高い若いウォッチャー。彼女は生徒の身分でウォッチャーに協力している。
「封鎖を破ってこんなところで何をしていたの?」
「話をしていただけよ、鬼灯先輩」
私と同様、だが片目。右目がマシナーだ。高校三年生にあたる、一つ上の先輩。
鬼灯零子は釣り目を細め少し不機嫌な様子。長い黒髪をかき上げる。
「西城が殺されたっていう噂は知っているでしょう? そんな危険な場所で話すこと?」
「それについての話をしてたの。詳しくは大槻先輩から聞いたほうが早いわよ。西城先輩についても彼のほうが知っているでしょう?」
「それくらいわかってる。それでなぜ、あなたがここにいるのかよ」
「……西城先輩も秘密にしておきたいことくらいあるはずよ? 亡くなった方のことをベラベラ喋るものではないわ。それを伝えるかの判断は親友だった大槻先輩に任せる」
右目のマシナーのランプが緑から赤になる。
『視られてるぞ、リーリエ。素人なりのハッキングだ』
『私と学長の通信は暗号化されているわ。存在しないことになってる。あなたのこともね』
ランプが緑色に戻る。
「……怪しい点は、無いわね。ここにはもう近づかないこと、いい?」
「わかったわ」
「それと、先輩には敬語を使いなさい」
「一年早く産まれただけよ?」
「それでも、よ」
「かもしれませんね、先輩」
夕刻の公園、今日は一人でベンチに座りパフェを口にする。彩の食べていたイチゴが沢山入ったものだ。
『学長、島内の監視カメラは』
暗殺者の情報が必要だ。どのような勢力の手のものか、とにかく勝手に動かれては困るのだ。
しばらく返事が来ない。口の中にイチゴの甘酸っぱさとクリームの甘みが広がっていた。
頭の中に通知音。学長だ。
『どこにも引っかかっていない。監視情報が漏れたのか……?』
角度や天候からおおよその狙撃位置はすでに割り出してある。
それにしても、監視カメラやウォッチャーの正確な巡回位置は学長とその腹心、そして一部のウォッチャーと私くらいしか知らないはず。
当然ではあるが、私に知らされているのは秘密裏にだ。学長の裏の顔、その証拠を残すわけにはいかないから。
『どう思う? リーリエ。ただの下手くそちゃんか?』
私はパフェの最後の一口が好きだ。シンプルな溶けたホイップの味と、まだ少しだけ熱のある生地の香りがたまらない。
『私と大槻先輩は棒立ちだったし、殺すなら狙う時間は十分にあったはずよ』
『何か考えがある、か』
嫌なものだ。攻撃するのも、されるのも。
「ハァ……、考えなら一つありえそうな話はあるけどね」
思わず口に出るが、周囲には人はいない。パフェのキッチンカーが片づけをしているだけだ。
『ん? なんだ?』
「明日になればハッキリするわ」
歩道を行く掃除ロボットに包み紙を入れ、帰路につく。
学園はしばらく休みになるだろうから、明日は彩と遊びに行こう。
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