04――西城純
初夏の強い日差しが降り注ぐ中、学園にチャイムが鳴り響く。昼休みを告げる音だ。
今日も私達は窓際。彩はまたコロッケパンだ。私はサンドイッチ。
「え、西条先輩について聞きたい? クーちゃんまで好きになっちゃったの?」
「まさか! ただ……そう、何となくの話題よ。いつもの雑談」
もちろん、情報を集めるためだ。
『しらじらしいな。下手じゃない?』
『黙ってて』
彩が窓の外、中庭に手を伸ばした。
「ほら、あのひと」
確かに綺麗な顔立ちだ。男らしいではなく、女性的な美しさ。ブレザーを気崩しており、長髪も含め校則違反なのは間違いない。
同じくブレザーの、刈り上げた黒髪のガタイのいい大男と談笑しながらパンを食べている。
だが、あっという間に女生徒に囲まれて見えなくなってしまった。
その様子を見た大男は少し安心した様子で去っていく。
「……本当に人気なのね。あの大きな人は?」
「えっと、よく知らないんだけど幼馴染? だったかな」
「……彼は、大槻五郎。三年生。彩さんの言う通り、ここに来る前からの西城純先輩の幼馴染だ。自動車事故で右腕のマシナー。違法改造している噂もあるね」
メガネの細身の男子生徒だ。面識はない、はず。クラス内で見たような気はするが。
「誰?」
「ひどいなぁ、クラスメイトじゃないか。僕は水崎仙太郎。スイセンでいいよ、みんなそう呼んでるみたいだ」
色白の日本人。縁のない四角いメガネと、それ以上に顔の左半分の仮面のようなマシナーが印象的だ。
男子生徒はやや長めの茶髪をかき上げ、顔をあらわにする。
「これは火傷さ。幼いころに油をかぶっちゃったんだって。それが結構重傷だったみたいで両親がお金を出してくれたんだ」
「そう。一応自己紹介しておくわ。私はクロエ・リーリエ。見ての通り、目のマシナーよ」
「知ってる。ありがとう、クロエさん。どうして西城先輩を?」
スイセンは椅子を引きずって私の隣に座り、弁当を広げる。揚げ物と白米が主の、力がみなぎりそうな献立だ。
「……なんとなくよ。最近話題になってるそうじゃない」
「西城先輩といえば、もちろん女生徒にとって見た目が魅力的なのもある。だけどさっき言った大槻先輩との妄想でも人気だそうだ。BLだかカップリングだかってヤツだね」
「人気者もタイヘンだよね~」
彩はいちごミルクのパックを揺らす。
「そうだね、彩さん。……それだけ二人が一緒にいる時間が多いってことだけど」
「スイセンはずいぶん詳しいのね?」
「……そうだね。ただの趣味、といったところかな」
人間観察といったところだろうか。
「悪趣味だぁ」
「ハハッ、否定はできないね。だから友達もいない」
「言いふらすからじゃないの?」
サンドイッチの包みをたたむ。
「得た知識を活かしたくなるのは自然なことだろ? 生徒間の噂、恋バナ、内申点、教師同士の不倫、なんでもござれさ」
『こいつは使えるかもな、リーリエ』
『どうかしら、厄介者かもよ?』
私はりんごジュースのストローに口をつける。
「じゃあ情報屋さん、私にこっそり声をかけるような生徒はいる?」
謎のメールの件だ。
スイセンは弁当箱をたたむ。ずいぶんと早食いのようだ。
「クロエ・リーリエさん。本人に声をかける者は少ない。冷たい、いや、とっつきにくい印象を持っている人が多いからね。でもカゲでは大人気だ。人気の秘密は一言、見た目が綺麗だから。これは僕の感想ではないよ? それから……」
急に早口になったな。
「わかった、わかったわ。結論は?」
「……思い当たる節が多すぎて絞れないってところかな」
「そう……」
『使えないかもしれないわね……』
『リーリエが人気者なのはそうだろうねって感じだが』
『そう? わからない』
あらためて西城先輩について聞いておこう。
「で、西城先輩は?」
「彼はこの学園のアイドル的存在だ。女生徒に囲まれているか、大槻先輩と一緒にいるかの二つ。大槻先輩はガードマン的な役割を担っているね。……で、西城先輩が女の子と付き合っていたことがあるかというと、ところがそんなことはない。これがBLの噂の根拠。人気を利用して何かしようという気はないみたいだけど、特別面倒がっている様子もないってところかな。漫画なんかでありがちな、王道の学園王子様さ。ちなみに脳のマシナーだ。精神的に不安定だったらしい」
スイセンは水筒からお茶を注ぎ一口。
「でも、意外に思われるかもしれないが彼はとても生真面目だ。そこは話してみればわかるよ」
さすがに産業スパイどうこうの話は出てはこないか。まあ、それを臭わせるようではとっくに排除されている。
「貴方は話したことがあるの?」
「ある、一度だけね。すぐ取り巻きさんたちに追い払われたけど、軽く扱ったりしない真摯な対応だった」
「……わかったわ、スイセン。また今度話を聞くかもね」
「学園一の美女が学園一の美男子を気にかけてるってことは憶えておくよ」
スイセンが碌な男ではないのは確かなようだ。
「ねぇスイセン君! 私はどうなの!」
「彩さんもけっこうな人気者だよ。じゃあ、頼まれごとがあるから失礼するね。久々に人と食べたご飯は美味しかったよ! またね!」
手を軽く上げると、廊下へと走っていった。
「ホントにどうしちゃったのクーちゃん。そんなに気になるの?」
「有名人なら少しは知っておきたいわ。今まで気にしたこともなかったし、ただの話のネタ集めよ」
「ホントに~?」
「本当よ。私がああいうのになびくと思う?」
「……それもそっかぁ。ああいうの無関心だもんね。あ! いちごミルク無くなっちゃった……。お代わり買ってくる!」
「本当にそれ好きね」
彩は机にかけられたカバンから財布を取り出すと、ガチャガチャと購買へと走っていった。
『ガードがいるのは厄介ね』
『そうか? いつも通り遠くからぶっぱなせばお終いだ。今回も派手にだろ?』
『AIが物忘れ? 確証を得て秘密裏に消せ、よ。周りに被害は出せない』
『……どうしたもんかね。どこかの誰かさんみたいに呼び出すか?』
メールの件を言っているのだろう。
『それも謎のままだったわね』
りんごジュースを一口。ズズズ、と空気の混ざる音がした。
『……呼び出して、殺す。手段はそれだけかしら』
『だがリーリエがやったとバレるわけにはいかねぇ。嘘の呼び出しで一人にして狙撃しよう』
『上手く一人にできるかしら? それにまだ“確証”を掴んでいない』
『遠藤はどこまで掴んでんだ? 少なくとも西城を疑うだけの何かがある』
「疑うだけの何か、ね」
通知。差出人は不明。
『クロエ・リーリエ様、貴女が暗殺者なのはわかっています。どうか、手を引いてください』
バレてる? 私が疑われる要素などあっただろうか?
『ケイジ、どう思う?』
『……遠藤に聞く必要がある』
「ただいま! クーちゃんのも買ってきたよ!」
冷たさに水の滴る紙パックが顔に当てられる。
「ありがと。お金は……」
「いいよ! なんとなく買ってきただけだし」
「フフ……ありがとう。そういえば、今日もパフェ食べに行く?」
「もちろん!」
私だってこの日常を壊したくない。秘密裏に、確証をつかまなければ。
私のしっぽをつかんだ何者かも消す必要がありそうだ。
次の投稿は2/6の21時です。