03――日常と非日常2
一人暮らしのマンションに帰り、シャワーを浴びる。HMDは当然つけたままだ。私はこれがないと何も見ることができない。物理的にも精神的にも身体の一部だ。
私の家はあまり裕福ではない。事故で視力を失った私を治療するお金などなかった。
表向きは。
私の両親が暗殺を生業にしていると知ったのが、視力を失った後のこと。なんの冗談かと思った。
金銭面では問題はなかった。
だがマシナーは国が管理しているもので、身辺は洗われる。それを拒否するような裏稼業の関係者に手を貸そうなどというものがいなかったのだ。
両親も暗殺者の件を私に明かすつもりは無かったらしい。だが、元々つながりのあったこの学園島の学長からの連絡でその判断は変わってしまう。
高度な医療を受けさせる代わりに手駒が欲しい。つまり、子飼いの暗殺者が欲しかったということだ。
判断は私にゆだねてくれた。だが、光を失って生活を続けるなど、私には不可能だった。
選択肢はなかった。
「ふぅ……」
髪を乾かす。
視力を取り戻し数年、両親から暗殺術を叩き込まれた。
そして私がここで一人暮らしをおくることになり、国に両親が帰るその別れ際。一言だけ告げた言葉がある。
『どうしても許せない不義理を持ち掛けられたとき、狗は飼い主に牙を向けることもある。それを忘れないでくれ』
親の愛か、習わしか。そのどちらにしろ、私には一つの自由が残されたのだ。
「暗殺依頼……か」
メッセージをチェックする。タイピングの必要がないならば目視で読む必要などないのではないかと思われるかもしれないが、フォーマットが違うのだ。
つまり、私は脳から相手も読み取れるデータとして文章を打つが、相手は目視で打つ。それをわざわざ脳で読み取れるように変換することはない。
私も視界に映るそれを読むだけだ。大した手間でもない。
拳銃のケーブルを接続する。これで私の中にあるメッセージのデータがケイジにも伝わる。通信でも伝わるが、こちらの方が手っ取り早い。
『なんかいつもと違うな』
「そうね、学園内にスパイ……?」
産業スパイがいるとのことだ。先に触れたように、学園島に入るには相応のお金がかかる。その点から大企業の重役の家族なんかも多くいるのだ。
『ガキづてに取り入るのか? 随分と遠回りだな』
「裏を返せば警戒はされにくいんでしょうけど……」
それを探し出して消せということだ。探し出せという行程は今まではなかった。
「……面倒ね」
『リーリエは目立つ。無理だな』
返信する。
『私は周囲とは人種が異なるので探すには目を引きます。対象を絞ってください』
歯を磨いていると返信が来た。
『情報は掴んでいる。向こうから接触があるはずだ』
『どういうことでしょうか』
少しの間。
画像ファイルが添付された。今日の彩との会話に出てきた西条先輩だ。
『手当たり次第声をかけている大会社の御曹司だ。学園内でも噂になっているのではないか? 確証を得て、秘密裏に消せ』
『……承知しました。報酬はいつもの口座へ』
これは暗殺者としてのプライドだ。飼い犬にも餌は必要である。
口をゆすぐ。
「秘密裏に、ね」
『別に苦手じゃないだろ』
「人気者よ? 出来なくはないけど、その後に悲しむ人の顔を見るのは辛いの」
『優しいねぇ』
「ホントに優しかったら殺しなんてしてないわ」
『ま、リーリエの良いとこだな』
「そう?」
『かもな』
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