02――日常と非日常
私と彩は、外でいうところの高校二年生にあたる。彩がいつから島にいるかは知らないが、私は小学生の頃にここに来た。なので十年に近い付き合いになる。
昼休み、彼女は今日も好物のコロッケパンだ。私達はいつも窓際で食べている。
「クーちゃん今日から水泳の授業だね!」
私はコンビニのおにぎりだ。昆布がお気に入り。
「そうね、梅雨も終わったみたいだし。彩は退屈でしょ?」
彼女は泳ぐことができない。技術ではなく、義肢の重量で沈んでしまうからだ。
「ずっと見学だからね~。走るのは得意なんだけど」
計測したところ最高で68km/hまで出たことがあるらしい。
「ほどほどにしときなさいよ……。脚以外は生身なんだから」
「はっ! バイクに乗る人みたいに防御を固めればいいのでは! ヘルメットも被ってさ!」
「バイクに乗る人はそれでも事故れば死んじゃうじゃないの……」
「それもそっかー」
「私の“眼”のマシナーはいいけど、彩はメンテも大変よね。それこそバイクみたいに」
このHMDはソフト面のメンテナンスが多いが、彩は機械的な手入れが必要だ。
「ホントだよ。でもこの前イイ感じのオイルを見つけてさ!」
視界の隅にメールの通知が出る。
『クロエ・リーリエ様へ。放課後、武道場裏で待ってます』
それだけだった。差出人は知り合いではない様子。
「すっごく馴染むんだけど、ちょっと高くてさ……」
『ケイジ、誰かわかる?』
彼は今、カバンの中の拳銃に入っている。AIの交換や大きなアップデートは脳外科手術になるので私のように頻繁にそれが必要な場合は外部にハードポイントを設け、そこから通信や直接接続でやり取りをするのが一般的だ。
私の場合はハードポイントがうなじ。今は通信で拳銃のケイジとやり取りをしている。射撃時のサポートのような精密なものや安定した通信が必要な場合は直接接続を行う。
AIを各々のクラウド上に置いて常にサポートを受けようという案もあったそうだが、セキュリティ面がクリアできずにいるのが現状だ。だからケイジを手元に置き短距離通信をしているのだ。
彩のような頻繁にアップデートがあるわけではない人は、直接脳のチップにサポートAIが入っている。
『んぁ、わからん。アヤシイ文面だが、ドメインは普通だ。でも警戒はしとけ』
『わかった』
ちなみに銃器の携帯は当然違法だ。
「クーちゃん聞いてる? それで、庭のアスパラがねー」
どんな話の飛躍をしたのだろうか。少し惜しいモノを聞き逃したのかもしれない。
授業もそこそこに放課後。部活動に向かう者たちの中、私と彩は校門へ向かう。
「彩も部活に入ればいいのに。陸上なんかダメなの?」
「私じゃあレギュレーション違反なんだって。新型に変えたばかりだし、パパがチューニングもしまくるし。射的部なら銃も海外で撃ったことあるし興味あるけど、本格的にやるのはなんとなく面倒だなって。パパはセンスあるって言ってたけど」
彼女が学長の娘である点はおおやけには伏せてある。私は学長から聞いているので知っているが、他には誰も知らないだろう。私も学長から聞かなければ知らなかったことだ。
「ねえクーちゃん、パフェ食べに行こうよ! 最近、西公園にキッチンカーが来てるんだって!」
「フフ……、彩はイチゴが大好きだったわね」
『おいリーリエ、昼のメールの件はどうした?』
『そんなに重要そうではないわ。学長の依頼なら名を隠す意味もない』
『大丈夫かねぇ……』
『私だって学生よ? 遊びたいわ』
公園を目指し歩くと、周囲から視線が集まる。
彩の顔がいいのは確かだ。健康的な日焼けに、コロコロ変わる表情。通りすがりでもわかる明るさは魅力的だろう。
だが、この視線は私に向かっている。
私は名前からでも察せられるとおり、コーカソイドだ。日本の東京に位置する学園島は場所もあってモンゴロイド系が大半。顔は見えないだろうが、白い肌と長い金髪は他人の目を引く。
特別珍しいことでもない。
西公園に着く。池と噴水があり、仕事を終えジョギングするオトナや、子供達がボールで遊ぶ様子が視界に入る。子供は片腕のマシナーだったり、頭部のマシナーだったり。
広場にある目的のキッチンカーには行列ができていた。ドローンがきらびやかな垂れ幕を吊るし、静かに飛んでいる。
「……結構待ちそうだね」
「それだけ美味しいんでしょ? 待ちましょ」
雑談をしながら三十分ほど待っただろうか。もうすぐキッチンカーだというところで通知。
『クロエ・リーリエ様へ。本日は残念でした。きっと何かご予定があったのでしょう。明日も放課後、武道場裏で待ってます』
昼と同一人物だろう。
『貴方は何者ですか』
タイピングなど必要ない。意識すればそれだけで文章作成なんてできる。
『会えばわかります』
要領を得ない。
「でねクーちゃん、昨日西条先輩がまた声をかけてきてさー」
正体を明かす気の無い謎のメッセージなんて興味はない。今は友人だ。
「西条先輩って……あのやたらモテるって評判の?」
「そうそう。いつも女の人といるあのヒト。髪も染めてオシャレしてキラキラしてるのはいいけど、私はもっと誠実そうな人がタイプだからさ」
「彩は人気者ね」
「クーちゃんほどじゃないよ。髪も肌もすごくきれいじゃん。口元とか見えるところ全部美人じゃん! 男子はみんないつ声をかけようかで苦しんでるんだってさ!」
口をとがらせた。
「そういうのはちょっと……」
どうでもいいかな。
気が付けば私達の順番だ。
「わー! アイスもあるんだ! 私は、えっと、イチゴとカスタードクリームとチョコソースとチョコスプレーとイチゴアイスと……」
「そんなに一度に頼むの? また明日もくればいいわ」
「う~ん、そうだね! じゃあ、イチゴとカスタードとチョコスプレーください!」
「私はバナナとチョコソースとチョコスプレーで」
もう少し待ち、パフェを受け取る。私達で最後の客だった。
公園の街灯がともり始める中、ベンチに座りパフェにかぶりつく。
「んー! 美味し―!」
「これは確かに行列もできそうね」
バナナの優しい甘みとほんのりビターなチョコの香りがちょうどいい。確かに甘みはあるが、くどくない。
あっという間に食べ終わってしまった。公園をうろつく掃除ロボットにゴミを入れ、帰路につく。
「また明日も来ようね、彩」
「うん! 明日は今日のクーちゃんのを食べてみるね!」
通知。
『暗殺依頼』
学長からだ。そこから先は今は見る気になれない。せっかくのパフェの余韻が台無しだ。
「うげ。私用事ができたから帰るね」
「わかった! また明日ねー!」
彩は手を振り、走り去っていく。30km/hは出ていそうだ。
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