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「リーリエ。確認できてるか?」
相棒である男の声が空きビルに響く。何の気なしに、といった声色だ。
外は荒天。日本特有の梅雨からくる雨の連続に加え、時刻ももう遅い。だが、チャンスは今日だけだ。
「当然。風は強いけど、貴方でこの距離ならそれほど問題ないわ」
私の構える銃から伸びるケーブル。それは隣に積まれたバッテリーと私のうなじに直接接続されていた。
HMDのモードを変える。これも私に接続されたもの。
日没を迎え、灯りのともり始めたビル街を私の視界に映していたそれは、相棒である銃に搭載されたカメラの映像に切り替わる。
風向きや強さ、転向力、それを踏まえた弾道予測が表示されていた。
「慢心は良くないぜ? 俺が昔やった戦争ゲーの雑魚も『慢心と過信は死を招くぞ』って言ってたしな」
銃から男の声。
「人工知能がゲームをするの?」
「そこじゃない。その後、一射も出来ずに瞬殺される雑魚が言ってたのがお笑いポイントだ。そいつこそ『慢心と過信』をしていたのさ。じゃないと戦場でそんな言葉は出てこない。ピカピカの銃が哀れだったのをよく覚えてる」
「……よくわからない」
「ガンズジョークってやつさ。ハハ!」
「それもよくわからないわ」
ガラスのはまっていない窓から雨が降りこむ。影響はないが、万が一があってはいけない。
「時間だ、リーリエ。六十三階の西の角部屋……って確認はしてるって言ってたか」
「“お客さん”待ちだったけれど、来たわ。時間通り」
カメラを拡大する。随分と太った、茶色のスーツの男が部屋に入ってきた。
「今回のオシゴトは我らが学園島に裏金で入ろうって輩の親の暗殺。それだけでなんて学長も無慈悲だね」
視界に標的の写真と詳細が表示される。
「……今言う? 確認は済ませてるわ」
「リーリエはうっかり屋さんだからね!」
「今言う? 後は引くだけよ」
表示が消えた。銃を介し拡大された視界にはクロスヘアと見慣れた初老の男が一人と、標的。
「ああ、引くだけだ。“ド派手”に頼むよ!」
深く息を吐き、小さく吸う。
隙間風のような高音。バッテリーから流れるエネルギーが銃身の中の素子に蓄えられ弾を形成していく、銃身が熱を持つのを感じた。
射撃の準備が整っていく電子情報がうなじから脳内に直接流れ込み、ニューロンを駆け抜けるのを感じる。
目の前に直接見える十字の中心を合わせる。
引き金を、引いた。
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