第55話「服は着てくれ」
「愚鈍なご主人」
「何故そこまでけなす?そして離れてくれ」
ミケがリィドに抱き着く。
「ほれ、ほれ乙女の柔肌だぞ?赤子なら乳を求め貪りつき、男ならば本能のまま舐めつくす」
「見た目が犯罪になるんだよな」
ミケは見た目は幼気な幼女なのだ。
「安心せい。吾はご主人のいわば奴隷じゃ。誰も咎めやせん」
「法的に問題なくても社会的に終わるんだよ」
「むー」
ミケを引きはがす。
「家の中くらいいいじゃろ?」
「節度があるだろ」
今家の中はリィドとミケだけだ。
フェイシストエリルは食材の買い出しに行って不在だ。
「そういえば、セツナのやつ暫しおらんようだが?」
「あ」
確かに言われてみればそうだ。
「何か聞いてないのか?」
「特にないな。気になるなら明日ギルドで聞いてみろ」
「そうだな」
翌日、リィドは一人でギルドに訪れていた。
「セツナさんは三日前にザバラン王国のギルドで依頼の完了報告してますね」
「そうですか」
「伝言はないみたいです」
「ありがとうございます」
「あ、そうだリィドギルド長が話があるって」
「……話ですか?」
「ふ、そんな顔しないでくさいね本人の前では」
「ティタ姉、また依頼ですかね?」
「要件は教えてくれなかったけど、依頼じゃないって否定してたから大丈夫だとは思うけど」
「はぁ……」
ティタ姉に案内される。
「ギルド長、ティータニアです。リィドさんを連れてきました」
「おう、開いてるから入れ」
ギルド長室に通される。
「ご苦労さん。……ティターニアお前戻っていいぞ?」
「……それは私がここにいると不味いことがあるんですかね?」
「はぁ……そろいもそろってなんでこうも過保護ばかりでいやがる」
「いいですか?ギルド長という肩書だけで威圧、恐怖を感じる人だっているんですよ?二人きりの密室なんて避けたいに決まってるじゃないですか」
「おい、こいつが俺に恐怖を感じるたまかよ」
「じゃ、どうして二人きりがいいんです?」
「言い方に語弊があるが、まぁ男同士の話ってやつだ」
「冗談ですよね?」
「本気だ、本気。仕事に戻れ」
「……リィド、恐喝や威圧、強制的な命令などあったら即報告してくださいね」
ティータニアは退室した。
「で、おっさん話って?」
墓のことだろうか。
「ああ、ちょっと待ってろ」
ザスはここだっけかと床の木材を一部ドンと足で浮かしてはがす。
「な」
絶妙な空間が空いており、そこから剣を取り出す。
「ほらよ」
「っと」
ザスはリィドに剣を放り投げる。
「これは剣?」
「ああ。抜いてみろや」
真っ黒な鞘。
「なんだこの剣?」
こんな剣をリィドは見たことがなかった。
見た目だけだと、剣と断言することはできない。
「そんな見てくれでも剣だそうだ」
その剣の刀身は一般的な剣の半分以下でとてつもなく細い。
そう、ザスが腰に差している刀と同じくらいだ。
そして、刀身も鞘と同様に光を飲み込み逃がさない漆黒でできていた。
「その剣は特注だ。剣士だったら人を殺してでも欲しくなる一品だ」
見た目の異様だけではなさそうだ。
「その剣はでたらめな魔術が幾重にも付けれらてんだ。まぁ、見て分かるもんじゃなぇし、魔術に精通したやつが見ても分かりゃしねーだろうが」
ザスから剣の特性を聞いて思わず放り投げそうになった。
剣自体に強化魔術がかけられている。
硬い魔獣や、金属を斬ったり、金属武器と打ち合っても折れたりしない。
達人が扱えば、強化魔術がかけれられた鎧ごと中の人間も一刀両断できるほど。
何よりも常識を置き去りにしたのが、剣の手入れが不要というもの。
刃が欠けたり、伸びたりしても鞘に仕舞い魔力を流せば勝手に修復されるという前代未聞の効果。
「厳密には修復じゃなくて、回帰とか言ってたが俺も知らん」
「これいくらです?」
「値段付けるならそれこそ三世代は軽く遊んで暮らせるだろうよ」
値段もそうだが、争いが起こる危険性がある。存在自体がやばい代物だ。
それ以外にも剣の重さも羽のように軽い。
「それだけじゃねーぞ。刀身が真っ黒いだろ。振っても光が反射しねーから敵からすりゃ見づらい」
全てが効率的に作られた剣ということか。
「で?」
何故、この剣を見せたのか。
「やる」
「いらないです」
引き換えに一生奴隷のように働かせるつもりだ。
「それはな、お前がもしその剣を手に取るだけの資格があり、俺が渡してやってもいいって思ったらくれてやれと言われてな」
「……まさか作ったの先生ですか?」
「剣自体は鍛冶屋だが魔術は全部あいつだ」
でたらめな効果も嘘や誇張じゃないということだ。
「まってくれ」
情報を一度整理したい。
「まず資格って?」
「さぁな。具体的な決め事は聞いてねー」
「……」
「お前は引退せずに淡々とギルドで依頼こなして生きてきた。これからもだろ?」
「……怪我でもしない限りは」
「で、女の大量に囲い始めた」
「そんなじゃないっての」
「手前じゃね、誰かのために力を振るう」
「……」
「幸せってのは個人の尺度だ。共通も絶対も存在しねー」
「……」
「過去のゆりかごの温もりに独り溺れるのではなく、誰かと飯を食い苦楽を共にする。例えそれが儚い一時だとしても。その時間は手前にとって幸せだろ?」
「……」
「孤独ってのは相手を知り気づくものだ。力ってのは弱さを、確固たる意志がねーと手前すら粉々にする。人間て生物は他人がいねーと存在を保てねーもんだ」
「……」
「成り行きとはいえ、お前は変わった。少なくとも現状維持はお前の意思だろう」
「幸せになる……か」
先生はただただリィドが幸せに生きて欲しいと願ってくれていた。
ただ待ちぼうけて訪れた幸せはすぐに手から零れ落ちる。
自らの意思で手を伸ばし掴み幸せになって。
言われた時はただの言葉で記憶の底に沈んでいった。
しかし、忘れることなどできない大切な時間。
「で、おっさんが渡してもいいてどういう?」
「武器の扱いなら俺のが識ってるからだそうだ」
「なるほど」
人間性はどうしようもなくとも、どうしようもなくても済む実力があるのは事実だ。
「売るか?」
「売れるか」
売るだけで大騒動に巻き込まれるのは目に見えている。
それに、先生が自分のために作ってくれたのだ。
既存の全ての武器より使いやすいに決まっている。
剣を鞘にしまう。
「は?」
「かかか。だよなー」
鞄に仕舞おうとしたら自動で収納された。
鞄はもちろん先生作のものだ。
「おい、剣出してみろ」
「なんだと」
鞄から取り出すことなく、勝手に手元に剣が現れた。
しかも剣だけで鞘はない。
「はー暗殺にも最適かよ」
「するわけないだろ」
「鞘は出せんのか?」
リィドはしばらく実験してみた。
鞄に入れる、取り出すという動作なしに剣を出せる。
鞘も同様。
鞘に収まった状態でも出すことが可能。
普段は罠、弓矢のスタイルだ。とっさに剣を出す時間が命を分ける可能性がある。
それをカバーするための機能だろう。
「かかか。やっぱり過保護だな」
用が済んだから出てけと追い出された。
「リィド大丈夫だった?」
それなりに時間が経っていた。
「ティタ姉。今日仕事終わったら家来てください」
「……続けて」
「おっさんから先生が作った俺専用の武器貰った」
「え?……分かったわ。終わったらそのまま家に向かうわ」
リィドは家に戻るとっフェイシスとエリルも買い物から戻っていた。
「エリル、セツナから何か聞いてないか?」
「セツナからか?」
三日前に依頼を終えてから連絡なく戻ってこない。
ギルドに伝言等はないことを説明した。
「確かに言われれば変だな。行く時は普通に依頼こなすと言っていたが……」
「せっちゃん迷子?」
「どうだろうな」
「リィド明後日くらいまでに音信不通なら探した方がいいのでは?」
「そうだな。依頼を聞いて近くに行くか」
「承知した。依頼は受けないで明日準備する」
「あ、そうだ皆先風呂入っててくれ」
「お、夜伽か?」
「ななな、い、いきないり。……大勢で……」
「よとぎってなーに?」
「馬鹿か!な訳ないだろ。どういう発想だ」
「む?つまりご主人は風呂入る前にし……」
「ティタ姉が来るんだよ」
「ほう、ティターニア殿が。珍しいな」
「ちょっと先生関連でな」
その間に夕食を作るつもりであった。
もう少しで完成といった時にティタ姉がやってきた。
「長くなるかもなのでご飯どうですか?」
「……そうね。せっかくだし御馳走になろうかしら」
ガッツポーズ。
「あ。ティタ姉だー」
「フェイシスちゃん、こんばんわって」
「おい、フェイシス服着てくれ!」
タオルを被ったのみで出てきた。
「まだあつーい」
「お客様の前だぞ」
「ティタ姉だから大丈夫」
「あのな……」
「へーずいぶん美味しい思いを」
「ち、違いますからね?必死でお願いしてますからね?」
「なんじゃ、客とはそやつか」
「おいぃ、服着ろ服ー」
フェイシスはタオルという装備があったが、ミケに至っては装備がない。
「お?人だけでは飽き足らず悪魔にも欲情するのか?」
「そうじゃなくて来客がいるんだぞ来客が」
「吾を誰だと思っておる。そんなの感知してるに決まってるだろ」
「じゃ、なんで着ていない」
「目の保養じゃろ?」
「なわけあるか」
それこそティタ姉のよ……。
閑話休題。
因みにエリルは普通に服を着て出てきた。
「なんじゃ、一体感がないのー」
とからかわれ一瞬思案していたが、リィドが引き留めた。
幸せな時間はすぐに駆け抜けていくものだ。
ティタ姉とのディナーが終わってしまった。
エリル達が片づけをしてくれるというのでリィドは本題に入る。
「これがその剣です」
「ずいぶんと変わった剣ね。あ、軽い」
ティタ姉は剣を持つ。
リィドは剣の説明をした。
「嘘でしょ……あの人何を作ってんのよ……」
ティタ姉は頭抱える。
「新しい剣を買ったのか?」
「ティタ姉どうしたの?」
「ほう……化け物だな」
「フェイシスちゃんありがとう、ただ久しぶりに現実を放棄したくなっただけ」
「?」
リィドは三人にも説明をした。フェイシス以外は剣の尋常のなさを理解した。
「リィド、下手すれば剣を廻って戦争が起きてもおかしくない代物だぞそれは」
「リィドちょっと鞘見せてくれる?」
ティタ姉に鞘を渡す。渡された鞘を真剣に観察する。
「リィドにぴったりだね」
「そうか?」
「うーむ。人間がこんな剣を打てるとは驚きじゃな」
「確かに。恐らく名のある鍛冶職人じゃないのか?」
今度はリィドが首をかしげる番だ。
「リィド、剣もそうだが武器や防具などに魔術式をかける時にあまりに量が多い、効能がすごい場合、武器や防具の性能や耐久が良くないと魔術式に耐え切れず壊れる場合があるんだ」
「へー」
つまり、先生が書いた魔術式に耐えることができる剣を作れる職人がいる。二人が驚いている理由がようやく理解できた。
先生を知っているからこそ驚きは二人よりよほどあった。
「リィドちょっといいかしら。鞘に剣入れて貰える?」
リィドは言われた通りにする。
「鞘に埋め込まれている魔法石あるでしょ?」
透明な魔法石のことだろう。
「これにリィドの血数滴たらしてちょうだい」
リィドは指の先の皮を切り、血を垂らす。
「やっぱり」
「光ったー」
血が垂らされるとリィドには理解不能だが血が魔法石に吸い込まれた。
血が完全に吸い込まれると魔王石が紅に光る。
「リィド、そのまま剣を持って」
「てぃ、ティタ姉これ大丈夫ですか?」
言われた通り剣を握ると魔法石から謎の光の線が走り、リィドの腕に侵食する。
「痛みや異変はある?」
「何も感じないです」
「……」
ティタ姉はリィドの上に着ている服を脱がし、リィドは上半身裸になる。
心臓がけたたましく躍動する。
リィドも色気のある場面ではないのは当然理解しているので黙ってティタ姉の観察をする。
光の線が胸にまで到達する。
服を脱がせたのは線を観察するためだった。
しばらくして光の線は消えた。
「リィド、変化は?」
「特に何も。先生が作って俺が使う想定だったら変なことはしないと思うんですけどね」
「そりゃそうよ。相変わらずの技術よ」
「?」
「ご主人と剣は何かしらの魔術によって繋がったみたいだぞ?」
「そうなのか?」
「リィド、剣を別の部屋に置いてきて」
リィドは自分の部屋に剣を置き戻って来た。
「まさかと思うんですけど」
「その可能性しかないのよね」
魔術に疎いリィドでも今から実験する内容は想像ができた。
「手元に剣があるのをイメージしてみて」
次の瞬間、空白だったリィドの手には剣が握られていた。
「ティターニア殿は理解されていよだが、説明してもらっても?」
「……私も魔術式を理解した訳じゃないから推察と、知っているからの勘で話すから間違ってる箇所があるかもしれないけどいい?」
皆首を縦に振る。
血を流すことで剣とリィドの間に契約魔術が交わされた。
恐らく契約魔術の応用や、近しい未公表の魔術の可能性が高い。
剣の持ち主がリィドであると魔術で登録され、リィドが望めばリィドの手元に剣が召喚される。
盗難防止のための措置だろう。
「因みに解除とかって……」
「ごめん、わかんない」
「ですよねー」
「現状特にデメリットがあるわけじゃないから、使いたくない持っていたくないのなら閉まっておけばいいと思うわよ」
「せっかくなんで使っていきます」
「それにしても何故剣なんだ?」
「どういうことだ?」
「リィドの師様は凄腕の魔術師なのだろう?リィドは普段弓をメインに使ってて弓でなく剣なのはどうしてかと」
「……」
「……」
リィドとティタ姉は返答につまる。
「エリル、魔術具で弓ってあるのか?」
矢があることは知っているし買いもする。リィドは弓は見たことがなかった。
「ないことはないな。私も話を聞いたこととがあるくらいで見たことはない」
「矢は消耗品。弓だって弦は消耗品だし。割にあわないからだと思う」




