第54話「泡沫の未来Ⅲ」
クチナシの努力は続く。
しかし努力とは必ず報われるものではない。
クチナシの日課の訓練により近接でも弱い魔獣なら一人で倒せるレベルになっていた。
魔術なら大型の魔獣でも倒せるようになった。
攻撃魔術の威力は上がれで一向に加減はできなかった。
「クチナシちゃんの将来の夢ってなーに?」
「そうだね……魔術の研究してたいなーシグレちゃんは?」
「私は魔術の先生になりたいんだよね」
「だから魔術以外の勉強やってるんだ」
「そう。先生にも私だったらなれるかもしれないって言ってくれたからね」
あくまでここは孤児施設である。
死ぬまでただ飯を食らうことはできない。
施設の子供の進路はいつくかある。
子供のうちにどこかの金持ちに養子として貰われる。
どこかの国の教育機関に入学し生徒とになる。
成人し、この施設を出て一人どこかで生きていく。
「クチナシちゃん、クチナシちゃん」
シグレが嬉しそうにクチナシの元へかけてきた。
「私、先生になるための学校に行けるんだって」
「良かったじゃない」
「うん」
「嬉しくないの?」
「嬉しいけど、皆とお別れしなくちゃいけないから……」
「私、シグレちゃんにお手紙書くよ」
「うん、私も落ち着いたら書くから楽しみにしててね」
シグレはすぐに施設を旅立った。
「寂しいっすか?」
「少しは」
仲の良いシグレがいなくなってしまったのでクチナシは実質一人になった。
「少しなんすね」
「まぁ、元より成人したら皆離れ離れになりますしね」
「……」
「セツナさん?」
「クチナシさんとシグレさんの二大問題児も解消かーって思ったっす」
「ちょっと。そんな問題起こしてないですけど?」
「何言ってんすか?何回魔獣に襲われかけ助けたと思ってんすか?」
「そ、それは……研究のために犠牲はつきものですから」
「……そうっすね」
セツナのおかげでクチナシの腕は着実に上がり、セツナに助けてもらうこともなくなってきた。
シグレなどがいなくなった代わりに新しい子供たちが施設にやってきた。
セツナは好奇心旺盛の子供たちの世話に勤しんでいた。
子供たちに直接的な危険が及ばない限りひっそり隠れながら。
ある日森を探検していた子供たちの近くの魔獣を駆除していた時である。
「……嘘っすよね」
別の地点から厄介な気配を感じた。
年少の子供たちが魔獣と遭遇したようだ。
セツナは急いで駆けつけると思わず唾を飲み込んだ。
子供たちは無事だったが、目の前にはレイロンがいた。
レイロンは腕利きの人間が複数人でようやく倒せるかどうかといった魔獣の中でトップクラスの強さだ。
セツナの仕事とは子供の安全を守ること。
子供たちが無事であればそれ以外はどうでもいい。
セツナは仕事を開始した。
全ての子供の避難させレイロンに向きあう。
満身創痍でかなりの出血。
ぎりぎり五体満足ではあるが数分で限界を迎え、レイロンの胃の中に入るか魔法攻撃で霧散しているだろう。
セツナの攻撃では皮膚一つ傷つけることすらできてなかった。
「……まぁ、依頼は達成できたっすからね」
世間話などにできない人生を送ってきた。
人殺しの末路なんて良いものであるはずもないだろう。
この世界に足を踏み入れた時諦めたことだった。
レイロンの口元が光る。
次の瞬間セツナの体が微塵になる。
はずだったが、突如爆音がした。
セツナは目を開けるとあり得ない光景に体が硬直した。
レイロンの顔から煙に覆われていた。
「……何やってるっすか!離れてくださいっす」
セツナは我に返り冷静に周りを観察すると、原因を見つけた。
木の枝の上にクチナシが立っていた。
「セツナさん倒しましょう」
「無理っす」
魔術を使えるといってもまだクチナシは子供なのだ。
レイロンの羽ばたきの風圧で怪我するかもしれない。逃げ以外の選択肢はない。
「セツナさん動けますよね?」
「動けるっすけど」
クチナシはワイヤーを器用に使い地面に降りた。
地面に急いで魔術式を書き、魔法石を突き立てた。
「セツナさん暫く、上に注意が行かないように囮になってください。五分ほど時間稼いで」
再度クチナシは木の上に登り魔術の準備をする。
「……」
無理やりクチナシを連れ逃げることは不可能だろう。
なら、危険な賭けに乗って乗り切るしかない。
セツナはワイヤーとナイフで足元を中心に攻撃し、レイロンの注意を引きつける。
レイロンの口元が光る。
「離れてください」
クチナシの合図で退避する。
レイロンが魔法を放つ前に地面に書いた魔術式により魔術が発動する。
季節を無視した冷たい氷の塊がレイロンを襲う。
レイロンは魔法を放ち氷はこの世から消失した。
「そうっすよね」
いくら常識外れの威力の魔術であっても相手はレイロン。
「時間稼ぐんで逃げてくださいっす。って!」
セツナはレイロンに特攻しようとしたが想定外すぎる光景にただ眺めることしかできなかった。
クチナシは魔術とレイロンの魔法が衝突したタイミングでワイヤーを振り子のように使い空を飛んだ。
クチナシはただの人間だ。正確には飛ぶのではなく、ただの落下。
レイロンに近づくとレイロンの方も気づき落下物目掛けて大きな口を開ける。
「くらえ!」
レイロンに食われるぎりぎりの距離でクチナシは最大火力の魔術を放った。
轟音と感覚が麻痺するほどの熱。
レイロンの口から火柱が上がる。正確には魔術はレイロンの口の中を狙い、炎は体内を荒々しく駆け巡り、行き場所がなくなり口から溢れ出た。
セツナは呆然と眺めていた。
「っと、本当に問題児っすね」
セツナは走った。
ぎりぎりでクチナシをキャッチし地面に叩きつけられる結末を回避した。
「……」
素早く距離を取りレイロンを観察する。
完全に絶命してるようだ。
強いといっても生物だ。体内を焼き尽くされたのならひとたまりもない。
勿論、焼き尽くすだけの炎の威力、量のある魔術が使えなければ成り立たないが。
それに加えて触れるか触れないまでに近づく度胸。
それがまだこんな子供がやり遂げたのだ。
「あーあ。個人での貸し借りは作りたくないんっすけどね」
セツナは小声でつぶやく。
あれだけ大規模な魔術を使ったのだ。疲労によりクチナシは穏やかに瞼を閉じていた。
起こさないようにゆくっりと運びながら施設に戻った。
施設に戻る途中に施設の長である老人が慌ててやってきた。
セツナの雇い主でもある。
「何をやっていた!」
「あー大丈夫っす。全員無事っす」
「気をつけろ!そいつは欠陥品だが貴重なサンプルなのだぞ。実験の前に失うなど絶対にあってはならない」
「……」
「暫くの間、森に近づくのは禁止だ」
「それはそうでしょうけど、素材集めはどうするっすか?」
「それは買う。S二百八のおかげで金に余裕がある」
「どういうことっすか?」
「あれは実験に耐れず壊れたので破棄された。だが、今までにない反応が観測されたそうだ。その分金をくれるそうだ」
「……そうっすか」
セツナはクチナシを部屋に運んだ。




