第44話「泡沫の未来Ⅱ」
クチナシの朝は早い。
朝起きるとまず、筋力トレーニングを行う。
そして、軽く施設の周りを走る。
「感心っすね」
「うわ」
クチナシは後ろからの唐突な声に転びそうになる。
「魔術師が体を鍛えるのは珍しい気がするっすけど?」
「そうですか?」
「そうっすね。皆体を鍛える時間があれば魔術の実験してるような気が」
セツナの仕事である。子供たちを危険から守る。
施設内にいるのなら外的要因の危険は少ない。
なので外を走っているクチナシの安全確保のためにセツナは付き添っている。
「でもこれは外せません」
クチナシは魔術の威力が高すぎるため安易に室内で魔術を使えば悲惨なことになる。
なので安全な施設近くの森で実験することが多い。
ある時運悪く魔獣に遭遇した。
クチナシの魔術が当たれば確実に倒せる魔獣であったが魔獣は魔術を使うまで待ってくれたりはしない。
この時セツナが魔獣を倒し、クチナシには怪我はなかった。
そして、クチナシは体を鍛えセツナに戦い方を教えてくれと頼んだ。
セツナにしてみれば契約外の仕事だが了承した。
「じゃ、そこの木の枝にワイヤー投げて搦めてみてくだいっす」
クチナシはワイヤーや、ナイフの扱いを練習していった。
練習が終わると魔術の授業で勉強し、空いている時間に図書室で魔術の勉強を。
夕方になるとまた施設の外の森で実際に魔術を使い練習をする。
「相変わらずクチナシちゃんはすごいね」
初級魔術を使っているだけなのだが。上級魔術レベルの威力となっている。
「うーん。でも、そしたら繊細な制御ができるシグレちゃんのがすごいよ」
クチナシと仲の良いシグレは、魔術の制御がとても得意だ。
分かり易いのは水を操る魔術であろう。
水を制御し、水の形を球体に変形させる。
魔術の制御がきちんとできるのであらば球体にできる。
シグレの場合は水を球体にするのは容易で魔獣や、花など複雑な形に変形させることができる。
クチナシはシグレに制御のコツを教えてもらっている。
器用なシグレだが、魔術の威力が少々低いため教える代わりに威力向上に付き合ってもらっている。
「え?まってクチナシちゃん」
シグレは魔術式を書いていたクチナシをどける。
「何?」
「これって火炎の魔術式だよね?」
「そうだね」
「でもここの箇所足りてないよ?」
「ああ。そこはわざとだよ」
「へ?でも授業で教わったのと違うよ?」
この世界には魔法と魔術が存在する。
魔法とは『世界に干渉する』力である。
火炎魔法は火の無い処に火を生む。
魔法は魔力を媒介とし『世界に干渉する』。
魔法を使うには、一定以上の魔力と修練が必要になる。
人間は生涯をかけて、魔法は二つ三つ使えるようになる程度である。
悪魔や精霊といった人外、魔獣が使うものも魔法に定義される。
人間が魔法を使うことは至難の行為だ。
そして長い歴史を経て人間が編み出したのが魔術である。
魔術とは魔術式を使用することで魔法と同じ結果を得る技術である。
同じ魔術式であれば使用に必要な魔力さえあれば、どの人間が使っても同じ魔術が発動する。
なので、まず魔術式を学び魔術を使えるようになり、より効率的に魔術を行使するために練習を行う。
魔術式とは現代においては古語とされる文字を組み合わせ、魔力を流し固定することにより作成できる。
「これでも発動するんだよ。こっちの方が短いからさ」
「うそ、私もやってみよ」
シグレはクチナシの書いた魔術式を真似る。
「……あれ?やっぱり欠陥じゃない?」
「あー。短縮してる分魔力いっぱい使うんだよね」
「えーじゃ、私じゃ無理じゃない」
「そろそそ帰る時間っすよー」
セツナがやってきた。
「あ、二人とも魔術式はきっちり消してかないとだめっすよー。森が大火事になったら大変すから」
「『はーい』」
二人は後処理を済まし施設に帰る。
夜になり、子供たちが眠り辺りは静寂に包まれる。
クチナシは一人部屋を抜け出した。
施設のルールとして森より先に出ては行けない。
夜中は施設から出ては行けない。
クチナシは生まれてすぐこの施設に引き取られ育ったため森より先に何があるかを知らない。
子供の安全の確保、魔術関連の情報の隠匿のために施設の場所や周辺の情報は子供たちには教えていない。
「それより先はルール違反っすよ?」
「きゃ」
施設から出ようとした瞬間背後から声がかかり、クチナシは思わず飛び上がる。
「せ、セツナさん?」
「脱走……じゃないっすよねー。一応聞くっすけど何処に何しに?」
「えーっと……」
ルール違反が発覚すると罰則処分になる。
個室に閉じ込めれ、一定期間一定量の反省文の作成などきつい罰が課せられる。
「ごめんなさい、内緒にしてください」
クチナシは潔く頭を下げる。
「……じゃ素直に白状するのともうしないって約束するのなら今回は特別に黙ってるっす」
「本当?」
クチナシは早速事情を説明しだした。
「夜行性の魔獣討伐したいと……」
セツナは難しい顔する。笑いをこらえてるように見えるのはクチナシの見間違いだろう。
「魔術の腕を試したいと?なら、明るい昼のがよくないっすか?」
「違うんです。魔法石が欲しかったんです」
「魔法石?」
魔法石とは魔力を蓄積した石である。
魔法石を利用すれば自身で魔力を使うことなく魔術を使用できたり、魔術式と組み合わせることで発動までの時間を制御できたりする。
魔法石は大きく分けて二種類存在する。
一つは鉱石が魔力を有しているもの。
もう一種は魔獣などの体内で生成される器官。
魔獣はこの器官があることにより魔力を溜め魔法を使える。
「そうです。魔法石での魔術式発動以外にも使えないかなーって。で、複数種の魔法石が欲しくってですね」
昼間ではシグレと協力して複数種の魔獣を討伐し魔法石を入手していた。
もちろん気づかれないようにこっそり見守っていたセツナも知っている。
「なるほどっすね。だから入手機会のない夜行性の魔獣を探しにっすか」
「は、はい」
「いいっすか?魔法石と自分の命どちらが大事っすか?」
「うっげほっ」
クチナシはいきなり呼吸が苦しくなりむせた。
反射的に首元に手をやるとワイヤーが首を絞めていた。
「な、は、何するん……か……」
意識がなくなる寸前呼吸が楽になり、クチナシは地面に膝をつく。
「ほら、クチナシさん人間なんてワイヤー一本で死ぬんすよ?子供が目の利かない夜に魔獣を相手するなんて自殺しに行くものっす」
「気をつけます……」
「気をつけるんじゃなくて、しないことが大事っす」
「はい、分かりました」
クチナシは素直に寝床に戻っていった。




