第43話「子供の作り方」
人間に理不尽にも思える人生の壁とぶちたある時がある。
人生の分岐点。
その時の己を振り返ると、後悔、羞恥、嫌悪。
大抵の人間はあの時選択して良かったと肯定することはないだろう。
人間の男女は生殖行為を行い、妊娠に至るとやがて子供が生まれる。
生物が子孫を残すというのは種の保存という観点からごく自然の行為である。
子供を初めて産んだ親は、誰しも幼少期の経験はあれど育児の経験はない。
自身の弟、妹など近しい経験はあるかもしれないが、自身の血を引く子供を育てる経験は初めてであろう。
そして、子供を育てたことのある親なら経験したことが多いかもしれない。
人生の分岐点。
子供からの純粋無垢な質問。
正解などはない。
どう答えればよかったのか。
「ねぇ、リィド?」
「ん?」
リィドはフェイシスを見る。
セツナは王都など買い物でしばらく家を空けるとのことで不在。
夜ご飯を終えリビングで四人がくつろいでいた。
「子供てどうやってできるの?」
「ごふっ」
「なっ」
「お?」
フェイシスにはリィド、セツナ、エリルにより常識等や計算など教えていた。
文字はもっぱらリィドが五大共通言語を教えている。
エンザス王国、シェラザード王国、ネインガス王国、ローゲインルド王国、今は亡きアイフォード王国の古くからあり大きい王国五つがかつて安定を目的とした条約を結んだ。凡そ三百年くらい前のことである。
戦争が起きないように。文化交流により人類のさらなる発展のために。
そして、その中には使用言語の共通化もあった。
結果的に現在ではよほどの僻地や田舎でもないかぎり五大共通言語が通じる。
国独自の言語が失われたわけではない。なので学のある人間は最低で二つの言語を使える。
まだミケが仲間になっていない時期のことである。
文字が読めないと不便なのでフェイシスに文字を本格的に教えることにした。
三人とも共通言語は読み書きができる。
魔術の知識があり、古語も知っているのでセツナが適任かと話しを進めていたが、文字の綺麗さはリィドが一番綺麗だったためお手本をリィドが教えることになった。
まさに育児のようなものであった。
そして、今特大の難題にぶちあたる。
「ど、どうしたんだ急に?」
フェイシスは記憶喪失を抜いても元が精霊の身であったのだ。
人間の身体構造の知識が元からなくても当然のことである。
「今日えりちゃんと買い物行った時ね、お店の店主さんに子供ができたって言ってたから」
「なるほどな。エリル?」
「ああ。私も聞いた。フェイシスはその場では質問してなかったから安心してくれ」
「そうか」
「フェイシスよ、それはもちろん子作りを……」
「ミケ」
リィドの本気に思わずミケも口を閉ざす。
純粋無垢なフェイシスに余計なことを教えるな。
視線のみだが、脳内に言葉が浮かぶくらい強いものだった。
「え、エリル。一応フェイシスは人間の女性と同じ体のようだからさ……」
「なっ、ま、待て、わ、私は上手く説明できないぞ。男の多い騎士団で育ったんだ。どうしてもその……」
人間の女性であるエリルに任せようとするリィドの選択はけして間違ってはいない。
けっして説明しずらいから丸投げしたわけではない。
「リィド教えて?」
「う」
フェイシスの綺麗な目がリィドを突き刺す。
「そ、そうだな。もうちょっとしたらな?」
「……?」
いつもなら教えてくれるのにはぐらかすリィドに困惑した表情を浮かべる。
「フェイシス。セツナとエリルに人間の体、男女の体の違いは教えてもらったて言ってたろ?」
「うん」
「で、その時教えなかったってことはまだ、先にいろいろ習うことがあるからだ」
「……」
「いじわるで教えるわけじゃないんだぞ?」
「そ、そうだ。セツナも言っていただろ?魔術も習う順番が大事だと。それと同じだ。それにそういうのは男であるリィドにあまりきくものじゃないぞ?」
「分かった」
リィドとエリルはお互い安堵に頷いた。
子供の好奇心を侮ってはいけない。
翌日四人で魔獣駆除の依頼をこなしギルドで報告していた時である。
「ねぇティタ姉?」
「なんでしょうか?」
「子作りてどうやるの?」
騒がしいギルドが時間が止まる。
決して魔術を使ったわけではない。
「なんだ、フェイシスちゃん。それなら俺がおし─」
言葉を最後まで紡ぐことなく壁に叩きつけられる。
「リィド、自分の女くらいちゃんとって危ねーだろ!」
リィドは無言で矢を放つ。
野次馬もギルドメンバーである。この程度の攻撃を避けれないようでは生きていけない。
ギルドは騒乱に包まれる。
ミケは再度攻撃の準備をする。
エリルは頭を抱える。ギルドのこうノリ良い乱痴気騒ぎに驚きはしなくなったがまだ慣れない。
『パン』
乾いた音がギルド内に響く。
このギルドは地方で人の入れ替わりが少ない。
知らない者の方はいないだろう。
ギルド内時は再び静寂に包まれる。
「皆さん、いい大人なんですからこれ以上は分かりますよね?」
「リィド?一応説明してもらえるかしら?」
「あ、はい」
リィドは完結に説明した。
そして、そういったこ勉強のことはティタ姉も協力してくれることになった。
騒ぎは収まったかのように思われたが再び騒ぎ始めた。
「お、小僧ちょうどいいところにいた。ちょっと面貸せ」
「誰?」
フェイシスは後ろからやってきた騒ぎの主を見たことはない。
もちろん、エリル、ミケもこの老人を知らない。
「……久しぶりですね、ギルド長」
「ずいぶん不機嫌そうな顔してどうした?ティターニア」
「貴方が帰ってきたからでしょう」
「帰ってこないとうるせー癖にな。まぁ、女は少し我儘な方が可愛げがあるがって何してやがる小僧、着いてこい」
「貴方があの一閃のザス殿ですか?」
エリルの目が輝いている。
「あ?一閃は知らねーが俺の名は確かにザスだな。なんだ小僧いっちょまえに女囲ってんのか」
「べ、別にあんたの想像するようなことはないぞ」
「は、だから小僧は小僧のままなんだよ」
「な」
「ギルド長?」
ティタ姉がにこやかに近づく。
「分かった、分かった。そうおっかねぇ顔するな」
「えりちゃん一閃のザスって何?」
それはリィドも気になる所だった。
「一閃のザス。どこかの組織に所属するでもなく、戦場に現れては、所属国関係なしに斬捨て、治安の悪い地域に現れては指名手配犯を切捨てる。相手を一太刀で殺すことから一閃と呼ばれるようになった。一匹狼はいつしかギルドに所属し最短でギルド長になったと聞く」
「でも、問題ばかり起こしてこうした地方に飛ばされたのよ」
ティタ姉が補足する。
「まぁ、そんな過去のことはどうでもいいさ。早くこい」
リィド達は個室ではなく、ギルド長の部屋に案内された。
リィド以外は初めて入る。
「っとまず小僧。その悪魔はお前のか?」
世間話のような軽い口調からは想像できない程の圧を感じる。
「そうだ。契約してるから、おっさんにとやかく言われる筋合いないぞ」
「その通りだな。だがよ、てめーの力で抑えれねー悪魔を従えるのは滑稽だぜ?」
「……分かってる。契約に使ったのは先生が作ったものだ」
「だろうな。じゃなきゃ、尻の青いてめーじゃ無理だろうな。これはギルド長として宣告するぞ」
視線が突き刺さる。
「そいつが約束を違えたらお前が責任とって殺せ。できねーなら、お前と悪魔を俺が殺す」
「……好きにしろ」
不死身であるミケを殺すなど不可能だ。しかし、それを可能だと思ってしまう程の圧がリィドを全身を握りつぶす。
「ギルド長、リィドを殺したのなら私が貴方を殺します」
「かかか。それは面白しれぇがティターニアお前じゃ無理だな」
「無理でも殺しますよ。肉体的にが不可能なら、社会的に」
「……おい、小僧お前のせいで怒らしたじゃねーか」
「自業自得でしょ」
この場で唯一慌てていたのはエリルのみだった。
明らかに冗談には聞こえない。本気の圧。
「嬢ちゃん、言っておくがまじだぜ。俺は今まで二回こいつに暗殺未遂にあってる」
「は?ボケたかおっさん」
女神であるティタ姉が殺す価値もない老人に手をかけるはずもない。
「まだ小僧が来る前のことだ。元気がないように見えたんでな、俺なりに励ましたんだ。そしたらそのお返しにこの部屋が大爆発だ」
「おおげさだな」
「大げさなもんか。よくわからねぇ魔道具が机に置いてあってな。何だ?と首を傾げたら爆発だぜ。おかげで、この部屋建て直すはめになった」
「おっさんが悪いんだろ?どうせ」
「ザス殿。事故じゃないか?」
「事故じゃねーぞ」
「それはいい年して女性の尻を揉みしだくのがいけないんでしょう」
ティタ姉は否定しないので爆発は事実。
「おっさんが全面的に悪いじゃねーか」
もしもその場にリィドがいたのなら、まず戦闘になっていただろう。
「もう一つはまた謎の魔道具を人に向けてよ。いきなり火噴いてな。幸い部屋まるごとは燃えなかったがやばかったな」
「人の顎を勝手に撫でるからです」
「学習能力のないおっさんだな」
「そのせいで、うちのギルドに新しい規則追加するはめになったぜ」
ザスはかかかと笑う。
その規則とは相手へ性的な言動をとった場合それ相応の覚悟をしろというものだ。
「話し戻すが、小僧お前悪魔一匹狩ってこい」
「断る」
「即答か」
「ギルド長。処理を通さない依頼止めてもらえます?」
「そういうな。ネインガス王国の東部僻地に山があってな。そこに悪魔が一匹いる。そいつは魔獣を操り人里を襲っていた」
ネインガス王国はリィド達のいるシェラザード王国からみて北東部にある。
距離があり何故リィドに言い出すかが不明である。
「でよ、そこに偶然居合わせたおせっかいがよ。ぼこぼこにしてな。俺は殺すべきだと思ったがそいつが悪魔と約束してよ。二度と人を襲わないのなら見逃すと。約束を破ったら責任持って殺すってよ」
「……まさか」
「そうだ。で、どうやら最近約束を破って人襲ってるようでな。本来ならあいつがやるべきだかもう死んだ。なら、弟子であるお前が果たすべきだろ?」
つまり相手は先生だ。
リィドは一転依頼を受ける気になった。
「……リィドで大丈夫なんですか?お二人で相手した悪魔なんでしょう?」
「俺は手出してねぇ。魔獣を操る能力が高いが、あいつ自身は低級だな。下手すりゃ魔獣より弱いかもしれなぇ」
その程度なら全員で挑めば負けることはないだろう。
「あ、それと小僧お前と……そこの不思議嬢ちゃんの二人だけでな。他の連中の手は借りるな」
「ザス殿、それは少々おかしいのでは?」
いくら低級悪魔とはいえ悪魔だ。
ギルドの人間を守る立場であるギルド長の行動とは思えない。
「あの程度の悪魔を倒せないようじゃ、家に女を侍らすのは早いんじゃねーか?」
「……報酬は?」
「あ?金じゃ不満か?」
「ギルド長じきじき、規則に抵触するような強引な依頼だしな」
「……何が欲しい?」
「ティタ姉に誠意ある謝罪を」
「……」
ザスはぽけーとリィドの顔を見る、
そして、腹を抱えて笑いだす。
「かかかかか、ったくよ。嫌なことを思いだせること言うな小僧。まぁ、それならいいだろう」
「リィド、もっと実用的な報酬でいいでしょう。私は別に気にしてないんだから」
リィドは冷静を欠いていたが後悔はしない。
確かにギルド長じきじきなのだ。もっと有意義な報酬も浮かびはした。
しかし、それではリィドの気が収まらない。
きっと先生も同じように謝罪を要求しただろう。
リィド達は悪魔討伐の準備を始めた。




