表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

機龍世紀1stC:バルディ戦記Ⅲ~龍と屋台と暗殺者~

作者: 武無由乃

 ――私はなんで……あんな事を。私が彼女と関わらなければ――彼女は。


 その日、私はふととある屋台へと寄った。それはここらで一般的に食べられている焼き菓子。

 それを見て私は――つい、懐かしさに負けて買ってしまったのである。


「はい――、一つ2ティアだよ」

「ありがとうっす! おばちゃん」


 ソレを口に頬張って食べる。――とても甘い味がした。


「おいしいっす!」

「そうかい? ありがたいね――。アンタここらじゃ見かけない種族だけど……旅人かい?」

「……あ、そうっすよ。まあ一時期ここに住んではいたっすが」


 私はそう言って自分の獣耳を指で掻く。

 そう――、私はいわゆる人間ではない。アルティス族と言われる獣人族である。

 本来、我らは森にあって原始的な生活を営むのが普通であるが、私の部族は人の町との交流が深く、それ故に人の文明を取り込んで近代化した一族として異端とも言える集落の出身であった。


「――」


 そのおばちゃんが私の顔を見て首を傾げる。


「アンタの顔どっかで見たような?」

「え?」


 その言葉にさすがの私も冷や汗をかく。まさか――、このおばちゃん昔買いに来た客を覚えているのか? もう十年も前になる話だぞ?

 流石に仕事に支障が出るのはマズイと考えた私は、苦笑いしつつ適当に会話してからその場を離れた。


 ――そして、その事が後の後悔につながる。



◇◆◇



「バルディ殿!! あそこの屋台から何やら良い匂いが漂ってきますぞ!!」

「……」


 バルディは、そう言って嬉しそうにはしゃぐ隣の女性を見てため息を付いた。


「お前――、本格的に人間の文化を楽しんでるな。まあ別に悪いことじゃないが」


 その言葉に少し考えた女性は答えを返す。


「べ……別に、楽しんでなどおらぬ! 人間というものをより良く理解するために、こうしてシュミレートしておるだけで……」


 その言い訳を聞きつつ、バルディは心のなかで思考した。


(かつての来歴探査で――、彼女がかつて成した事は見ている。ホーマの大虐殺――、裏から人類を支配し……、不要な者を排除しつつ文明をコントロール。そして自身の思惑から離れようとした時、そのままその文明は失敗であったとして原始の状態へ戻すべく王国を滅ぼした)


 【金邪龍ルナー】――、人というものを理解せず。――そしてそれ故に封じられていた魔龍。


(成り行きでその後見人になったものの――、果たしてこのまま放置してよいものか疑問であったが)


 今のルナーは純粋に人間の文明を楽しんでいるように見える。しかし、かつても人間の文明を裏から支配していたのだから、人間の文化はある程度理解していたはずだ。

 果たして、今と昔にどれだけの違いがあるのか? その時のバルディはいまいち図りきれないでいた。


「おお!! 御婦人、焼き菓子を一つくれぬか!」

「はいよ――、2ティアだよ」

「おう――、バルディ殿……、払っておいてくれ」


 そのルナーの言葉に、バルディは少し呆れ顔をしながらため息を付いた。


 O.E.1777年――、あと一月ほどでその年も終わろうという頃、バルディと金邪竜ルナーはマストニカ公国の首都ファルスに滞在していた。

 現在の公国元首はエリアルド二世公である。しかし、実質的な統治権は息子の一人であるキアルスに渡しており、彼自信は名目上の元首でしかない。そして、そのエリアルド二世公には二人の妻がおり――、一人は正妻であるマライア公妃、そして公妾であるヒルデガルト夫人である。

 現在の実質的元首であるキアルスはマライア公妃の子供であったが、実はヒルデガルド夫人にも一人の子供がいた。その子供――、アーバイン伯爵はキアルスより早く生まれ、れっきとした腹違いの兄であったが、正妻の子ではないゆえに継承権がなく、そして何かとキアルスと仲の悪い間柄であった。

 さて――、正妻であったマライア公妃はかつてマストニカ公国魔導法学院に通っていた魔導学者であった。そして、バルディにとっては姉弟子にあたり、今回ファルスに滞在しているのもそれが原因であった。


(マライア公妃殿下は――、アーバイン伯爵が、裏でキアルス公太子殿下の暗殺計画を進めていると言っていた。今のところアーバイン伯に動きらしい動きは見られないが……)


 ルナーが焼き菓子を頬張る横で、バルディは物思いにふける。そう――、今回バルディがファルスに滞在している理由は、アーバイン伯爵によるキアルス公太子殿下暗殺阻止であった。

 隣のルナーがしみじみと言う。


「なんとも――、人間というものは愚かよな……、権力を得るためと身内をも殺そうとする――、やはり強大な力による管理は必要なのだ」

「――まあ、愚かってとこには同意する」


 ルナーの言葉にバルディは苦笑いして答えた。


「さて――、これからどうするのだ? 我には関係ない話ではあるが……、お主には色々世話になっているゆえに、多少手伝ってもよいぞ?」

「いや――、これはあくまで人間の政治闘争だ……、アンタの手を煩わせるほどのことじゃない」

「ふむ、ならば我はどうする? 自由にしてよいのか?」

「ああ――、一応、俺の近くにいてもらわんと困るが。余計な騒動をおこさない限り自由にしていいぞ」


 バルディのその言葉にルナーは目を輝かせて立ち上がった。


「ならば! 我はここらの名産品の食べ比べをしよう!! バルディ! 資金をくれ!!」

「……」


 バルディは小さくため息を付いて、財布から数枚のお金を出して渡した。


「足りなくなったら取りに来てくれ」

「わかったぞ! バルディ殿!!」


 ルナーは楽しげな表情でバルディの元を去っていった。


(――とりあえず、余計なことをする気配はないからいいか。探査術も仕掛けてはいるし)


 バルディはそう心のなかで思うと、立ち上がってルナーの去った方向とは逆へと歩き始めたのであった。



◇◆◇



 首都ファルスの辺境にある裏路地――、そこに二人の人物がいた。

 一人は先程のアルティス族の女性であり、もう一人は深い外套を被った性別不明の人物である。


「ルシール――、準備はできているか?」

「はいっす。私の方はいつでもいけるっすよ」

「うむ……、2日後、ファルスの商業街をキアルス公太子が視察に来る。その時こそがお前の仕事だ」

「――キアルス公太子を――」


 そのアルティス族の女性――ルシールの言葉に、外套の人物は頷く。


「仕事前に目立つ行動はするなよ?」

「わかってるっすよ。必ず――公太子を」


 ――と、不意にどこからか調子はずれの歌声が響いてくる。その場の二人は警戒するように路地の入り口を見た。


「うむ!! ここらに隠れた名店があると聞いたが! 迷ってしまったようだな!!」


 そう言って袋片手に笑うのはルナーであった。ルナーは一瞬路地裏の二人を見ると、関心を示すことなくそのまま通り過ぎていった。

 それを見て二人は――、


「見られた――か……。今は目立つ行動は控えたいのだが」

「見られた以上、なんとかしないと――、仕方がないっす」


 二人は頷いて路地裏を出る、そこに陽気に鼻歌を歌うルナーの背が見えた。


「私はこのまま作戦の準備に戻る――、あの女の始末はお前一人で大丈夫だな?」

「わかってるっすよ」


 ルシールの言葉に、外套の人物は頷いてその場から姿を消した。ルシールはそれを見届けた後、静かにルナーの背を見つめたのである。

 そして――、


「悪いっすね――、仕事前に見られた以上……、こうする他ないっすよ」


 ルシールは懐に手を入れて、静かに音を立てる事なくルナーの後を追ったのであった。



◇◆◇



 ルシールはかつてを思い出していた。


 ルシールの集落は人の商人との取引を切っ掛けにして人の文明を取り入れた集落であった。

 しかし、それは人側にとっては、ていの良い奴隷を手に入れる手段でしかなく――、ある取引を境に大きな負債を抱えた集落は、人の支配下に置かれることとなり、多くの若者が格安の労働者――、あるいは愛玩品として売られることになる。

 そうして彼女もかつては売られ、その主人であるとある貴族のもとでメイドとして働いていた。首都ファルスの貴族別宅にて生活していた彼女は、それでも貴族としては善良な方であった主人のお陰である程度の自由な生活が出来ていた。

 それが大きく代わる切っ掛けは――、主人である貴族が政争に敗れて辺境に飛ばされて後であった。

 それ以降――、正気を失った貴族は、彼女らに虐待を繰り返すようになり……、ある日、我慢できなくなった彼女によって殺害されるにいたった。


 それ以降はまさに転落するしかない人生であった。

 その種族特性である運動神経を見込まれた彼女は、闇の犯罪組織へと身を置くにいたり――、そして現在その命令によってキアルス公太子を暗殺する任務についている。


 いまだ主人である貴族が優しかった頃――、その主人にかってもらった焼き菓子の味はいまだに覚えていた。

 懐かしくてつい手にしてしまった彼女は――、かつての、貴族の優しい笑顔を思い出してしまっていた。


(ああ――、わかってる。旦那様は……多くの仲間……さらには家族にすら裏切られ――人間不信になって、私のことすら信じられなくなってしまっていたのだ)


 苦しかった――、辛かった――、だからそれから逃げるために旦那様を殺した。でも――、旦那様が自分を裏切った仲間を――家族を想って嘆いている夜のことを彼女は知っていた。

 知っていたのだ――、


「旦那様――」


 そう言葉を発したルシールは、倒れて気絶していた自分をやっと思い出した。


「あ――」


 頭を手で抑えながら起き上がる。それを静かに見つめる女がいた。


「ふむ――、死んではおらぬ様子だな」

「う? アンタ」


 その時になってやっと思い出す。自分は目の前のこの女性を殺そうとして、返り討ちにあって気絶していたのである。


「いきなりなぜ我の命を狙った? 我でなければ死んでおったぞ?」

「う――」


 そう言って自分を睨むその女性――ルナーに、ルシールは言葉をつまらせた。


「言いたくないのか? まあ――直接脳に聞く手段もあるが?」

「え――」


 流石に顔を青くするルシール。しかし依頼された事を喋るわけにもいかない。

 ――と、不意になにか懐かしい香りが漂ってくる。それはその女が手にする袋からであった。


「え……それは」

「む? この焼き菓子か? ――食べるか?」


 呑気にそういう女に唖然としながら、ルシールはその袋から焼き菓子を手にとって一口かじった。


「――」


 先ほど昔を思い出してしまったからだろうか――、ルシールは不意に目から涙が流れるのを感じた。

 目の前の女はそれを見て少し驚くと、指で顔をすこし掻いてから言った。


「もう一つ食うか?」

「――うう、ありがとう」

「……」


 黙ってルシールが焼き菓子を食べるのを見つめていた女は質問を変える。


「お前――さっき旦那様とか言っていたが」

「――」


 その言葉に俯いて涙を流すルシール。その様子にため息を付いて女は話を続けた。


「話したくないなら――まあ、仕方がないか」

「……」


 ルシールは少し考えた後、自分の過去を話し始めた。

 女は黙ってそれを聞く。そして――、


「……私は、そうして旦那様を殺したっすよ。でも本当は――」

「なんとも――やりきれぬ話よ。人の心はそれほど脆いのだな」

「脆い――、そうかも知れないっす」


 女は言う――。


「お前が何をしようとしているのかはこの際聞かぬこととしよう。少なくともかつてを後悔するほどには罪の意識があるのだろう? 罪を罪だと理解してそして後悔出来る者は――、結構少ないものだ」

「私を見逃すっすか?」

「今のところは――な。何か我に不利益になることなら、後で妨害させてもらうが」

「……」


 目の前の女が誰であるかわからないゆえにルシールは考え込む。


(とりあえずこの場は逃れないとマズイっす。そもそもこの女を殺せれば問題ない話っすが――、正直無理っす)


 歴戦の暗殺者であるルシールは、先程の相対によって目の前の女性の強さが桁違いである事実を理解していた。

 だからとて、このまま彼女を放置するわけにもいかない。このことが切っ掛けで任務が失敗したら目も当てられない。

 そうして悩んでいると、不意に二人に声をかける者がいた。


「おや? アンタは」


 その言葉を聞いて、ルシールは最悪の事態であることを理解した。それは――、


「ぬ? 屋台のおばちゃんではないか」


 呑気におばちゃんに話しかける女性。それを見て優しげに微笑むおばちゃん。


「さっきのお客さんかい? それにそっちの娘は――、そうかい、やっぱり……」


 おばちゃんは嬉しそうに近づいてくる。そして――、


「ルシールちゃん? そうだろ? エドガー男爵のとこのメイドさん」

「あ……」


 そう言ってルシールの肩を叩いた。


「ほう――エドガー男爵だと?」

「ああ……、数年前に辺境に飛ばされて、そのまま亡くなったって話だが……。ルシールちゃんは生きてたんだね、本当に良かった」


 その言葉にルシールは呆然とする。状況はルシールにとって最悪の方向へと転がりつつあった。



◇◆◇



 なにか嫌な予感を感じて戻ってみて正解であった。外套の人物は影からルシールとその他二人の人物を見つめる。

 どうやらルシールは、あの女に返り討ちにあった様子、そして、それを返り討ちにしたらしき女――。その状況を直接見た訳では無いが、正面から殺すことは不可能であろうことは予測ができる。


(ババアはいつでも殺せる――、問題はあの女……)


 この場で余計な騒ぎを起こすわけにはいかない。ならばやることは一つ――。

 外套の人物は闇の中へとその姿を消す。目指すは――、



◇◆◇



 太陽も沈みつつある夕方ごろ――、ルシールとルナーは二人で街を歩いていた。


「……うむ。おばちゃんの手料理は美味かったな」

「そうっすね」


 アレから屋台のおばちゃんの家に招待された二人は、そのままそこで彼女の手料理を食べてから、各自の帰路へとつこうとしていた。

 しかし、ルシールは一向にルナーの傍から離れようとはしない。ルナーの方はと言えば、それを気にする様子もなくルシールに背を向けて歩いている。


(なんて無防備な――、でも)


 その無防備な状態の彼女に先程は返り討ちにあったのだ。


「――……、あのルナとか言ったっすか?」

「……ルナーだ、名前の最後を伸ばすがよい」

「本当に黙っていてくれるっすか?」


 その言葉にルナーは笑って答える。


「さっきも言ったであろう? 我に関係のない話なら黙っていると」

「それだと――困るっす」

「ふむ……」


 ルナーはルシールの言葉に首を傾げる。


「ならばどうしたらいいというのだ? はっきり言ってお前を見逃してやったのは我の気まぐれだぞ?」

「う……。それはそうっすが――」


 ルナーの言葉に困った表情を浮かべるルシール。不意にその表情が険しく変わる。


「――」

「ん? どうした?」


 ルシールは黙って傍に置かれた木箱の上に手を触れる。そこに小さな紙切れが挟まっていた。


「……」


 その紙切れを見て――、ルシールの顔は蒼白に変わる。


「何かあったのか?」


 ルナーのその言葉に、ルシールはビクッと体を震わせてからルナーに向き直った。


「屋台のおばちゃんが……、私の仲間に攫われたっす」

「――」


 その言葉を無表情で聞くルナー。ルシールは手を震わせながらルナーに言う。


「おばちゃんを死なせたくなくば街外れの廃屋に来いと――、アンタに伝えろと書かれてるっす」

「そうか」


 ルシールの言葉に無表情で答えるルナー。


「ルナさん……」

「――で、我にどうしろと?」

「!!」


 そのルナーのそっけない様子にルシールは驚きの表情を浮かべる。


「おそらく、お前の仲間は何処からか我らの話を聞いておったのであろう。そして我という目撃者を始末するべく動いた――と」

「そうっす」

「ならば――どちらにしろおばちゃんは殺されるであろうな。いや――すでに殺されておるかもしれん」

「――」

「ただ我が面倒事に巻き込まれるだけで――、我がわざわざ手を下す意味はない」


 その冷たい言い方に、さすがのルシールもその襟首をつかんで怒りの表情を作る。


「何を怒る? 貴様の仲間が――貴様も関係している事で、一般人を殺害しようとしているのであろう? 我には何も非難を受けるいわれはなかろう」

「そうっすよ――、たしかにそうっすけど」


 ルナーは冷たい目でルシールを見下ろしながら言う。


「そもそも怒りを向けるべきは我ではなかろう? 失敗した自分自身や、余計なことをする仲間に対してであろう?」

「……」


 俯いて何も言えなくなるルシールにルナーは言う。


「お前は――、あのおばちゃんが死ぬのが嫌なのだな?」


 その言葉にルシールが頷く。


「――もし我がおばちゃんを救いに行けば、お前の仲間は確実に終わりだぞ? そうなればお前の仕事も失敗になろう?」

「――それは」

「答えるがいい――、大事なのは命か? 仕事か?」


 少し考えた後――ルシールは決意する。


「私は――、おばちゃんを救いたいっす」

「――そうか」


 ルシールは天を仰いで涙を流す。


「馬鹿っすよね――、あの時、自分から旦那様を殺して過去を捨てたというのに。あのおばちゃんの焼き菓子の味は、大切な思い出として今も心にあるっすよ」


 ルシールはかつての事を思い出す。エドガー男爵と街を散策し――、笑い合いながら焼き菓子を買って食べた時の事を。

 それは血塗られた末路によって忘れたい思い出になってしまったが――、それでも忘れられなかった幸せな日々であった。


 ルシールのその様子にルナーは――、


「――我に救ってもらいたいなら一つ我と取引をせよ」

「? どういうことっすか?」

「簡単な取引だ――、貴様にとっても悪い話ではない」


 ルナーの言葉にルシールは首を傾げる。

 それからルナーが語った取引は、少なからずルシールを驚かせたのであった。



◇◆◇



 それからしばらく後、首都ファルス郊外の廃屋に一人の人影が現れた。廃屋内に潜んでいた外套の人物はその人影の正体を理解し、そのまま外へと出てきた。


「――ルシール? 貴様一人なのか?」

「……そうっす」

「あの女はどうした?」


 その言葉にルシールは苦しげな表情をして俯く。


「まさか――、人質を見捨てた……か」

「そうっす――、交渉したっすが”なぜ我がそのようなことをせねばならぬ”と」

「ふう――、まあ多少そうなる可能性も考えてはいたが」


 外套の人物はルシールの傍へと歩いてくる。


「まあいい――、後は私に任せて貴様は仕事の準備にかかれ」

「仕事を継続するっすか?」

「当然だ――、これで失敗する確率は多少増えたが――、私がメインとして動く作戦へと切り替えればよい話だ」

「ならば――」

「細かい作戦は変更――、お前は私の補助に回れ。詳しい話はあそこで話そう」


 そう言って指さしたのは背後の廃屋であった。


「そう言えば人質は?」

「まだ生きてはいる――、まあ人質としての意味はもうないからすぐに殺すが」

「そうっすか」


 ――と、不意にルシールが腰にさした短剣を横薙ぎにふるった。外套の人物は寸でのところで回避する。


「なんだ?! 貴様!!」

「良かったす――、おばちゃんが生きてて」

「裏切るつもりか?!」


 その言葉を聞いてルシールは顔を歪ませて笑った。


「そうっすね――、そういうことになるっすか?」

「そんな事をすれば、貴様は永遠に我ら組織に追われることになるぞ?!」

「ほう――、それは”好都合”っす」


 その言葉に不気味なものを感じた外套の人物は、その手に無数のナイフを取り出して放ってきた。

 それに対しルシールは――、


 ガキン! ガキン!


「?!」


 避けることすらしなかった。


「無駄っすよ? 私の身にその程度の攻撃は効かないっす。そもそも私は――特定ランク以下の生命からの”物理攻撃”は無効すから」

「な――、お前ルシールでは……」


 その言葉に笑うだけで何も返さないルシールは、その手にしたナイフを横薙ぎに振るう。

 それだけで外套の人物の腹が裂けて血が吹き出す。


「さて――、全ての事情は我が後見人……バルディ殿に話すといいっすよ」


 そうして笑うルシールに、外套の人物はただ恐怖の表情を向けるだけであった。



◇◆◇



「おや? アンタは――あの時の」


 屋台のおばちゃんがそう言って笑いかけてくる。


「ああ――どうもお久しぶりです」


 ”私”はそう言っておばちゃんに頭を下げた。

 おばちゃんが救い出されてからすでに一月あまり――”私”は暫くの間ある場所に匿われていて……、そしてやっと表に出られたばかりであった。


「そう言えば――、あの時一緒にいたルシールちゃんは……」


 おばちゃんがそう言って心配そうな顔をする。”私”は笑ってその問いに答えた。


「大丈夫だよ――、ルシールは今はハイラテラで魔導学者の助手をやっているらしいし」

「そうなのかい? 良かったよ――」


 ”私”はおばちゃんのその嬉しそうな笑顔を見つめた後、焼き菓子を一つ注文する。


「美味しい――」


 ”私”はそう言って笑う。もう”私”はかつての”私”の姿は失っているが――、それでもこの焼き菓子の思い出は心のなかに残っている。

 そう――、”私”のかつての名はルシール。全てを一からやり直すために、アルティス族の肉体を【金邪龍ルナー】に渡したかつての暗殺者。

 外見を彼女と入れ替えた私は、今はごく普通の人間として生活している。


「あの――、おばちゃん。お願いがあるんだけど」

「ん? なんだい?」


 おばちゃんは首を傾げて私に笑顔を向ける。私は――そして決意を口に出した。


「おばちゃん――、私を弟子にしてくれない?」


 その言葉を聞いて――、おばちゃんは嬉しそうに笑ったのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ