不思議の国の日常2ー3
「え、えーと。い…今からー、ジュリア=ローレライによる決闘の申請を受理するー。」
ソレイユの、なんとも威厳のない宣言が決闘場に響き渡った。
その声には戸惑いしかない。当然である。
ジュリアは決闘場に立ってからずっと、決めポーズを取っているのだから。
「兄さん…受理しない方がいいんじゃない…?ほら、またポーズ変えたよ…?あのジュリア=ローレライって人…。あ、また変えた…」
「ま、まあいいんじゃないか…?拒否する理由もねーし…」
困った様子のソレイユは、次の瞬間スウッ…と目を細めて、急な落ち着きを見せた。
「ルナ、お前も王子なら…俺と血を分つ兄弟なら、分かるんじゃないか?この決闘の結末が」
軽く目を見開いて、ゆっくり瞬きすると、ルナも鋭い目つきに変わった。
「…うん、分かるよ。断言するけど…
ーージュリア=ローレライは、負ける」
ルナは声を張り上げた。
「これより、ジュリア=ローレライと護衛4人による、決闘を開始する
戦闘範囲はこの、特殊な防御結界の中。この結界は、内側はもちろん外側から攻撃しても一切貫通せず、魔法の場合は、結界に当たった瞬間跳ね返りも爆発などもせず、消えるようになっている」
ソレイユも威厳を取り戻した。
「ルールは1対1で、剣などの物理的な装備は禁止とする。魔法で生み出した精神的な装備は可。制限時間は5分。挑戦者は、対戦相手に一つでも傷をつけたら勝利とする」
その時、ジュリアが鼻で笑いながら口を開いた。
「5分以内に傷一つをつけたら勝利?護衛になるための決闘が、そんな生ぬるいもので良いのですか?」
「口を慎め」
ソレイユがカンッ!と杖をつく。
「俺たちは王ではない。だが王子だ
王が不在の今、国を統治している俺たちの話を遮るとは良い度胸だな」
普段の彼からは想像もつかないような、低い声が響く。
ルナも杖をジュリアの方へ向けた。
「俺たちの判断で、決闘を無効にすることもお前の社会的立ち位置を悪くすることもできる。発言には気をつけるべきだよ」
落ち着きのある、しかし冷たい声。
ピリッとした空気が流れる。
ジュリアは息を呑んで
「…申し訳ありません」
胸に手を当て、謝罪を述べた。
「ーーでは、続ける」
ソレイユは再び、声のトーンを戻した。
「挑戦者は、対戦相手をその都度指名すること。4人連続で勝利したら、見習いではあるが護衛となることを認める。ただし、1人でも敗北した時点で決闘は終了。次に申し込めるのは半年後だ」
「ああ、大事なことを言い忘れていた」
ルナが重要事項を付け加える。
「この決闘では、固有魔法の使用は両者禁止とする」
ルナがチラッと横目で見ると、ジュリアが一瞬たじろいだ様子を見せていた。
(…おそらくジュリア=ローレライは、今日という日をわざわざ選んでやって来た
マルクスの固有魔法は論外として、日没以降最強の術になってしまうマリカの『夜之微笑』を、太陽が昇っているうちはあまり脅威と捉えていない。そして、新月の日に発動不可になる、シュテアナの『満月爪』を阻止できるのは…今日、新月の日だ
マリカとシュテアナに対する決定打を持っていたのかもしれないけど、決闘のルールが元々固有魔法の使用を禁止していて良かったよ)
なんて密かにホッとしながら、ルナはジュリアに向き直った。
「…では、最初の対戦相手を選べ」
ジュリアはほとんど考え込まず、答えた。
「サラサ=イエロ」
「私、ですか」
サラサは呼ばれるのが分かっていたような様子で、結界の中に入った。
それを見たジュリアも、続けて中に入る。
ソレイユとルナは頷き合った。
『護衛試験、一回戦、開始!!』
カンッ!!!!!
結界の外側にて。
玉座に座る王子たちの傍らに、残りの護衛3人が並ぶ。
決闘場に集まっているのは、決闘を進行する王子2人に、挑戦を受ける護衛4人。そして挑戦者のジュリア。
必要最低限のメンバーだ。
麗奈はピョコタと、談話室で休憩中。ハルクは工房にて、クロッカの相手をしている。
結界の中では、外側の声は聞こえない。
そんな中で、サラサは、ジュリアに出会い頭に言われたことを思い出していた。
シュテアナとマルクスがジュリアを連れて、ハート城に戻ってきた。門の辺りで掃除をしていたサラサは、ここでジュリアと出会うことになる。
サラサが挨拶をしようとした瞬間、彼は突然、こう言った。
「サラサ=イエロ…雷魔法を多用しているあたり、得意分野なのか、あるいは他の魔法が使えないのか…。僕が観察していた限り、君はヒーラータイプといったところかな?あまり前方に出てる様子もないし、そもそもシュテアナ=プラチナム同様、魔法には偏りがある。
固有魔法を使っている様子が見受けられないが、まさか使えないのか?いやしかし…」
ーー…。
そして今、ジュリアと改めて対面した。
彼は余裕の笑みを浮かべ、完全に肩の力を抜いている。
(いつ、どこで私たちのことをここまで分析したのか…少なくとも彼は私の同級生ではありませんし、カゴライ君もプラチナム君も、ローレライさんとは初対面だと言っていました。ということは、私たち4人それぞれの母校出身ではない。あるいは後輩なのか先輩なのか…。名前以外伏せていらしたので、何も分かりませんね…
ただ、なぜだろう…。この人には…
ーー負けたくない!)
「跳躍!!」
先に術を発動させたのはサラサ!
地面から数センチ上に出現した魔法陣を蹴って、高く跳ぶ!!
さらにもう一つ魔法陣を出現させて…
「火炎魔法との掛け技で…ブースト!!跳躍!!」
ドッッッ!!!!!
火炎魔法の応用で足にブーストをかけて、垂直に跳ぶ!!
が…
「遅い!!ブースト!!跳躍ッ!!!」
ジュリアも同じ術を発動させた!
サラサに向かって一気に加速する!
そのスピードは、明らかにサラサを上回っている。
しかし、サラサは動揺せず
「黒煙!!」
ブワッ!!!!
2人の間に黒い霧が発生する!
ジュリアはニヤリと笑った。
「目くらましか。俺より遅いのに逃げ切れるのかね!?
火炎槍!!」
五つほどの炎の槍が黒煙を突き抜ける…かに思えた。
チリッ
まるで火花が発生したような音が鳴る。
いや、発生したのだ。
「ーッ!?」
ジュリアは慌てて跳躍の速度を緩めようとするが…
間に合わない!
ボンッ!!!!!!!
「うわッ!?」
ジュリアは爆発の反動で、後ろに吹っ飛び…
ドンッ
床に叩きつけられた。
「なんだ今のは…!?黒煙に着火剤要素なんてないはずだ!!」
「はい、ありません」
「ー!?」
ジュリアが顔だけを声の方に向けると、いつの間にかサラサは、ジュリアのすぐ側に立っていた。
「黒煙の術は、元々木炭を煙のように見たてて撒き散らすという術です。なので、事前に黒煙の術に、『過去』の術を掛け合わせたんです」
「は……!?!?」
過去とは。出来上がったものを元の材料に戻すことができる術のことである。
例えば氷に過去をかけると水に戻り、花にかけると、調節によっては満開から五分咲きに戻したり、蕾や種の状態に戻すことができるのだ。
ジュリアは動揺が隠せなかった。
「確かにサラサ=イエロ!お前はこの4人の中で最も戦闘スタイルに謎が多い!!でも確かに魔法には偏りがあるはずだ!前方に出てる様子がないあたり、強いとはとても思えない!!なぜ魔法同士の掛け合わせなどという真似ができる!?」
「ひとつだけ答えられるとするなら…」
サラサは、いつもは見せない涼しげな眼差しでこう言った。
「何よりも大事なのは、土台や裏方の、地味であり地道な立ち位置だということです」
ここで、結界の表面に表示されている数字が、02:25になった。
「残り時間は半分ですね…
ー続けますか?」
ジュリアはギリッと歯軋りした。
「舐めるなよ……ッ!!!」
「…なぜ、決闘を申し込んでくる者は皆、最初にサラサを選ぶんだろうな」
この決闘を見届けながら、ふと、シュテアナは呟いた。
応えたのはマリカだった。
「おそらく、『サラサ=イエロはこの4人の中では弱い』って判断されているのでしょうね」
「それこそ何故だ。サラサも陛下に選ばれた護衛だ、弱いわけがない」
「それなんスよね、多分」
『え?』
マリカとシュテアナの声がハモる。
声の主は、無論、マルクスである。
「『陛下厳選の護衛の1人』って考えが、自分たちはともかく、サラサちゃんを見るとすっぽり抜けちゃうんだと思うんスよ。ふわっとした見た目をしていて、とても人を攻撃できるようには見えないッスからね」
「確かに…」
シュテアナは独り言のように相槌をうつ。
「ローレライさんの言う通り、サラサちゃんはヒーラータイプッスけど、これはあくまで結果論ッス。サラサちゃん以外の皆んながゴリゴリのアタッカーで、回復に手が回らないからサラサちゃんが怪我の手当を担当してる。ただそれだけなんスよね〜…」
マルクスは苦笑しながら、首をすくめた。
「それに、完璧なヒーラータイプかって言われると、そうでもなくて。多分サラサちゃんは、補助魔法が専門なんじゃないかと思うんスよ。自分の魔法の威力を底上げしたり、逆に相手を怯ませたり。周りのサポートに長けている、縁の下の力持ちタイプなんス
自分たちは攻めることに必死すぎて忘れがちッスけど、今までこんなに有利に戦えてた理由が、今分かったッス」
マリカは頷きながら、彼の話に納得した。
「サラサは、常にイレギュラーが起こる戦闘の中で、自分の立ち位置を自在に変えている臨機応変タイプ。基礎を大事にする生真面目さと冷静な判断能力は、間違いなく城内トップだわ」
「そういうこと。つまり…」
「ええ。サラサは…」
「ーー強いわ」
残り1分。
「氷槍!!」
ジュリアが発動させた無数の氷の槍が、サラサの顔目掛けて飛ぶ!!
(さっきは驚いたが、やはり魔法自体に大した威力はないし、素早いが動き方はどこかワンパターン…!)
ジュリアは勝利を確信し、笑みを浮かべた。
(ハハッ…!氷槍はサラサ=イエロの頭上にも放っている…!この状況だと屈んで避けるしかない!そこを突く…!!)
しかし。
「なッ…!?」
サラサは迷わず上に飛んだ。
「おや!?これほどまでに阿呆なのかい王族の護衛というものは!?」
(話術でも攻めて、精神も崩していく…!
火炎魔法の威力が大して無いサラサ=イエロは、この状況では逃げ切れな…)
「火炎鏡!!」
次の瞬間、サラサは炎をまるで、円のように描いた。
バリアのように張った炎に当たった氷は、段々と溶けてポタポタと雫を垂らした。
ジュリアはまたも、動揺を隠せなかった。
「火炎鏡…!?聞いたことがないそんな火炎魔法!!まさか、お前の固有魔法…!?」
「いいえ、違います」
フワッと着地すると、サラサは冷静な口調で
「今のはただの応用です。そもそも決闘では、固有魔法の使用は禁止ですので」
「応用…!?」
「私は確かに、雷魔法以外の威力は保証できません。ですが、威力が弱いからこそ、即興ではありますけど相手の術を崩すことも可能なのです」
「なぜだ!?魔法は威力が無ければ…強くなければ意味がない!!強力でなければ脅威も感じさせない!!闘いはゲームだ!!チェスのように対等には戦えない!!相手より全てのステータスにおいて強く在り、闘いには必ずシナリオがあってそれ通りに動けば…!」
「勝てません」
サラサは断言した。
「確かに持ちうる駒は対等ではありませんが、戦闘時にイレギュラーはつきものです。いつでも同じ動きをする人間など、この世には存在しない。自分が持っている駒を、如何に使いこなせるか、強さを理解して応用させられるか…そして、どんな状況に立たされても『異常は通常』だと捉えられるか
護衛は決して、自分たちのことを強いとは思っていません。だからこそ磨いて磨いて、欠点を欠点にしないように、お互いに補い合えるように鍛錬を繰り返すのです」
「なぜ…なぜ強さを示さない!?お前たちならば、ハート城を占拠するなど容易いはず!!国民のみならず、世界中が平伏する!!なぜ護衛という立ち位置を利用しない!?!?」
ジュリアは肩で荒く息をしながら、金切り声を上げる。
サラサはしばらく黙ったのち、こう言った。
「ローレライさんは、護衛という肩書きが欲しいのですか?」
「は?…当然だ」
「その肩書きを手にして、どうするのでしょう。先程仰ったように、人々を平伏させたいのですか?」
「え?え…っと…」
「答えられないのですね」
「貴様…ッ!!」
「電撃域!!」
ビリッ!!!
「ッ!?!?」
高速の電流が床を走り、ジュリアに当たる。
威力をわざと弱めてあったのか、彼は気絶はせず、ガクンと崩れ落ちるだけだった。
「…強さは、見せつけるものではありません」
カツン…カツン…と、サラサは歩を進めながら話す。
「トランプ兵は皆、『守るため』にその力を使います。我らが主、ヴェンロッサ家はもちろん、目の前の生きとし生ける全ての種族を守る…それが、ワンダーランドという多種族国家の兵士です。その高い志を、あなたは理解していない」
ピシャッ!と水溜まりが跳ねる。
水飛沫をバックに、サラサは朗々と声を響かせた。
「我が名はサラサ=イエロ。ワンダーランドの王、ルージュアン=ヴェンロッサに選ばれし護衛。
簡単に負けるわけにはいきませんっ!」
ここで結界が、自動的に解除された。
ソレイユとルナは一息吐くと、静かに杖を鳴らした。
カンッ!!!
『勝者、サラサ=イエロ。護衛試験を終了とする』