不思議の国の日常2ー1
空想妄想大好き!高校2年生の有栖川麗奈は、異世界から帰る方法を探しながら、ハート城での生活をスタートさせる。不安だらけだけど、みんながいるから大丈夫!と呑気に思っていたある日、ピョコタに国立記念フェスタに誘われて…?
カーテン越しに、淡い光が差し込む。
(ーあさ…がっこう……おきなきゃ…)
有栖川麗奈は、ゆっくり目を開けた。
まだぼんやりする視界。
しばらくぼーっと天井を眺めていると…
目に入ったのは、黒と白のダイヤが交互に並んだ、ハーリキン・チェック模様。
(あれ…。私の部屋…じゃ、ない?)
顔だけ動かして、あたりを見渡す。
シミ一つない真っ白な壁。高級感のある大きなタンス。部屋の真ん中には赤いラグが敷かれており、その上には薔薇を生けた花瓶が乗る机と、側にはクッキーを模したクッションが3つほど。
そして自分が寝転がっているのは、ふかふかの、1人で寝るには少し広いベッド。
思わずガバッと身を起こす。
スタスタと歩いて、とりあえず目についた扉を開けた。
「お風呂…?」
猫足の大きなバスタブが目に入る。
未だぼーっとしている麗奈は、黙って浴室を出て、カーテンを開けた。
さらに窓を開けると、優しい風が入ってきて…
目の前には、森と、その先にはヨーロッパのような街並みが広がっていた。
「ー本当に異世界に来ちゃったんだ…」
ワンダーランドにやってきて3日目の朝。
麗奈が住まわせてもらっているのは、トランプ兵の宿舎だった。
(最初案内してもらった時は
『何ここスイートルームっ!?』
って驚いたっけ。スイートルーム泊まったことないけど)
トランプ兵は皆、住み込みで働いているらしい。その際に泊まるのが、城の裏側に建てられた宿舎なのだが。
その一室一室が無駄に豪華。
広さはアパートの一室くらいで、いかんせん装飾が煌びやかなのだ。
家具も一体いくらしたのだろう。
王子たちも優雅な暮らしをしているのだろうが、使用人まで王族気分になれるとは。
こんなホワイト企業、日本でも滅多に見つからないだろう。
……。
「…日本かぁ……帰れるのかなぁ」
クッションを抱き締めて正座していると
コンコンッ
「ぴゃっ!?」
「…ぴゃ……?レナ様、マリカですが…大丈夫ですか?」
「あっ!?ま、マリカさん…!?」
「入りますよ?」
入ってきたのは、黒髪美人のパーフェクトメイド、マリカ=リーリア。
黒薔薇のような凛とした佇まいは、道行く人が振り返るほど美しく。大きな黄金の瞳は、見つめられたら吸い込まれそう。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
「おはようマリカさん。こんなふかふかのベッドで熟睡しない方が無理だよ」
「それはよかったです」
マリカは花瓶の水を変えながらニコリとした。
「あ、そうそう…。制服だけで生活するのは不便だと思ったので、サラサがいくつか服を縫ってくれました。ここにいる間はそれを着て下さい。もうタンスに入れてあるので…」
「え、いいの!?…わぁ…可愛い…!!」
麗奈はタンスを開けて目をキラキラさせた。
微笑みながら見守って、マリカが言った。
「着替えたら朝ご飯にしましょうか、王子もお待ちですよ」
異世界だから変わった料理でもあるのかと思っていたが、朝ご飯は普通に洋食だった。
でも、いちいち豪華だし超絶美味。
パンもスープもおかわりし放題で、飲み物もどれだけ種類が用意されてることやら。
(王子と同じ朝食を私が食べていいの…!?あ、このシナモンロールおいしい)
トランプ兵は傍らに大人しく立っており、その都度パンを持ってきたり飲み物を注いだりしている。
(こうやって見ると、ちゃんと使用人なんだなぁ…。昨日と一昨日は戦ってるところしか見てないから…)
オレンジジュースを口にして、今度は王子たちの方へ視線をやる。
横長の机の両端に、双子は座っていた。
ほとんど音を立てずにスープをすするのは、兄のソレイユ=ヴェンロッサ。
活発、好奇心旺盛、単純。彼を表す言葉はこんな感じだろうか。
子供っぽい印象があったが、優雅に食事をするところを見ると、やはり王族なんだと実感させられる。
弟のルナ=ヴェンロッサも、パンを小さくちぎって食べていた。
冷静沈着、大人しい、慎重と、兄とは正反対の性格をしている彼。
(にしても……何で誰も喋んないの…?)
家族と喋りながら朝ご飯、が普通だった麗奈には、この空間が耐えられなかった。
しばらく自分も静かにするが、我慢しきれず、ある人物に質問を投げた。
「サラサさん!」
「は、はいっ?」
金髪碧眼、おっとりした性格は天使のよう。サラサ=イエロは少し驚くと、麗奈の方に振り向いた。
「あのさ、さっきから4人だけ動いてるように見えるけど、他に使用人はいないの?」
「え?…ああはい、メイドと執事はこの4人だけですよ」
(少なすぎない…?)
麗奈が不思議に思っていると、サラサがゆっくり近づいてきて
「私で良ければ、朝食の後にでも理由をお話しましょうか?」
「いいの!?聞きたい聞きたい!!」
案内されたのはサラサの部屋。
「ー実は私たちも、もともとは薔薇の騎士団の所属だったんです」
「え!?」
サラサはコーヒーとクロワッサンを運んできて、そう言った。
どうやらこれが朝食らしい。
「ご存知の通り、メイド・執事・薔薇の騎士団は、まとめてトランプ兵と呼ばれています。
…私たちがまだ産まれる前の話。先代の陛下はあまりにも横暴な政治を行う方でした。当時200人弱在籍していたトランプ兵は、ある日たまりかねて、全員辞めていったそうです」
麗奈はふんふんと頷く。
「トランプ兵になるためには、トランプのマークの"痣"があることが条件として挙げられます。現在より昔の方が"痣"は稀有なものだったらしく…当時の陛下のお人柄もあって、就職希望者はしばらくゼロでした
ですが、私たちが18歳…ちょうど就活をしていた年に代替わりして、現在の陛下になりました」
「ちょ…ちょっと待って?」
「はい?」
「今国を治めてるのはソレイユ様とルナ様…だよね?王様がいるの?」
「はい。女王陛下と共に海外遠征中なので、国を一時的に王子に預けているんです」
「ええええ!?!?」
「現在の両陛下はとてもお人柄が良く、徐々に就職希望者は増えていきました」
「それでサラサさん達も、薔薇の騎士団に入ったんだ」
ここで麗奈に疑問が湧いてきた。
「でも、なんで騎士団を選んだの?」
「現在の陛下が、『自分たちのことは自分でできるから』と使用人を雇わなかったので、必然的にトランプ兵=騎士団になったんです。それに、"痣"がある人間は、全員魔力量が高いんです。なので、皆魔法による実戦に自信があります。大抵の人は『"痣"があるのに魔法を使わない仕事をするのはもったいない』と考えるものです。実際私も、雷魔法では学生時代、誰にも負けませんでしたから!」
グッと拳を握るサラサ。
「あ、他はダメダメだったんですけど…」
付け加えてアハハ…と笑う。
「でも、騎士団として必須の剣が、私・マリカ・プラチナム君・カゴライ君の4人はあまり得意ではありませんでした。そんな時、陛下に魔法のみで団員同士で戦ってみろと言われました。すると私たち4人は、他の団員に比べて、体術と魔力に優れていると陛下に評価を頂きました。次に剣のみで戦ってみると、ノア君の圧勝だったんです。
そして陛下に推薦されて、ノア君は若き騎士団長になりました。残った私たち4人に、陛下はこう仰いました。『お前たちは使用人になれ。ただし、闘う使用人だ』と。そういうわけで、私たちは使用人と言う名の、ヴェンロッサ家の護衛になったということです
ちなみに使用人になるには、"痣"があること、私たち4人を全員倒すことが条件だと陛下が定められたので…」
「…もしかして、この数年間誰も倒せなかったから、4人だけ…って、こと…?」
恐る恐る聞いた麗奈に、サラサは苦笑いするだけだった。
「あ。でも、あくまで使用人と言う名の護衛だからそれなりの魔力が必要だというだけで、王室専門のコックや医師などに、体術や魔力は必要ありません。"痣"に関しては、ハート城で働いてる証明という意味で必要ですが…」
コンコンッ
ここで誰かがやってきた。
「あ、はい!今開けますね!」
サラサがドアを開けると、立っていたのは…
「よう。レナいるか?」
スラッとした長身にサラサラの青く輝く黒髪。白いメッシュが特徴的な、薔薇の騎士団騎士団長のハルク=ノアだった。
「レナさんに用事でも…?」
「ああ。呼んでくれないか」
「はい。…レナさーん!」
レナがサラサの隣に立つと、ハルクはいきなりこう切り出した。
「レナ、お前をこの城に住まわせてやると言ったが、タダで住わせるのはさすがにと、団員から意見があったんだ。そこで王子から提案を預かった」
「…?」
「マリカさーん!薔薇の水やり終わったよー!!」
「あ、レナ様。ありがとうございます」
中庭で本を読んでいたマリカは、顔を上げて微笑んだ。
ハルクの王子からの提案というのは、ハート城に住まわせてもらう代わりに、麗奈がトランプ兵の手伝いをすることだった。
忙しいが、これがなかなかやりがいがあるようで…。
「次は何すればいい!?」
「よく働きますね…」
それは、働き者のマリカが苦笑いするほどだった。
「にしても暑いな〜…」
「ですね…半袖はさすがにアレですが、薄い長袖でも過ごしやすいです」
「そういえばマリカさん私服?髪型も違う!」
マリカは、真っ白なワンピースに長い髪をポニーテールにした、美しい以外の言葉が見当たらない格好をしている。
さらにアンティーク調の椅子に座り、テーブルには紅茶。そして周りには薔薇が生えていて。こんな絵に描いたような構図が似合う人も、なかなかいない。
この人を美人と言わず何と言う?
「先ほどまで外出していたので。メイド服のままだと目立ちますからね」
「へー、オシャレでいいなー」
「アハハ…
ーでも、シュテアナが選んでくれたワンピースなので、大事にしているんです」
「ほぉ〜……」
それを聞いてニヤニヤする麗奈。
「ど、どうかしたんですか…?」
「いや〜?ラブラブだな〜って」
「…ッそ、そんなんじゃありません!!」
「へぇ〜?」
「やめてください!!」
どうやら恥ずかしがっているようだが、満更でもなさそうな感じだ。
「そういえばそれ…モノクルって言うの?この世界の人はメガネじゃないんだ」
「…っあ、あぁ…これですか」
マリカはまだ顔を赤くしたまま、モノクルを外す。
「もちろんメガネですよ?でもこれは、何でもリーリア家が代々受け継いできた物らしくて。珍しいので、読み書きする時は気に入って付けてるんです」
「かっこいー!付けていい!?」
「どうぞ」
なんて遊んでいると
「れーなーちッッ!!」
「ごふぉッ!?」
なぜかピョコタがタックルして来た。
白ウサギの獣人ピョコタ=シュネーは、15歳にして優秀な魔術師であり、ヴェンロッサ家のスパイ(のような仕事)をしている。
麗奈はお腹を抱えて咳込んだ。
「ゲホッゲホッ…いきなり何するの…」
「あ…ごめん…ハグするつもりがタックルに…」
「どんな間違い…」
うずくまりながらツッコむ麗奈。
「それより聞いて聞いて!!」
「それよりって。」
「レナちー!ワンダーランドのお祭りに参加しない!?」