表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

不思議の国の日常1

「ー異世界?」

1人のメイドは、本を片付けながら言った。

目元にハートの赤いタトゥーのようなものがあるメイドは、手近にあった本をめくりながら、隣にいる執事の『異世界は存在すると思う?』という問いかけを軽く笑った。

「そんなの信じてるの?」

「信じてるわけじゃないんだが…」

銀髪を揺らしながら、目元にスペードの黒いタトゥーがある執事は、少し恥ずかしそうに言った。

「もし魔法が存在しない世界があったら、そこで暮らす人たちは、どんな生活をするのだろう…と、思って」

「魔法がない世界?」

メイドは艶めく黒髪を耳にかけて、考える素振りを見せる。

そして微笑みながら、こう答えた。

「想像もできないわね、だって此処は…」


「魔法で発展した国…不思議の(ワンダーランド)だもの」



ーそれでもあなたは、運命に抗いますか?



「むー………んー…………。

…むぅぅぅぅもう嫌!!!」

高校2年生の有栖川麗奈は、耐えきれず放課後の教室に叫んだ。

「勉強なんて大嫌い!!もうやだやりたくない!!!」

友達の凛は呆れてなだめる。

「麗奈ぁ、もうちょっと頑張ろうよ

プリントの提出期限って明日でしょ?」

「凛はいいよね、頭良いんだし」

シャーペンをクルクル回して、ぶーたれながら言う麗奈。

「ホント、何でこの高校入れたのか不思議なくらい勉強嫌いだよね…麗奈は…」

「勉強なんかじゃなくてもっと楽しいことがしたいよ〜…ほら!『不思議の国のアリス』

みたいな!」

「出た、麗奈の妄想癖」

身を乗り出して語る麗奈を、凛は苦笑しながら、でも頬杖をついて聞く姿勢を取る。

「いきなり服着た白ウサギが現れて、私を不思議の国に連れて行くの!それで私は大冒険して、『なんでもない日のパーティー』をしたりチェシャ猫と話したり、最後はトランプ兵とハートの女王に会ったりして!

あっでも、原作と一緒じゃつまんないなぁ…

じゃあ私が迷い込む国は…!」

麗奈の妄想は止まらない。

「こんな感じがいい!

トランプ兵は同じ人間がいいなぁ、美男美女の執事とメイドとか!王国騎士団とか!!

出てくる動物は獣人…って言うのかな、人間に動物の耳と尻尾が生えてるの!

ハートの女王は、この世界では王様!

こんな国を冒険してみたいなぁ…!!」

「原作とかけ離れすぎじゃない?」

さらに呆れる凛。

「だから『赤羽高校のアリス』って言われるんだよ」

麗奈は、凛の言葉にむっとする。

「名字が有栖川だからアリスって、安直すぎない?」

「それだけじゃなくて、自由奔放で、妄想癖があって、遠慮なくズケズケ意見を言うところが、アリスにそっくりだかららしいよ」

さらに不満そうにする麗奈を、凛はケラケラ笑った。

「でもよく考えたよねぇ、本人もアリス好きだし、ほんっとピッタリ笑」

「笑わないでよ!」

そんな会話をしている間も、教室を通りかかる人たちは「有栖川だ」「赤羽のアリスだ」と、麗奈を噂する。

「とにかく!白ウサギさん…!!早く私の元にやってきて下さい…!!」

「はいっ勉強するよー」

「あ、はい……」



「結局課題終わらなかった…」

麗奈はあくびをして、帰る支度をしていた。

トイレに行った凛を待って、ふと廊下に視線を移す。

すると

「ん?」

何やら人影が見えたような気がした。

普通に考えればそれは、先生か生徒である。

でも確かに見た。

"それ"には、尻尾が生えていたのだ。

「え?…え?でも…あれ…?」

勉強が嫌すぎて幻覚でも見たか。

麗奈はそう思っていた。

でもここは、さすが『アリス』である。

気がついた時には、廊下へ飛び出していた。

「………"あなたは"…?」

思わず発したその言葉。それをかけた相手は……

白いウサギの耳が生えた、中学生ぐらいの見た目の女の子だった。

女の子は廊下に立って、ルビーのような赤く透き通った瞳で麗奈を見ている。

獣人だ。

夢に見たような、服を着た白ウサギの獣人だ。

すると、女の子が不敵に笑った…ような気がした。

ダッ!!!

と思ったら駆け出した!

「ま、待って!!」

ほとんど反射で女の子を追いかける麗奈。

女の子は時々後ろを振り返って、麗奈がついてきているか確認しているようだった。

「は、速い…!!」

足の速さに自信のある麗奈でも息切れするレベルである。

いよいよ外に出た。

「どこに向かってるの…!?」

必死で追いかけると辿り着いたのは、薔薇だけが咲いている花壇だった。

ー花壇?

「…うちの学校に花壇なんてあったっけ…?」

思わず歩を緩めて、キョロキョロと薔薇を見回す麗奈。

「赤と…白…。

にしても綺麗な薔薇…」

不気味になるくらい色鮮やかな薔薇たちが、両サイドにギッシリと咲いている。

「あっ、見失っちゃう!」

思い出して見ると、その中を女の子は真っ直ぐ駆けていた。

追いかけて。追いかけて。追いかけ

「…て?」

・・・・・・・・・。

「っきゃぁぁぁぁぁ!?!?!?」

躓いた先にあったのは、真っ暗な穴だった……。



「っ………?」

どうやら気絶していたらしい。

麗奈は頭を抱えて、もそっと起き上がった。

朦朧とする意識の中、ようやく目を開ける。

すると…

「なに、これ…?」

目の前に広がっていたのは、赤と白を基調としたお城と、それを守るように咲き誇る薔薇の庭園だった。

「これ…ハートの女王のお城だ…」

昔、絵本で見たそれと、本当にそっくりだ。

しばらく呆然と城を見つめる。

すると

「あ、起きた?」

「うわぁぁぁ!?!?」

目の前に現れたのは

「さっきの女の子!?」

「にゃはは♪そうだよ!

ボクはピョコタ=シュネー。白ウサギの獣人なのだ♪」

「ピョコタ…シュネー…?」

「やー楽しかった〜!!"異世界"なんて本当にあったんだ〜でも、魔法なしでどうやって生活するんだろ??」

「い、異世界…?魔法…?」

「ねー君異世界人だよね!?名前は!?なんで"異世界"には魔法がないの!?なんで君はボクについてきたの!?」

「え、えっ…と…」

上手く状況が飲み込めない。

戸惑う麗奈をよそに、ピョコタはキラキラした目で彼女を見つめる。

「あ…っと…え…」

再び気絶しそうになった、その時だった。

「ピョコタ…!やっと帰ってきた…!」

透き通るような声が響き渡った。

見ると、メイド姿の女性がこっちへ向かってきていた。

大学生くらいの見た目をしたその女性は、艶やかな黒髪をなびかせて、なぜか目元にはハートの赤いタトゥー(?)がある。

思わず見惚れてしまうほどの美人である。

その隣を歩いているのは、執事姿に銀髪の、同じく大学生くらいの美青年だ。

彼の目元にも、スペードの黒いタトゥーがある。

「あ、マリたん!シューくん!」

マリたん(←?)と呼ばれたメイドは、少し怒っているような口調で、ピョコタと話す。

「急に消えたと思ったら現れて…!どれだけこの薔薇園の迷路を探したと思ってるの!?まさか本当に"異世界"に…って、この方は?」

吸い込まれそうなほど大きな、黄金の瞳。

美人なメイドに見つめられて、さすがの麗奈もドキドキする。

「その"異世界"に行ったら見つかっちゃって〜…。逃げたらついて来ちゃったんだ」

しおらしく言ったが(本当はほぼ連れてきたようなもんだけど、面白そうだったし、テヘ)と思ったのは内緒である。

すると口を開いたのは、シューくんと呼ばれた執事。

「あまり状況が飲み込めないが…

知り合いが申し訳ないことをした

とりあえず、城の中へ」

メイドも頭を下げる。

「本当にごめんなさい

案内致しますね」

そして訳も分からぬまま、麗奈は目の前のお城…ハート城に招かれたのだった。



案内されたのは豪華な客間。

全員が座ったところで、自己紹介が始まった。

「申し遅れました、トランプ兵のマリカ=リーリアと申します

このハート城でメイドをしています」

「同じくトランプ兵の、シュテアナ=プラチナムだ」

「改めてボクはピョコタ=シュネーだよ♪

一応ボクも城の人間なんだ〜

君は?」

「…えと………ありすがわ…」

『アリス!?』

麗奈が自己紹介をしようとすると、3人はいきなり大きな声を上げた。

「えっと、それは名字…」

「城の古文書に出てくるアリスか!?」

「うわーボク、古文書と同じことしちゃったよ」

「かつて初代ハートの女王の逆鱗に触れ、裁判にかけられた少女、アリス……本当にいらっしゃったのね」

「だから!!」

麗奈は3人の言葉を遮った。

「私の名前は麗奈だよ!!有栖川麗奈!!

…あだ名は確かに……アリスだけど…」

「レナ…?アリスじゃないの?」

ピョコタの言葉に頷く麗奈。

「レナか〜、じゃあ『レナちー』だね!」

「『レナちー』?」

すると、シュテアナが表情も動かさず説明してくれた。

「ピョコタは知り合いに、あだ名をつける癖があるんだ」

「ちなみにシュテアナは『シューくん』で、マリカは『マリたん』って呼んでるんだ♪」

「へぇ〜…レナちーか…」

なんだか嬉しい。麗奈は呑気に思っていた。

「ーあ」

ここで麗奈は思い出した。この状況を。

「ていうかここはどこ?まさか…不思議の国!?」

いつもの調子を取り戻した麗奈は、瞳を輝かせて3人に詰め寄る。

マリカとシュテアナはトランプ兵と。ピョコタは白ウサギと名乗った。

トランプ兵は美男美女のメイドと執事……自分を不思議な世界に招き入れたのは、白ウサギの獣人…。

全てが妄想通りで、興奮しないはずがない。

「古文書って何!?何でピョコタは私を連れてきたの!?異世界ってどういうこと!?

ねーねーねー!!」

「ま…待て待て!いま説明する!」

シュテアナは困ったように、マリカに視線を

移す。

マリカもシュテアナを見つめ返して

「本当にすみません、順を追って説明しますね。まずはー…」

ーまずは、この国について。

レナ様が仰ったように、ここは『不思議の国』…通称ワンダーランドです。

この国では魔法が必修となっており、今のところ全国民が魔法を扱えます…

「魔法!?」

「はい。…やはりレナ様の世界には、魔法は存在しないのでしょうか?」

「もちろん!」

「では、魔物は?」

「魔物…?」

「いわゆるモンスターです

聞いたことありませんか?スライムとか…ヴァンパイアとか…ドラゴンとか」

「あ、聞いたことある!そんなのがいるの?」

「はい、一部の森・砂漠・海などに

…続けますね」

魔法が発展したのは、その魔物に対抗するためです。ワンダーランドは特に魔物が多いので、自分の身を守れるように魔法が必修なのです。

ちなみにどの国の領土にも結界や堤防があり、魔物が簡単に入れないようにしてあります。

「あ…てことは、他にも国があるんだ」

「御明察です」

ワンダーランド以外にも国は存在していて、隣国だと『喜びの国』ファニーランド・『自然の国』ネイチャーランドが挙げられます。少し遠いところだと『砂漠の国』ヒートランドなどがありますね。

ただ、ワンダーランド以外の国民は、貴族、もしくは純粋な人間ではない生き物…エルフや獣人などの一部しか魔法が使えません。

それでも私たちの世界に、魔法は必要不可欠なものなのです。

魔法がない世界などあり得ない…それが、この世界に住む者の考え方です。

でも魔法大国のワンダーランドには、こんな言い伝えがありました。

『その昔、異世界に住むとされる少女が、白ウサギに連れられて不思議の国に迷い込んだ。少女はアリスと名乗り、不思議の国を冒険する。冒険の末辿り着いたのは、ハートの女王の城、通称ハート城。アリスはそこで女

王の逆鱗に触れ、裁判にかけられる。最終的にアリスは逃げ出して、追いかけると…アリスの姿は消えていた』

この話は初代ハートの女王が体験されたものらしく、とても厳格なお方だとお聞きしていますから……よっぽど彼女が許せなかったのでしょう。再びアリスが現れた時は気をつけるよう、書物に記したのです。

それが先ほど話に出てきた『古文書』です。

言い伝えのことはほとんどの国民が知ることになります。そして、巡り巡って遥か遠くの国にも…。

すると、こんなことを言い出す者たちが出てきたのです。

『言い伝えが本当なら、異世界は存在するのではないか』

『魔法がない世界も存在するのではないか』

と。

転移魔法の延長で、次元を超える研究がされていた今日この頃。多くの研究者や魔術師は、「なぜ白ウサギがアリスの世界に行けたのか」という疑問に目を付けて、研究に明け暮れました…。

「それでそれで?」

「…それで」

ついさっき、私とシュテアナは本の整理をしていました。すると古文書を手に取ったシュテアナが、こんなことを言い出したのです。

『異世界は存在すると思う?』

私は

『想像もできない』

とだけ答えました。

それを聞いていた他のトランプ兵…マルクス=カゴライという者がいるのですが…は、噂で聞いたんだけど、と、話を切り出しました。

『異世界への入り口は、このハート城の庭園の一角らしいッス

初代女王がアリスに会ったちょうど30年後に、庭園に子供1人が入れるくらいの扉が現れたんだ…って

また30年経った時にも、同じように扉が現れて、そして今年は、さらにそこから30年後…

この話は、ワンダーランドの王族にしか伝えられてないものらしいッスよ』

『だったら何故、お前がその話を知っているんだ?』

『シュテアナくんも知ってるッスよね?…現ハートの王子"たち"は、パーティ会場でも内緒話をするくらい危機感ないって…』

なんて苦笑いしながら、マルクスは言っていました。

すると、物音がしたんです。

見ると、いつの間に居たのか、ピョコタがこれを盗み聞きしてて。

ピョコタはイタズラ好きで有名で、異世界への扉なんて見つけた日には、その"異世界"でイタズラするに決まってる。

でも異世界なんてあるわけが…。

私たち3人はそう思いつつも、万が一を考えてピョコタを追いかけました。

すると、本当に庭園の一角に、ないはずの扉が出現していて…。

ピョコタが扉を閉めた瞬間、扉は消えてしまった。

「ーそして今に至る、ということです」

マリカは、本日何度目かも分からない謝罪をした。

「いきなり私たちの世界に連れてきてしまって、本当に申し訳ありません

ピョコタに代わって謝らせて下さい」

「ボク悪くないもん。勝手にレナちーがついてきたんだもん」

「とにかく、元の世界に帰す方法を見つけないとな…」

3人が会話している間、麗奈は呆然としていた。

「…あの、レナ様…?」

「……す」

『ん?』

「すっっっっっごい!!!!」

『…へ?』

3人の目が点になった。

「すごいすごいすごい!!

私、本当に不思議の国に来ちゃったんだ!!マリカさん美人だしシュテアナさんイケメンだしピョコタは可愛すぎるし!!

しかも魔法大国って!!

マリカさんとシュテアナさんの他にもトランプ兵っているの!?2人は何歳!?

ピョコタの他にも獣人はいる!?チェシャ猫とか三月ウサギとか!!マッドハッターも!?

ね!今はハートの王子が国を治めてるって言ったよね!?

どこ!?どこにいるの!?」

『!? !? !?』

3人が後退りして困っていると…

「おい!!ピョコタが消えたって本当……

ーか?」

「ピョコタちゃん…帰ってきてるッスね…?」

「それに…その女の子は…?」

やってきたのは、2人の男性と1人の女性。

マリカ達と同い年ぐらいだろうか。

いずれも整った顔立ちをしている。

「…あ、みんな…

実は、ピョコタが異世界からこの方…レナ様を連れてきてしまったみたいで…」

口を開いたのは、緑色の髪にクローバーの黒いタトゥーがある好青年。

「え。じゃあマジであの扉、異世界に繋がってたんスか!?

ってことはその子は、異世界人…?」

「ええ…そうみたい…

…あっ!すみませんレナ様、紹介します

先ほど話に出てきた、執事のマルクス=カゴライです」

そこにピョコタが割って入る。

「あだ名は『マルくん』だよ♪」

「よく分かんないッスけど…へへ、よろしくッス!レナちゃん!」

次にマリカが指したのは、金髪碧眼に赤いダイヤのタトゥーがある美人。

「彼女はメイドのサラサ=イエロ…私の親友です」

最後に少し微笑むマリカ。

サラサもニコリとして

「異世界人なんて初めて見ました…!よろしくお願いします、レナさん」

「あだ名は『さぁちゃん』!」

最後は…

(この人だけ執事服じゃない…!

かっこいー…!!)

麗奈は目をキラキラさせて、その人物を見つめた。

王子か、あるいは騎士とも取れるロイヤル感満載の服装に、腰に剣を刺した美青年がそこにいた。

容姿としては、青っぽい黒髪に白いメッシュ、目元には黒いクローバーのタトゥー。

「彼はハルク=ノア

このワンダーランドの王国騎士団、『薔薇の騎士団(ナイト・オブ・ロゼ)』の騎士団長を務めています」

「あだ名は『ハルちゃん』!可愛いでしょ!」

「ハルクだ、よろしく

…その『ハルちゃん』ての、いい加減やめろ」

「ちなみに私とシュテアナとハルクは、学生時代からの幼馴染なんです」

マリカはそう付け加えた。

「うわぁぁぁぁ…!!」

瞳のキラキラが止まらない麗奈を見て…

「はい集合。」

トランプ兵一同とピョコタは、ハルクの言葉で一箇所に集まった。

「本当に異世界から来たのかあの子は?

全く戸惑ってないし、なんならこの状況を楽しんでる様に見えるぞ」

「…正直私もそう思うわ……」

ため息をつくマリカ。

「…同感だ……」

呆れるシュテアナ。

「…ボク、間違った子連れてきちゃった…?」

「その口調だと意図して連れてきたのね??」

「よぉしピョコタ、あとで説教な」

顔を引きつらせるピョコタにすかさずツッコミを入れるマリカとハルク。

マルクスは全体を見渡して

「自分とサラサも普通に挨拶したッスけど、あれで良かったんスか…?」

「一応王子たちに報告しますか…?」

サラサの不安そうな言葉に、マリカが頷いた。

「…そうね。異世界からの来訪者(?)なんて、歴史上だと初代女王が出会ったアリス以来だし、世間がレナ様…異世界人の存在を知ったらパニックになりかねないし…」

「とか言ってる間に、レナちゃんいなくなってるッスけど!?」

『えぇぇぇぇぇぇ!?!?』

マルクスの言葉がスタートピストルとなり、一同は麗奈を探しに行ったのだった…。



2階廊下:マリカ&ピョコタ

「レナさまー!!」

「レナちぃぃぃ!!どこぉぉぉ!?!?」

ピョコタはおもむろに目を閉じて、何やらブツブツ唱えた。

そしてこう言った。

「シューくん!そっちいた!?」

同時刻、シュテアナはピョコタと同じ、念思…つまり、離れていても会話ができる術を使っていた。

心で思うだけで会話ができるこの術だが、この時は全員テンパっていてめちゃめちゃに声を出している。

ともかく、庭園:シュテアナ

「ピョコタか!…いや、見つからない…!」

シュテアナも必死である。

「レナー!!いたら返事してくれー!!

マルクス、そっちはどうだ!?」

「いや…!こっちもいないッス…!!」

正面玄関周辺:マルクス&サラサ

サラサも走りながら話す。

「勢いで飛び出しましたけど、やっぱり1人ずつで探しませんか!?

分かってましたけど、ハート城は広すぎます!」

「本当にどこに行ったの…!?

こんな時に魔法でどうにかできたらいいのに…!」

マリカの言葉に、全員が頭を抱えた、その時だった。

「…それだ」

『え?』

「こちら、図書館近くのハルクだ!

マリカ、お前の言葉で良い作戦が思いついた!」

応えたのは、息を切らしたハルクだった。

「シュテアナ!聞こえるか!?」

「こちらシュテアナ!何をすればいい?」

「お前の"固有魔法"(オリジナル)を発動させろ!!」

固有魔法…世界でその人しか使えないとされる術。簡単に言えば必殺技である。

「…"満月爪"(ウルフ・クロー)をか?」

「あぁ!

お前のオリジナル"満月爪"(ウルフ・クロー)は、魔力で生み出した爪を出現させる術だよな!?それと同時に、動物並みの触覚を併せ持つことができる!

その触覚を使えば、レナを見つけられるんじゃないか!?」

「爪出す意味…魔力の無駄遣い…」

こんな時でもピョコタの茶々が入る。

「お前マジで説教だからな。

とにかくやってみろ!早く!!」

「分かった!」

シュテアナは立ち止まって、詠唱を始めた。


ー太陽を裂き、月に輝く。

 吼えろ。


満月爪(ウルフ・クロー)!!!」

ザンッ!!!!

シュテアナの指から、鋭く青白い爪が出現した。

そして彼は、意識を集中させる。

「……………………………いた」

『!?』

「執務室だ!!」

「私たちの近く…ピョコタ!」

「うん!!」

マリカとピョコタは長い廊下を走る。

すると

「これ…レナちーの声!?」

ピョコタがいきなり、驚いたような声を出した。

「そうか…!ピョコタは耳が良いんだったわ

何か言ってる!?」

「え…っと……」

『キャアアアアア!!!!』

「悲鳴!?!?」

「えっ!?」

「マリたん!!早く!!」

マリカは詠唱を始めた。

唱えるのは彼女の固有魔法(オリジナル)


ー夜は冷たく、王は微笑む。

 私が女王だ。

 跪け!


「…開けるよ」

ピョコタがノブに手をかけて…

「…ええ」

バンッ!!!

夜之微笑(クイーン・オブ・ナイト)!!!」

マリカが魔法を発動させる!

唱えたのは金縛りの術!

『うわっ!?!?!?』

麗奈と2人の王子が同時に声を上げ…

・・・・・・。

『ん?』

マリカとピョコタの目が点になった。

「………レナ様?…と、"王子"…?」

呆然と呟くマリカ。

「…いいから……早く魔法解けよ……」

「兄さんの言う通りだ…早く……」

金縛りに遭いながら言ったのは、"双子の"ハートの王子、ソレイユ=ヴェンロッサとルナ=ヴェンロッサだった。



「さーーー説明して頂きましょうか??お・う・じ・さ・ま???」

そう言ったのはハルクだった。

眉間と口の端をひくつかせて、目は笑っていない。怖い。

ハートの王子は地べたに正座である。

「あのぉ……立場逆転してない…?」

「レナも。正座。」

「あ、はい…」

「ピョコタも。」

「あ、はい…」

トランプ兵が仕えるハートの王子は、双子だった。

兄の名は、ソレイユ=ヴェンロッサ。

赤とオレンジのグラデーションがかった髪が特徴。

反対に弟の名は、ルナ=ヴェンロッサ。

青と紫のグラデーションの髪が揺らぐ。

その名の通り、太陽と月のような、正反対の双子だ。

「…で?なぜレナは悲鳴をあげた?」

「…っと、そのぉ……」

麗奈はハルクから目を逸らして

「城の中を冒険してたら人の声が聞こえて…部屋に入ったらハートの王子がいたから、テンション上がっちゃって…

アハ、アハハハ……」

トランプ兵はため息をついた。

「…まぁ、怪我したとかじゃなくてよかったッスよ」

と、呆れながらも微笑むマルクス。

でもハルクは笑わない。

「ピョコタは置いといて…

それで王子??レナに何もしてませんよねぇ??してたらまたマリカに金縛りの術かけてもらいますよ???」

「ま、うちの王子が何もしてないなんてことないわよね」

「同感。やっちゃって」

「ー夜は冷たく……」

「わぁぁぁぁやめてくれ!!!」

「何もしてない!本当に何もしてないから!!」

これを見ていた麗奈は、心底疑問だった。

「ただの金縛りの術でしょ?何でそんなに怯えるの?」

『それはー』

「その前に!!レナ?の説明をしてくれ!」

『あ。』

ソレイユの言葉で、マリカ達は起こったことを話し出した。



ー………。

「何だそれ!めっちゃ楽しそうじゃん!!」

目をキラキラさせるソレイユ。

「ピョコタ、褒めて遣わす」

食い気味のルナ。

話し終わって第一声。これである。

「話聞いてました?」

ハルクのツッコミ。

「聞いてないな…おそらく…」

シュテアナも呆れる。

対してマイペースな麗奈は、出されたモンブランを一口。

「ん〜!おいひ〜!」

「本当ですか?良かったです…!」

「え!これサラサさんが作ったの!?」

「はい…お菓子作りが趣味なんです」

「すごい!!毎日食べたい!!」

マリカはハルクに聞いた。

「Q.天然またの名をふわふわ人間×2=?」

「A.事件発生」

「大正解」

すると麗奈は、突然食べる手を止めた。

「ところで、さっきの質問なんだけど」

一同、何のことか考える。

「ほら!『どうして金縛りの術で怯えるのか』ってやつ!」

「………ああ!

マリカちゃんの固有魔法(オリジナル)のことッスか?」

「オリジナル?」

マルクスは説明を始めた。

「ワンダーランドが魔法大国だってことは聞いたッスか?」

「うん、魔法が必修なんでしょ?」

「そう

ワンダーランドにある学校は、その全てが初等部から高等部までのエスカレーター制の魔法学校なんスけど、そこで学んだ知識を応用して、その人にしか発動できないって言われる独自の魔法を作り出すことができるんッス

それが固有魔法(オリジナル)

マリカちゃんの固有魔法(オリジナル)『夜之微笑』(クイーン・オブ・ナイト)は、簡単に言うと金縛りの術で、本来なら術には持続制限があるんスけど。日没以降に術を発動させたら、マリカちゃんが術を解除するか日が昇るまで効果が続く…つまり、一晩中ほっといても金縛りの状態が続くんッスよ

今は秋で日没も早いッスからね」

「確かに、一晩中動けないのはキツい…」

麗奈は日が暮れた外を見ながら、ハハ…と笑った。

ソレイユとルナが怯えるわけである。

「ちなみにレナちゃんを見つける時に、シュテアナくんの固有魔法(オリジナル)も使ったんス

名前は『満月爪』(ウルフ・クロー)

魔力の爪を出現させる攻撃用の術なんスけど、同時に動物並みに鋭い触覚を併せ持つことができるんだって。だから、対象物の探知も行えるってわけッス!」

「新月の日には持続時間が短くなるけどな」

シュテアナはそう付け加えた。

「へぇ…

じゃあマルクスさんも、その…オリジナル?が使えるの?

見せて見せて!!」

「いやぁ…自分の固有魔法(オリジナル)はマジでマジの攻撃魔法だから、下手したら城が崩壊するッスよ…」

と、マルクス。

「下手しなくても崩壊するな、確実に」

頷くハルク。

「ですね…」

サラサも苦笑い。

「えー!!なおさら見たいよー!!

ね、サラサさんとハルクさんは!?使えないの!?」

『えーと…』

詰め寄る麗奈から視線を外し、困惑する2人。

すると

「じゃあボクの固有魔法(オリジナル)を見せちゃおーかな♪」

「…おい…?」

「…ちょっと待て」

ハルクとシュテアナが止めるより早く


ーお菓子もちょーだい、驚く顔もちょーだい

 ボクは欲張りなんだ♪

 さあいくよ!!


道化戯(トリック・オア・トリート)!!!」

「キャッ!?!?」

マリカが悲鳴をあげた。

沈黙。

「…マリカ……?」

呆然とするマリカの顔色を伺うサラサ。

「とっ…とりあえず!魔法!発動してみろ!!」

ハルクは何やら焦っている。

マリカは小さな声で詠唱して……

夜之微笑(クイーン・オブ・ナイト)!!!」

ピョコタに向かって術を発動する!

「わわっ!?」

でも

「…あれ、動ける…?」

ピョコタはなんと、普通に歩いたり跳ねたりしていたのだ。

マリカはまた詠唱をして…

氷華(アイシー・フラワー)!!!」

何も起こらない。

地刃(ストーン・ナイフ)!!!」

やっぱり何も起こらない。

…次の瞬間、マリカが青ざめた。

「…まさか……」

シュテアナの呟き。

麗奈以外の全員が、いま何が起こっているのか知っていた。

そしてマリカは、顔を引きつらせてこう言った。

「…多分、魔法が全部無効化された……」



「ピョコタの固有魔法(オリジナル)『道化戯』(トリック・オア・トリート)は、相手の魔法をランダムで無効化できるんだ」

何も分かっていない麗奈に、ソレイユはそう説明した。

「何を、いくつ無効化するかは本人にも選べないから、本当に運次第の術…

でも、無効化された魔法は24時間経たないとまた使えないっつー結構厄介な術なんだよなぁ」

「それを城内トップクラスの魔術師であるマリカに打つなんて…

時間が経つにつれて回復するとは言え、よりによって全ての魔法が無効…」

ルナもため息をつく。

「…ごめんなさい……」

ピョコタは正座で本日2回目の反省中だった。

その間、マリカは部屋の隅で、ずっと魔法を試していた。

光球(フラッシュ)!!!

…やっぱりダメ、か……」

そんな様子を眺めていた麗奈はコソッと

「あのさ、さっきのアイシーなんとか…とか、今のフラッシュ?とかって、どういう魔法なの…?」

と、マルクスに言った。

「あー…じゃあ。

シュテアナくん、行こう!」

「お、おう…?」

「え?どこに行くの?」

「攻撃魔法を使うなら、人を巻き込まない所に限るッス!」

麗奈の問いに、マルクスは笑顔で応えたのだった。


まだ夕方の5時だというのに、外は真っ暗。

ランタンの灯を頼りに、3人は森を歩いた。

「そういえばレナ。方法が分からないとは言え、元の世界には帰らなくていいのか?」

シュテアナは、ずっと抱いていた疑問を麗奈に投げた。

「あ、忘れてた…」

「忘れてたって…」

「でも、多分大丈夫だと思う」

断言する麗奈。訝しげなシュテアナ。

「なぜ?」

「それは…」

ー夢かもしれないからー

「…ううん、何でもない」

「……?」

原作では、アリスは実は夢を見ていた、という結末になっている。

実はこの体験は夢で、自分もそんな風にいつか夢から覚めるのではないか…麗奈は密かにそう思っていたのだった。

「着いた!」

マルクスが立ち止まったのは、不自然に木が生えていない開けた場所。

「魔法の練習用で使うために、あえて木が生えないようにしてあるんスよ」

「それも魔法?」

「そーゆーこと!

…あ、レナちゃんはそこに座ってて」

マルクスが指したのは切り株。

ちょこんと座ると、早速マルクスが詠唱を始めた。

「じゃあまずはフラッシュから…」

すると彼は、手のひらを天高く突き上げて…

光球(フラッシュ)!!!」

カッッッ!!!!

マルクスの手から一瞬、眩しすぎるほどの光が生まれた。

解説はシュテアナ。

「フラッシュは簡単に言うと、光を出現させる術

目潰しとか、使い方によっては居場所を伝えるのにも役立つんだ」

「…あ、だからマルクスさんは上に向かって発動させたんだ」

「そうそう

レナちゃんとシュテアナくんの目を潰したらいけないッスからね

…次はアイシー・フラワーかな」

詠唱が風に流れて…

氷華(アイシー・フラワー)!!!」

するとマルクスの目の前に、氷でできた蓮のような華が浮かんだ。

「わ…綺麗…」

「触るな!!」

「えっ」

麗奈は伸ばしかけた手を引っ込める。

「あっ、悪い…」

シュテアナは気まずそうに謝ると、解説を始めた。

「アイシー・フラワーはその名の通り、氷の華を咲かせる術で…それを触ったものは凍ってしまうんだ」

「えぇっ!?」

「見てろ…」

シュテアナは氷の華に向かって、細い枝を投げた。

すると…


カキ…ン…ぼとっ


枝は華に当たると、たちまち氷で覆われ、重い音を立てて落下した。

麗奈は顔を引きつらせ、言葉も発さない。

「…と、こんな感じなんだが…

本当は空中に大量の華を咲かせて、相手の行動を縛る術として使うんだ」

「確かにそんなものが張り巡らされてたら、迂闊に動けないかも…」

麗奈は声を振るわせる。

しばしの沈黙。

「え………………っと

つ、次行くッス!次!!」

マルクスと、今回はシュテアナも詠唱をする。

するとマルクスの周りには風が、シュテアナには水が彼らを囲むように集まってきた。

それらは段々変形して…

風刃(ウィンド・ナイフ)!!!」

水刃(ウォーター・ナイフ)!!!」

力強い言葉と同時に、2つの三日月のような姿を形作った。

「これは、マリカが使おうとしてたストーン・ナイフの風バージョンと水バージョンだ」

お馴染みシュテアナの解説である。

「俺は水、マルクスは風、そしてマリカは土魔法が得意だから、根本が同じ魔法でも特徴が違ってくる

風と水はこんな風に、それらを三日月型のカッターに変形するんだ。土は、それを2本のナイフの形に変形したり、無数の小さな釘のような形にする

違うのは、風と水は対象物に当てたらそれで終わりだが、土だけは本物のナイフの容量で、持続時間さえ経たなければ切っても刺しても消えたりしないってことだな」

「どれくらいの威力があるの?」

「えっと……」

シュテアナは考える素振りを見せた後、マルクスに目配せした。

すると2人は、刃を投げるように両腕を交差させて…。


ボンッッッ!!!

メギメギメギ…グシャぁぁぁ…!!!


爆発するような音を立てた後、いくつかの木が派手に倒れた。

唖然とする麗奈。

対してマルクス&シュテアナは満足げ。

「へへっ♪絶好調、絶好調!!」

「お前はいつも絶好調だろ」

「シュテアナくんだって!

水魔法じゃ自分なんて、足元にも及ばないッスよ

…レナちゃん?おーい?」

「ハッ!?」

「ああああもしかして怖がらせたッスか!?

本当にごめん!!」

「あ、ごめん…。その、やっぱり魔法は慣れないな…って…」

アハハ…と笑う麗奈。

「でも本当にすごいねー魔法って!

私にも使えるかな!?」

「レナちゃんに魔力があれば可能ッスよ。でも異世界人だからどうなんスかね?」

「えー…使ってみたいなー…」

「さてと」

マルクスが急に真顔になった。

「シュテアナくん、レナちゃんを連れて逃げて」

気がつけばシュテアナも、麗奈を守るように立っている。

「ここは自分が引き受けるッス」

「だがマルクス1人で…」

「いくら自分たちでも、レナちゃんを庇いながらは戦えないッス

気にしないで逃げるッスよ」

「え?何?」

するとシュテアナは一言

「敵だ」

とだけ、麗奈に伝えた。

次の瞬間


ヒュッ!!!


マルクス目がけて、何かが飛んできた!

それを咄嗟に避けるマルクス。

シュテアナも麗奈を抱えて、"何か"が飛んできた方から距離を取る。

「逃げろ!!!」

マルクスの悲鳴にも似た言葉を合図に、シュテアナは夜の森を駆けた。

「なに!?なに!?」

「おいっ…頼むから暴れるな!!」

「何が起こったの!?誰かいたの!?」

「おそらく殺し(アサシン)だ」

「アサシン!?」

「あぁ、さっき飛んできたのはナイフだ」

息を切らせて、シュテアナは言う。

「王族もしくはそれに関わりのある人間なら、野盗や殺し屋に狙われるのは日常茶飯事なんだよ…

でもさっきの殺し(アサシン)はケタ違いの使い手だった…一体何が狙いだ……?」

ブツブツ訳の分からないことを呟いている。

「マルクスさんは!?大丈夫なの!?」

「ああ見えてもアイツは、世間をひっくり返すほどの天才魔術師だ

必ず生きて帰ってくる」

そう言って、シュテアナはニヤッと笑った。

「とりあえず城に戻るぞ!!」

「う、うん…!」


一方その頃、ハート城に残っていた者たちも、何者かの襲撃を受けていた。

治癒(ヒーリング)!」

「ありがと…サラサ…」

マリカは剣を持った右腕から、軽く血を流している。

「魔法が使えないのに何で無茶したんですか…!」

「ごめん…つい…反射で…」

廊下を走りながら、マリカはかなり落ち込んでいた。

「反射って…!少しは自分を大事にしろ!」

「ハルク…ごめんなさい…」

「しっかし、ご丁寧に仮想空間まで作って…そこまでして俺たちの命が欲しいのか?」

ソレイユの言った通り、一同が今いるのは仮想空間だった。

見かけはハート城の内部そのままだが、窓の外は虚無で、空も、木も、何もかも無い。

「わわっ!!あの魔物軍団もう追いついてきた!?」

ピョコタの言葉で振り向くと、襲撃してきた魔物がこちらへ向かってくるところだった。

「とりあえず!騎士団は現実世界に置き去りだ。俺たちで何とかするぞ!

ルナ、結界を張れ!!」

「分かった!兄さん!!」

唱えるのはルナの固有魔法(オリジナル)


ー俺たちが(キング)

民は必ず守るよ


月下美人(ムーン・ドーム)!!!」

すると6人を覆うように、淡く光る結界が現れた。

「この大きさだったら15分はもつし、生半可な攻撃は通用しない

安心して戦え!!」

「じゃあボクからいくよ!」

ピョコタが術を発動した!

氷華(アイシー・フラワー)!!!」

空間に無数の氷の華が咲く!

知性を持たない魔物たちは、ことごとくそれにぶつかり凍っていった。

「これでしばらくは足止めになるよ!」

「よくやったピョコタ!」

ソレイユはピョコタの頭をわしゃわしゃした。

「…って!凍らなかった魔物が押し寄せてくるぜ!?」

「切りますか?」

「マリカ、お前は休んでろ!

火炎槍(フレア・ランス)!!!」


ドドドドドドッッ!!!!


ソレイユが生み出した炎の槍が、魔物たちを瞬時に焼き払う!

それでも魔物が、面白いくらいに押し寄せる。

「ッだぁぁぁキリがねぇぇぇぇ!!!」

「次は私がいきます!」

サラサが地面に手をついて…

電撃域(ショック・エリア)!!」

一定の範囲に電撃を流す術である。

すると、いくつかの魔物が気絶した。

それでもそこまで数は減っていないらしい。

「クソッ…!夜之微笑(クイーン・オブ・ナイト)が使えればもっと楽に足止めできるのに…!」

ハルクは文句を言いながら、近づいてきた魔物を剣で一閃!

「本当にスミマセン…」

「もういいのよ、ピョコタ。ハルクもそんなこと言わないで!

今はピョコタを責めるより、なぜこれだけの魔物が押し寄せてるのか、誰が主犯なのか炙り出すのが先!」

マリカの言葉でハッとする一同。

「よし!作戦会議だ!この先の倉庫に向かって走るぞ!!」

『はい!!』

ソレイユの号令で、一同は力を振り絞ったのだった。


シュテアナと麗奈は、やっとの思いで城に帰ってきた。

「…お城は、何も起きてないみたいだね…?」

「…あぁ……

でも、なんというか…おかしくないか?」

「うん…異世界人の私でも、なんか…嫌な予感がする」

すると目に入ったのは、慌ただしく動き回る薔薇の騎士団(ナイト・オブ・ロゼ)の姿だった。

「どうかしたのか」

「あっ!シュテアナ様…!」

団員Aが、安堵と困惑の表情を浮かべる。

「団長を見かけませんでしたか!?」

「ハルク…?いや、俺たちは外に出てて…」

「団長だけではないんです!マリカ様たちやピョコタ様…王子2人も…団員以外の姿が見えないのです!!」

「は?」

さすがのシュテアナも、動揺を隠せない。

「…それ、本当か?」

「はい…念思にも応じてくれませんし…」

顔を見合わせる麗奈とシュテアナ。

「どうしよう…みんな……」

震える麗奈の言葉に、シュテアナは険しい顔で

「…マリカ……」

とだけ呟いたのだった。


マルクスは、シュテアナと麗奈との合流を図っていた。

ーのだが…。

「何でこんなケタ違いに強いんスか…!」

対峙するのは、最初にナイフを投げてきたアサシン。

アサシンは低い声で話す。

「…さっきの少女はメイドか?」

(さっきの…って、レナちゃんのことッスか…?それよりメイドって…)

色々と疑問は残るが、マルクスはあえて

「さあね…

それよりあんたの目的は?雇い主は誰ッスか!?」

「雇い主のことは話さない主義でね

…ただ……」

風の音が流れる。

「今ごろ城はどうなってるかな」

「!?

…まさか……!」

「見たところ貴殿は、かなりの実力を持った魔術師らしい

面白い…しばらく相手をしてもらう」

「そんな悠長なことしてられないッスよ…!意地でも勝たせてもらうッス!!」

「なら…始めるか」

アサシンが地面を蹴る!

マルクスは後方に跳んで距離を取り、呪文を唱える。

火炎槍(フレア・ランス)!!!」

それをアサシンは容易く避け

「黒煙」

呟くと、マルクスとアサシンの間に黒い霧が出現した。

その中から無数のナイフが飛んでくる!

「うわっと!?」

間一髪で避け、次の詠唱に入る。

アサシンが霧から出てきたところを狙って…

光球(フラッシュ)!!!」

「がぁっ!?」

まともに食らって苦しむアサシン。

これで少しは動きが鈍くなるはず…

そう思っていた。

(目…見えてないッスよね…!?)

目をつむっているはずなのに、アサシンの動きは変わらないままだ。

風刃(ウィンド・カッター)!!!」

とりあえず呪文は止めない。

アサシンはそれを身を捻って避け…

嫌な予感がしたマルクスは距離を取ろうとする。

でも…間に合わない!

次の瞬間、アサシンの膝蹴りがマルクスのみぞおちに決まる!

「ガッ!?!?」

派手に吹っ飛ばされて、さらに木に叩きつけられるマルクス。

「がっ…かはっ…」

よろめきながら立つと、アサシンはまた呪文の詠唱に入っているところだった。

(どうする…でも逃げられそうにはない…)

すると、先ほどの火炎槍(フレア・ランス)が当たった木が燃えているのが目に入った。

(…一か八か、これしかないッスね)

そして詠唱に入る。

先に呪文が完成したのはアサシン。

アサシンが駆ける!

火炎槍(フレア・ランス)

広範囲に渡って木が燃える。

身をかがめてかわしながら、ここでマルクスの呪文が完成した!

爆破弾(バーニング・ショット)!!!」

キュドドドド!!!!

小さな無数の火の弾が、地面にランダムに穴を開ける。

アサシンはその全てを避けるが…

(コイツ、俺を狙ってない…?)

攻撃に明らかな違和感を覚えていた。

マルクスは走って、なおも爆破弾(バーニング・ショット)を打ち続ける。

アサシンはいぶかしげに思いながらも、火の弾を駆けながら避けて…

「ー!?」

気がつくと背後には、火の手が上がる木と、いつの間に張り巡らされていたのか、氷華(アイシー・フラワー)が。

追い詰められたことに気づき、逃げようとした、その時だった。

「今だ!!

緑縄縛(グリーン・スナップ)!!!」

「!?」

地面から2本のツルが伸びて、アサシンの両腕をガッチリ捉える!

アサシン目掛けて、一気に突進をかけて…

電撃(ショック)!!!」

触れた相手に電流を流す術である。

マルクスは、悶えるアサシンの肩に触れて、術を発動させる!

「!!」

アサシンはビクンッと震えて、気絶した。

…そのままアサシンは動かなくなった。

「ふぅ…」

マルクスはどかっと地べたに座った。

「上手くいってよかった…

…でもコイツ、だいぶ手加減してたような…?」

なんだか嫌な予感はするが、気絶した殺し(アサシン)をチラリと見て

「…みんなは無事ッスかね……」

不安になりながらも、城へと急ぐのだった。


「…思ったのですが」

全員が倉庫に逃げ込んだ後、マリカは早速話し始めた。

「仮想空間を作り出す術…『仮想領域(フェイク・エリア)』は、莫大な魔力を必要とするため、通常人間には使えません。逆に言うと、人間以外なら使えるということです」

その言葉で、皆が一斉にピョコタを見る。

「ボ、ボクじゃないよ!!確かに『仮想領域(フェイク・エリア)』は使えるけど…ボクもしっかり巻き込まれてるじゃんっ!!」

「その通り、ピョコタの可能性はまずないでしょう。誰かを傷つけるようなイタズラは、彼女は絶対にしませんから」

「じゃあ主犯は誰なんだ…?」

ソレイユの独り言のような言葉に、マリカはあっさり首を振った。

「正直分かりません

でも確実なのは…」


「それが純粋な人間ではないことと、術者もこの空間にいるということです」


「3…2…1

ー行け!!」

ソレイユの号令で、一同は倉庫から飛び出した!

ここからは二手に分かれて行動する。

マリカ・ハルク・ルナが術者を探し、それ以外が魔物を惹きつける作戦だ。

「来るぞ!!」

「はぁぁぁぁっ!!!」

ルナの声に応えるように、ハルクが魔物を一閃する!

……?

この時、明らかな違和感があった。

切った瞬間、魔物が霧となって消えたのだ。

ハルクが剣を無造作に振る。

「血が付いてない…手応えもない…?」

マリカも魔物を切っていくが…

「何これ…まるで幻みたい…」

ルナも試しに、火炎槍(フレア・ランス)を飛ばしてみる。

すると、それが当たった魔物も同じように消えていった。

「今までの魔物と、明らかに違う…」

ルナが考え込んでいると…

『ルナ様!!!』

「ガァァァァァァ!!!」

他2人の呼びかけに振り返ると、ゴブリンが棍棒を振り下ろしてー…

「うわぁぁぁ!!………あ?」

棍棒はなぜか、ルナをすり抜けたのだ。

しばしの沈黙。

「………あ。なるほど」

マリカは1人納得すると、魔物の大群へとゆっくり歩を進めた。

「おいマリカ!?」

「大丈夫よハルク、だってこれ…」

すると魔物は、ことごとくマリカをすり抜け消えていった。

「分かったでしょ?幻覚よ」

ハルクは呆然とする。

「…え?

でもさっき、お前、怪我したよな…?」

「…そうなのよね…なんでさっきが召喚術で、今回幻覚の術が使われてるのかしら?」

「そういえば」

ここでルナが口を開いた。

「…俺、幻覚を見せる固有魔法(オリジナル)が使える"獣人"、知ってるんだけど…」

「…私も知っています……」

「…俺もです……

でも一応知り合いですよ…?何のためにこんな…」

「とりあえず探してみるか…」

ルナのため息一つ。

3人は城を駆け回った。

そしてなんとなく行き着いたのは、正面玄関だった。

そこにいたのは…

「やっぱり君だったか…」

ルナの呆れた声に、その人物は振り返った。

「げっ!?見つかった!?」

チェシャ猫の、ズロー=ニャーバである。


その後逃げようとしたズローを、ルナとハルクが力技でねじ伏せ、現実世界に戻す呪文を唱えさせたのだった。


ズロー=ニャーバ。

黒いパーカーが特徴で、小柄な男の子の獣人である。(ちなみに麗奈は初対面で「この世界にもパーカーってあるんだ…」と思ったらしい)そして本日正座させられた、5人目の人物でもある。

ソレイユは王族らしく、ズローの前で仁王立ちした。

「…で?一体何がどーして俺たちを仮想空間に迷い込ませたんだ?」

「ふん、言うもんか」

時計は夜の9時。

「レナさんは空き部屋に案内しました

よっぽど安心したのか、ぐっすり眠っています」

「ありがとうサラサ」

マリカは微笑んだ。

ここで、今の状況を説明しよう。

魔物惹きつけ組が全ての魔物を倒し、同時に主犯探索組が犯人…ズローを見つけ、やっとの思いで現実世界に戻ってきた。

シュテアナ・麗奈はいきなり現れた他6人に驚き、マルクスも合流。

ルナは『仕上げなきゃいけない書類があるから』と執務室にこもり…

ソレイユによる、ズローの取り調べが始まっていた。

「言うもんかってお前なぁ…それが王族に対する態度かよ」

「政治が大嫌いで仕事がいい加減で毎日トランプ兵を困らせている王子に対する態度としては、合ってるかもしれませんね」

「ハルク。首を刎ねるぞ。」

一歩後ろに下がるハルク。

その間ズローは、拗ねたような顔をしてずっと黙っている。

「ズロー…黙っていたら何も分からないわ、話すだけ話してもらえない?」

マリカが柔らかい声でなだめる。

「そうッスよ?もしかしたら許してもらえるかもしれないじゃないッスか!」

マルクスも笑顔で言う。

「マリカ…マルクス…」

ズローは少しぶーたれていたが…

「実は…」

『実は?』

「…ボールで遊んでたら城の窓を壊しちゃって、他に大きな騒ぎを起こしたら気づかれないかなーと思って……テヘ♪」

頭にコツンと拳を当てるズロー。


その後。

ズローはソレイユに散々追いかけ回され、気絶寸前までフルボッコにされたことを述べておく。


「マルクスの嘘つき!!許してもらえなかったじゃねーかッ!!」

「いや責められるの自分ッスか!?」

ズローは泣き喚いていた。

「オレ様が!このオレ様が王子にいじめられた〜!!」

「何が『このオレ様が』だ。まだ13歳のチビガキだろうが」

「17歳のソレイユ様にガキ呼ばわりされたくはないね!」

「ボール遊びで窓割るあたり、しっかり子どもじゃねーか」

「ウッ…!」

シュテアナは腕を組んで呆れた。

「あんまりニャーニャー言ってると、ハート城出禁にするぞ」

「へんだ、やれるもんならやってみろ!!」

言い返すズローにピョコタは、によによ笑って

「出禁なんて一生の恥だよ〜?明日からワンダーランドの笑い者だよ〜?それでもいいのぉ〜??」

と、クリティカルヒット。

愕然とするズローの背後にピシャァァン…と雷が落ちる。

プライドが高いズローには、効果抜群だったらしい。

「…っ今回は許してやるよ……」

何様だ。

一同のツッコミが一致する。

その時。

「…ふわ…あ…」

「あ、レナちゃん!起こしちゃったッスか?」

マルクスが麗奈に駆け寄ると、ズローが訝しげな顔をした。

「さっきも思ったけど、誰?そいつ」


ー……。


「へー。異世界人なのか」

「ズローちゃん、驚かないんですか?」

サラサが思わず聞く。

「オレ様のひいじーちゃんが最初の異世界人…アリスに会ったらしくてよ。話は聞いてたから…」

・・・・・・・・・・。

「おい異世界人。」

「ん?」

「『ん?』じゃねーよ!!さっきからオレ様の耳だの尻尾だのいじるなッ!!」

すっかり目が覚めた麗奈は、通常運転だ。

「チェシャ猫って言うからもっと不気味な感じかと思ってたけど、案外ちっちゃくて可愛いんだねぇ〜」

「ッだぁぁぁ!!なでなでするな!!

あとオレ様はちっちゃくねぇぇぇ!!!」

「そういえば」

ずべ。

急になでるのを止めた麗奈に驚き、床に突っ伏するズロー。

起き上がりながら、肩で荒く息をしている。

「どうかしましたか?」

マリカが気にせず促すと、麗奈は考えながら話し始めた。

「2つ疑問があって…1つはその…ズロー?の固有魔法(オリジナル)のことなんだけど」

「あ…例の幻覚を見せる魔法ですね

名前は確か、『水鏡偽(ミラージュ・ライアー)』よね?ズロー?」

「…そ…そうだよ…ゼハー…ゼハー…!」

「『水鏡偽(ミラージュ・ライアー)』は霧を出現させる術の応用で、相手の目を騙し、幻覚を見せることができます

普通人間が同じ術を使うと1人にしか幻覚を見せられないのですが、魔力量が多い獣人が使うことによって、一度にたくさんの相手に術をかけることができる…と、そういうものです」

「へー…すごい…!」

麗奈が目をキラキラさせると、ズローは一気に立ち直り、腰に手を当てた。

「へん!オレ様にかかればチョロいチョロい!」

「で。次の疑問なんだけど」

ずべ。

「…お、お前…レナとか言ったか…?いちいち調子が狂うヤツだな…」

再び床に突っ伏したズローをやっぱり気にせず、麗奈は話を進める。

「ズローが犯人ってことは、森で出会った殺し(アサシン)も共犯なんだよね?」

その瞬間、場が凍りついた。

無言の空間で、ズローだけが首を傾げて不思議そうにしている。

「アサシン?」

「ズローお前…その反応…」

ソレイユの言葉がそこで途切れる。

そしてズローは次の瞬間、間違いなくこう言ったのだ。

「何のことだ?それ?」

その時。

窓が開いて、風が入って来た。

バルコニーに立っていたのは…


気絶したはずの、殺し(アサシン)だった。


「やっぱりあんな半端な作戦でやられる訳ないッスよね…」

マルクスが肩を落とす。

すると。

「うわぁ!?」

いつの間に移動したのか。殺し(アサシン)がズローの首元にナイフを突きつけていた。

「おいお前。殺されたくなかったら仮想空間を作れ」

「はぁ!?何でオレ様が…!」

「死にたいのか」

さらにナイフを押し当てる殺し(アサシン)

すると、どこからか声がした。

「ザルド、あまり手荒な真似はよろしくありませんよ」

こちらもいつの間に現れたのか、黒に金糸の模様が入ったローブ姿の、魔術師らしき男が。

男は殺し(アサシン)…ザルドの隣に立ち、なぜかニコリと笑った。

「チェシャ猫の獣人さん、先ほどの『仮想領域(フェイク・エリア)』…見事な完成度でした。それをもう一度披露していただくだけなんですよ。そうしたら、命は奪いませんので…」

その間、マリカ達は念思で会話をしていた。

(私がレナ様を避難させる。ルナ様にも今の状況を伝えておくから、ここは頼める?)

(了解…俺は騎士団に状況を伝える)

早速ハルクは念思を騎士団に送ろうと…

ジジ…ッ…

『!?』

空間が不自然に歪む。

次の瞬間、ズローはザルドに突き飛ばされていた。

「『仮想領域(フェイク・エリア)』を発動させたか…」

シュテアナが呟く。

「ズロー!こっちに来るッス!」

マルクスが呼ぶと、ズローはふらつきながら逃げてきた。

マリカも麗奈を守るように立つ。

「レナ様、私から離れないでください」

「う、うん…!」

一同が敵を睨む。

「あなた達の目的は!?」

マリカが凛とした声を響かせる。

「申し遅れました…私は魔術師のアルバンと申します。ある者に雇われて、ザルドと共にハート城にお邪魔しました」

「もしかして、本物の魔物を召喚して俺たちを襲ったのはお前か?」

「その通り!」

ハルクの言葉に、アルバンは手を叩く。

「本当は仮想空間なんて無しに魔物を召喚するはずが、そこのチェシャ猫が仮想空間に加え、幻覚などという物を作り出しまして。作戦が思うようにいかなかったのです」

「作戦…?」

麗奈の呟きに応えたのはザルド。

そして彼は、ある人物に視線を向けた。

「そこの黒髪のメイドさんに用があってな」

全員が一斉にマリカを見る。

「雇い主から、貴殿の力を確かめてこいと仰せ使っている」

マリカは剣を構えた。

「貴殿…。随分と丁寧な殺し屋ね」

「先ほど森で見かけたのがそうかと思ったんだが…そこのお嬢さんは茶髪だったんでね」

ザルドは顎で麗奈を指す。

「でも、なぜ私を…?」

マリカが聞くと

「そうですか…やはり記憶が…だがそろそろ…いやしかし…」

アルバンは訳の分からないことをブツブツと呟く。

「…まぁいいでしょう

とにかく、あなたの魔力がどれほどなのか確かめさせていただきたい。そう思ったのですが…」

一呼吸置いて

「ーなぜ魔物相手に、魔法を使わなかったのです?」

「!」

極力動揺を押し殺して、マリカは言葉を絞り出す。

「…さあ…何のことかしら」

「あなたの目元にあるハートの"痣"、それは、あなたの魔力量が高いことを示しています。ならば剣を握るより先に、呪文の詠唱を始めたはず…なのに、観察してみたら一度も魔法を使わなかった

これはどういうことか…雇い主からは、あなたの"魔力を"確かめてこいと言われているのですがねぇ」

痣?タトゥーじゃなくて?

麗奈はマリカに小声で聞く。

「タトゥーにそんな意味があるの…?」

「…後で説明しますから、レナ様は絶対に前に出ないでください」

その間、アルバンとザルドも何やら話し合っているようだった。

そして。

「ほら」

ザルドは無造作に、ペンダントを投げた。

「魔力増幅の石を付与したペンダントだ。何らかの理由で魔法が封じられてるらしいが、それがあれば少しはマシに戦える」

カランッと自分の前に転がったペンダントと殺し(アサシン)を見比べ、怪訝な表情を浮かべるマリカに、ザルドは

「貴殿の力を確かめるだけだ。殺しはせん」

「親切ね…」

さらに怪しい。

そう思いながらも、マリカはペンダントを付けた。

そして

「それでは…始めますか

ーマリカ=リーリアさん」

アルバンが何かの術を発動した!

すると

『っうわぁぁ!?』

マリカ以外の全員が一箇所に集められ、シャボン玉のような空間に閉じ込められた。

「みんな!!」

マリカが叫ぶ。

(私1人…なかなかキツいかもしれない…)

それでも詠唱を開始する。

電撃域(ショック・エリア)!!!」

術は…発動した!

無数の電撃が床を走り、その一つがアルバンに当たる!

だが…

「…かなり強力な魔法で封じられているようですね…」

当たったら気絶するはずのこの術だが、アルバンは少しよろけた程度だった。

(増幅してこの程度ってことは、戻っている魔力は半分にも満たっていない…

夜之微笑(クイーン・オブ・ナイト)』なんて5秒も持つか…

でもとりあえず、相手の動きを止めないと)

するとマリカは、おもむろに剣を捨てた。

『!?』

この謎の行動に一同が驚く。

そして

地刃(ストーン・ナイフ)!!!」

マリカの周りに土で作られた無数のナイフが出現し、それらがザルドとアルバン向かって飛んでいく!

(多分アルバンは、ザルドに比べて動きが鈍い。ということは…)

ザルドはそれを簡単にかわし、アルバンはいくつかがローブに当たって、壁に縫い付けられてしまった。

(狙い通り…だけど、問題は俊敏な殺し(アサシン)の方か)

今まで試して、遠距離攻撃は易々とかわされることが判明している。

(私が得意とするのは遠距離型の攻撃魔法…勝ち目があるとするなら、剣しかない)

仕方なく、接近戦の剣術で勝負に出ることに。

マリカは剣を拾い、一気にザルドとの間合いを詰める!

身を低くし、マリカが剣を振り上げた!

ザルドもナイフを振り下ろそうとして…

「っ!!」

それを剣で受け止めるマリカ。

軽く火花が散る。

力技ではザルドが有利だ。

どんどんマリカは押されていって…

ーニヤリと笑った。

ザルドは嫌な予感から間合いを取ろうとするが、マリカの術が早かった!

氷華(アイシー・フラワー)!!!」

その瞬間、ザルドの両足に絡みつくように華が咲き、床に縫い付けられた!

抵抗しようとナイフを振るが、そんな雑な攻撃が当たるはずもなく、マリカは軽く避ける。

そして段々と氷がザルドの体を張っていき、首まで氷漬けになった。

(とりあえずやった…でもここからどうしたら…)

すると

「マリたん危ない!!」

ピョコタの声で右を見ると

「オ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!!」

召喚されたゴーレムの右腕が迫ってきて…


ドォォォォン!!!!


「マリたん!!」

壁に強く打ち付けられ、倒れるマリカ。

…ガラガラガラ……

大量の瓦礫が彼女に落ちてくる。

そのまま動かない。

「マリカ!!…くそっ…!!」

シュテアナは呪文を唱えて、空間を破ろうとするが…

「シュテアナ待て!」

「なぜ止める!?マリカが危ないんだぞ!」

ハルクはシュテアナの肩に手を置いた。

「いつもの冷静なお前になれ!こんな狭い空間で攻撃魔法なんて発動させたら、反動でダメージを受けるのはこっちだ!!」

「じゃあアイツらに殺されるマリカを黙って見てろって言うのか!?」

動けるようになったアルバンの表情は、気持ち悪いほどの笑顔で満ちていた。

ゴーレムを消して、そのままゆっくりとマリカに歩み寄り…

「アルバン!殺すなという命令だ!」

ザルドが言う。

「それは、殺さなければ何をしても良いということでしょう…?私はもともと、このような美しい女性をいたぶって泣かせるのが好きなのですよ…」

マリカは相変わらず、ピクリとも動かない。

「さすがに最初は手加減をして差し上げましたが…」

そんな彼女の顎にアルバンは手をかけて、その顔を覗き込んだ。

「近くで見れば見るほど美しい方ですねぇ

これで口づけなどしたら、一生の傷になるでしょうねぇ…?」

そう言って、自らの唇を舐め回す。

「やめろ…やめろぉぉぉぉ!!!」

必死で叫ぶシュテアナ。

するとその時。

「…ガ…か…」

急にアルバンの様子がおかしくなった。

段々首の向きが変わり…

グリンッ!と180度回転する。

「ひぃっ!?」

思わず抱きつき合う麗奈とピョコタ。

サラサも口を塞ぐ。

そしてアルバンは白目を剥き、声も出さず苦しんで…

やがて仰向けに倒れた。

パリィ……ン

同時にシャボン玉の空間が弾ける。

「マリカ!」

迷わず駆け寄るシュテアナ。

対して残りはザルドを警戒し、動けない。

かく言う麗奈も、どうしたらいいのか分からず動けなかった。

「マリカ!マリカ…!」

シュテアナが揺さぶっていると

「揺さぶるな」

ザルドの低い声が響く。

「頭を打っていたら悪化させるかもしれん」

やがて術の持続時間が経過し、氷が消えた。

ザルドはマリカ達に近づく。

シュテアナは睨みながら術を唱えて…

「言っただろ、殺さんと」

マリカからペンダントを丁寧に外し、自分の首にかけた。

そして

治癒(ヒーリング)

マリカが淡く光り、体中の傷が消えてゆく。

「増幅版の『治癒(ヒーリング)』…?」

シュテアナの呟き。

「なぜ…」

ザルドは指を一本ずつ立てて

「1、俺は殺し屋だ。殺せと言われた者しか殺さん

2、リーリア嬢の強さには敬意を払うべきだと思った

3、こんなに美しい女性に傷なんて物は残せん……その3つが理由だ」

なぜこの人が殺し屋をやっているのか、麗奈にはさっぱり分からなかった。

「あの…この人…アルバンはどうしていきなり…?」

サラサの問いに、ザルドは眉ひとつ動かさず

「おそらく、雇い主の命令に逆らおうとしたから、殺されたのだろう」

「そんなことができるんですか…!?」

「俺にも分からんが…そういう固有魔法(オリジナル)を持っているのかもしれんな、遠隔で人の動きを支配できる術を」

そして彼はマリカを見下ろして

「今回は実に楽しかった、また貴殿らと戦う日が来るといいな」

仮想領域(フェイク・エリア)』の持続時間が経過。現実世界に戻ってきた。

ザルドは同時にアルバンを抱えて、黙って明け方の空に飛び込んで行ったのだったー……。


マリカが目を覚ましたのは、ちょうど昼の12時をまわった頃だった。


はう…。

ベッドの上で、マリカは吐息を漏らした。

「そう…ザルドがそんなことを」

傍にはサラサの姿。

「はい。…あの」

「うん?」

「今回のことで、心当たりはありませんか?」

「心当たり…?」

「あの2人の雇い主は、マリカのことをよく知っているようでした。何か、知り合いに狙われるようなことが過去にあったのかもしれないと思って…」

ふむ…

マリカは過去の記憶を引っ張り出す。

だが。

「…ごめんなさい、何が何だかさっぱり…」

「そう…ですか…」

「…でも、少し変よね」

「え?」

「殺し屋を雇ったのに、その依頼内容は、私を殺すことではなく力試し。そこに何の意図があるのか…ずっと気になってるの」

「…今まで以上に、城の警備を強化する必要がありますね…」

「ええ…」

部屋は、重たい空気に満ちていた。


マリカとサラサが客間に向かうと、そこには…

「マリたん〜!!!」

「わっ!?ピョコタ…どうしたの…?」

「だってぇぇ〜!!グスッ…ボクが魔法を無効化したせいでマリたんがぁぁ〜!!」

ルナが前に出る。

「ピョコタ、ずっとボクのせいだって自分を責めていたから、よっぽど安心したみたいだよ」

ため息をつくルナ。

「…それより、俺の方こそごめん

俺が仕事をしている間、みんながそんなことに巻き込まれていたなんて…」

マリカは苦笑して

「いいんですよ…我々トランプ兵が主人を守るのは、当たり前のことですから」

「…ありがとう」

ルナはへらっと微笑んだ。

ソレイユもニッと笑う。

「…マリカ」

「あ、シュテアナ」

シュテアナが、マリカの前に立つ。

「ごめんなさい、心配かけて」

「いや…それより」

シュテアナは耳を真っ赤にして、マリカから視線を逸らす。

「頼むから…もう無茶はするな

お前は大事な………大事な………

その……」

マリカが首を傾げる。

シュテアナはしばらくもごもごしていたが

「大事な……幼馴染、だから…」

キョトンとしてから、マリカは微笑んだ。

「ええ…約束する」

そう言われた瞬間シュテアナは、マリカに柔らかい笑みを向けていた。

「ねぇハルクさん。シュテアナさんって、もしかしなくても…」

麗奈が耳打ちする。

「ああ。ずーーっと、そうなんだよ」

そう言うハルクはニヤニヤしていた。

すると

「あーーーー!!!」

いきなりピョコタが声を上げた。

「大事なこと忘れてた!!」

『え?』

「レナちー!元の世界に帰れるかも!!」

「えぇぇぇぇ!?!?」

驚きを隠せない麗奈。

「えっ…!?方法…分からないって…」

「ボクは扉をくぐってレナちーの世界に行ったって説明したでしょ!?

実はそっちの世界から戻ってくる時に、どういう術式が組み立てられてるか…簡単に言えば、どんな魔法を組み合わせてこのワープができたのか調べてみたんだ

そしたら、転移魔法と召喚魔法を膨大な魔力量で複雑に絡ませたものらしくて……

…レナちー?大丈夫?」

「いや…ごめん…分からないことが多すぎて…」

「とにかく!魔力量が多いボクとズローが、転移魔法と召喚魔法を組み合わせた術…異世界転移?って言うのかな?それを完成させれば、レナちーを帰してあげられるんじゃないかなって…!」

麗奈は一回瞬きをした。

「相手の魔法を無効化する術が使えたり、今みたいに難しいことをしたり話したり…

ピョコタって何者…?」

「ふえ?」

間の抜けた声を出すピョコタ。

「う〜〜〜ん………」

彼女は数秒唸った後、こう言った。

「ーボクこう見えても、ワンダーランドの王族お抱えのスパイ?なんだよね」

なぜか麗奈を、めまいが襲う。

「あれ…?ピョコタっていくつ…?」

「15歳だよ?」

一応ピョコタの方が年下だが、2歳しか離れていないことに衝撃を覚える麗奈。

「とっ、とりあえず!!」

マルクスがパンッと手を叩く。

「レナちゃんが帰れる可能性が出てきたんスよ!もっと喜びましょうよ!!

ほらレナちゃん!そんな顔してないで!」

「そっそうだね…!」

麗奈を始め、全員が笑顔を浮かべた。

「でもごめんね…」

急にピョコタの表情が曇る。

「魔法が完成するまで何ヶ月…何年もかかると思うし、異世界転移はすごく難しい術って言われてるから、もしかしたら帰してあげられないかも……」

「大丈夫!」

「へ…?」

「私、ピョコタとズローのこと信じるよ!」

「レナちー……」

ピョコタはしばらく黙ると

「よっし!!じゃあ今すぐ取り掛かってみる!!

ってことでズロー!手伝って!」

「えぇ…ピョコタ1人でやれよ…」

「出禁。」

「すぐに取り掛かります」

ピョコタとズローが話している間、ふと、麗奈の目に映ったものが。

「そういえば、そのタトゥー…じゃなくて、痣…だっけ」

「あ…説明する約束でしたね」

マリカは痣に軽く人差し指を置いた。

「これはタトゥーにも見えますが、世間ではとりあえず、痣と呼ばれています

国の出身を問わず、この世の人間の一部には、一定の年齢になるまでに痣が出現する場合があります。どのような仕組みで浮かび上がるのかは解明されていませんが、これは、その人の魔力が高いことと、適職を表しているとされています」

「じゃあ…トランプ兵みんなの目元に痣があるのは、魔力が高いから?」

「そういうことになりますね

いずれも高位職ですが、適職の例としては、目元に痣があったら王族に仕える職。手の甲に痣があったら魔法に関係する職…例えば国の魔術師団や魔術研究者など。利き腕に痣があったら王になるべき者の象徴、という感じです」

「ちなみに俺たちにも痣があるぜ」

ソレイユとルナは右の袖をまくった。

そこには、薔薇と薔薇のつるが腕に巻き付いたような痣が。

ソレイユは首をすくめる。

「本当ならどっちか1人に痣が出るはずなんだけど、何の間違いか両方に出ちまって…どっちが王になればいいのか、両親も困ってるんだ」

「へぇ…でもカッコイイ!」

なんて麗奈が笑っていると…

「ーとりあえず」

シュテアナが麗奈に聞く。

「帰る手段が見つかるまで、レナはハート城で預かるということでいいんだな?」

「うん、できるなら

ーやっぱりダメ…?」

「ダメではない。ただ……

それだったら、少しでも自分の身を守る手段があった方がいい。昨日みたいに襲われても、守りきれない可能性もあるからな」

少しだけ場がピリつく。

「…あ……」

…そっか……守られるばっかじゃダメなんだ。

これは現実。昨日襲われたことも、マリカさんが殺されかけたのも…現実だ。

改めて麗奈は、異世界の厳しさを知る。

麗奈は軽く俯いた。

すると

「ーだったら…」

口を開いたのは

「"作る"か?自分の身を守る手段」

なんとハルクだった。



「わー、ハルクさんの執事姿だー」

「あんなゴテゴテした服装じゃあ作業しにくいだろ」

「なんか………似合わなーい」

「ほっとけ!!」

麗奈の目の前には、執事服を纏ったハルクの姿が。

…と言っても、ジャケットは脱いでシャツの袖をまくり、第一ボタンを開けるというだいぶ着崩した格好だが。

「ほら。入れ」

「お邪魔しまーす」

通されたのは、武器やアクセサリーがたくさん置いてあるゴチャゴチャした部屋。

いわゆる工房というやつである。

「ハルクさんて器用だったんだね」

「まあな」

ぶっきらぼうに答えて、ハルクは机に向かう。

麗奈も隣に座り、ハルクは独り言のように

「俺の家は父親が鍛治師で母親が宝石職人だから、俺も昔から刀打ったりアクセサリー作ったりしてたんだよ」

そう言いながら取り出したのは、赤と白のマーブル模様の宝石。

同時にヤスリも取り出して

シャー…シャー…

宝石を削る音だけが工房に響く。

しばらく沈黙が続いた後。

「本当にいいのか?」

「え?」

麗奈の方を見ようともせず、ひたすら宝石を削るハルク。

「レナは異世界人だ。捕まって研究材料にされるかもしれない、あらぬ噂を立てられたり嫌な思いをするかもしれない…」

麗奈は黙って話を聞く。

「いざって時にはハート城総出で、全力で守る。…が、守りきれる保証はない

トランプ兵は、いつでも命を落とすことを承知で王子に仕えている。

そんな世界なんだ、ここは

帰れないとは言え、俺たちと一緒にいたら必ず危険な目に遭うぞ、いいのか?」

鋭い目で言われて、ゾクっとする感覚を覚える麗奈。

ーでも

「私ね、信頼してるんだ」

「ーえ?」

「出会ったばっかでこんな風に思うのは変かもしれないけど、私、ハート城のみんななら信じられるなって思うの」

「…?」

「ザルドに襲われた時、マルクスさんもシュテアナさんも、魔法が使えない私のことを全力で守ってくれたし。マリカさんがピンチになった時も、みんなで助けようとして…心配して…」

気がつくとハルクは、手を止めていた。

「何より、みんなからしたら私は関わりたくない存在かもしれないのに、異世界人だからって追い出したりもしないで、歓迎してくれて、国のことも丁寧に教えてくれて…

ちょっと不安だけど、それ以上に、みんななら絶対に守ってくれるって確信の方が強いんだ」

「……!」

「…あっ!もちろん守られてばっかじゃなくて、私自身も強くなれるように努力する!」

目を見張った後、ハルクは麗奈を見て苦笑した。

「そんなこと言われたら、守ってやるしかなくなるじゃねーか」

「えへへ…」

ふと、ハルクの手元に視線を落とす。

「…ねぇ、何作ってるの?」

「お前を守るための…お守りかな」

シャー…シャー…

軽く削っているはずなのに、宝石は驚くほどのスピードで削れていく。

ヤスリにも魔法がかかっているのか。

数分後には、デコボコした宝石が、小さな球体になっていた。

「なあ、ワンダーランドと言えば何だと思う?」

「えっ?」

予期せぬ質問に、一瞬驚く麗奈。

「えっ…と。…薔薇……かな…?」

「だよな」

頷いたと思ったら、ハルクは宝石を手のひらに置いて、何やら唱え始めた。

すると、宝石が段々光を放って……

カッッッ!!!

「!?」

思わず麗奈は目をつむる。

「……?」

恐る恐る目を開けると…

「うわぁぁぁ…!!」

「はは、やっぱり女子は好きだよな、こういうの」

宝石は、小さな薔薇の形になっていた。

「これをどうするの!?」

「それは…お楽しみだな」


「ほらよ」

ハルクは麗奈に、指輪を渡した。

それには、先ほどの薔薇が付いている。

「これは、今のところ魔力があるか分からないレナでも魔法が使える道具だ。ただの指輪に魔法を付与した宝石を付けただけの、簡単なものだが…」

「魔力を込めたのはボクとズローだよっ!」

「へへん!」

ドヤ顔するピョコタとズロー。

ピョコタは指輪を指差して

「あんまり派手な魔法は使えないんだけど、光球(フラッシュ)と念思を使えるようにはしてあるよ!危険な目に遭った時、それで周りに知らせるぐらいはできるんじゃないかな〜」

「念のため言っとくが、常に指輪は付けておいて、あんまり1人では行動しないようにな。それは万が一を考えて渡してる物だから、本当は使わないのが一番良い…だから」

ハルクは目を細めて

「珍しいものがあるからって、勝手に近づいたりしないよーに」

「ヴッ…!?」

痛いところを突かれて呻く麗奈。

「気をつけます…」

「よろしい」

この様子を見ていたマリカや他のメンバーは、笑っていた。

思わず麗奈も笑う。

早速指輪をはめると……

「ーでは、レナ様」

「へ?」

振り向くと、トランプ兵とピョコタが両端に立って、中央にはソレイユとルナ。

ズローも戸惑いながらピョコタの隣に立ち、王子以外の全員は胸に手を当て、敬礼した。

ソレイユとルナは、ゆっくり麗奈に歩み寄る。

そして2人は、手を差し伸べた。

「有栖川麗奈こと、レナ=アリスガワ……ワンダーランドの王子として、歓迎するぜ」

「帰れる日が来るまで、国民としてよろしくね」

………!

「うんっ!!こちらこそ!!」

…もちろん、すごく不安だ。

慣れない土地だし、知り合いもいないし。

でも、今日から新しい日常が始まると思うと、なんだかワクワクした。

ーいつか元の世界に帰る、その日まで。

麗奈は、王子たちの手を取る。

薔薇の宝石は、優しい光を放っていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ