1話 海水浴
「いい天気だぜ」
俺はパラソルの下、ビーチチェアに転がって言った。
ここはとある海水浴場。
透き通るような美しい海と、真っ白でサラサラな砂浜。
空は高く、白い雲がゆったりと流れている。
「アルト様、天気が良すぎます……」
水着の上からいつものローブを羽織ったエレノアは、俺の隣でレジャーシートに座っている。
ちなみに、俺は海パンとガラシャツ、サングラスを装備している。
「アルト君……海水浴なんて……」サビナが俺を見ながらボソボソと言う。「いつまで経っても不良なんだから……」
よく聞こえなかったけど、「海水浴楽しい」的なことだろう。
サビナは黒い水着で、少しだけフリルが付いている。
サビナは俺のとは別のパラソルの下に、眷属のマイルズと一緒に座っている。
マイルズは海パンだが、上から長袖の薄いパーカーを羽織っていた。
マイルズは眷属なので、本来ならやや日光が苦手。
だけど、ちゃんと克服している。
「おりゃー!!」
少し離れた場所で、ニナたちがスイカ割りをしていた。
ニナの振り下ろした木剣が、スイカを粉々に打ち砕く。
「姉貴! 手加減しろよ!」
リクが怒って言った。
ニナはビキニと呼ばれるタイプの黄色い水着で、リクは普通に海パン。
ただ、リクが可愛いので一瞬ギョッとするんだよな、その格好。
「はっはっは! さすがは勇者と言ったところか!」
両手を腰に当て、ディアナが笑った。
リクを誘ったら、ディアナも漏れなく付いて来たのだ。
ディアナもニナと同じく、ビキニタイプの水着だ。
「ははは、待て待てロザンナ様~♪」
「いやぁぁぁぁ!」
アスタロトがロザンナを追い回してる。
アスタロトは海パン姿で、ロザンナはフリフリをふんだんに使った上、リボンやよく分からない飾りが付いた少し奇妙な水着を着ていた。
ちなみに水着の色は白と黒。
「はいそこまで」
ネビロスがアスタロトの足を引っかけて、アスタロトが盛大に転ぶ。
ネビロスはお姉さん、って感じのシックな水着だった。
「ありがとうネビ!」
ロザンナは追いかけられて半泣きになっていた。
ロザンナを誘ったら、なぜかアスタロトとネビロスがくっ付いてきた。
そして、ブラピが海をのんびりと泳いでいるのが目に入った。
ブラピと一緒に骨がいる。
グリムだ。
俺は誘ってないけど、なぜかグリムも一緒に来たのだ。
ロザンナが誘ったのかもな。
「さぁてエレノア、そろそろ泳ぐか?」と俺。
「ひぃぃぃ!」
エレノアはブルブルと震えた。
「お前、そんなんじゃ、いつまで経っても太陽を克服できねぇぞ?」
「きゅ、急には無理です!」
エレノアは涙目だった。
「まぁまぁアルト君」サビナが優しい笑顔で言う。「わたしたちは、ほら……太陽光チャレンジとか……小さい頃から不良っぽいこと、やってたけど……エレノアは違うでしょ?」
「それは、そうなんだけどな? あんまり甘やかしてもなぁ」
俺が言うと、「サビナァァァ!」とエレノアがサビナの方に移動し、抱き付いた。
仲良しだな!
てか、太陽光チャレンジって不良っぽいのか?
みんなやってただろ?
「へいへい、お姉さんたちぃ、ボクちゃんたちと、遊ばないかーい?」
紫の髪をオールバックにした男が、リクとニナに声を掛けた。
その男は、ジャラジャラとアクセサリーを装備していて、見るからにギャル男って感じの……って、こいつアレじゃね!?
ロキの信者じゃね!?
確か名前はプローホルだ!
とか思っていると、ワラワラとギャル男たちが集まって来て、その中心にはロキがいた。
「ロキさん!」
俺が声を掛けると、ロキ&ギャル男たちが一斉に俺の方を見た。
俺を認識したロキが、笑顔で手を振って駆け寄ってくる。
「アルトじゃねーか。何? あんた、ヴァンパイアのくせに海水浴とかしてんのかい!?」
「アルト君は……不良だから」とサビナ。
「ん? あんた見た時あるけど……」
じぃーっとロキがサビナを見詰める。
「久しぶり、邪神ババア……」
「誰がババアだ誰が! って、思い出した! あんたはクソガキ軍団の根暗娘! 生きてたのかい!?」
「え? ……わたし根暗?」
サビナが不安そうな顔で俺の方を見た。
「いやいや」俺は右手を小さく振る。「んなことねぇよ。サビナが根暗なら、俺なんか超根暗になっちまうよ」
俺の言葉が終わると、サビナがホッと息を吐いた。
さてそれはそれとして、ロキさんエッロ!
身体、エッロ!
その上、水着の面積が小さすぎる!
あと、頭にサングラス乗せてるのがちょっと可愛い。
「古き神よ、初めまして」
ブラピに乗ったグリムが寄ってきて、ロキに挨拶。
ちなみにだが、グリムは全裸だ。
全裸と言っても、骨なので特に問題はないけれど。
「ほう。新しい神か。あたしらの時代にはいなかったな」
ロキがグリムをジロジロと見ながら言った。
なんだこいつら?
神様ごっこしてんのか?
おいおい、本物の半神サビナがいるのに?
まぁいいか。
「それにしても、グリムさんがこんなに話しやすい人だと思いませんでしたよ」
ニコニコと笑いながらリクが言った。
ここに来るまでに、リクとディアナはグリムと言葉を交わしていた。
「出会いが悪かったのだ、ワシらは」グリムがリクの頭を撫でる。「それより貴様、上を羽織った方がいいのではないか?」
それは俺も思ったけど、リクって男なんだよなぁ。
「ははは! リクは男だから問題ないぞ!」とディアナ。
「え? 姉ちゃん男か?」プローホルが言う。「半裸のハッスルした姉ちゃんがいると思って声かけたのにぃ!」
「おいアルト」ロキが言う。「せっかくだ、あんたがあたしの背中にオイル塗りな」
ロキが亜空間からサンオイルを取り出す。
原理としては『異次元ポケット』と同じだ。
「アルト、ぼくにも塗ってよ」
ロザンナも手にサンオイルを持っていた。
でもロザンナの水着、面積が大きいから、背中に塗れないのでは?
「ロザンナに塗るなら先にあたし」とニナ。
「は? 勇者の前も後も嫌だけど?」とロザンナ。
この2人は相変わらずだ。
「お前ら同士で塗れよ」
ちょっと面倒臭いのだが?
俺が言うと、ロザンナとニナが酷く驚いたような表情を浮かべた。
と、海の向こうから猛烈な速度で何かが迫っていた。
その気配にみんな気付いて、海の方に視線を向ける。
なんだ?
何かが泳いでるのか?
その何かは一直線にこっちに向かっていて、そしてザパーンと飛び上がり、そのまま俺の胸の上に着地。
「アルト! やっほー!」
「メービーちゃん!?」
その何かは人魚のメービーだった。
メービーは下半身が魚で、上半身が人間。
髪の色は透けるような金で、瞳の色は空の色。
やや幼さの残る顔立ちだが、結構、可愛いと思う。
俺のこと好きって言ってくれるから、余計に可愛く思う。
ただ、おっぱい丸出しなんだよな……。
自認が魚の魔物だから、人間とは羞恥心が違う。
ああ、ダメだ、メービー、おっぱいをグイグイと押し当てるんじゃない!
「何この破廉恥な魚」とロザンナ。
「刺身にしちゃう?」とニナ。
「おいおい、メービーちゃんを食べようとするな」
俺はメービーの頭を撫でながら言った。
「コホン」ディアナがわざとらしく咳払いして言う。「アルト様とその人魚とは、どういう関係か聞いても?」
「ああ。100年ぐらい前か? メービーちゃんは迷子になってて、川を昇って湖でアタフタしてたんだ」
「そこをアルトが助けてくれて、メービーちゃんを竜宮城に連れ帰ってくれたの……って! アルト! 竜宮城が! 乙姫様が!」
むぎゅー、とメービーが俺を強く抱き締める。
だから押しつけるなって。
「おい落ち着け。どうした?」
乙姫様といえば……。
メービーを助けたお礼に、玉手箱というお土産をもらったのだけど、なぜか「困った時しか開けちゃダメ」と言われたのだ。
まぁ普通に開けたけどな。
煙が少し出たけど、特に意味はなかった。
あの煙、何だったんだろうな?
演出かな?
とりあえず、箱には金貨とかが詰まっていた。
なるほど、金に困ったら開けろって意味かぁ、と納得したのだった。
「パンデモニウムの連中が! 乙姫様を攫ったの! 助けてアルト!」
うーん、思った以上に深刻じゃん!
パンデモニウムって治安最悪なんだよな……。
関わりたくな……いや、待てよ。
「安心しろメービーちゃん」
俺はニヤッと笑う。
ここには勇者、魔王代理、冒険者、入浴剤、邪神ババア、半神サビナなどなど、いい感じの戦力が揃っている。
なんとかなるだろ。




