8話 エレノア、誘拐される(誘拐される?) 前編
ここはとある商業王国の王都。
あちらこちらに露天が出ていて、大通りも路地裏も非常に活気がある。
この大陸の流通の中心でもあり、ここでは全てが揃う、とまで言われている。
「おい、あの1人で歩いてる嬢ちゃん、見てみろ」
王都を牛耳る犯罪ファミリーの構成員Aが言った。
彼らは酒場の2階の窓から、通りを見て獲物を探している最中だった。
「ほう、あれは……貴族のお嬢ちゃんか?」
構成員Bがニヤリと笑う。
「フードを外したのが運の尽きね」
構成員Cが肩を竦める。
「ありゃボス好みだぜ。連れて帰りゃ、相当喜ぶだろうぜ」と構成員A。
「ボスのロリコンにも困ったもんだよ」と構成員B。
「ロリっ娘にあんなことやこんなことをして、飽きたら払い下げる。人間のクズだよねぇ」
構成員Cがクックックと悪者らしい笑い方をした。
ちなみに、Aは若い男で、Bは中年の男、そしてCは中年の女である。
「よぉし、拉致しに行くぞ!」
構成員Aが言って、BとCが頷く。
◇
エレノアはあまりの熱気にフードを外し、手でパタパタと顔を扇いだ。
「それにしても活気がありますね、アルト様……あれ? アルト様?」
この商業王国にはアルトと一緒に来たはずなのだが、なぜかアルトがいなかった。
「まさか、アルト様……万年も生きているのに迷子に……?」
いやいや、アルト様に限ってそんなわけがない、とエレノアは考えを改める。
きっと何か緊急事態が起こったか、いつもの神算鬼謀での行動に違いない。
アルトの思考は、エレノアでは理解できないほどの高みにあるのだ、とエレノアは思っている。
「では仕方あるまい。わたくし1人でビーチ用品を探そう」
うんうんと頷くエレノア。
ちなみにだが、さっきまでエレノアはアルトの背後を歩いていた。
少なくとも、エレノアはそう思っていた。
だがその人物はアルトではなかった!
全然、まったく関係のない、ただ身なりのいい男性だったのだ!
エレノアの視界が低いことと、フードで視界が狭まっていたことが原因だ。
あと、もちろん人が多いことも原因の1つである。
「お嬢ちゃん、いい物をあげるからお兄さんたちとおいで」
唐突に、20代前半ぐらいの男がエレノアに声をかけた。
男の隣には中年の女もいて、ニコニコと笑っている。
更に、エレノアの背後に中年の男がいた。
「む? なんだ貴様ら? わたくしに貢ぎ物を持って来たというのか?」
エレノアが言うと、男がうんうんと頷いた。
(ほう。わたくしがヴァンパイアクイーンであると一発で見抜き、更に取り入ろうというのか! なかなか見所のある連中だ。場合によっては、わたくしの下僕にしてやってもいい)
「よかろう! 貴様らの貢ぎ物、受け取ってやろう! わたくしの心の広さに感謝せよ!」
エレノアが胸を張って偉そうに言った。
とりあえず、偉そうにできる相手にはとことん偉そうにしたいエレノアである。
「ええ、お嬢ちゃん、ありがとう。ささ、お姉さんと手を繋ぎましょう」
中年の女が手を出したので、エレノアは素直に繋いだ。
貢ぎ物を手に入れる前に、はぐれては困る。
そうしてエレノアはまんまと誘拐されるのであった。
◇
「なんと美しい!」
犯罪ファミリーのボス、シバが豪華絢爛なソファに座ったままで言った。
ここはファミリーの拠点。
見た目はちょっと大きい民家、といった感じ。
エレノアが案内されたこの部屋は、とっても広い。
壁際には美少女メイドたちが立っている。
「ふっ、わたくしが美しいことなど、夜が訪れるが如く当然のこと!」
キリッとした表情でエレノアが言った。
(……誘拐してきたんだよな?)シバは目を細めた。(なぜこんなに偉そうなんだ? いや、身なりを見る限り、貴族令嬢だが……もしかして現状を理解していない?)
「娘、名は?」とシバ。
「ん? わたくしはエレノアだ。貴様は?」
「オレはシバ。この王都を裏から支配している、暗黒の王と呼ぶ者もいる。」
シバは40代の男性で、やや太っている。
しかし動けるデブであり、戦闘能力も相当高い。
もちろん、一般人と比べての話。
「ほう。街の支配者か! 更に暗黒の王とは! センスがいいな! それで何をくれるのだ!?」
エレノアはワクワクした様子で言った。
「ぶっといオレのソーセージ(卑猥な意味)をくれてやる」
ニヤニヤとシバが言った。
「ソーセージか! わたくしはソーセージ大好きだぞ! なんせ、アルト様のソーセージ(そのままの意味)を頻繁に食べているからな!」
「な、なにっ!?」シバは酷く驚いた。「その年で、すでに経験が……?」
「もちろんだ。わたくしを誰だと思っている。二本同時に頬張ったこともあるのだぞ!」
「!?」
シバは驚愕に目をヒン剥いた。
エレノアを連れて来た3人も、口をあんぐりと開けて間抜け顔を晒している。
「そ、そのアルトという奴は……鬼畜か何かか?」とシバ。
「鬼畜? はっはっは! アルト様はその程度ではないっ! 魔王さえ超えたはるか高みの存在! まさに大魔神! まさに至高の存在! アルト様に歯向かって生きている者はこの世にいないっ! 暗黒の頂点にして夜の覇者である!」
エレノアはバッと右手を広げて言った。
アルトの素晴らしさを説くのが楽しくて、興奮しているのだ。
聞いた相手がどう受け取るかは、また別の話なのである。
シバは苦笑いを浮かべた。
(この品のない言動、貴族令嬢ではないな? もしやオレと同じタイプの人間が、自分好みに育て上げたのがエレノアなのか!? そう、つまり『貴族令嬢風、生意気ロリ』調教!)
それも悪くないか、とシバは思う。
(他人が躾けたロリを、オレが再教育する! それもまた一興! ただ、若干、アルトという奴が気にはなるが……少し探りを入れるか?)
「……それほど、恐ろしい人物なのか?」とシバ。
「当然だ。このわたくしにさえ、甘えを許さない人だぞ?」エレノアが語る。「さんさんと輝く太陽の下で、容赦なく脱げと言うのだからな!」
フードを、である。
太陽を克服するために。
「ほ、ほう」
(ロリコンの上に、野外露出まで兼ね備えた変態だと!?)
「だがしかし、そんなアルト様だが、わたくしが従順にしていれば、食べ物(魔力が上がる素晴らしい手料理)をもらえるのだ」
「な……オレは確かにロリコンだし、乱暴なことも大好きだが、さすがに食事ぐらいは、何もなくても与えているぞ……」
シバが呟くと、メイドたちがコクンと頷いた。
そして同情の瞳でエレノアを見詰めた。
「よく分からんが、とりあえずそろそろソーセージを頂こうか」
エレノアが真剣な様子で言った。
「いいだろう。こっちに来て脱げ」とシバ。
エレノアはスタスタとシバに近寄る。
「わたくしはすでに脱いでいるだろう?」
フードを外している、という意味である。
「あん? 着てるだろうが」
「ん?」
「ん?」
2人を見詰め合ったまま、首をキョトンと傾げた。
(おかしい、話が噛み合っていない気がする)とエレノアは思った。
「アルトって奴は生意気なロリが好きみたいだが、オレは違う。脱げと言ったら素直に脱げ。でなきゃ制裁だ。分かったら生意気ロリ設定は止めろ」
シバがグッと拳を握る。
生意気ロリより従順ロリが好きなシバである。
(生意気ロリとは……? アルト様は生意気ロリとやらが好きなのか? なぜこいつはアルト様の好みを?)エレノアはさっきとは逆に首を傾げた。(それに、正妻? わたくしと結婚したいのか? 訳が分からないっ!)
「ちっ、仕方ないな」
シバが立ち上がり、蹴りを放つ。
もちろん、本気で蹴ったわけではない。
ないのだが、シバの蹴りがエレノアの二の腕に当たり、そしてシバの足の甲の骨が砕けた。
「ぎゃぁぁぁあああああああ!!」
シバは床を転がりながら叫んだ。
とっても痛かったのだ。
(なんだこいつ!? 一体、どうしたというのだ!?)
エレノアはますます訳が分からなくなって混乱した。
(今のは何だったのだ!? この地域の人間の挨拶なのか?)
エレノアは自分が蹴られたとは思っていない。
なんせ、蹴りと呼ぶにはあまりにも弱かったから。
(わたくしも足でちょんと触れて、そして床を転がった方がいいのか!?)
エレノアが迷っていると、涙目のシバが這うようにソファに戻り、そして座り直した。
(このロリ絶対ヤバいやつ~!)シバの表情は引きつっている。(まるで鉄を蹴ったみたいな感触……こいつ、絶対人間じゃない! もし人間だとしたら、勇者とか七大魔法使いとか、そういうレベルのヤバいやつ~!)




