5話 あの手紙の真実
アルトに招集の手紙が届く少し前。
あるいは、暗黒鳥がアルトの家のガラス戸をぶっ壊すより前。
「ああ、ロザンナ様の寝顔は今日も美しい……」
アスタロトはうっとりした様子で言った。
ここはロザンナの寝室。
アスタロトはコッソリと侵入して、ベッドでスヤスヤと眠っているロザンナを見ていた。
「うーん……アルトォ……」
むにゅむにゅ、と愛しい人の名を呼ぶロザンナ。
「そう、そうなんですよロザンナ様! 今度の会議には、間違いなく彼に参加して欲しいのです!」
現在、勇者が出現して暴れ回っているのだ。
「しかし彼は、今まで一度も会議に参加したことのないサボり魔……実に困った」
ロザンナの寝顔を見詰めつつ、アスタロトが呟いた。
「ああ、我はいつまでもここで過ごしたい……」
スーハー、スーハー、と大きく深呼吸するアスタロト。
「アスタロト様」
非常に冷たい声で、アスタロトの補佐官ネビロスが言った。
「うわっ! ビックリしたぁ!」
アスタロトが驚きながら振り返る。
「いい加減、ロザンナ様の寝床に侵入するのはお止めください」
ネビロスは蔑むような目をアスタロトに送る。
ネビロスの見た目は、20代前半の女性で、髪はオレンジ色のロング。
胸元に大きなフリルの付いたブラウスを着ていて、下はスラッとした黒のパンツ。
そして、顔には伊達メガネを装備していた。
「……我の唯一の趣味、それはロザンナ様なのだよ」
「きもっ……」
ネビロスは吐き捨てるように言った。
「いや、お前もコッソリ入ってきたじゃないか」とアスタロト。
「仕事の時間なのに執務室に現れない誰かさんを探しに来たのです」
ネビロスは表情ひとつ動かすことなく、淡々と言った。
「……仕事……疲れた……」
アスタロトが遠い目をして言った。
「ええ、そうでしょうね。勇者のせいで被害が甚大ですからね」
「だから四天王会議を開こうと思うのだが、あのお方をどう呼ぶか考えているのだ」アスタロトが言う。「下手なことを言ったら殺されかねんからな」
「ふむ」
ネビロスは少し考えたあとで、コクンと頷く。
「こうすればいいかと。まず、あのお方はなんだかんだ、味方には優しいはずです」ネビロスが言う。「ですので、あなたが来てくれないとアスタロト様が魔王様に粛正されてしまう、とお伝えすれば渋々ながらも来てくださるのでは?」
「おお! その手があったか!」
アスタロトが手を叩く。
「早速、手紙を書こうじゃないか」
アスタロトは意気揚々と執務室へと向かい、あのお方……万年を生きるヴァンパイア、アルトに手紙を書いた。
「頼みますアルト殿! 魔王様に粛正されてしまいます! 今度の会議だけは絶対に出てください! 粛正怖い! あなたさえ来てくれたら、全ては丸く収まるのです! どうか我を裏切らないで! 大事な(我の)命を諦めないでぇぇ!」
並々ならぬ様子で、粛正の恐ろしさを書き連ねるアスタロト。
そして手紙を書き上げ、ふぅ、と息を吐いた。
手紙を折って、封筒に入れ、ネビロスに渡す。
ネビロスは暗黒鳥を呼び、手紙を渡す。
そうして手紙がアルトに届けられるわけだが、アルトは自分が粛正されると勘違いして、ビビりながら四天王会議に参加するのだった。
◇
「へぇ、そんな手段でアルト君を呼んだのねぇ」
うんうん、と感心するビビ。
ここは魔王城の食堂。
ビビの前にはアスタロトが座っていて、アスタロトの隣にはネビロスが座っている。
ビビの右側にはジョージ、左側にはロロ。
みんなそれぞれ、好きな物を食べている。
ロロはすでに食べ終わり、デザートとばかりに自分の尻尾を囓っていた。
ちなみに、人間たちと休戦したあと、ドラゴンとも休戦したので、今はみんな割と暇だったりする。
「思い付いたのはネビロスだが、実行したのは我だ」エッヘン、とアスタロトが胸を張った。「更に追い打ちとして、エレノアを迎えにやったのも我だ」
「それはそうと、アルト君と言えばさぁ」ビビがアスタロトをスルーして話を変える。「妾のことを神殿に置いてけぼりにしたことがあるのよん」
「何か考えがあってのことでは?」とネビロス。
「そうだとしてもー、妾、悲しかったしぃ」ビビが嘘泣きする。「アルト君には、埋め合わせしてもらわなきゃね♪」
「……アルト、久しぶりに……会いたいかも?」
ロロがぼんやりと言った。
「じゃあさぁ、みんなで遊びに行っちゃう?」とビビ。
「行く……」とロロ。
「我も行きましょうか」とアスタロト。
「ワシは行ったことないし、行ってみるか」とジョージ。
「私もよろしいですか?」とネビロス。
「いいよぉ! みんなで行こう! そして神殿置き去りの埋め合わせ、バッチリしてもらおうっと♪」
◇
え? こいつら何しに来たの?
いきなり我が屋に魔王軍の幹部連中が転移してきたんだが?
俺は縁側に転がって、畑仕事をするエレノアを眺めながらジュースを飲んでいたのだが、すぐに広間に移動して現在に至る。
「アルト殿、お久しぶりです」とアスタロト。
アスタロトの隣で補佐官が会釈。
「えっと、君は……?」と俺。
「失礼。私はネビロスと申します。アスタロト様の変態行為を止めるのが主な仕事です」
ん?
何だって?
コホン、とアスタロトが咳払い。
「ネビロスは我の秘書です、アルト殿」
「お、おう。そうか」
俺はネビロスに「よろしく」と言ってから、視界の隅でササッと移動した物体に視線を移す。
長生き蛇のロロだ。
「ロロちゃーん!? 火の精霊いじめないでね!?」
俺は慌ててロロを抱き上げた。
なんせ、ロロの奴、暖炉でパチパチいってる火の精霊を食べようとしていたのだ。
火とか食べちゃう種族かな?
「アルト……お久……」
「ああ、久しぶり。元気そうだな」
苦笑いしつつ俺。
「アルト君! この前、妾を神殿に置き去りにしたじゃーん?」
ビビがニッコニコの笑顔で言った。
そういや、あったなぁ、そんなこと。
覚えていたのか。
「おーいジョージ? リンゴ食ってもいいぞ?」
俺はジョージに声をかけた。
ビビをスルーしたわけじゃなく、ジョージがテーブルの上のリンゴをジッと見ていたからだ。
しかも、口から涎がダラダラと流れているわけで、それが滴ると汚いじゃん?
とか思っていると、テーブルにジョージの涎が……。
ジョージは一口でリンゴを丸ごと食べてしまう。
「ほう……これはいい、魔力が上がったぞ……」
どっかの武闘家みたいな反応だな!
やっぱ脳筋は似るのかな!?
「さぁアルト君!」ビビが俺に寄ってくる。「何かちょうだい!」
ストレートだなおい!
「ロロの尻尾……食べる?」
俺に抱かれたままのロロが、尻尾を器用に動かして、ビビの口元に持っていった。
ビビは冷静に右手でロロの尻尾を退かした。
「何かって何が欲しいんだ? 喋る鏡とかでいいか? 真実を話してくれるから、いい感じの話し相手になるぞ?」
「妾、話し相手には困ってなーい!」
だよなぁ。
と、ネビロスも俺のリンゴを食べ始めた。
そして「うわ、すごく美味しい」と顔を綻ばせた。
うん、そうだよな!
美味しいだろ!?
魔力がどうのこうのとか、やっぱ脳筋たちが変なだけで、普通の人はこういう反応だよな!
味には俺も自信があるんだ!
「あ、そうだ」俺は思い付いたことを言う。「手料理、振る舞ってやろうか?」
「いいね! それで!」
ビビが親指を立てた。
◇
みんなで夕食を囲んでいると、俺はとんでもない告白をされた。
俺が四天王会議に参加することになったあの手紙、粛正ってアスタロトが粛正されるから参加してね、って話だったらしい。
俺がされるのかと思ったぞ!
てか、魔王って寝てるし大丈夫じゃねぇの!?
まさかロザンナが粛正なんてするわけないし。
ロザンナは心優しい子だからな。
「誰も粛正されなくて良かったよ」と俺。
「ほら、やはりアルト殿は身内に優しい」とネビロス。
ふふ……俺が粛正されると思ってビビり散らかしていた、ってことは内緒にしておこう。




