2話 武闘家ロジャーと護身術
「オレは強くなりすぎたのか……」
決闘に勝った武闘家ロジャーは、握った拳を見詰めながら言った。
まだロジャーが勇者パーティに入る前のこと。
師匠の元を離れ、強者を求めて諸国漫遊をしていた頃。
「虚しいぜ……オレは本気を……出せないのか……」
まるで中二病患者のようだが、ロジャーはまだ10代後半。
特別強い自分に酔っていても仕方ないお年頃。
その夜、ロジャーは酒場で安い酒をチビチビと飲んだ。
この国では15歳から酒が飲める。
色々と諸国を回って分かったのは、酒が飲める年齢が国によって違うということ。
やばい国は3歳から飲んで良かった。
「おい聞いたか、勇者が誕生したらしいぜ」
「マジか、それが本当なら、世界は安泰だな」
酒場の客たちがそんな噂話をしていた。
ロジャーは「ほう」と聞き耳を立てる。
「若い女の子だってよ」
「可愛いらしいぞ」
「すでにどっかの国の騎士が従ってるとか」
「その騎士、勇者と手合わせしたらしいぞ」
「今代の勇者は圧倒的らしい」
なるほど、そいつは面白そうだ、とロジャーは思った。
くっくっく、とロジャーが笑う。
(勇者といえば人類の最高戦力! ついにこのオレが全力を出せる相手が見つかったぞ! ガッカリさせてくれるなよ勇者!)
◇
「え……弱っ……」
勇者ニナは酷く驚いた表情でそう呟いた。
それが、ロジャーが最後に見たものであった。
ちなみに、ニナには少しの悪気もない。
ただ、果敢に挑んできたロジャーがワンパンで沈んだので、ビックリして呟いただけ。
「勇者は体術もできるのか?」と騎士ブルクハルト。
「んーん」ニナが首を振る。「アル……領主様に教わった護身術だけ」
今回、ロジャーとの決闘で、ニナは剣を使わなかった。
単純に、ロジャーが素手だったので、ニナも素手の方がいいだろうと思っただけ。
◇
「で、オレはいつかニナに勝つために同行したってわけだ」
シャクシャクとリンゴを頬張りながらロジャーが言った。
ここは俺の家の広間。
なぜかニナたち勇者パーティが勢揃いで遊びに来ていた。
「そ、そうか……」と俺。
やっぱニナは強いんだなぁ、と改めて思った。
さすが勇者だ。
もう俺なんかよりずっと強いに違いない。
ちなみに、ポンティは暖炉の火の精霊と遊んでいて、カリーナは大人しく座っている。
ブルクハルトは前と同じように、壁に飾ってある剣を眺めていた。
「うにゃぁ、アルトォ、あたしたち、ついに暇になったんだぁ」
ニナは俺の腰に抱き付き、小さい子供みたいに言った。
「良かったじゃねぇか。でもなんでだ?」
「ドラゴンとも停戦したのです」コホン、とカリーナが咳払い。「ですので、あたくしたちもしばしの休暇です」
なるほど、と俺は頷いた。
てゆーか、なんでロジャーとニナの出会いの話なんか聞いてたんだろうな。
俺のリンゴを勝手に食べながら、ロジャーが勝手に話し始めたんだっけか。
「やっぱ大聖者様のリンゴはレベルが上がるぜ」
ロジャーが笑顔で言った。
そのリンゴにそんな効能はないぞ!
うちの裏庭で育ててる普通のリンゴだからな!
味は保証するけども!
「さて大聖者様」ロジャーが真面目な表情で俺を見る。「オレに体術を教えてくれ……いや、くださいませ……? くださりませぬか?」
丁寧語が苦手なやつぅ!
「普通に話していいぞ」と苦笑いしつつ俺。
「そいつは助かる。それで大聖者様、体術は教えてくれるのか?」
そうは言っても、俺の体術って囓っただけの微妙な体術だぞ?
村の子供たちに護身術として教えるのにちょうどいい程度の、そういう軽い感じなのだが。
勇者パーティの武闘家に果たして教えることがあるだろうか?
「たぶんロジャーは、あたしが習ったやつを教えて欲しいんだと思う」
ニナは今も俺に抱き付いたままである。
「子供たちに教えてる護身術か?」
「そう」
ニナが強く頷いた。
「それでいいなら、じゃあ昼から子供たち集めて一緒に教えるけども……」
「おおおお! 感謝するぞぉぉぉ!」
ロジャーが両手をグッと握って喜びの咆哮。
本当にいいのか!?
ただの護身術だぞ!?
◇
「こう殴ったら?」
「こうパリィ!」
俺が軽くパンチを繰り出すと、村の子供がそれを腕で弾く。
ちなみにパリィというのは、相手の攻撃を弾いたり受け流したりする技術のこと。
俺は平和主義者だから、攻撃よりこっちに力を入れている。
「こう蹴ったら?」
「こうパリィ!」
俺の蹴りを、子供が受け流す。
子供たちは俺の前に列を作って、順番に俺の攻撃をパリィしていく。
子供たちの年齢は5歳から18歳ぐらいまで幅広い。
なぜかニナも交じっていて、俺の攻撃をパリィする。
さすがにニナは余裕そうである。
最後にロジャーなのだが、パリィできずに攻撃が当たってしまう。
「だ、大丈夫か?」
俺は慌てて言った。
なんで当たってんだよお前。
勇者パーティだろ?
もしかして今まで、攻撃オンリーでパリィなんてしたことないのか?
見るからに脳筋そうだしな。
「平気、平気だ。続けてくれ」とロジャー。
鼻血出てるけど本当に大丈夫?
俺は異次元ポケットから木剣を出す。
そうすると、子供たちがまた列を作る。
「こう斬ったら?」
「こう躱す!」
俺の斬撃を子供たちが順番に躱す。
「こう斬ったら?」
「白刃取り!」
なぜかニナが両手で俺の木剣を挟んだ。
違うよね!?
そんなの教えてないよね!?
「「おおおお! かっけー! ニナねぇちゃんかっけー!」」
子供たちは大盛り上がり。
いや、確かにカッコいいかもしれないけど!
すごい危ないからこれ!
ニナは勇者だからできるのであって!
「えへへ」とニナが照れ笑い。
俺は咳払いして、白刃取りの危険性を子供たちに説いた。
「白刃取りがしたい子は、ニナぐらい強くなってからな?」
俺がそう言うと、みんな素直に頷いた。
「それならすぐだぜ」
「だな! リク君並は無理でも、ニナ姉ちゃんぐらいなら!」
子供たちがニコニコと言う。
おおおおい!
ニナは勇者なんだぞぉぉぉ!
それはもうすっごく強いんだぞぉぉ!
まぁ、リクも強いんだけど、今はリクとニナどっちが強いんだろう。
これ前にも考えた気がするな。
今度ちょっと2人に戦ってもらうか。
って、それはそれとして。
「えっと、あとはロジャーだけか?」
「よろしく頼む!」
俺はロジャーに斬りかかる。
ロジャーは躱そうとして失敗し、俺の横薙ぎが脇腹に命中する。
「ぐべぇ!」
ロジャーが汚い悲鳴を上げた。
だからなんで当たるんだよ!
今までどれだけ回避をおざなりにしてたんだよ!
あ、パーティ組んでるからか!
普段はたぶん、ブルクハルトが敵を引きつけているだろうし、ダメージを受けてもカリーナが治してくれるから!
「おっちゃん、なんでそんなに下手なの?」
10歳の少女が淡々と言った。
「オレは……おっちゃんじゃ……ない……ぞ?」
ロジャーは脇腹を押さえながら言った。
反論するとこ、そこなの!?
てかロジャーって何歳だ!?
ニナよりは年上っぽいけど、20歳ぐらいか?
練習を見ていたカリーナが寄ってきて、ロジャーに回復魔法を施す。
「みんなでロジャーにパリィを教えてやってくれ」
俺が言うと、子供たちが頷く。
それから数日間、ロジャーは子供たちと護身術に精を出していた。
一応、ロジャーは俺の家に泊めてやったけど、早く帰ってくれねぇかな?
ちなみにニナは自宅に戻り、他のメンバーもそれぞれ自分の居場所に帰ったようだ。
そしてロジャーが滞在して14日目。
「アルト様、あの筋肉はいつまでいるのですか?」
遊びに来たエレノアがムスッとして言った。
いつまでいるんだろうなぁ?
本当、帰ってくれねぇかなぁ?
と、子供たちとの特訓が終わって俺の家に戻ってきたロジャーは、キリッとした表情で言う。
「どうやら、オレのレベルはだいぶ上がったようだ。本当にありがとう、大聖者様」
「そうか、良かったな」
全然、変わったように見えないけど!?
本当にレベル上がったの!?
でももう帰って欲しいから、俺は話を合わせた。
「このまま、ニナに追い付くまでここで修行を……」
「待て! それじゃあダメだ!」俺は慌てて言う。「一カ所に留まっちゃダメだぞ! 色々な場所で見聞を広めろ! それがいずれ、お前の血肉となる!」
「しかし……」
「リンゴもたくさん包んでやるから!」
俺はサッと風呂敷にリンゴを大量に包む。
「武者修行の旅に出るんだ!」俺は身振り手振りで言う。「お前がここで覚えることはもうない! 停滞していいのか!?」
「そうだな! 停滞はよくねぇ! 武者修行か! 諸国漫遊再び、だな! まぁ、魔王軍との停戦が終わるまで、だけどな!」
「それでも行くべきだ! 頑張れよ!」
俺が必死に言うと、ロジャーは納得し、リンゴを持って俺の家を出た。
ふぅ……。
さぁ、ブラピでも撫でて昼寝すっかな。
あ、いや、サビナの地下帝国を見に行こうと思ってたんだ。
いきなり勇者パーティが遊びに来たから、忘れるところだった。
「これでやっと二人きりですね、アルト様。また昔のお話を聞かせてください!」
キラキラした瞳のエレノアが言った。
エレノアが来てるの忘れてたわぁ。




