5話 オッサンに真珠
近所のショタがイケメンになってる件について。
万年ぶりに復活した邪神ババアことロキは、大人になったアルトを見てそう思った。
(この冷酷そうな顔立ち! 超好み! どこから見ても極悪非道な面構え! 我こそが悪だと主張する恐ろしい顔! 好み!)
ロキはテンションが上がってきた。
「久しぶりだな」とアルト。
「はぁー、あのクソガキがねぇ……」
ロキはつま先から頭のてっぺんまで、アルトを舐めるように見た。
「もう1人のガキはどうした? ほら、長生きできれば史上最強のキングになるって言われてた金髪のガキ。あんたは根暗っぽかったけど、金髪の方は爽やかだったろ?」
あっちのガキもイケメンになっているに違いない、と思って質問したのだ。
「史上最強のキング? 記憶にねぇぞ、そんな奴。俺の幼馴染みの金髪はダメキンだ」
「あー、そっか、そういやあたし、ダメキンって呼んでたんだっけか」
ムカつくガキだったので「お前は最弱だ」とか「ダメなキング、ダメキンだ」と言ってやったのだ。
そしていつの間にかダメキンが愛称として定着した。
「そいつなら、五千年ぐらい前にオッサンに殺されたらしいぞ」
「そっかー、長生きできなかったかぁ」
ロキは残念に思った。
ダメキンは将来、魔神になれる器だと思っていたからだ。
「あ、オッサンってのはドラゴンだ」
「いやいやいや!」ロキが驚いて言う。「ドラゴン如きにあのダメキンが殺されたってのかい!? あたしが寝てる間に神竜でも誕生したんか!?」
「いや、自称最強のドラゴンだけど、神の領域じゃねぇよ」
「ふぅむ……」ロキは右手で自分の顎に触れた。「まぁ、いいか。それよりアルト、あんたが魔神になるとはねぇ」
「ん?」
◇
ロキ、ボケちまったのか?
なんで俺が魔神なんだよ。
ああ、もしかしてアレか?
ロキは自称邪神って設定だから、対等に戦える俺は魔神じゃないとダメってことか?
いい年なんだから、邪神ゴッコとか止めたらいいのに。
レーヴァテイン愛好家の連中も、ロキを本物の邪神だと思ってるみたいだし。
まさに邪神詐欺。
最近、自分を強い種族だと偽る詐欺が増えてんのか?
あ、ロキは最近の人じゃねぇわ。
「積もる話もあるけど」ロキが言う。「続きはベッドの上でエッチしながら話そうか」
「何で!?」
俺は驚いて言った。
いや、ロキの見た目は好みだけど!
でも性格が終わってるし、やっぱりどこまでいっても近所のバ……いや、お姉さんって感じなんだよな!
こう、恋愛対象じゃないっていうか!
てか俺らの年齢差どんだけあるんだよ!?
もちろんロキが年上だぞ!
「あ? 嫌なのかい?」
「嫌ってわけじゃねぇけど、その、ちょっと気が乗らないって言うか……」
くそ、どうすれば傷付けないように断れるんだ?
「はぁー、マジホワイトキック」とロキ。
「古い! 言葉がいちいち古い!」と俺。
確か意味は『しらける』だったかな!
「あん? あたしは最新の流行取り入れてんだぞ? 古いわけあるか」
万年前の最新だろそれ!
現代じゃ俺以外誰も意味を知らないレベルの死語だぞ!
「あたしの心はいつまでもギャルだし」
俺より年上のギャルとか!
「まぁいいや。アルト、茶しばくぞ」
お茶飲みに行くって意味だな!
これは現代でも、地域によっては使ってる言葉だったはず。
「お茶でしたら、我々が用意します」
ずっと平伏していたプローホルが顔を上げた。
「てか誰? アルトの下僕?」とロキ。
「んなわけあるかよ」
「我々はロキ様の忠実なる従僕でございます」
プローホルが真面目な様子で言った。
お前ら、もしかしてだけど、レーヴァテイン愛好家じゃないの?
ロキ愛好家……ってこと!?
なぜかロキは現代では本物の邪神として伝わっている。
だからロキを崇拝している者がいても不思議ではない。
自称もずっと言い続ければ、後世で本物扱いされるってことか。
「あたしの下僕か。チョベリグ!」
ロキが右手を握って親指を立てた。
「「チョベリグ!!」」
ロキ愛好家たちが声を揃えて言った。
意味分かってないよなお前ら!
そしてロキ愛好家の2人が部屋を出た。
きっとお茶を用意しに行ったのだろう。
「あ、そうだ」俺はロキが握っているレーヴァテインに視線を移す。「その武器、俺に譲ってくれよ」
「ああ!?」ロキが酷く驚いた風に言う。「チョヅクなって!」
調子づくな、の略だな。
「あんたこれが何か分かってんのかい!?」
「レーヴァテインだろ?」
「名前はそうだけど! あんた、この武器はね! 神だって殺せる武器なんだよ!?」
何を大袈裟な……。
ロキの言う神って、自称光の女神さんじゃん。
それに、ロキはミストルティンでも神様を殺したって自慢してたはず。
ちなみにミストルティンは俺がクラーケンを倒すのに使った弓矢だ。
返せって言われたら面倒なので、何も言わないでおこう。
「世界を焼き尽くす剣! それがこのレーヴァテインなんだよアルト!」
またまた~。
子供の頃ウルバーノと振って遊んだけど、湖を蒸発させる程度の威力だったぞ。
「ま、無理に譲ってくれとは言わねぇよ。構造も分かったし、あとで似たようなの作っちまえばいいしな」
「作れるわけねぇぇぇって!」ロキが言う。「バビるわぁ! マジバビるわぁ!」
えっと、バビる?
なんだっけ?
あー、バリバリビビる、か。
てか、別に魔力を送ったら変形する武器ぐらい作れるだろ?
◇
プローホルたち結社の人間は思った。
黒の魔道士って、ロキ様の友達か何かなの? と。
◇
「この世の終わりみたいな超魔力を感じたらから見に来たが、ちっ、太古の神かよ」
空に浮いているケイオスが言った。
「オッサン!?」
俺は空を見上げつつ言った。
ケイオスは右手にエクスを握っている。
つまり、 オッサンがオッサンの柄を握っている。
え?
なんで?
「ほう、神竜……いや、邪神竜になりかけって感じだねぇ」とロキ。
そんなわけあるか、と突っ込みたいけどオッサン本人の前なので言わないでおく。
「あたしの下僕にしてやろう」
「うるせぇ、てめぇが俺様の下僕になれや」
ケイオスがスッと床に着地。
「神剣持ったぐらいで、あたしに勝てると思うなよ?」
「神剣だぁ? こいつはただの剣だぞ」
いや神剣だぞ!?
ケイオスのやつ、エクスカリバーの価値を理解してねぇのか!?
豚に真珠だろ!
俺と同じことを思ったのか、ロキもキョトンとしている。
「小僧の刀……羽々斬だっけか? あいつの方がずっと格上だろうぜ」とケイオス。
「いやいや!」エクスが否定する。「我が輩、ちょっと弱ってるだけで! 羽々斬の小娘に負ける要素などないが!?」
「は? アルト、あんた羽々斬持ってんのかい!?」
「ああ」
この前、監禁されかけたってのはもちろん内緒。
「見たいから呼べ」とロキ。
「まぁいいけど」
◇
「それでね叢雲っち」羽々斬が言う。「アルトが『昨日のことを謝りたい』って言うから、はぁちゃん照れちゃって、アルトに『昨日って何か斬ったっけ?』ってごまかしちゃった」
ここは羽々斬の和室。
羽々斬は囲炉裏の前に浮いていて、囲炉裏を挟んで対面には叢雲が浮いている。
二振りとも刀の姿だ。
「勘違いとはいえ、一度はプロポーズを受けた身」叢雲が言う。「はぁちゃんはアルトを意識しちゃってますのね」
「たぶん」
「それが恋、ですわね」
「鯉? よく活け造りにした魚?」
「違いますわよ!? はぁちゃんもしかして恋って知りませんの!?」
叢雲が言うと、羽々斬がキョトンと刀を傾げた。
「魚じゃないなら、知らないけど」羽々斬が言う。「そのあともはぁちゃん、何か変に飛び回って、月が綺麗だねって告白しちゃった……返事はなかったけど」
「テンパってるじゃありませんの! これはもう本物! 本物の恋を見ましたわ! ドラマですわ! これこそがドラマ!」
叢雲はノリノリで言った。
「って! アルトに呼ばれてる! どうしよう叢雲っち! 恥ずかしいから一緒に来て!」
「もちろんですわ!」




