1話 例のブツって言えば怪しく聞こえる
「雨を降らせるとは! さすがアルト様!」
エレノアが庭でピョンピョンと飛び跳ねた。
雨というか、ただの水魔法なのだが、言う必要はねぇか。
エレノアはまだ若い個体だから、何でもすごく見えるのだと最近分かった。
「アルト様がいれば干ばつなど恐れる必要はありませんな!」
雨の中、エレノアはとっても楽しそうだ。
俺は普通に縁側に座っているので、雨には濡れない。
ちなみに、別に干ばつが起こっていたわけじゃない。
うちの村でしばらく雨が降っていなかったので、村人に「雨をかるーくお願いしたいのですが」と言われて降らせただけだ。
雨(のように見える水魔法)の範囲は村だけでなく、周辺も全部含めておいた。
「よっ! 雨乞いいらず!」エレノアが元気に言う。「しかし雨の日の暗さは心地よいですなぁ!」
俺たちアンデッドにとっては、カンカン照りより雨の方がいい。
太陽を克服していても、やっぱり暗い方が気分はいいのだ。
と、誰かが玄関の方にゲートアウトしたのが分かった。
エレノアも気付いたみたいで「来客のようです! わたくしが出ましょう!」と走って行った。
いや俺も行くけどね?
俺はエレノアのように雨の中を走る気にはならないので、普通に家の中から玄関へと向かった。
玄関を開けると、
「貴様、分かっているではないか! そう! アルト様こそが世界最強の魔神!」
エレノアが腰に手を当て、偉そうにそう言った。
誰が魔神だっ!
てかどういう話題だよ!
「お久しぶりです、アルト様」
スッとその場に膝を突いたのは、13前後の少年。
エレノアと同じような黒いローブを着ている。
「お? トムか? 見た目変わらねぇなお前」
「ははっ、魔法で変えております故」
トムはもう百歳超えてたような気がするな。
最後に会ったのは確か、村のチェス大会だったか?
トムは村人だけど、今はもう村を出ていて、時々しか帰ってこない。
「そこ冷たいだろ? 中入れよ。エレノアも」
俺は雨に濡れている2人を家の中に入れて、まとめて【温風】で乾かした。
それから応接室へと案内。
トムをソファに座らせて、テーブルを挟んだ対面にエレノアを座らせる。
「ホットミルクでいいか?」と俺。
「はい!」
食い気味にエレノアが返事をして、トムもコクンと頷いた。
俺は『異次元ポケット』からアウズンブラのミルクを出して、魔法でサッと温めてコップに注ぐ。
「おぉ、素晴らしい香りでございますなぁ」とトム。
「ふふふ、これは伝説の牛、アウズンブラのミルクだぞ!」
なぜかエレノアがドヤ顔で言った。
ちなみにアウズンブラは伝説ってほど珍しくはねぇな。
広く分布してるわけじゃねぇけど、野生でその辺を駆け回っている。
あと、村人が飼育してるアウズンブラもいるので、うちの村では割とメジャーな牛だ。
正確には牛の魔物かな?
とにかく、村出身のトムはこのミルクを普通に知ってるので、ドヤ顔しても意味が無いぞエレノア。
まぁ何でもいいか、と思いつつ俺はエレノアの隣に腰を下ろす。
「それでトム、急にどうした? チェスの相手して欲しいのか?」
「いえいえ」トムが首を振る。「チェスもしたいですが、今回はもっと重要な案件です」
真剣な様子のトムだが、ホットミルクを飲んで表情が緩んだ。
エレノアはふーふーしながら夢中で飲んでいる。
「アルト様が探しておられた例のブツが見つかりました……」
「ほう」
待って!
例のブツって何だっけ!?
これは放置して話を進めたら、絶対にこじれるパターンだ!
早めにブツとは何かを確認しねぇと!
「いやぁ、アルト様に探してくれと頼まれて以来」トムが真面目に言う。「全力を尽くしておりましたが、遅くなってしまったことをまずは謝罪しましょう」
「い、いいんだ……」
ブツって何だっけって言い辛いぃぃぃ!
俺が頼んだの!?
記憶にございませんが!?
でも全力尽くしてくれたの!?
ありがとう! ありがとうトム!
よ、よし、話を合わせよう!
トムの誠意に対して、「それ何だっけ? 忘れた」とは言えねぇ!
俺が頼んだってことなら、『結婚相手』とかそういう取り返しのつかない系じゃないはずだ!
羽々斬の顔が浮かんだので、俺は頭の中で頭を振って、浮かんだ羽々斬を追い出す。
大丈夫、武器に監禁(羽々斬的には結婚)されたことは、誰にもバレてねぇ。
コホン、と俺は咳払い。
「それでブツは今どこに?」と俺。
「少々、厄介な連中が持っておりましてな」トムが言う。「いえいえ、もちろんアルト様が出るほどの相手ではございませんが、一応、一応ですね、方針を聞いておこうかと思い……うっ、邪眼が……」
トムが急に右目の眼帯を押さえた。
「邪眼だと!?」エレノアが驚いて言う。「人の身でありながら、そんなモノを宿しているのか貴様! よく生きているな!」
「大丈夫かトム? 【ヒール】するか?」と俺。
「いえ……大丈夫です、時々、疼くというだけのこと……」
問題ない、という風にトムは笑った。
トムが大丈夫だと言うなら、まぁ大丈夫なんだろう。
「話を戻しますが、ブツを持っている連中はいわゆる秘密結社の連中なのです」
「ほ、ほう……」
あんまり聞いたことないな。
って思ったけど、秘密だからか!
そうか、秘密の結社だから!
「なんだそれは」とエレノア。
「秘密結社というのは」トムが少し楽しそうに言う。「その存在、あるいは構成員などが秘匿されている団体のことです! 当然、多くはその活動内容も秘匿されています! 完全に闇に溶け、もしかしたらお隣さんが結社の構成員かもしれない! そういう実にロマンの……いえ、危険な連中のことです、お嬢様」
「お、お嬢様……いいな……」
エレノアがニマニマと笑った。
お前、最後のお嬢様しか聞いてねぇじゃん。
「まぁ、とはいえ」トムが肩を竦める。「所詮は人間の集まりではありますがね」
それはそうだな、と俺は思った。
相手がただの人間なら、恐れる必要はない。
俺は平均的なヴァンパイア、平均的な人間には負けない。
いや、戦う気はねぇけど。
「ちなみにこの結社の目的は世界の破滅だそうで」
んんんん!?
そんな壮大なの!?
魔王とか勇者とかどうする気なんだよ!
「それなりに力を持った組織で」トムが真剣に言う。「このワシ、アンブロース・バルトルト・フローリス・ファン・クリーケンですら全体像は掴めておりません」
誰!?
ごめん誰って!?
アンブロ……?
お前はトム・コベットだろ!?
「そういうわけでして、どのように動くか念のため、アルト様の意見をと思いまして」
意見と言われても!
「いずれこのわたくしが支配する世界を滅ぼそうなど、許せん!」エレノアが怒って言う。「そんな連中はわたくしが打ち倒してやる!」
今は全然、欠片も支配できてねぇけどな。
いや、言わないよ?
子供は夢を見て大きくなるもんだ。
俺も小さい頃は……どっか安全なところに引きこもって平和に長生きしたいっていう大きな夢があった。
あ、だいたい叶ってるわ。
「お嬢様が? よろしいのですかアルト様」とトム。
「え? ああ、いいんじゃねぇか?」
さすがに相手がただの人間だと、訓練にもならない気がするけど。
てなわけで。
「エレノア、お前は剣だけで戦うんだ。魔法は禁止だ」
いつかまたあのエクスのオッサンに絡まれた時に、エレノアを差し出……じゃなかった、えっとなんだっけ?
そう、エレノアの新たな武器としてエクスを使えるように。
「分かりました!」エレノアが勢いよく立ち上がる。「あ、そうだ! ついでに冒険者ランクを上げたいから貴様、冒険者ギルドに依頼しろ」
エレノアは真面目に冒険者も続けている。
「あ、じゃあリクとディアナも誘ってやれよ」
ついでに俺も交じって、神殿の報酬も受け取りに行こう。
あと、秘密結社がどういう感じなのか気になるし、例のブツが何なのかも確認しておきたい。




