2話 黒歴史の製造
「ねぇポンちゃん、何読んでるの?」
ニナは本を読んでいるポンティの背後から忍び寄って、耳に吐息を吹きかけるように言った。
「うひゃぁ!」
ポンティが変な悲鳴を上げたので、ニナがケラケラと笑った。
その様子を見ていた勇者パーティも楽しそうに笑う。
ここは最前線の陣地。
ドラゴンたちとの戦闘は、最近ではほとんど起こらない。
「もう……ニナったら……」ポンティがムスッとして言う。「ちなみにこれはラブロマンス。ヤンデレ令嬢がヒーローの王子様を監禁しちゃうの」
「監禁!?」
ニナは少し驚いて言った。
「犯罪じゃないか!」騎士ブルクハルトが言う。「騎士たちは何をしているんだ! そのような行為がゆるさ……」
「小説だってば」
ポンティがやれやれと、苦笑い。
「監禁かぁ、考えたこともないなぁ」とニナ。
「そりゃ、ニナの大好きな相手は大聖者様だろ?」武闘家ロジャーが言う。「不意打ちしたって、そんなことできねぇだろうし」
「そりゃそうだろう」ブルクハルトが肩を竦める。「あの人より強い存在なんて、少なくとも俺は知らない」
「まったく存在しない、というわけでもないぞ」
どこから現れたのか、トム爺さんことアンブロース・バルトルト・フローリス・ファン・クリーケンが言った。
「アンブロース様」ポンティが言う。「それって神々とかですか?」
「うむ。現在、神々は滅びたとされておるが、あのお方の持ち物である神刀、羽々斬は神と同等の戦力を有しておる」
「いやいや、アンブロース様。話の根本は強さそのものではなく、監禁ですよ」ブルクハルトが手をヒラヒラと振る。「武器に監禁されるなんて、普通はありえないでしょう」
「武器に監禁されるとか」ロジャーが笑う。「三流のジョークだろ」
「ないない」ニナがヘラヘラと言う。「トム爺さんが包帯に監禁されるぐらいないって」
「うぐっ……左手の邪悪がぁぁ! すまんがワシはちょっと外れるぞ!」
アンブロースは【ゲート】を使ってどこかへ消えてしまう。
「あの人の左手、何が封印されてんだ?」
ロジャーが不思議そうに言った。
「あたし知らないよ」とニナ。
「永遠の黒い歴史、かしらね」とポンティ。
◇
まずいな、武器に監禁されたなんて知られたら、笑いものになっちまうぞ俺。
完全にアレだ、黒歴史ってやつだぞ。
いや、そもそも誰も俺の現状に気付かないか!
助かったぁ!
待て、落ち着け俺!
なんも助かってねぇよ!
羽々斬はニコニコと楽しそうに俺を見ている。
俺はコホン、と咳払い。
「【ゲート】を使っても、いいでしょうか?」
俺はビクビクしながら言った。
「んー? なんでぇ?」
羽々斬は軽く腰を曲げ、なぜか俺を見上げるような角度に顔を移動させ、挑発的な表情でそう言った。
なんだろうな、この湧き上がる「分からせてやりたい」という気持ちは。
って、相手は神刀だぞ!
平均的なヴァンパイアの俺が勝てるわけねぇ!
「あ、叢雲っちがお祝いにくるって」
羽々斬がそう言ったと同時に、空間が裂けて叢雲が出現。
「おりゃぁぁぁぁ!」
叢雲はいきなり俺に斬りかかった。
なぜ!?
俺はギリギリで叢雲の攻撃を躱した。
てか、お前、鞘に入ってこいよ!
なんで抜き身できてんだよ!
殺る気満々かよ!
そういや羽々斬も抜き身のままだよな今!
姿は人間だけども。
「わたくしより先にはぁちゃんが結婚するとか許されませんわ」
なんでそんな怒ってんの!?
「はぁちゃんと結婚するなら、自動的にわたくしとも結婚しなければ許されませんわ!」
なんでだよ!
一夫多妻制ってやつか!?
いやむしろ一夫多刀制か!?
どっちにしても俺の身体が保たねぇな!
こいつらのウッカリ斬撃を毎日浴びるわけだろ!?
怖すぎるんだが!?
「行き遅れを気にしてるの?」と羽々斬。
「だぁれが行き遅れじゃぁぁい!」
叢雲がクルッと羽々斬に切っ先を向けた。
お前ら刀なのに行き遅れとかあるの!?
「って、はぁちゃん、どうして下等生物の姿に?」
叢雲は心底不思議そうに言った。
お前もかぁぁあぁぁぁ!
刀至上主義者どもめぇぇぇ!
「アルトが刀に変身できないんだもん」
「え? そうなんですの?」
叢雲がクルッと切っ先を俺に向ける。
話す時にちゃんと相手の方を向くタイプかよ。
「変身できる種族ってそんな多くねぇよ」
俺は小さく両手を広げた。
俺も霧になれるけど、厳密には変身じゃなくて回避スキルだしな。
「ふぅん、そうですの」叢雲が言う。「そもそも、どうしていきなり、はぁちゃんに告白しましたの?」
「してねぇよ!?」
羽々斬は叢雲になんて伝えたんだよ!
「しーまーしーたー!」
言ってから、羽々斬が頬をふくらませた。
ちょっと可愛い。
いや、かなり可愛いな。
頭を撫でたくなってしまった。
「2人の話が食い違っていますわね」叢雲は少し楽しそうな雰囲気で言う。「これはわたくし、名探偵叢雲の出番ですわね」
お前、探偵だったことねぇだろ?
だってずっと八岐大蛇に浸食されてたじゃん。
いや、俺の知らないもっと昔に探偵だったことがあるのかも……いやいや、刀だぞ?
「アルトは言ったよね? 『ずっとはぁちゃんと一緒に居たい』って」
ニュアンスが違ってねぇか!?
それだと本当に告白みたいだが!?
「それはどう考えてもプロポーズですわ」と叢雲。
「でしょ」と羽々斬。
「……あれだ、俺はこの空間が気に入って、その、もうしばらく居たい的な意味でだな……」
気持ちを伝えるのって、こんなに難しかったっけ?
単純に羽々斬の勘違いだと斬り捨てるには、俺もちょっと言い方がアレだったのかも?
とか思い始めてしまった。
これはあとで、知り合いに確認してみねぇとな。
『ずっと居たい』は告白と勘違いされるか否か。
ロザンナなら年頃だろうし、聞いてみよう。
ついでにエレノアにも話題の1つとして軽く聞くか。
「でもそのあと、アルトは『月が綺麗だね』って言った」
「思いっ切り告白してるじゃありませんの!!」
なんでだよ!?
どうして月の綺麗さが告白に繋がるんだよ!
サッパリ分かんねぇんだけど!?
「そこまでポピュラーな告白をしておいて、シラを切るとか男としてどうかと思いますわよ」
んんんんん!?
そうなの!?
俺だけその告白方法を知らないってこと!?
そういや俺、人生において愛の告白とかしたことねぇな。
割と好きだった子はいたけど、もうとっくに死んじまったしな。
って、思い出に浸ってる場合じゃねぇ!
「あー、言いにくいんだけど、俺、その告白を知らないんだ……」
そう言うと、羽々斬も叢雲も「嘘でしょ?」と心底驚いたような表情を浮かべた。
叢雲は刀の姿だけど、こう、雰囲気で。
てゆーか今度、叢雲のお手入れをする時に人間に変身してもらおう。
どんな姿なのか気になる。
「どう思うはぁちゃん?」と叢雲。
「本当かも。アルトってほら、そういうのアレじゃん?」と羽々斬。
ねぇアレって何?
そういうのって何?
「知らずに告白するとか……」と叢雲。
いやいや、月が綺麗って言っただけだぞ!?
世界中で普通に会話として使われてる……よね!?
なんなら俺、エレノアにも言ったことあるぞ!
あと入浴ざ……グリムにもな!
夜に秘湯でダラダラしてた時に!
エレノアはまだしも、俺もしかして知らずにグリムに告白したのか?
地獄かな?
え?
ちょっと待って。
グリムあの時、何て言ったっけ?
確か「月か……見上げることなどなかったが……これは確かに」だったか。
あれ?
ちゃんと月の話じゃね?
普通にローカルな告白なんじゃね?
これもロザンナとエレノアに確認してみねぇとな。
「はぁ~」と羽々斬が溜息を吐く。
俺はビクッと身を竦めた。
「なによもぉ! 知らずに告白とか止めてよぉ! 普通に結婚すると思っちゃったじゃん」
羽々斬は頬を染めてから、再び膨らませた。
それ可愛いぞ。
「めでたいですわ!」叢雲がハイテンションで言う。「はぁちゃんが結婚しない! 生きてて良かったですわ!」
どんだけ先に結婚して欲しくねぇんだよ。
「あれ? でもはぁちゃんが結婚して、自動的にわたくしもアルトと結婚した方が良かったのでは?」
叢雲が刀を傾げた。
俺はスルーすることにした。
「てか、俺にプロポーズされたら受ける羽々斬にビックリだ」
「え? 受けるでしょアルトなら」
羽々斬が真顔で言ったので、俺は少し照れた。
ま、まぁ俺と羽々斬の仲だしな!
「わたくしも受けますわよ!」
お前はなんでだよ!
知り合ったの最近だろうが!
そしてふと思ったのだけど、もしかして叢雲と結婚しても、自動的に羽々斬が付いてくるのか?




