1話 羽々斬との甘い生活?
「あ~そこそこ、いいぞ羽々斬」
俺は畳の上にうつ伏せで寝ていた。
そんな俺の背中を、羽々斬が鞘の先っぽでグイグイと押している。
いわゆる指圧というやつだな。
羽々斬に指はないけどさ。
「こってますねぇ、お客さん」と羽々斬。
グイグイと、ツボを適切な強さで押す羽々斬。
羽々斬は以前から指圧が上手だった。
まぁ俺が教えたんだけどさ。
なんで刀に指圧を教えたんだろね、当時の俺。
でも教えて良かった。
羽々斬は指圧の才能がある。
刀を引退したら、指圧師として生きていけるはずだ。
引退とかあるのか知らないけれども。
さて、なぜこんな状況になったかと言うと。
俺は今日、羽々斬のお手入れをしようと思って羽々斬を呼んだのだ。
そしたら、羽々斬が「じゃあはぁちゃんの部屋でやって」と言うので、羽々斬の和室にお邪魔したってわけ。
羽々斬の和室は畳4枚半の広さに、床の間と呼ばれる謎の空間が付随している。
床の間には刀掛けが置いてあって、羽々斬は普段そこに鎮座しているのだ。
和室の真ん中付近に小さな囲炉裏がある。
ちなみにこの和室に出入り口はなく、窓が1つあるだけ。
窓からチラッと外を見ると、綺麗な月が見える。
つまり夜なのだけど、和室の中は明るい。
光源ないけどな。
まぁ羽々斬が作った空間なので、あんまり気にしなくていい。
話を戻そう。
一通り羽々斬のお手入れを終えると、雑談タイムが始まった。
俺が「なんか最近、ずっと外を出歩いてるから疲れた」と呟き、羽々斬が「じゃあ、はぁちゃんがマッサージしてあげる」と。
羽々斬はやたらと生命体を斬ろうとする危ない刀だけど、優しいところもあるんだよな。
マッサージが終わると、羽々斬がお茶と和菓子を出してくれた。
それがまた美味いんだ。
「ああ、もう俺、ずっとここに居たいぜ」
俺は特に深く考えず、ただ思ったことを口に出した。
◇
(はぁちゃんとずっと一緒にいたいってことぉ!? それってプロポーズ!?)
羽々斬は少し驚いたけれど、ちゃんと愛があるのか確認しようと思った。
「アルト、月を見てどう思う?」
羽々斬が言うと、アルトは一瞬だけ窓から月を見上げた。
「ああ、綺麗だな」
(きゃー! 愛の告白だぁぁぁ! 『月が綺麗』は愛してると同義! やっぱりさっきのはプロポーズだったのね!)
世界共通ではないのだが、羽々斬とっては分かり易い愛の告白だった。
「そっかぁ。じゃあ、ずっと居ていいよ。今日からここがアルトの自宅だからね」
「ん? ああ、じゃあ自宅だと思って遠慮無く」
アルトが畳みに転がって背伸びをした。
◇
俺はもう社会復帰できねぇかも。
元々、社会に出てねぇけどさ。
羽々斬の和室で、俺はダラダラと寝転がって時間をすり潰していた。
室温は最適、湿度も最適、望めばお茶が出てくる。
しかも羽々斬の指圧が付いてくるんだぜ?
料理も好きにしていいってことで、俺は異次元ポケットから料理道具と食材を出して、楽しく料理して美味しく食べた。
俺は完全にだらけ切っていた。
100年ぐらい、ここにいてもいいのでは?
まぁ、そう思ったのは最初の数時間だけ。
今はというと。
「ちょっとアルト、いつまでゴロゴロしてるつもり?」
「そろそろ、はぁちゃんのお手入れ第二弾をしてくれない?」
「聞いてるの? どうして男の人って結婚したらダラダラしちゃうのかしら」
「ねぇ、何か斬りに行こうよ? 斬ろう? ねぇ斬ろう?」
「あーもー。アルトのこと斬っちゃうぞ!」
鞘で俺の肩をバシバシ叩いてくる羽々斬。
痛い、普通に痛いって!
いや、斬られるよりマシだけども!
とはいえ、俺はそろそろ帰還することを決めた。
羽々斬が俺のことをめっちゃ構ってきてしんどい。
「あー、羽々斬、俺はそ……」
「はぁちゃん!」
「え?」
「はぁちゃんって呼んで」
「なんだ急に?」
まぁ俺と羽々斬の仲だし、愛称で呼んでも別に問題はないけれど。
「羽々斬だと他人行儀でしょ?」羽々斬が真剣な様子で言う。「アルトはお婿さんなんだから、気軽に呼んでくれていいよ」
「そっかぁ、俺はお婿さんだから……って! 誰がお婿さんだ! なった覚えねぇよ!」
ビックリした!
なんで俺が結婚することになってんの!?
しかも羽々斬と!?
種族の壁がデカすぎるんだが!?
「もう離婚する気なの!?」
羽々斬が驚いて鞘からすっぽ抜けた。
そもそも離婚するにはまず結婚しないと!
いや、してんのか、羽々斬の中では!
どうしてだ!?
部屋に入ったからか!?
「こっちは花嫁衣装まで用意したのに……」
「いつの間に!?」
「あ、見たい? 見せたげる」
俺の返事を待たず、羽々斬がクルッとその場で宙返り。
次の瞬間、羽々斬は人間の女の子に変身していた。
見た目の年齢はニナぐらいか?
いや、ニナよりは少し大人っぽいかも?
髪型は姫カットで、髪色はカラスの濡れ羽色。
少しだけ緑が混じっていて綺麗だ。
瞳は闇のような漆黒で、見ていると吸い込まれそう。
顔立ちは……この世の者とは思えないほど整っている。
刀の時点で羽々斬は美しいので、人間になってもそりゃ綺麗か。
俺の好みはもう少し年上の女性だけど。
で、服装は白無垢と呼ばれる真っ白な衣装。
羽々斬の黒髪とのコントラストが映える。
「どう? アルトが刀に変身できるなら、そっちの方がいいけど」
「できねぇよ!?」
ヴァンパイアは霧にしかなれねぇ!
「だよねぇ」やれやれ、と羽々斬が肩を竦める。「だから仕方なく、はぁちゃんが下等生物に変身してあげたってわけ。感謝しなさいよね」
んんんんん!
人型の生物を下等生物扱いぃぃぃぃ!
羽々斬ってナチュラルに上から目線なんだよな!
よく考えたら神刀なんだから、そりゃそうか。
神々が滅びた今となっては、羽々斬より上の存在っていねぇもんな。
同格の奴は叢雲とかエクスカリバーとかいるけども。
エクスのオッサン生きてるかなぁ?
とか一瞬だけ考えたけど、まぁどっちでもいいか。
羽々斬が俺に歩み寄ろうとして、つまずいた。
「はわっ!」
変な悲鳴とともに倒れそうになった羽々斬を、俺がサッと支える。
お?
ちゃんと人っぽい感触だ。
尖ってない!
「うぅ……この姿、慣れないから動きにくい……」
羽々斬が俺にしがみつきながら言った。
「だろうな。俺も初めて見たし」
てゆーか、変身した時の姿ってどう決まるんだ?
ケイオスのオッサンとエクスのオッサンは、オッサンだったわけだろ?
聞いてみるか。
「なぁ羽々斬、その姿は自分で選んだのか?」
「え? 知らない。変身したら勝手にこうなっただけ」
「そ、そっか……」
ってことは、セルフイメージか?
あるいは周囲のイメージを反映してるとか?
そういや今までの人生で、変身について真面目に考えたことねぇな。
全然、興味なかったし。
いや、今も別に調べてまで知りたいわけじゃ、ねぇけどさ。
そんなことを考えながら、俺はソッと羽々斬を解放。
「よく似合ってるぞ、その衣装」と俺。
とりあえずヨイショして羽々斬の機嫌をよくしておこう。
「でしょ! まぁ、はぁちゃんって何でも似合うから!」
羽々斬はニコニコと言った。
よし、今なら言える。
「それじゃあ、俺はそろそろ帰るな?」
「は?」
羽々斬が急にスンとして俺を見詰めた。
怖いっ!
てゆーか、本気なのか!?
本気で俺と結婚する気なのか!?
そもそも、なぜそうなったのか……。
分からない、分からないが、ここはハッキリ言った方がいいな。
そして言ったと同時に逃げ帰ろう。
で、100年ぐらいほとぼりを冷ます。
「悪いけど羽々斬、結婚はしねぇぞ?」
一応、婚約者っぽい立ち位置のエレノアいるしな。
俺は【ゲート】を使おうとして、だけど魔力が霧散した。
「ざーんねーんでしたぁ♪」羽々斬が挑発的な笑みを浮かべる。「ここでは、はぁちゃんが許可した魔法しか使えませーん♪」
マジで!?
世界広しといえど、自分の武器に監禁されたのって俺ぐらいじゃね!?




