7話 温泉で一杯やろう
カリーナが泊まりに来てから2日後。
聖職者の大集合だなおい。
ここはとある国の主神殿の前。
聖女と聖者がズラッと並んでいる。
普通に50人ぐらいいるんだけど、お風呂の【浄化】にそんな人数必要か?
「これだけの聖職者なら」大聖女が言う。「阿鼻叫喚の地獄風呂もきっと【浄化】できるでしょう」
瘴気風呂がすげぇ名称になったな。
てゆーか、この人数はお風呂に入りきらないと思うけど……。
順番に【浄化】するんだろうか?
まぁやり方は任せよう。
「じゃあ行くぞ」と俺。
「はい。お願いします」とカリーナ。
なんか知らねぇけど、カリーナがめっちゃ寄り添ってくる。
カリーナはニナやロザンナと違って、遠慮がちに照れながら寄ってくるので、俺もちょと対応が分からない。
あれか?
結婚がどうのこうのと勘違いしてから、カリーナは俺のことを意識してんのかな?
違ってたら恥ずかしいから言わないけど。
カリーナの見た目年齢はニナと同じか、少し上ぐらいかな?
どっちにしても俺の守備範囲には入っていない。
ちなみにニナは実家でノンビリしていて、ロザンナは先に魔王城に戻った。
とりあえず仕事を済ませよう。
俺は聖職者たちを連れて魔王城へと【ゲート】した。
魔王城の城門前を、聖職者を引き連れて通り過ぎる俺。
住人たちが珍しそうに俺たちを見ている。
実際、かなり珍しいはずだ。
聖職者と魔王軍は、出会ったらとりあえず殺し合いをするような仲だと思うし。
途中、アスタロトがいたので引き継いで、俺はグリムが滞在しているという部屋へと向かった。
◇
「いやぁ……ワシのせいでなんか……大変みたいで……悪いな」
椅子に座った綺麗なグリムが申し訳なさそうに言った。
いや、こいつ、本当に綺麗になってんだ。
骨がピカピカで、まるで新品の骨みたいに見える。
その上、服が上等なゆったりとしたローブに変わっていた。
森で見た時は薄汚れた黒い(いかにも死神に憧れてますって感じの)ローブだったけど、今のローブはまるで偉大な大魔法使いみたいな雰囲気だ。
「気にすんな。アンデッドたちは大喜びだったぞ」
「しかしロザンナは顔面蒼白だった……実に申し訳ない」
「大丈夫だって。風呂は俺の家で入ってたし、今は聖職者たちが【浄化】してる最中だしな」
「ならいいのだが……」
意外と気に病む性格みたいだな。
そもそもグリムにお風呂を勧めたのはロザンナなのだが。
「闇に属する貴様が聖職者を運ぶとは、貴様にも迷惑をかけたようだな」
「別にいいさ。俺の仕事は連中を神殿に送って帰ったら終わりだ」
面倒ではあるけど、たまには仕事しておかないとな。
てゆーかグリム、見た目と違って繊細な奴だな。
「ワシに何か、できることはあるか?」
「お? あるぞ」
これはちょうどいい。
そもそも頼みがあるから俺はグリムに会いに来たのだ。
「温泉に入って欲しいんだ」
「……ん? ワシ、まだ汚いか?」
グリムがショックを受けたような雰囲気で言った。
「いやお前ピカピカだぞ! 光に属する骨かと勘違いするぐらい輝いてんぞ! これ以上磨いたら聖属性になっちまうんじゃねぇの!?」
「ワシが……聖属性に……? な、なんて恐ろしい……」
グリムがブルブルと震え始めた。
そうだよな、アンデッドだもんな、聖属性は苦手だよな。
「冗談だよ冗談」俺はヘラヘラと笑いながら言う。「温泉に入って欲しいってのは、単にそこを瘴気温泉にして欲しいわけさ」
「ほう」
「今回はたまたま、魔王城の風呂だったからロザンナが騒いだけど、俺しか知らない秘湯なら、何の問題もねぇ」
エレノアにはその場所を教えてやろうと思っている。
で、絶滅の旅団の連中にも「褒美をやろう」みたいな感じで瘴気温泉に入れる権利をやれば、いい上司っぽいだろ?
「よかろう。では早速、その温泉に案内してもらおうか」
「今か!?」
アクティブだなおい!
俺は引きこもりなのに、俺の周囲の連中はだいたいみんなアクティブ!
「ワシは暇なのだ」
「そ、そうか……じゃあ行くか」
俺はグリムを連れて秘湯へと【ゲート】した。
◇
そこは魔界の片隅の山奥にある、誰も知らない本物の天然温泉だ。
久しぶりに来たけど、何も変わっていない。
実に自然豊かな場所で、鳥の鳴き声や風の音、葉っぱが擦れる音が聞こえてくる。
まぁ、これからどす黒い景色に変わるんだけどな。
「よし、では入ろう」
グリムはローブを脱いで、丁寧に畳んで綺麗な岩の上に置いた。
グリムは瘴気を放ちながら温泉へと足を踏み入れる。
その瘴気、出し入れ自由なのか。
そういや、魔王城では瘴気を仕舞っていたなぁ。
「瘴気を出している状態が、自然な状態だ」とグリム。
どうやら俺の表情を読んだらしい。
「魔王城で瘴気を出すと、妖精たちから激しいクレームが来て……」
グリムは首を左右に振った。
「ああ、妖精たちか……」
あいつらは普段からお喋りで、割と騒がしい。
って、今思い出したけど、神殿に置き去りにしたビビはどうしたんだろうか?
仮にも妖精女王で魔王軍四天王だし、自分で【ゲート】して帰っただろうけど。
「貴様は入らんのか?」
「あー、とりあえず一回、魔王城に戻って聖職者たちの様子を見てくる」
「そうか。ワシはしばらくしたら勝手に帰るぞ」
「ああ。じゃあまた」
俺は【ゲート】で魔王城に戻る。
そして大浴場へと向かったのだが、グッタリした聖職者たちが廊下に溢れていた。
どうしたんだ!?
全員、死にかけてねぇか!?
「大……聖者様……」聖女の1人が、俺を見て言う。「あそこはまるで、この世の地獄……」
「全魔力を……」聖者が言う。「注ぎ込みました……」
なるほど、こいつらは魔力切れか。
マジかよ、お風呂を1つ【浄化】するのに、こんな苦労するのか?
そう思いながら脱衣所へ。
そこでも死屍累々の様相だった。
いや、誰も死んでねぇけどな?
「ああ、アルトさん……」フラフラのカリーナが浴場から出て来た。「ちょうど、【浄化】が完了しました……」
倒れそうになったカリーナを俺が受け止める。
最近、俺はやたらと誰かを受け止めている気がする。
カリーナが頬を染める。
「ありがとうな。すぐに神殿に送ろうか?」
「そうしてください……清浄な空気が……吸いたい……です」
「分かった」
俺はカリーナをお姫様抱っこして、念のため浴場を確認。
ちゃんと綺麗な状態に戻っていた。
「ああ……恥ずかしいですぅ……」とカリーナ。
いやでも、下ろしたらお前、倒れるんじゃね?
そう思って、俺はすぐに聖職者たちと【ゲート】して神殿へと向かった。
◇
その夜。
俺はエレノアと2人で秘湯の湯に浸かっていた。
月明かりと星明かりが綺麗だ。
ちなみに、お湯はしっかり薄暗く、謎の泡がブクブクしていて、周囲は瘴気が漂っている。
近くの植物たちは闇の植物へと変貌していたけど、これはこれでいい。
「素晴らしい! 魔王城のお風呂より、こっちの方が素晴らしいですアルト様!」
エレノアがクロールしながら俺の前を横切った。
水しぶきが飛び散る。
「元気いっぱいだなおい……」
「広い! 広いぞぉぉぉ!」
エレノアは奥の方まで泳いでいった。
清酒でもやるか。
俺は温泉から出て、服の異次元ポケットから清酒の瓶とおちょこ、それからお盆を出した。
再び温泉に浸かり、お盆を浮かべ、その上におちょこを乗せる。
清酒をおちょこに注ぎ、瓶は普通に石の上に置いておく。
温泉にはこれが合うんだ。
確か羽々斬が教えてくれたんだよなぁ。
あ。
そういや俺、羽々斬を3日間お手入れする約束だった。
危ねぇ!!
普通に忘れるところだった!
てか忘れてた!
「この温泉のおかげで、わたくしは更に強くなる……」
エレノアが平泳ぎしながら俺の前を通り過ぎた。
温泉で強くなるのは無理なんじゃねぇか?
あ、エレノアに剣術も教えておかないとな。
またエクスのおっさんに会った時のために。
やることが多いけど、まぁ今はいいか。
グイッと清酒をやると、なんだか全てがどうでも良くなったのだった。
これで『死神の残り湯』編は終了です!
次回は羽々斬主体? の短い話になるかと思います。
お手入れしないとね。




