5話 過労に注意
「2日もお風呂に入れないなんて! ぼくには耐えがたいよ!」
ロザンナが両手の拳を握って、仰け反りながら叫んだ。
お風呂ってそんな深刻な問題か?
「何よ2日ぐらい」ニナが言う。「あたしとカリーナなんて、最前線でもう5日はお風呂に入ってないから、きったないんだから!」
「き、汚くないですよ!」カリーナが俺を見ながら慌てて言う。「ちゃんと毎日【クリーン】を使って綺麗にしてますからね!?」
「お、おう」
俺は元々、カリーナを汚いなんて思ってねぇぞ。
匂いも別に、悪くなかったし。
もちろんニナも。
「ぼくは別に清潔さのためだけにお風呂に入るわけじゃないし!」
「あ、分かります。お風呂に入るとリラックスできますよね」
「そう! 聖女分かってるね」ウンウンとロザンナが頷く。「この仕事、意外とストレス多くて」
「でしょうね。あたくしも本当は最前線なんて嫌なんですよ」
なぜか魔王代理と聖女が分かり合ってしまった。
いや、別にいいんだけども。
と、俺に抱き付いていたエレノアがソッと離れた。
どうするのかと思っていると、エレノアは音を立てないようゆっくりとお風呂に入った。
そして至福の表情で長い息を吐いた。
てめぇ、俺も入りたいのにっ!
そしてアンデッドたちは、相変わらず気持ちよさそうに風呂に浸かったままである。
「なんかぼくの仕事って報われないこと多くって。総務怖いし」
「あたくしの方は激務で……」
ロザンナとカリーナは会話が弾んでいて、エレノアの行動に気付いていない。
ニナはなんだか手持ち無沙汰な感じでキョロキョロしていた。
瘴気のせいで若干、体調が悪そうである。
「とにかくぼくは、今日中にお風呂に入りたいから、すぐに聖女を集めて」とロザンナ。
「えええ? さすがに無理ですよ……」カリーナが言う。「各地に散らばってますし、【ゲート】を使える人もそれほど多くないですし」
「そんな! ぼくのストレスがマッハで増加するよ? 最近、罰正座とかやらされたし、これ以上ストレス溜まったら爆発しちゃう!」
ロザンナが爆発するのは困るな。
俺はコホンと咳払い。
そうすると、みんなの視線が俺に集まる。
「思うんだが、ロザンナ」
「なに?」
「風呂に入りたいだけなら、俺の家で入ればいいんじゃねぇか?」
俺が言うと、ロザンナはとっても嬉しそうな表情に。
「いいの!? アルトと一緒に入っていいの!?」
「一緒には入らねぇよ!? ロザンナもう子供じゃないよな!?」
俺は驚いて言った。
ロザンナはまだ若い個体だけど、一緒に風呂に入って洗ってやるような年齢ではないはずだ。
ギリギリでエレノアまでだろう。
「はいはいはい!」ニナが手を挙げる。「あたしも入る! アルトの家でお風呂入る!」
「は? お前の後も前も嫌だけど?」
ロザンナが急に冷酷な声で言った。
「じゃあ間にアルトを挟めばいい」とニナ。
「それなら許す」とロザンナ。
なんで俺がお前らの間で風呂に入ることになってんだ?
俺はここで入りたいんだが?
チラリと瘴気風呂に視線をやると、幸せそうなアンデッドたちが「大変ですね」という風な、生温かい笑みを浮かべていた。
エレノアまでもが!
「じゃあ、早速、アルトの家に行こう!」
ニナが言って、ロザンナが【ゲート】を使った。
その【ゲート】に含まれていたのは、俺、ニナ、ロザンナの3人だった。
え?
カリーナ置いて行くの?
◇
瘴気風呂に1人残されたカリーナは、しばらく固まっていた。
(こんな瘴気が濃くてアンデッドばかりの場所に、あたくしだけ置いて行くなんて!)
ちょっと涙が出そうなカリーナだった。
「貴様、今ならロザンナいないし入ってもいいぞ」
エレノアは善意でカリーナに声をかけた。
「あ、あたくしを殺す気ですか!? あたくしアンデッドじゃないですけど!? 人間でしかも聖職者ですけど!? この瘴気風呂に浸かったらたぶん即死しますけど!?」
カリーナの言葉を聞いて、エレノアは一瞬だけポカンとした。
でもすぐに大きく頷いた。
「そうかそうか。人間には瘴気は毒だったな。わたくしたちと感覚が違いすぎてすぐに分からなかったぞ」
はっはっは、とエレノアが笑う。
「あー、聖女さん」スケルトンが申し訳なさそうに言う。「そろそろ外に出て、自分に【浄化】を使った方がいいのでは?」
「確かに!」
瘴気を吸い過ぎて気分は悪いし頭はガンガンするし、このまま滞在したら間違いなく死に至る。
「ひゅー♪ スケルトンやっさしぃ♪」
ミイラ女が口笛を吹いた。
「ふ、今の俺っちは幸せな気分なのさ」とスケルトン。
カリーナは風呂を出ようとドアに手をかけ、一度立ち止まって振り返る。
「あの、エレノアさん、あとで【ゲート】であたくしを送って欲しいのですが……」
「うむ。良かろう。今日のわたくしは気分がいい! 魔王にも勇者にも叩かれなかったしな! ふははは!」
「エレノア様かっこいい♪」「よっ、最高の団長!」
「俺たちを売ったけど!」「そんなところが邪悪で素敵!」
アンデッドたちがエレノアを褒め、エレノアは高笑いを続けた。
カリーナは「ではお願いします」と言い残して大浴場をあとにした。
◇
我が家の広間に到着した瞬間、ニナがぶっ倒れた。
俺が支えたので、床に倒れたわけじゃない。
「おい、大丈夫か?」
「たぶん瘴気のせい……【浄化】」
ニナが自分に【浄化】を使い、瘴気を完全に消し去った。
んんん?
ニナが、魔法を、使っているっ!
あんなに苦手だったのに!
成長してる!
ニナが成長しているぅぅぅぅ!!
俺は驚き半分、嬉しさ半分って感じの心境だ。
「あはは、勇者になったからか、聖属性の魔法だけ少し使えるようになったんだぁ」
ニナは照れた風に笑いながら言った。
そうかそうか。
よく頑張ったな、偉いぞ!
俺がニナの頭をワシャワシャと撫でた。
その様子を、ロザンナがムスっとした表情で見ている。
「元気になったなら、早く離れたら?」
ロザンナがツンとして言った。
ニナがベェと舌を出す。
「ぶ、ぶっ殺す……」
「いいわよ別に。ここで決着つける?」
ニナが俺から離れて、魔剣ライトニングに手をかける。
「待て待て。俺の家で喧嘩すんなって」
仮にも勇者と魔王代理だぞ?
俺の家が吹っ飛ぶだろ?
「風呂、沸かしてくるから座って待ってろ。な?」
俺が言うと、2人は渋々といった感じで椅子に座る。
俺は2人に分からないように息を吐いて、風呂場へと向かった。
早く戻ったほうがいいと思ったので、俺は魔法でサッと水を出す。
そして湯船に溜めて、パッと温めた。
あとは魔法道具のシャワーに魔力を通し、お湯が出ることを確認。
えっと、石けんも大丈夫だな。
よしよし。
俺は急いで広間に戻ったのだが、2人の姿が見えない。
おっとぉ?
とりあえず【アクティブサーチ】を使って周辺情報を把握。
この魔法は【サーチ】の上位互換で、魔法を展開している間は周辺の情報をリアルタイムで得られる。
ロザンナとニナは空中で戦っているようだ。
ロザンナは飛行してるけど、ニナはあれジャンプしてるな。
なんて気の短い2人なんだ!
俺、数分しか席を外してねぇけど!?
でもとりあえず、家の外に出るという配慮はできたわけか!
ロザンナはたぶん前に俺がプレゼントした鎌を使っていて、ニナも俺がプレゼントしたライトニングで攻撃している。
お前ら、俺のプレゼントで殺し合うな!
うちの村人たちも、外に出て空を指さしている。
みんな普通の村人なので、怯えてしまうかと思ったけど、村人たちはすぐに賭けを始めたようだ。
うーん、危機感を家の中に忘れて来たのかな?
って、そんな場合じゃねぇな。
俺は【ショートゲート】を使用。
この魔法は本来、見えている範囲に【ゲート】する魔法だ。
そう、【アクティブサーチ】で見えている範囲も『見えている』ので問題なく飛べるのだ。
「はいそこまで!」
俺はロザンナを背後から抱き締めた。
なぜロザンナを選んだのかって?
ニナは勇者だから俺より強いかもしれないだろ?
でもロザンナはまだ俺より弱い。
てゆーか、俺、今日はマジで働きすぎじゃね?
瘴気風呂でゆっくりしてぇなぁ。




