4話 エレノア、再び風呂に入ろうとする
「あはは! なーんだ、あたしの勘違いだったのかぁ。てへ♪」
ニナは握った右手で自分の頭をコツンと叩いた。
俺が今の状況を丁寧に説明したあとのこと。
いやぁ、なんか疲れたな。
「あああ、恥ずかしいですぅ……」
カリーナが頬を染めて、その頬を自分の両手で挟み込む。
一体、大聖女はカリーナになんて言って呼び出したんだ?
カリーナが可哀想なのでフォローしたいけど、何を言えばいいのかサッパリ分からない。
「はぁ~」とロザンナが大きな溜息を吐いた。
一瞬にして空気が緊迫。
「まぁまぁまぁ」俺が言う。「勘違いは誰にでもあることさ。過ぎたことは忘れて、話を進めようじゃないか」
「そうだね」とロザンナ。
空気が少し柔らかくなった。
俺、今日は本当にクッションとして役に立ちまくってんな。
「では魔王軍の要求は」大聖女が言う。「お風呂の【浄化】ということで、よろしいですか?」
カリーナを連れて行く場所についても、俺が説明した。
「ええ」アスタロトが頷く。「そちらの要求は停戦期間を1年にすることでしたね?」
大聖女が神妙な雰囲気で頷く。
「いいよ、それで」
ロザンナが言って、話が綺麗にまとまった。
「では契約を」
アスタロトが右手の人差し指を立てると、空中に契約書が出現した。
契約書そのものに魔力が宿っているので、これあれだな、契約違反したらダメージ受けるやつだな。
ロザンナが宙に浮いたままの契約書に血でサイン。
契約書が大聖女の方に移動する。
大聖女は普通に万年筆でサインした。
「これで停戦契約は成立しました」アスタロトが言う。「このまま早速、カリーナさんには魔王城まで同行して頂きたいと思います」
「はい。頑張ります」とカリーナ。
「いやぁ、しかし簡単な要求で良かったですなぁ」と枢機卿。
「ええ、まったくです。【浄化】は我々にとっては容易いことですからね」と枢機卿その2。
「お風呂の【浄化】で1年停戦できるとは」大聖女も満足そうに頷く。「人類にとっては非常にありがたいことです」
この喜びよう、もしかして人間側が劣勢だったのかな?
まぁ種族的には魔王軍やドラゴンの方が人間たちより強いはずだ。
人間って一部めっちゃ強い奴がいるけど、多くはあまり強くないからなぁ。
「ねぇねぇ、あたしも一緒に行くぅ!」
ニナが元気よく手を挙げた。
「来るな」とロザンナが冷たい声で言った。
「ねぇアルト、いいでしょ!? 前にあたしと遊んでくれるって言ったよね!?」
言ったような気がするな。
でも今、遊ぶのか?
「ああ、まぁ、そうだな……じゃあ、行くか?」
俺はちょっと煮え切らない感じで言った。
「やったぁ!」
ニナが飛び跳ねて喜んだ。
本当、ニナはいつまで経っても子供だなぁ。
それはそれで可愛くていいんだけどな?
「じゃあ早く行こうアルト」
ロザンナはムスッとした顔で言った。
俺としてはニナとロザンナには仲良くして欲しいんだけどな。
って、勇者と魔王代理とか絶対相容れないやつじゃん!
まぁいいや、とりあえず【ゲート】使うか。
俺、ロザンナ、アスタロト、それからニナと聖女だな。
上下に魔法陣が出現し、【ゲート】が発動。
「ちょっとぉぉぉ! 妾のことぉぉぉ! 忘れないでぇぇぇ!」
しまった、ビビのこと置いて【ゲート】しちまった。
今日のビビは存在感がなくて……。
◇
「妖精女王様……お茶でも、飲みますか?」
大聖女が哀れむような表情で言った。
「う、うむ」
ビビは小さく咳払いして、椅子に座り直した。
「いやぁ、それにしてもお美しいですなぁ」と枢機卿。
「妖精女王様の美しさは世界一!」と枢機卿その2。
「う、うむ」
ビビは心の中では喜んでいたが、今は威厳モードなので頷くだけに留めた。
(それにしてもアルト君、許すまじぃぃぃぃ! 妾を置いて行くとかぁぁ! あとで埋め合わせしてもらわなくちゃ! てかそもそも、なんで魔王ちゃんは妾を連れて来たのか)
◇
魔王城の大浴場を見て、カリーナがぶっ倒れた。
「おい、大丈夫か?」
倒れたカリーナを、俺が支える。
「旦那様……じゃない……アルトさん……」カリーナが苦しそうに言う。「全然、大丈夫じゃないです……。アンデッドたちが……」
カリーナは右手を持ち上げ、ゆっくりとお風呂を指さした。
その指の先では、アンデッドたちが「いい湯だな」とばかりにお風呂に浸かっている。
たぶん『絶滅の旅団』のメンバーだ。
え? なんで入ってんの?
「は? お前ら、誰の許可を得てぼくのお風呂に入ってるの?」
静かに怒ったような感じで、ロザンナが言った。
「「エレノア様です!!」」
アンデッドたちが声を揃えて言った。
「ふーん、そっかぁ、ふーん、エレノアかぁ」
ロザンナが足をパタパタと動かしている。
ちなみに、ここにエレノアはいない。
「ノアちゃん元気?」とニナ。
「あいつはいつも元気だ」と俺。
「今はどこにいるの?」
「さぁな。前線か訓練か……」
あるいは俺の家で野菜の世話だな。
「よぉし! 2回目入るぞぉ!」
ガラッと戸を開けて、全裸のエレノアが入って来た。
いたわ、ここに。
俺たちの視線がエレノアに集中。
エレノアが固まる。
「エレノア、ちょっとおいで」
ロザンナが微笑みながら手招き。
「いえいえ、わたくしなど、ロザンナ様の近くに行けるようなヴァンパイアではありませんので、今日のところはこれで……」
「お・い・で」
「はい」
エレノアはサッとロザンナの前まで移動した。
「ねぇエレノア。魔王城のお風呂はね、幹部しか入れないって知ってるよね?」
「もちろんですとも! 確か副旅団長まででしたね!」
「それじゃあ、あれは?」
ロザンナがアンデッドたちを指さす。
エレノアが引きつった表情を浮かべる。
「あー、お前たち、勝手に入っちゃ、ダメだぞ?」
エレノアが変な笑顔で言った。
「「俺たちを売ったぁぁぁ!!」」
アンデッドたちが悲鳴みたいに叫んだ。
ロザンナが右手を上げると、エレノアは叩かれると思って即座に俺の背中に逃げ込んだ。
ちなみに、俺はまだカリーナを支えたままである。
「に、逃げ足の速さがっ! 上がっているっ!」
ロザンナが驚いて言った。
確かに今のエレノアの動きは俊敏だったと思う。
「ノアちゃん久しぶり」
ニナが身体を折り曲げて、エレノアの目線に会わせて挨拶。
「ぎゃぁぁぁ!! 勇者だぁぁぁ!」
エレノアが俺の腰に抱き付く。
なんだこの状況。
てか、魔王城の大浴場って、誰でも使えるわけじゃないんだな。
「あの……アルトさん」カリーナが言う。「いつまでも抱かれていると、その……恥ずかしいです……」
カリーナの頬は真っ赤に染まっている。
エレノアの代わりにロザンナに叩かれたのかと思うぐらい、赤かった。
いや、分かってる。
俺が抱き締めるように支えているからだ。
俺はソッとカリーナを解放する。
「……アルトさぁ、やっぱりカリーナ好きなんじゃ……」とニナ。
「暗殺しなくちゃ……」とロザンナ。
「暗殺は止めろ。割とマジで」
大聖女に、カリーナの安全を保証するって大見得切ったからな俺。
「アルトがそう言うなら、暗殺はしないけど」ロザンナが言う。「早く【浄化】しろ聖女」
「あのぉ、その件なのですが」カリーナが言いにくそうに言う。「これほど凄まじい瘴気ですと、あたくし1人ではとても【浄化】しきれません……」
マジか。
人間的には凄まじい瘴気なのか。
「はぁ? じゃあ誰ならできるの?」とロザンナ。
「えっと、その、聖女総出という形になるかと思います……」
そんな規模なの!?
「とりあえずお風呂出よっか」ニナが言う。「瘴気が濃すぎてあたし頭クラクラしてきた」
「そのまま死ね」とロザンナ。
ニナとロザンナが睨み合う。
「今、大聖女様に【念話】しました」聖女が言う。「聖女に招集をかけてもらったので、あとで迎えに行きましょう」
カリーナは俺を見ていた。
えっと、俺が迎えに行くの?
「あとっていつ?」とロザンナ。
「そうですね、2日もあれば……」




