3話 そんな話はしてねぇよ!
「いやぁ、実にいい湯だ……」
絶滅の旅団、副団長のリッチは、魔王城の大浴場で湯に浸かっていた。
「さすがは死神の瘴気!」
エレノアがバシャバシャとクロールでリッチの前を横切った。
現在、大浴場には絶滅の旅団のメンバーが詰めかけている。
いくら大浴場が広いと言っても、同時に入れる人数には限りがある。
よって、とりあえず10人ずつ順番に入ることに決まった。
今は偉い順に10人がこのお風呂に入っていた。
「エレノア様、水しぶきが……」
「エレノア様、迷惑なので泳がないでください」
デュラハンとバンシーが首を振りながら言った。
ちなみに、デュラハンは両手で自分の首を持って、フルフルと手で動かして振った。
バンシーは一応、妖精でもあるのだが、妖精女王とはソリが合わないのでこっちの旅団に入っている。
「こんなに広いんだから泳いだっていいだろう!」
エレノアが湯船の端っこに辿り着き、今度は背泳ぎを開始。
「単純に迷惑なのですが」バンシーが言う。「叫びますよ?」
「分かった、分かったから叫ぶな」
エレノアは泳ぐのを止めて、普通にお湯に浸かった。
「バンシーの叫びも十分に迷惑……」
ボソッとそう言ったのはファントム。
バンシーが叫ぶと、弱い存在は死ぬ。
「お前はそもそもお湯とか感じるのか?」とエレノア。
ファントムはいわゆる幽霊的な存在である。
「これだけ瘴気が濃ければ、ね」
ニヤリとファントムが笑った。
原理はよく分からないが、感じるならまぁいいかとエレノアは思った。
「しかし魔王様は」リッチが言う。「この素晴らしいお風呂を元に戻すつもりらしい」
「ふん。あのアホにこの漆黒の湯の良さは分かるまい」
エレノアが肩を竦めた。
「あー、エレノア様がまた魔王様の悪口言ったぁ!」
楽しそうな声を上げたのはレヴァナントの少女。
レヴァナントは動く死体だが、ゾンビやグールと違って身体は綺麗なままだ。
「……チクるなよ? わたくし死ぬからな?」
半殺しにされる、という意味だ。
たぶん本当には殺されないだろう、とエレノアは思っている。
ロザンナが優しいからではなく、エレノアの直接の上司がアルトだから。
「それにしても分からんな」デュラハンが言う。「風呂を元に戻すためだけに、人間と停戦するとは……」
「それは思ったね」ファントムが頷く。「グリム様もいるし、今なら人間など軽く捻ってしまえるのでは、と思うが、ね」
このファントムは、実はグリムが平和主義者で引きこもりだと知らない。
「いいか貴様ら」エレノアが言う。「今のわたくしたちにできることは、この瘴気風呂を楽しむことだけだ。分かったら仕事の話はするな」
「確かにぃ!」レヴァナントが言う。「エレノア様ってアホだけど、たまにはいいことも言うんだね!」
「はっはっは! わたくしはいつだって、いいことしか言わ……ん? 貴様、今わたくしをアホと言ったのか?」
「言ってなーい♪」とレヴァナント。
「聞き間違いでしょう」とリッチ。
デュラハンが手で持った首を何度も縦に振る。
ファントムも「うむ」と大きく頷いた。
バンシー、他のメンバーも頷いていた。
(みんなが言うなら、聞き間違いか)
エレノアは微妙に納得していないが、とりあえず忘れることにした。
◇
とある国の主神殿、円卓のある会議室。
「聖女カリーナに連絡しましたので」大聖女が言う。「すぐにここに来るかと思います」
「そう」とロザンナ。
ロザンナと大聖女は向かい合うような位置で、それぞれ円卓に座っている。
ロザンナの右側にアスタロト、左側に俺。
で、俺の隣にはビビ。
大聖女の隣には、神殿の偉い人たち。
枢機卿とかなんとか自己紹介をしていたが、あまり興味がない。
沈黙が会議室を支配する。
空気、重っ!
いや、分かるけどね?
絶賛、戦争中だもんな!
コホン、と誰かが咳払い。
「もう一度確認しますが」
そう切り出したのは、大聖女の隣の枢機卿。
髪が少し薄くなった男性で、疲れた表情をしていた。
「停戦の条件が、ある場所の【浄化】で、その役目を聖女カリーナに任せたい、と?」
「その通りです」アスタロトが丁寧な口調で言う。「四天王最強、アルト殿のお勧めですからねぇ」
お勧めは別にしてないが!?
俺の知ってる聖職者ってだけだが!?
ぶっちゃけ、そこの大聖女さんでもいいと思うけど!?
しかしながら、話はカリーナを借り受けるという方向で進んでいる。
無理に話をこじらせる必要はない。
「こちらからも条件を出したい」
そう言ったのは枢機卿その2。
「聞きましょう」とアスタロト。
ビビと俺ってこの交渉で何の役にも立ってねぇな。
いや、ビビはアレか、クッション材だから、俺よりはマシか?
待て待て、俺も一応、大聖者という肩書きがあるので、クッション材にはなっているはずだ。
「停戦期間をもっと延ばしてもらいたい」
「30日だと不満?」とロザンナ。
いやぁ、それはさすがに短いだろ。
それとも、俺がよく分かってないだけで、停戦期間は小刻みに決めるのだろうか?
やべぇな、戦争に興味がなさ過ぎて全然分からない。
「最低でも1年」大聖女が言う。「そちらはカリーナをどこに連れて行くのかさえ、明かしていないのですよ?」
「カリーナの安全なら俺が保証するぞ?」出番だ、と思ったので発言してみた。「俺を信じて欲しい。カリーナのことは大切にするし、しっかり守ると約束する」
俺はキリッとした声と表情で言った。
これは四天王としても、大聖者としても、仕事をしたんじゃないだろうか。
「アルト! そんなにカリーナのことを想ってたの!?」
会議室のドアをバーンと蹴り開けたニナが言った。
なんでドアを蹴った!?
壊れて飛んで来たドアを、ビビが焦って回避。
俺がドアを受け止め、そっと床に置いた。
ゾロゾロと勇者パーティが会議室に入ってきて、警備をしていた聖騎士たちが剣を抜いた。
大聖女が聖騎士たちに目で合図を送り、聖騎士たちが剣を収める。
「大聖者様……いえ、アルト様とお呼びしても?」
なぜか頬が赤い聖女カリーナが俺を見詰めながら言った。
カリーナ、風邪でも引いているのか、瞳もウルウルしている。
「あ、ああ。別に好きに呼んでくれていいぞ」
「では旦那様で……」
カリーナは両手で自分の頬を押さえ、クネクネと動いた。
この動き、エレノアで見たことあるぞ!
「誰が旦那様だって?」
ロザンナが立ち上がり、ギロっとカリーナを睨み付ける。
カリーナがビクッと身を竦める。
「おいロザンナよせ」
俺が間に入って仲裁。
有言実行してますよー、というアピールだ。
「アルト……本当に本気なんだね?」
ニナが真っ直ぐに俺を見詰める。
俺の本音としては、瘴気風呂はそのままにしておきたいけどな。
だから本気かと聞かれると、よく分かんねぇな。
停戦に関しても、個人的にはどうでもいい。
ただなぁ、ロザンナがなぁ、瘴気風呂を嫌がるからなぁ。
「ちょっと待って」ポンティが言う。「なんで悩むの? 半端な気持ちってこと?」
勇者パーティの視線が俺に突き刺さる。
半端な気持ちで忙しい俺たちを呼び出したのか、という非難か?
「それはいくら大聖者殿でも」と騎士。
「ああ。カリーナは大切な仲間だからな」と武闘家。
ああそうか!
こいつら、カリーナがどこに連れて行かれるのか分かってねぇから、警戒してんだな!
「アルトが本気なら、あたし、側室でもいいよ?」
「そっかぁ、ソクシツでもいいかぁ……」
ソクシツって何だっけ?
何か重要なことなのか?
今の状況に合うソクシツが分からん。
俺の知ってるソクシツって側室か即質問の略ぐらいだぞ。
「ちょっとお前ら!」ロザンナが怒って言う。「いきなり現れて、何を意味不明なことを!」
あ、ロザンナも意味が分かってないのか。
「何よ、あんたに関係ないでしょ?」とニナ。
「関係も何も、お前は今、何の話をしてるのかって!」
ロザンナがドン、と床を踏みしめる。
床にヒビが入った。
「はぁ!? アルトがカリーナをお嫁さんにするって話でしょ!?」
なるほど!
俺がカリーナを嫁に!
だからニナは側室ってことか!
なんでだよ!
そんな話、1ミリもしてねぇよ!




