2話 勇者パーティの今
「ドラ肉! もう! 飽きたぁぁぁぁ!」
ニナは右手にドラゴンの骨付き肉を握ったまま立ち上がり、天を仰いでそう叫んだ。
ここは人間とドラゴンの最前線の陣地。
複数のテントが設営されていて、ニナたち勇者パーティ以外にも多くの兵士たちの姿が見える。
「ニナさん、はしたないです」
聖女カリーナが溜息混じりに言った。
ニナたち勇者パーティは、焚き火を囲んで昼食を摂っている最中だ。
「飽きたっつってもなぁ」武闘家ロジャーが言う。「ドラ肉、食ったら魔力が上がるんだよなぁ」
「確かに、ロジャーの言う通り」魔法使いのポンティが頷く。「わたしとしても、魔力アップの上限まで食べたいわね」
「ポンちゃんに賛成だね」と騎士ブルクハルト。
「ブルちゃん最近、ポンちゃんに優しくない?」とニナ。
「あら」とカリーナが右手を自分の口に当てる。
「いやいやいや、俺はみんなに優しいだろう!?」
ブルクハルトが慌てて言った。
「もう」とポンティが肩を竦め、ロジャーがカラカラと笑う。
最近の勇者パーティはお互いを名前で呼ぶようになり、仲が深まっている。
だからこそ、ニナは村に帰りたいのを我慢してここで戦っているのだ。
「ま、ドラ肉は割と美味いし」ロジャーが言う。「ニナ、食わねぇんならオレが食ってやるぞ?」
「いーやーでーすー」
ニナがベェっと舌を出してから、ドラ肉にかぶり付く。
飽きたとは言っても、ぶっちゃけ他に食料がないのだ。
人間の軍は補給が追い付いていない。
唯一の救いは、最近はドラゴンたちも戦闘に消極的であること。
「とはいえ」ブルクハルトが溜息混じりに言う。「そろそろ俺たちも休暇が欲しいな」
「それ!」ニナがブルクハルトをドラ肉の骨で示す。「ちょっとあたしたち、働き過ぎじゃない!?」
「ニナ、まず座りなさい」
カリーナが言って、ニナがストンとその場に腰を下ろした。
「カリーナはなんだかママみたい」
「こんな大きな娘はいりませんよ!?」
カリーナが驚いて言った。
そしてみんなが笑う。
「休暇の話に戻るけど」ポンティが言う。「今日、例のあの人が来てくれるから、相談してみましょう」
「お? やっとか」とロジャー。
「七大魔法使い序列第1位、か」とブルクハルト。
「このワシ、アンブロース・バルトルト・フローリス・ファン・クリーケンを呼んだか?」
いつの間にか、ニナの背後に立っていた少年が言った。
勇者パーティは気配に気付かなかったので、ニナ以外は酷く驚いた。
ニナも少年には気付いていなかったのだが、驚くほどではない。
「アンブロース様!」
ポンティが立ち上がり、深くお辞儀をする。
「よい。楽にしていろオッパイ」
「はい……え? オッパイ?」
「お主の名前、オッパイじゃなかったか?」
「インノチェンツァ・ポンティですが!? かすってすらいませんが!?」
「あー、でも」ニナが言う。「ポンティとオッパイってなんとなく似てるかも」
「似てないわよ! 何言ってんのニナ!」
ポンティが杖を振り上げて、叩く真似をした。
「それで、ワシの噂をしておったか?」
アンブロースと名乗った少年が笑顔を浮かべる。
少年の見た目年齢は13歳前後。
しかし実際の年齢は百を超えているとの噂だ。
アンブロースは若草色の髪の毛を肩口で切り揃えている。
真っ黒のブーツと真っ黒のローブを装備していて、右目に黒い眼帯、左手に汚れた包帯を巻いていた。
「ええ。そうなんです。実は……」
ポンティの台詞の途中で、アンブロースが右手で自分の左手を押さえた。
「くっ、少し待て! 左手に封印されし邪悪が……」
(ああ、わたし、子供の頃、この人に憧れて魔法使いになったのよねぇ……)ポンティは苦笑いを浮かべつつ思う。(カッコよく見えたなぁ、左手に封印された何かも、右目の邪眼も)
「だ、大丈夫ですか!?」
ブルクハルトが慌てて立ち上がる。
「よせ、ワシに近づくな!」
アンブロースが2歩後退して距離を取る。
これはただ事ではない、と思ってカリーナとロジャーも立ち上がる。
ニナはこの時になって、やっとちゃんとアンブロースの顔を確認した。
「あー! トム爺さんじゃん!」
ニナは立ち上がり、ドラ肉の骨でアンブロースを指す。
ちなみに肉はもう食べきって、骨だけとなっている。
「ちょ! お前! ワシの真名を叫ぶな! って、お前ライネンとこの長女か!?」
「うん。ニナ・ライネンだよーん。お久しー!」
ニナは気軽に骨を左右に振った。
「ニナ・ライネンといえば……今代の勇者の名……」アンブロースが引きつった表情でニナを見る。「……え? お前なの? 妹の方が勇者っぽくなかったか?」
どうやら左手に封じられた何かは暴れるのを止めたようだ。
「妹じゃなくて弟ね?」とニナ。
「リク君か……可愛かったな」とブルクハルト。
「ああ、だな。弟に欲しい」とロジャー。
「んんん!?」アンブロースは驚愕した。「あの子、男の子なのか!?」
ニナがコクンと頷く。
アンブロースは突然、右目を押さえて呻き始める。
「ぐっ、邪眼が疼くっ!」
「大丈夫? 抉ろうか?」とニナ。
「お前、ワシはアレだぞ、七大魔法使いの首席様だぞ? 扱いが雑じゃないか?」
「でもトム爺さん……」
「よせ! 何も言うな! ワシが悪かった。あと、真名で呼ぶな。頼む。いいか? ワシはアンブロース・バルトルト・フローリス・ファン・クリーケンだ」
「あ、うん……」
ニナは苦笑いを浮かべつつ頷いた。
「時にニナよ、あのお方は元気か?」
「アルトなら元気だよ」
「おおおおおおおおい!」アンブロースが慌てて言う。「あのお方の真名をこんなところで口走るな!」
「でもみんな知ってるよ?」
ニナが言うと、勇者パーティが強く頷いた。
「ああ……そうか。ならば良いが……。その、あのお方に会ったら、次のチェス大会はいつかと聞いておいてくれ」
アンブロースが最後に村に帰ったのは、アルト主催のチェス大会の時だった。
10年近く前の話。
ちなみにアンブロースが優勝した。
優勝者はアルトの指導対局を受ける権利を得る、という大会だった。
そしてアンブロースは指導対局でフルボッコにされて、今日までチェスの腕を磨いていたのだ。
「うん。分かったけど、あたしも全然、村に帰れてないの」ニナが首を振る。「ああ、帰りたいよぉ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい」カリーナが酷く慌てた様子で右手を突き出した。「今、大聖女様から【念話】がありまして……」
その場に緊張が走る。
「大聖者様が、その、魔王軍の幹部を引き連れて停戦交渉にやって来たそうです!」カリーナが言う。「それで、なぜか停戦の条件にあたくしを所望していると!」
「ええええええ!?」ニナは酷く驚いた。「なんで!? なんでカリーナなの!? あたしがお嫁さんじゃないの!?」
「嘘でしょ、大聖者様、カリーナが好みだったの……!?」ポンティがショックを受けた様子で言う。「確かにカリーナは清楚系美人で……性格もきちっとしてるけど……」
「そ、そうか……カリーナを所望……か」とブルクハルト。
「まぁ、聖女と大聖者だし、驚くほどか?」とロジャー。
「大聖者か」アンブロースが言う。「確か、ケイオスを退けた次期教皇候補で、今は魔王軍に潜入している……。そしてあのお方と同じ名前」
「本人だよ!」とニナ。
「ん?」とアンブロース。
「うちのアルトが大聖者!」
「んんんんんん!?」
アンブロースは目が飛び出る勢いで仰天した。
「いやいやいや、あのお方はだってほら、アレだろう!? 闇のアレだろう!? 夜のアレだろう!?」
聖職者のわけあるか、とアンブロースは強く思った。
むしろ聖職者とか天敵だろうが、と。
「本当だってば! って、言い合ってる場合じゃない! ポンちゃん!」ニナが言う。「今すぐ大聖女がいるところに【ゲート】して! アルトに確かめなきゃ! どうしてあたしじゃないのか!」
「どうしましょう」カリーナが申し訳なさそうに言う。「ニナ、ごめんなさいね……」
「謝らないで!? カリーナは別に悪くないから!」ニナが言う。「いいから【ゲート】しよう! トム爺さん、この戦場任せたからね!?」
「お願いしますアンブロース様。緊急事態なのでわたしたちは行きます!」
言ってから、ポンティが【ゲート】を使用。
勇者パーティが移動した。
「嵐みたいな奴らだな……。あと、ワシ1人で勇者パーティの代わりをしろと? 見た目は若いが、年寄りなんだが、ワシ」




