1話 お風呂のような何か
俺はいつものように、安楽椅子でユラユラしながらワインを嗜んでいた。
今日も平和だ。
このまま昼寝でもしようかな。
そう思った時、広間で【ゲート】の反応があった。
「この魔力はロザンナか」
俺は立ち上がり、広間へと向かう。
遊びに来たのかな?
俺が広間に入ると、なぜか半泣きのロザンナが飛び付いてきた。
俺はロザンナを受け止め、頭をナデナデしておく。
「どうした? 誰に虐められたんだ?」
「お風呂」
オフロさん?
誰だよそれ。
「よく、ぼくが虐められたって分かったね」
「そんな顔してたからな」
もう一回、頭をナデナデしておく。
ロザンナは昔に比べてかなり強くなっているはずなので、虐めた奴はまぁまぁヤバい奴に違いない。
「あのねアルト……ぼくのお風呂がね?」
「ロザンナのオフロ?」
ん?
オフロってペットか何かか?
まさか『お風呂』のオフロ?
やべぇ、頭が痛くなってきた。
「そう、魔王城の大浴場なんだけど」
ああ、お風呂!
ロザンナを虐めたオフロさんはいなかったのだ。
俺は勘違いを悟られないよう、神妙な雰囲気で頷き、続きを促した。
「暗黒魔界みたいになっちゃったの」
「なんだよ暗黒魔界って!」
そんな大陸、俺は知らないぞ!
「なんかそう表現したくなる様相に……なっちゃって」
「ほう」
「具体的に言うと、お湯が瘴気を放ってる」
「それは……珍しいな」
そして健康に良さそうだ。
これはひとっ風呂浴びに行くべきか?
エレノアとリッチも誘ってやるか。
「あと、お湯の色が薄暗い」
それは落ち着きそうだ。
「蒸気の色まで薄暗い」
ロザンナはゲンナリした様子で続ける。
「そして、謎の泡がブクブクいってる」
面白そうだなおい。
「なんでまたそんな、アンデッド専用の温泉みたいになったんだ?」
俺が聞くと、ロザンナは大きな溜息を吐いた。
「グリムさんが入ったあと、そうなったの」
「誰だよグリムさんって!」
「アルトが連れて来たグリムリーパーさんだよ!」
そんな恐ろしい奴を連れて来た覚えねぇよ!
って、あれか!
森の王様、リッチ・ロード!
あいつは確か自分をグリムリーパーだと勘違いしてたな。
嘘だろロザンナ、ロードの勘違いを信じちまったのか。
なんて素直ないい子なんだ。
「ああ、あいつは確かに瘴気を放ってたから、風呂もそうなるか」
面白いので、グリムの正体がリッチ・ロードだということは黙っておこう。
「ぼくは善意でお風呂を勧めただけなんだよ?」
「だろうな。あいつ薄汚れてたしな」
俺が言うと、ロザンナがビクッと身を竦めた。
面白い反応だ。
「とにかく、現物を見せてくれ」
俺はお風呂セットを『異次元ポケット』に突っ込んで、ロザンナを連れて魔王城に【ゲート】で移動した。
◇
「ほら見てよアルト!」
ロザンナが泣きそうな声で指さした先には、変わり果てたお風呂のお湯があった。
ここは魔王城の大浴場。
「ぼくのお風呂が! 地獄絵図!」
「あ、ああ、だけど身体に良さそうだぞ?」
ロザンナの言葉通り、お風呂は瘴気を放っている。
その上で、暗く濁っていた。
謎の泡もブクブクいってやがる。
いやマジ、どう見てもアンデッド用の温泉だ。
すげぇなリッチ・ロード。
伊達に森の王様やってたわけじゃ、ねぇんだなぁ。
「アンデッドにはそうかもね!」
ロザンナはかなり必死な様子だ。
なんで必死なんだ?
って、あれ?
そういやロザンナはこのお風呂をどうしたいんだっけ?
アンデッドの俺に紹介してくれた、って感じじゃねぇよな?
「それでロザンナ、なんで俺のとこに来たんだ?」
「アルトならもしかして【浄化】できるかなって思って!」
「できねぇよ!?」
俺アンデッドだぞ?
てゆーか、この瘴気風呂を【浄化】しちまうのか?
その前に一回入りたいのだが……。
「ねぇアルト、ぼくはこんなお風呂に入りたくない!」
「じゃあ、入らなければいいのでは?」
俺が言うと、ロザンナは信じられない、という風な表情を作った。
俺、なんか間違ったこと言ったか?
「ぼくにお風呂入るなって言うの!?」
「いや、別の風呂に入ればいいだけだろ?」
「ないよ!」
ないの!?
魔王城、こんなに広いのに、お風呂1つしかねぇの!?
「じゃあ、増設……」
「ぼくが総務にタコ殴りにされてもいいんだ?」
前から思ってたけど総務、怖すぎねぇか?
仮にもロザンナって魔王代理だろ?
総務ってどんだけ力持ってんだよ。
「だからアルト、【浄化】できる人、紹介して」ロザンナが言う。「ほら、アルトって人間たちから大聖者とか呼ばれてるでしょ? 神殿の人に頼んで欲しいなって」
俺、神殿とそんなに仲良くねぇぞ。
でも確かに魔王軍に【浄化】できる奴とかいねぇよなぁ。
えっと、俺の知り合いで【浄化】できる奴と言えば……。
「勇者パーティの聖女になら頼めるかも」
「じゃあ頼んで!」
ロザンナがキラキラした瞳で俺を見る。
「いやいやロザンナ。仮にも勇者パーティだぞ?」
魔王城に呼ぶのか?
魔王代理が聖女を?
「大丈夫、負けないから!」
何の心配!?
「まぁ、その、なんだ、あいつら忙しいみたいだし、断られるかも……」
「なんで忙しいの?」
ロザンナたちと戦争してるからじゃーい!
ついでにドラゴンとも戦争してるからだ。
「三つ巴の戦争のせいだな」
俺は冷静に言った。
そうすると、ロザンナがポンと手を叩いた。
「じゃあうちは停戦しよう!」
「んんんん?」
それロザンナの一存でしていいやつ!?
しかも理由がお風呂を元に戻したいからとか。
「よぉし、じゃあ早速、停戦交渉に行こうアルト!」
「今から行くのか!?」
アクティブ過ぎるだろロザンナ。
「えっと、アスタロトと、緩衝材の代わりにビビも連れて行こうか」
妖精女王を緩衝材って。
まぁ、ビビは人間にも媚を売っているので、連れて行った方がスムーズか。
「よし、じゃあ準備を頼む」俺が言う。「その間、俺はちょっとこの風呂に入ってるから」
「ええええ!? 汚いよアルト! こんなの入っちゃダメ!」
ロザンナが俺の腕を両手でギュッと絡め取る。
「瘴気は別に汚くねぇよ!?」
てかロザンナも魔族なんだから、瘴気ぐらい平気だろ?
俺たちアンデッドみたいに、気持ちいいとまでは思わないかもしれないけど。
「見た目が無理!」
反論のしようがねぇな。
見た目は確かにちょっとアレだ。
でもこれ絶対、健康にいいぞ?
「ほら、行くよアルト!」
ロザンナが腕を絡めたまま歩き始めたので、俺も一緒に歩く。
ああ、アンデッド専用の温泉が。
◇
俺、ロザンナ、アスタロト、ビビの4人は【ゲート】でとある国の主神殿に移動した。
ほら、前に聖女を救うために勇者パーティと行った主神殿だ。
結局、聖女を助ける必要はなかったわけだが。
さて、俺たちが主神殿の前にゲートアウトした瞬間、周囲が慌ただしくなった。
神殿を警備していた神聖騎士らしき連中が剣を抜いて俺たちを取り囲む。
「はん。ブルブル震えているじゃないか君たち」
アスタロトがあざ笑うように行った。
確かに騎士たちは小刻みに震えていた。
アスタロトって大魔族だからなぁ。
ロザンナも一応、魔王代理だし、人間たちから見たら怖いのだろうなぁ。
「だだだだ、大聖者様!? それに妖精女王様まで!?」
神殿からゾロゾロと出て来た人たちの中に、大聖女がいた。
顔見知りだったので、俺は右手を上げて「よお」と気軽に声をかける。
「いいいい、一体、これはどういうことですか!?」
「心配ない。魔王軍は停戦交渉に来たんだ」と俺。
てか、この大聖女でもいいわけだよな、【浄化】するだけなら。
「て、停戦!?」
大聖女が驚き、周囲の連中もざわつき始める。
「そう、停戦だ。どうかな? 双方にとっていいこと……だよな?」
俺は最後の方、ちょっと首を傾げてしまった。
実際のところ、どうなのかサッパリ分からないのだ。
そもそも戦況すら俺は知らないわけで。
停戦って簡単にできるもんなの?
「なるほど! さすが大聖者様! 素晴らしいことです! ささ、中へどうぞ!」
大聖女が俺たちを神殿の中へと誘う。
良かった、どうやらいいことらしい。
キッカケはお風呂の【浄化】だけどな!




