4話 エレノア、朝一から疲れる
エレノアが起きてしばらくすると、アルトが訪ねて来た。
恰幅のいいオッサンと。
誰だ貴様……という言葉を、エレノアはゴクンと飲み込んだ。
(アルト様が連れて来たのだから、あまり上から目線で何か言うと、わたくしが酷い目に遭う予感がする)
最近少しだけ学習したエレノアである。
あと、アルトの背後に神刀が二振り浮いているのも、エレノアを黙らせた原因だ。
(こ、怖いですアルト様……。あと、なんでパジャマなんですか?)
玄関先で足がガクガクと震えてしまうエレノア。
「立ち話もなんだし、入っていいか?」
「どど、どうぞアルト様、多少、散らかっておりますが……」
エレノアが応接室にアルトたちを通す。
エレノアの家は、割と普通の家である。
かつてはキングも一緒に住んでいたが、死んだので今はエレノアだけで使っている。
「まさかこの小さいのが、貴様の言う世界の王の器か?」
恰幅のいいオッサンがエレノアを見ながら言った。
「ああ」と頷きつつ、アルトがソファに腰を下ろす。
神刀二振りがフワフワと部屋中を物色して回る。
(暴れ出したり、しないといいなぁ……)
エレノアはビクビクしながらアルトの対面に座った。
「却下だ」立ったままのオッサンが、エレノアを指さして言った。「ちんちくりんにも程があるだろう貴様!」
「誰がちんちくりんだこのデブが!」
ヴァンパイアの性か、エレノアは思わず反撃してしまった。
「貴様、ガキが! 我が輩を誰だと思っているのだ!」
「知るか! ……アルト様、誰なのです?」
エレノアは急に冷静にアルトを見た。
(落ち着けわたくし。アルト様と一緒にいるのだから、きっとやべぇ奴に違いない。喧嘩を売ってもいいことはない)
「エクスカリバーだ」とアルト。
ほぉら、やっぱりやばい奴だったぁぁぁ!
エレノアは引きつった笑みを浮かべた。
(なんでアルト様は神剣を引き連れてわたくしの家に!?)
「見よ、これが我が輩の真の姿」
エクスカリバーが突如、輝いた。
「あああああ! 灰になる! 灰になるぅぅ!」エレノアは半泣きで叫んだ。「聖属性の光がぁぁぁぁ!」
「ちょ! 光るなオッサン!」
アルトは咄嗟にエクスカリバーを殴った。
エクスカリバーは「んぎゃ!」という汚い悲鳴を上げて、応接室の壁を突き抜けてどこかに飛んで行った。
「大丈夫かエレノア!」
アルトはグッタリしているエレノアを抱き上げた。
「アルト様……。わたくしは……」
「まぁ待て。【闇の慟哭】」
アルトはアンデッド用の回復魔法を使用。
エレノアはあっという間に元気になった。
「グスン……アルト様ぁぁぁ!」
エレノアがアルトにギュッと抱きついた。
「すまなかった。本当にすまなかった。あのぐらいの光でダメージを負うとは思ってなかったんだ」
「よ、弱くてすみません……」
「そうだよな、エレノアはまだ子供で、太陽すら克服できてねぇんだよな?」
いや、わたくし、昼間でも外に出られますが?
と思ったけどエレノアは言わなかった。
アルトの求める太陽の克服とは、真夏のビーチで肌を小麦色にするレベルなのだ。
「むしろ真横にいたアルト様にダメージは……?」
ないだろうなぁ、と思いつつも、一応聞いてみたエレノアである。
「俺もちょっと眩しいとは思ったぞ」
「あ、はい……」
(そこらのヴァンパイアならみんな灰になってますけど)とエレノアは思った。
まぁ、そこらにヴァンパイアはいないのだが。
「これがドラマというやつですわ、はぁちゃん」
「へぇ。これがドラマなんだぁ」
叢雲と羽々斬がじぃぃぃっとエレノアとアルトを見詰めていた。
(息が詰まるぅぅぅぅ! わたくしを圧迫するなぁぁあ!)
エレノアはもうギャン泣きしてやろうかな、と思った。
もちろん、二振りにエレノアを圧迫する意図はない。
「ドラマって言うか、不幸なすれ違いだ」とアルト。
(全然、誰もすれ違っておりませんが!? わたくしが弱いのが一番の問題なのか、断りもなく光った神剣が問題なのかは分かりませんが! てゆーか、アルト様がぶん殴った神剣を探しに行かなくていいのですか!?)
なぜ朝一から、わたくしはこんなに心の中で叫んでいるのだろう、とエレノアは思った。
「てかナマクラ王、死んだのかなぁ?」と羽々斬。
「生きているでしょうが、ダメージが大きいでしょうし、しばらく動けないでしょうね」
叢雲が淡々と言った。
「え? 神剣が俺の攻撃でそんなダメージを受けるはずが……って、そうか、羽々斬と叢雲と斬り合ってたせいで、すでに満身創痍だったのか!」
(ここに来る前、アルト様たちは何をしていたのですか!?)
エレノアは怖くて何も聞けなかった。
「助けに行った方がいいのか?」とアルト。
「放置でいいよ」羽々斬が言う。「生きてるなら、そのうち勝手に回復するし」
「ですわね」と叢雲が頷く。
「そうか。じゃ、いいか!」
アルトが笑顔で言った。
面倒事から解放されたかのような、そんないい笑顔だった。
「あの……アルト様、結局、用は何だったのでしょうか?」
◇
「はぁ、アルトきゅんカッコいいなぁ」
「本当にねぇ」
「パジャマ姿、可愛かったぁ!」
ドライアドたちはお茶会の続きをしていた。
「彼の何がいいって、かなり長期間イケメンのままって部分」
「パッと見すごく怖いけど、よく見ると本当に整ってるのよねぇ」
ドライアドたちがうっとりした様子でアルトの容姿を思い出す。
「そこも美点よねぇ」
「一般人はアルトさんの美貌に気付く前に、恐れおののいてアルトさんを見なくなる」
「それより、お土産、今回は奮発しないとね」
女王が優雅な笑みを浮かべつつ言った。
「「確かにー」」
森に棲み着いたオッサンを、どこかに連れて行ってくれたお礼である。
「ねぇ、お土産はわたしたち、って言って全裸で部屋で待ってるのは?」
「世界最強の魔神の部屋でそれやるのはちょっと」
「アルト様って温厚だけど、噂を聞く限り、冷酷な面もあるのよね」
「そう、竜王を食材扱いとか、同じ神のグリムリーパーを、自分の婚約者の奴隷にしたとか」
「今まで通り、アルト君への手出しは禁じるわ。お茶会だけよ」
ドライアドの女王がお茶を一口飲んでから言った。
◇
俺はエレノアに事情を説明した。
「な、なるほど……。天元の森に、ドライアドの女王に、エクスカリバーに、羽々斬に叢雲……ああ、わたくしの頭が破裂する……」
エレノアはソファでグッタリしていた。
ちなみに、羽々斬と叢雲は自分たちの空間に帰った。
エクスがいなくなったし、飽きたのだろう。
ああ、合計6日間、あいつらを磨かねぇとな。
そのあとにでも、人間に変身してもらうか。
「いやぁ、エクスもいい剣なんだけどなぁ」俺は小さく肩を竦めた。「使用者になると、漏れなく世界の王を目指すという、面倒極まりねぇ誓約が付いてくるんだよなぁ」
それさえなければ、俺のコレクションにしても良かったのだが。
ちなみにエレノアの手前、誓約というカッコいい言葉を使ったが、実体はエクスが「世界征服しろ」と口うるさい、という話。
「……その面倒極まりない誓約を、わたくしに……?」
ウルウルした瞳でエレノアが言った。
「いやいや! お前はヴァンパイアの万年王国を目指してんだろ?」
「はっ! そうでした! わたくし、むしろ世界とか統べたい派でした!」
「だろ? だから新しい武器にいいかなって思ってな」
「なるほど! そうでしたか! そうなると少し残念でもありますね!」
「探しに行くか?」
「いえ、今のわたくしでは、奴が光る度に死の淵を彷徨うことに……」
エレノアが引きつった表情で言った。
ああ、そうだったな。
「とりあえず太陽の克服から、だな」
「そ、そうですね……あはは……あは……」
さぁて、帰るか。
俺は魔王城の中庭に寄って、アルラウネとトレントに天元の森の湧き水を飲ませてやった。
2人ともめちゃ喜んでくれたので、俺もいい気分になった。
◇
エクスはずいぶんと遠くまで吹っ飛んで、地面に突き刺さった。
「死、死ぬかと思った……」
弱り目に祟り目とはこのこと。
そもそも、アルトが強すぎるのだ。
「あいつ、絶対に世界征服できるだろ……」
とりあえず、今は魔力の回復を待たなくては、とエクスは思った。
今のエクスの力は、とても神剣とは呼べない。
「あん? 俺様が剣術を始めたら、空から剣が振ってきたぞ」
黒髪ボサボサでマッチョなオッサンがエクスを引き抜いた。
「なんだ貴様、我が輩に軽々しく……」
黒髪のオッサンはエクスを無視してブンブンと振り回す。
「え? ちょ、我が輩を扱えるのか?」
いくら弱っているとはいえ、世界の王たる器でなければ、エクスを使うことはできないはず。
「喋る剣か。小僧も喋る剣を使ってたなぁ。くくっ、こいつはいい。俺様も喋る剣デビューだぜ」
「我が輩はエクス……」
「知るかよ、テメェは剣だ。それ以上でも以下でもねぇ。いつか小僧と再戦する時まで、テメェを使ってやる。ありがたく思え」
無礼者め! とエクスは叫びたかったが、今のエクスではこのオッサンに勝てない。
随分と乱暴そうな奴なので、喧嘩を売って折られてはたまらない。
「あの、せめて貴……いや、あなたの名前を……」
「俺様はケイオスだ。いずれ世界最強になるドラゴンだ」
これで『ドライアドたちのお願い』編は終了です。
次回は来週の月曜日を予定していますが、いつも通りまだ準備が……。




