3話 みんな名前があるものさ
天元の森は精霊とかつての神々の加護を受けている。
なので、ちょっとやそっとの衝撃では壊れない。
そのはずなのだけど、エクスと羽々斬の戦闘で少しだけ木々が傷んでしまった。
もしかしてマズいのでは?
森を傷付けたら、ドライアドたちに嫌われるか?
羽々斬を呼んだの俺だしな。
俺は傷んだ木に視線を移し、それから女王をチラチラと見た。
女王はニッコリと微笑む。
「アルト君。天元の森は少々壊れても、すぐに元に戻るから大丈夫よ」
その言葉で、俺はホッと息を吐いた。
よし、これで安心して剣と刀の頂上決戦が見れるな。
エクスと羽々斬は、間合いを取り、突撃してお互いの刃をぶつけ合う。
それから何度かその場で斬り合って、また間合いを取る。
お互いが魔力の衝撃波を飛ばし、空中でそれらが衝突し、大きな爆発を引き起こした。
うーん、見応えがあるな。
ドライアドたちの【シールド】のおかげで、俺らに被害はねぇし。
安全、安心の鑑賞会って感じだ。
と、俺の真正面の空間が裂けて、叢雲が姿を現した。
呼んでねぇけど!?
「はぁちゃんが!」叢雲が怒った風に言う。「自慢してきますの! ナマクラ王と戦ってるって!」
羽々斬と叢雲は、離れていても会話できるのか。
魔法の【念話】か?
この魔法はお互いの魔力を事前に登録しておく必要がある。
この前、オロッチャンの時にお互いを登録したのか?
それとも、ずっと以前から登録していたのだろうか。
「ああ! 楽しそうですわ! わたくしも交じるぅぅ!」
叢雲が鞘をその場に残して、抜き身でビュンと飛翔。
最初に羽々斬を攻撃した。
えええええ?
「お堅い刀が何の用!?」と羽々斬。
「あんたの自慢なんて聞きたくないのよ! ナマクラ王とまとめて消滅させてやりますわ!」
「誰がナマクラ王だ貴様! って叢雲か! ええい、貴様らまとめてへし折ってくれる!」
こうして三つ巴の戦闘が始まった。
「……神々の戦いって、こういう感じなの? アルト君」
女王が少し怯えた風に言った。
叢雲が交じったせいで、戦闘の規模が拡大され、ドライアドたちがビビっているようだ。
「俺は神の戦いは知らねぇよ? 女王」
「もう、わたくしのことはルフェールと呼んでって言ったでしょ?」
言われてないが!?
初耳ですけど!?
てか、ドライアドの女王の名前はルフェールなんだな。
そっか、そりゃそうだよな。
よく考えたら、ドライアドって種族名だし。
固有の名前もあるよな。
◇
グリムリーパーさんは魔王城の応接室のソファに座っていた。
「いやぁ、グリムさん本当にお部屋いらないんですか?」
グリムリーパーの前に座っているロザンナが丁寧な口調で言った。
(アルト、いくらなんでも死神を部下にするのは荷が重いよ!)
ロザンナは慎重に、本当に慎重にグリムリーパーをもてなしていた。
「ワシはここで良い」
グリムリーパーはエレノアの部下になったその日から、魔王城の応接室に住んでいる。
グリムリーパーはテーブルに置かれた高価なお茶に視線を送る。
(ワシ、お茶とか飲めんのだが? 毎日、この幼い魔王はワシにお茶を淹れてくれるが……飲めんのだ! ワシ、骸骨なのだが!)
飲んでもいいが、全部垂れ流しになってしまう。
「そうですか。えっと、『絶滅の旅団』の方は、どうですか? エレノアのアホが、何かお手を煩わせるようなことは……」
「問題ない」
実際、何も問題は起こっていなかった。
絶滅の旅団のアンデッドたちは、割とすぐに新しい仲間たちと仲良くなった。
ただ、グリムリーパーにはみんな気を遣っているようだったが。
「そうですか。何でも気になることがあれば、言ってくださいね? あはは……」
ロザンナは一生懸命に愛想笑いを浮かべた。
「ワシ、お茶、飲めんのだが?」
何でも言ってくれと言われたので、グリムリーパーは遠慮なくそう言った。
ロザンナの顔が真っ青に。
(ああああああ! そうだ! この人、骨だよ骨! 飲めないよね! 昨日も一昨日もお茶出しちゃったよぼく!)
なんで飲まないのかな?
好みじゃないのかな?
なんて考えて、今日は違う種類のお茶を出したロザンナである。
「いいんだ、気にするな魔王よ」
「あ、はい。すみませんグリムさん。それと、気軽にロザンナとお呼びください」
「ん? ああ、ではロザンナ、気にしなくていい。ただお茶が勿体ないと思っただけである」
「いえいえ! ぼくが飲みますから全然、無駄にはなりません!」
ロザンナはサッとグリムリーパーのカップを手に取り、そのままお茶を飲み干した。
「ところでロザンナよ。ワシに聞きたいことは、ないのか?」
そう、たとえば固有の名前とか、とグリムリーパーは思った。
ワシも気軽に名前で呼んで欲しいのだが。
グリムリーパーは種族名なので、グリムさんというのもおかしいのだ。
魔王に対して『魔さん』と呼ぶような感じだ。
あるいはヴァンパイアを『ヴァンさん』と呼ぶような。
「ええっと、お風呂とか入ります?」
「……臭いという意味か?」
そういえば、生まれてこのかた、お風呂に入っていないとグリムリーパーは気付いた。
◇
剣と刀の対決は、いつまでも決着が付かなかった。
戦闘開始からすでに2時間ぐらい経過している。
だがさすがに、3振りみんな疲れの色が見える。
「だいぶ弱っているようね」女王ルフェールが言う。「今ならアルト君、簡単に止められるんじゃない?」
「ん? 止めた方がいいか?」
「……アルト君、世界の王の候補とやらは、まだ起きないの?」
忘れてた!
エクスをエレノアに紹介するんだった!
ええっと、たぶんもう朝だし、起きてるだろ。
エレノアは早起きなんだ。
その分、お昼寝するタイプ。
「……わたくしたち、オッサンにも小娘たちにも長居して欲しくないわ」
女にも厳しいのか!
そういえば、ドライアドたちが女に優しくしたって話は聞いたことがない。
「3人とも滅べば良かったのに」「オッサンと女は死すべし」
「この世界には美少年と美青年しかいらない」「その他は滅ぶべし」
ドライアドたちが口々に言った。
んんん、意外と過激!
でもその理論だと俺も滅ぶのでは!?
俺はどういう枠なんだ!?
ああ、聞きたい!
でもちょっと怖い!
俺は小さく深呼吸して、とりあえず羽々斬たちの戦闘を止めることに。
俺はジャンプしてエクスの柄を左手で握った。
「おおお? 貴様、我が輩を掴むな!」
エクスが抗議したが、俺はスルー。
ついでなので、一振りしてみるか。
両手でエクスを握り、迫り来る羽々斬と叢雲に向けて一閃。
「アルト!?」
「ちょっと!?」
エクスから輝く魔力の衝撃波が発生。
羽々斬と叢雲がそれを緊急回避。
輝く衝撃波は遠くへ飛んで行って、無人島に当たって、無人島が消し飛んだ。
……え?
「マジかよ……。弱ってるんだよな?」
さすが伝説の神剣。
ビックリするぐらい強いな。
「な、なんだ今の力は……」エクスが言う。「今まで我が輩を扱った誰も、ここまで我が輩の性能を引き出せなかった……貴様、まさか世界の王の器なのか?」
「んなわけあるかよ。オッサンの力だろ普通に」
王を探しに行くのが面倒だからって、俺で済まそうとしてねぇか?
「アルト! どうしてそっちの味方するの!?」
「許せませんわ……こうなったらアルトを斬り刻んでわたくしも死……ぬ必要はありませんわね。アルトだけ斬り刻みますわ!」
羽々斬と叢雲が怒って言った。
「いや、味方とかじゃなくて、用事があるからそろそろ戦闘を止めて欲しかっただけだ」
羽々斬たちに向けてエクスを振ったけどな!
だってお前ら突っ込んで来てたじゃん!
とはいえ、あそこまで強力な衝撃波が出るとは思わなかった。
「でも、悪かったよ。どうしたら許してくれる?」
俺は下手に出るヴァンパイア。
長生きのコツさ。
「はぁちゃんのお手入れ三日間」
「わたくしのお手入れも三日間」
「分かった。ピカピカにしてやるから」
俺がそう言うと、二振りは納得したように頷いた。
正しくは、刀を縦に振った。
俺はササッと回避。
あぶねぇな!
「ところで貴様、アルトよ」エクスが言う。「我が輩、もう貴様でいいんだが?」
「いいわけあるかよ」
俺を世界の王にしようとするな。
「しかし……」
「まぁまぁ。これから紹介するエレノアは、今はまだ若いけど、将来は俺より強くなるんだぞ?」
「貴様より強く!?」エクスが酷く驚いた風に言う。「我が輩をここまで完璧に扱う貴様よりも!?」
「も、もちろんさ」
やべぇ、エレノアに剣術を教えねぇと!




