1話 俺のトライデントが
俺は安楽椅子でユラユラと揺れながら、サイドテーブルの上のワインをチビチビと飲んでいた。
今日はよく晴れたいい日だけど、外に出る気が全然しない。
ブラピは今日も村の子供たちと遊びに出ているので、自宅には俺1人。
ブラピも子供たちも本当に元気だよなぁ。
てかブラピもまだ子供か、そういえば。
なんかスクスク育っているので、見た目だけならもう成獣みたいだけど。
「あー、このままダラダラするかぁ」
何もやる気が起こらない。
てゆーか、よく考えたらこれが俺の普通だった気がする。
あ、そうだ、ガラス戸を開けておかないと。
忘れるところだった。
俺はノラリクラリと立ち上がり、ガラス戸へと向かう。
「いつトライデントが届いてもいいようにっと」
俺がガラス戸を開けると同時に、暗黒鳥が突っ込んで来て俺の顔面にぶつかった。
「いてぇ……」
どういうタイミングだよ!
ビックリしたわ!
俺は右手で顔を押さえたあと、間違って【ヒール】を使いそうになった。
「危ねぇ、自殺するとこだったぜ」
俺、アンデッドなんだよなぁ。
軽く頭を振ってみたが、思ったより痛くなかった。
突っ込まれたから痛い気がしただけだった。
「おい、俺が戸を開けなきゃお前また……」
ベランダにポテッと落ちた暗黒鳥に視線を移す。
「って! お前! 生きてるか!?」
暗黒鳥がピクピクしていたので、俺は慌てて暗黒鳥を抱き上げる。
「いやこれやべぇやつだ! なんで突っ込んで来たお前の方が死にかけてんだよ!」
またまたビックリだわ!
俺は急いで暗黒鳥に【ヒール】を使用。
そうすると、暗黒鳥がパチッと目を開く。
「はっ! 川の向こうで死んだ爺様が手を振っていた!」と暗黒鳥。
うーん、たぶんだけど、その川は渡っちゃダメなやつだな。
「って、邪悪な顔面をワシに近づけるな!」
俺の腕の中で暗黒鳥が暴れるので、パッと解放する。
「あんまり言うと晩飯にすっぞ?」
俺は冗談で言ったのだが、暗黒鳥がガタガタと震え始める。
「すみませんすみません、ワシが言い過ぎました……」
更にダラダラと涙まで流す始末!
俺が虐めてるみたいだから止めろ!
ほんの冗談じゃねぇかよ!
「顔のことは言われ慣れてるから、そんなに怒ってねぇよ。冗談だ冗談」
「本当に?」と暗黒鳥が上目遣いで俺を見る。
ちなみに、暗黒鳥はベランダに立っている。
「ああ。だから気にすんな」
俺が言うと、暗黒鳥はホッと息を吐いた。
「それで?」俺が言う。「今日は何を持ってきたんだ? トライデントか?」
「あー、あー、あー」
暗黒鳥が目を逸らして唸る。
どうしたんだ?
「確かにワシは、トライデントを、その……運んでいたんだが……」
「だが?」
「盗られちゃった、てへぺろ」
暗黒鳥は右の羽で自分の頭を触りながら舌を出し、バチコンとウインク。
俺はというと、暗黒鳥が何を言ったのかすぐには理解できなかった。
沈黙したまま暗黒鳥と見詰め合うこと数秒。
「す、すみませんでした……」
暗黒鳥はその場に土下座。
お前、土下座とかできるの!?
って、そんなことはどうでもいい!
「盗られたってどういうことだ!?」
「まったく関係のない者に勝手に持って行かれたという意味だ」
「だろうな! そうだろうな! って、そうじゃねぇよ! 誰に! どこで! どうやって盗られたんだ!?」
俺はサッと暗黒鳥を抱き上げる。
「あ、死ぬ……ワシ死ぬ……」
「悪い、つい力が入っちまった」
どうやら俺は気付かないうちに軽く力を入れていたようだ。
「それで? もっと詳しく話してくれ」
トライデントってお前、竜宮城の宝だぞ?
そういえば、みんなで海水浴に行ったのはつい昨日のことのようだけど、たぶん1年位は前だよな。
「それはついさっきのこと……」と暗黒鳥が話し始める。
◇
暗黒鳥はトライデントを『異次元収納羽』に仕舞っていた。
というか、暗黒鳥は手紙も何もかも、だいたいはそこに仕舞っている。
そして大空を爆速で飛行していた。
郵便配達が大好きな暗黒鳥は、いつだって全力飛行だ。
と、暗黒鳥の前方から赤い大きな鳥が飛んできた。
見たことのない鳥で、魔物のようでもあり、精霊のようでもあった。
珍しかったので、暗黒鳥はその鳥をジッと見ていた。
そうすると、その赤い鳥は暗黒鳥を鷲づかみにして滞空。
「貴様、オレにメンチ切ったな?」と赤い鳥。
「メンチ……? メンチカツのことか?」
暗黒鳥は赤い鳥の足に掴まれたまま、首を傾げた。
「舐めやがって、このまま握り潰してやろうか」
「ひぃぃぃぃ! お許しをぉぉぉぉ!」
暗黒鳥は半泣きで叫んだ。
暗黒鳥は本当に『メンチ切る』の意味が分からないのだ。
「ん? 貴様、神物の雰囲気をまとっているな?」
「はい?」
「出せ」
「えっと……出せとは?」
暗黒鳥が聞くと、赤い鳥が足に力を入れる。
「潰れる潰れる! ワシ潰れる! 内臓出ちゃう! もしやそれを出せと!?」
「……そんなわけあるか。貴様、神物を持っているだろう? 気配がする。それを出せと言っているのだ」
赤い鳥の言葉を聞いて、暗黒鳥は少し考える。
「たぶん、トライデントのことだな」
暗黒鳥はあっさりとトライデントを出した。
配達は命の次に大事だが、所詮は命の次である。
トライデントを確認した赤い鳥は、暗黒鳥を解放。
それからクチバシでトライデントを咥えた。
そしてニヤニヤしながらどこかへ飛び去ってしまう。
◇
「これが顛末だ」
暗黒鳥が言った。
めっちゃ差し出してるぅぅぅぅぅぅ!
命惜しさにトライデント差し出してるぅぅぅぅ!
いや、命は大事だけども!
その状況なら、たぶん俺も差し出すからあんまり怒れねぇぇぇぇ!
「てか、赤い鳥ってなんだ? まさかフェニックスじゃねぇよな?」
フェニックスは神鳥って話だけど、詳しいことは知らない。
俺が生まれた頃には存在してなかったしな。
「それは飛躍しすぎだ」暗黒鳥が言う。「というか、そろそろ離してくれんか?」
俺はまだ暗黒鳥を抱き上げていたので、解放する。
「うーむ。ガルーダじゃねぇよな?」
「さすがにそれならワシも分かる」
「他にも何かいたかなぁ?」俺は頭を捻る。「あんまり古い鳥じゃなさそうなんだよなぁ。『メンチ切る』って言葉は、ここ数百年ぐらいで流行ったはずなんだよなぁ」
ちなみに、睨み付けるとかそういう意味だったはず。
人間たちの不思議な習慣で、お互いにメンチを切り合ったあと喧嘩するのだ。
俺は平和主義者なので、あんまり興味ないけど。
「たぶんだが」暗黒鳥が言う。「朱雀ではないか?」
「朱雀? えっと、なんだっけな、冒険者ギルドで貰った魔物図鑑に載ってた気がするな」
俺はしばらくうーんと唸ったあと、朱雀についての記述を思い出した。
確か、南方に棲息している種族だ。
南方の火のエネルギーから生まれた種族で、半精霊で半魔物っていう変わった奴だ。
数はかなり少ないので、出会ったらかなり運がいいとか。
全然、運よくねぇよ!
トライデント持って行かれてんだよ!
って、図鑑の記述に怒っても仕方ねぇよなぁ。
俺は小さく息を吐いた。
「仕方ねぇ、取り返しに行くか」
「おお! アルトが行くならワシの配達は成功したも同然!」
「同然じゃねぇよ!? お前失敗してるからな!?」
俺が言うと、暗黒鳥は目を逸らした。
「まぁいい。とりあえず、俺とお前だけだと不安だし、ニナも誘うか」
どうせ家でゴロゴロしてるだけだしな、ニナ。
勇者パーティの仲間とは時々遊びに行ったりしているようだけど、再結成はされてないんだよな。
なんせ、ドラゴン、人間、魔王軍が延々と停戦中だから。
まぁ、平和なのはいいことだけどな!
俺は安全を確保するため、『ユグドラの燕尾服』と『アマルテイアのマント』を装備してからニナの家へと向かった。