6話 まだ結婚したくねぇ
(あのルシフェルが……ビクビクしていますね)
乙姫はルシフェルを見たあと、チラッとアルトに視線をやった。
(アルトさん……強い人だとは思っていましたが……ルシフェルがこうも怯えるほどだとは……)
ゴクリ、と乙姫は唾を飲む。
もしかして、関わっちゃいけない人だったのでは?
「ルシフェルが……しおらしい」メイドが驚愕の表情で言う。「まさにシオフェル……」
何言ってんだこいつ、と乙姫は思った。
ルシフェルとアルトも「ん?」という表情。
「とにかく、俺はもう退散する」ルシフェルが言う。「次は花束でも奪ってくるさ。楽しみにしていろ乙姫」
「……奪うんですか?」
「買った方が早くね?」
アルトがボソッと言った。
「想像してみろ。結婚式の最中、幸せの絶頂で新婦が投げたブーケを奪う場面を! 最高だろう!」
「なんたる鬼畜!」
憤怒の表情でネビロスが言った。
結婚式に思い入れでもあるのだろうか、と乙姫は思った。
「……そんな花束を貰っても、此方は嬉しくありませんが?」
「俺が嬉しいから問題ない」とルシフェル。
しおらしくても話が通じないな、と乙姫は苦い表情を浮かべた。
(この際、ルシフェルが此方を狙えぬよう、アルトさんを竜宮城に引き入れるのが良いでしょうか)
乙姫はアルトをジッと見詰める。
「なんだ?」とアルト。
「メービーをどう思いますか?」
「ん? 可愛いと思うぞ」
「では結婚を許可します!」
「そうか、そりゃ……って! 結婚!?」
アルトが目を剥いて驚いた。
「わぁい! アルト、メービーちゃんと結婚したいの!? いっぱい産卵するよ!」
メービーが尾ひれをビターン、ビターンと跳ねさせて喜んだ。
◇
乙姫がいきなり、訳分からないことを言い出したぁぁぁ!
なんで俺とメービーが結婚することに!?
脈絡とかもう少しあった方が良くね!?
メービーめっちゃ喜んでるし!
喜んでくれて嬉しいけども!
でも、俺とメービーが仮に結婚したとして!
メービーが俺の子を産卵したとして!
その子って種族は何になるの!?
ヴァンパイア人魚!?
略してヴァン魚!?
ちょっとダサい!
いや、そもそも、その子は陸上生活を送るのか、それとも海中生活を送るのか!
ダメだ、前例がなさすぎてサッパリ分からない!
俺の知る限り、人魚と結婚したヴァンパイアはいない。
「子供の種族がどうなるのか気になるな」とルシフェル。
そりゃ俺も今、まさに、気にしてるところだ。
「子供は子供だよ」メービーが微笑む。「どうでも関係ないよ! メービーちゃんはどんな子でも愛せるよ!」
いい女かよ!
いや、いい母かよ!
なんだ?
もしかして俺、器が小さいのか!?
うん、まぁ、大きくはねぇな。
基本、領地引きこもりだし。
静かに長生きしているだけのヴァンパイアだからな、俺。
と、サビナたちがゲートアウト。
だけど冒険者組がいない。
「あれ? アルト、そいつまだ殺してなかったんだ」
ロザンナがルシフェルを指さして言った。
んんんんん!?
俺ってばそんな野蛮な奴じゃなくね!?
「おっと、退散だ」
ルシフェルは急いで宙に舞い、そのまますごい速度で飛び去った。
◇
「ちっ、あの魔神がメービーと結婚するのはマズいな」ルシフェルは空を飛びながら呟く。「完全に竜宮城の勢力に入るってことだぜ」
仕方ない、乙姫のことは……数百年は様子見しよう、とルシフェルは決めた。
◇
しばらく空を見ていると、エレノアたち冒険者組も帰ってきた。
なんでバラバラに帰ってきたんだこいつら。
まぁいいか。
コホン、と俺は咳払い。
とりあえず、色々と解決したようだし、目下最大の問題も解決しよう。
こういうのは、放置しておくとダメなんだ。
「メービーちゃん、俺はメービーちゃんのことは好きだよ」
なるべく優しい声で言った。
これから結婚を断るわけだし、なるべく傷付けないないようにしたい。
「「えええええ!?」」
サビナたちが酷く驚いた風に言った。
こっちが驚いたっての!
なんでお前ら声揃ってんの!?
サビナ、ロザンナ、ニナ、エレノア、リク、ディアナ、アスタロト、ネビロス、マイルズ……9人の声が重なったぞ、たぶん。
静かにしてるのはグリムとブラピだけだ。
「しょ、食材として……?」とニナ。
んなわけあるか!
俺は首を横に振った。
「ペットとして……だよね?」とサビナ。
なんでだよ!
俺は再び首を横に振った。
「まさか魅了魔法にやられたんじゃ?」とロザンナ。
やられてねぇよ!
俺は溜息を吐いた。
「話を進めたいから、ちょっと黙っててくれ、な?」
俺が言うと、ニナ、サビナ、ロザンナがショックを受けたような表情に。
あとで構ってやるから!
今はちょっと将来を左右する大切な話をしてんだ。
「メービーちゃん」
「なぁに?」
キラキラとした瞳のメービー。
ああ!
言い辛い!
乙姫の奴、なんだっていきなりあんな話を振ったんだよ!
チラッと乙姫を見るが、特に表情に変化はない。
海洋生物の考えること分かんねぇなぁ。
「俺はまだ結婚とかそういうのは考えてねぇんだ」
「そっか。じゃあまた今度にしよ♪」
メービーはとっても軽く言った。
んー、良かったけども!
良かったけどもね!
もしかして魚類にとって、結婚や産卵はそれほど重要な出来事ではないのかも?
「それよりバーベキュー!」
メービーが楽しそうに言った。
「よし、じゃあ始めるか」
◇
俺はニナの背中にオイルを塗っていた。
ニナはレジャーシートにうつ伏せになっていて、上半身は裸だ。
ある程度、バーベキューを楽しんだあとのこと。
ニナが拗ねていたので、俺は機嫌を取ろうと話していたら、オイルを塗ることになった。
「ぐぬぬ……」ロザンナが唇を噛む。「ぼくも次からは……ビキニタイプの水着にしよ……」
お前も俺にオイルを塗らせる気か!?
と、ニナがスヤスヤと眠ってしまった。
俺はオイルを塗りおえて、ふぅ、と息を吐いた。
立ち上がって背伸びをして、周囲を見回す。
エレノア、リク、ディアナ、ネビロス、アスタロトの5人はビーチボールで遊んでいる。
ブラピは今も焼いた肉や野菜を食べていて、グリムはビーチチェアに寝転がっていた。
サビナはロキと話をしていて、ギャル男たちは泳いでいる。
乙姫とメイドとメービーは美味しそうに色々と焼いて食べ続けている。
そんなに食って大丈夫か?
と、ロキが俺をジッと見ていたので、俺はロキの方に寄っていった。
「あんたとサビナの格好、どう見てもヴァンパイアじゃないねぇ」
ロキは呆れた風に言った。
俺は肩を竦める。
「てか、半裸のあんた見てると、ムラムラしてきた。エッチするか?」
「しねぇよ!?」
ビックリするわ!
あと、半裸って言っても俺シャツ着てるよな!?
「わたしだって……ムラムラしてるの……我慢してるのに……」
サビナがボソボソと何か言った。
声が小さすぎて、ちゃんと聞こえなかった。
たぶん、ロキに苦言を呈したのだろう。
と、乙姫がお腹を撫でながら俺の近くへ。
「アルトさん」
「なんだ?」
「最高に美味しかったです。バーベキューに参加させてくれて、ありがとうございます。此方は満足です」
「そうか。そりゃ良かった。ところでトライデントの件はどうなった?」
報酬として要求したけど、明確な答えを聞いてなかった気がする。
「……それは……」
乙姫が難しい表情でしばらく考え込んだ。
そして溜息を1つ。
「……後日、暗黒鳥に運ばせましょう」
くれるの!?
やったぜ!
人助けしてみるもんだな!
てか、暗黒鳥って手紙以外も運べるのか!?
「後日って言うと」俺はウキウキして言う。「2、30年後ぐらいか?」
いやぁ、楽しみだなぁ。
「いえ……もっと早いです」乙姫が苦笑い。「1年以内に……お届けします」
「爆速じゃねぇか!」
俺は嬉しさの余り、飛び跳ねそうになった。
が、もちろん我慢した。
俺は万年を生きる大人ヴァンパイアだからな。
「あんた、羽々斬や叢雲を持ってるのに」ロキが呆れ顔で言う。「まだ神話の武器を集めるつもりかい?」
トライデントは前に竜宮城に行った時から、いい物だと思っていたのだ。
その日以来、俺は暗黒鳥のためにガラス戸を開けたまま日々を過ごすのだった。
また突っ込んで来て、割られたら泣けるからな。
あいつ1回も弁償したことねぇし。
――あとがき――
これで『攫われた乙姫を救え』編は終了です!
来週はキャラ表を更新したいと思います。




