4話 治安の悪さで負けてない
俺たちはパンデモニウムにゲートアウト。
いわゆる絶海の孤島である。
空から見たら、『無法都市、パンデモニウムへようこそ』という大きな案内板みたいなのが以前は見えていたのだけど、今はどうだろう?
その看板で興味を持ったんだよなぁ、俺。
観光地か何かかと思ったんだよ。
そして降りたら殴られたわけだ。
無法都市に偽りなしってなもんだ。
「ほう、ここがパンデモニウムですか」
エレノアがキョロキョロしながら言った。
「ちゃんと街があるんだね」とニナ。
街並みはやや小汚いというか、ザ・スラムって感じだけど、ちゃんと街として機能している。
日用品とかどうしてんのかな?
やっぱ海賊行為とかで調達してんのかな?
って、ニナ!
お前、胸が見えてるぞ!
もう少し気にしろよ!
「水着がやべぇぞニナ」
言いながら、俺は『異次元ポケット』からマントを出してニナに渡した。
ロザンナと喧嘩した時に、ニナの水着はボロボロになっていたのだ。
「ありがと、大切にするね!」
ニナが笑顔でマントを羽織る。
あれ?
貸しただけのつもりだったのだが?
まぁ普通のマントだし、別にプレゼントってことでいいか。
「はぁ……姉貴……」
リクが呆れた様子で首を振った。
「ぼくも! ぼくもマント欲しいな!」とロザンナ。
ロザンナの水着も割とボロボロだけど、胸が見えてるってことはない。
でもまぁ、女の子だし、何か羽織った方がいいよな。
俺は再び異次元ポケットからマントを取り出し、ロザンナに渡す。
何個マント持ってんだよ俺。
「ありがとうアルト! 大事にするから!」
ロザンナも返す気がないようだ。
別にいいけども。
「それでメービーちゃん」俺はずっとメービーをお姫様抱っこしている。「乙姫はどこにいるんだ?」
「知らないけど、たぶん王宮!」
メービーがパンデモニウムで一番大きな建物を指さした。
「……す、すごく見た目が邪悪だな」とディアナ。
「センス……どうなの?」とロザンナ。
メービーが指さした建物は、なんか黒くて尖ってて、王宮というよりは三又の槍みたいだった。
ちょっとカッコいいかも、と思ったのだけど黙っていることにした。
「む? わたくしは悪くないと思ったが……」とエレノア。
「わたしも……」とサビナ。
どうやら、ヴァンパイア的にはアリらしい。
なんかこう、闇の宮殿って感じがするんだよな。
瘴気とか漂ってたら最高なのだが。
と、パンデモニウムの住人が寄ってきた。
「おうおう、久々の客だぞテメェら!」
「身ぐるみ剥いで、ケツの穴にぶちこんでやろうぜ!」
「いいねぇ! 遊ぶぞぉぉぉ!」
住人たちは漏れなく全員が楽しそうに笑っていた。
そして、漏れなく全員の人相が悪い。
俺も人のことはあまり言えないけど、こいつらはマジで人相がやべぇ。
「色々な種族がいますね!」リクがワクワクした様子で言う。「見たことない種族も!」
「本当だ!」ディアナも嬉しそうだった。「ギルドに報告せねば!」
「では生け捕りにした方がいいのか?」とエレノア。
「そうだねノア」リクが言う。「連れて帰って僕らの功績にしよう」
「うむ、それがいい」ディアナが言う。「功績はどれだけあってもいい!」
あっれー?
こっちも治安悪くね?
攫う気満々じゃん?
「ライトニング! 必殺! ビリビリ!」
ニナがいきなり雷撃を放った。
てか、魔剣ライトニングどっから出した!?
よく見ると、ニナの水着の紐に異次元巾着が装備されていた。
ニナの雷撃を喰らった住人たちが、悲鳴を上げて倒れる。
おいおい、いきなりこれじゃあ、こっちが悪者みたいだが……?
「誰に喧嘩売ってんの? 魔王軍舐めてるの?」
ロザンナが鎌でスパスパと住人たちを刻んでいく。
「アルト君を……殴った奴……だぁれだ?」
サビナが住人たちに殴る蹴るの暴行を加える。
ちょっと!?
治安の悪さ、パンデモニウムに負けてねぇんだが!?
冒険者組も住人たちと戦い始める。
なんてこった!
しかも住民たち弱いっ!
ボコボコにされてるんだが!?
立ち尽くす平和主義者の俺。
「わぁ! すごぉい!」メービーはニコニコと言う。「今のうちに、王宮に行こうアルト!」
「そうだな。ここで俺にできることは何もないな」
俺は空を飛んで、王宮を目指した。
◇
輝く者、ルシフェルは乙姫を監禁した部屋で、乙姫の顔を眺めていた。
椅子に座って足を組み、ただ見ていた。
「……そんなに見詰められると、此方に穴が空いてしまいます……」
乙姫が頬を染め、俯き加減で言った。
「照れたのか? 可愛い奴め。もっと見ていたくなった」
ニヤニヤとルシフェル。
「無礼者! いつまで居座るつもりですか!?」
「いや、メイドちゃん、ここ俺の家だが?」
怒るメイドと楽しそうなルシフェル。
と、誰かが部屋に駆け込んでくる。
「大変ですルシフェル様!」
「なんだ?」
ルシフェルは気怠そうに言った。
振り返りもしなかった。
「街で大きな喧嘩が発生しました!」
「なにっ!?」
ルシフェルは立ち上がり、振り返って駆け込んだ男に視線をやる。
「ルシフェル様も参加したいかと思い、報告に来ました!」
「当然だ! それで? 喧嘩を主導してるのは誰だ!?」
「分かりません! よそ者のようですが、これがまた、恐ろしく強いのです!」
「ほう! よそ者!」ルシフェルは乙姫に視線を向ける。「どうやら、助けが来たようだな」
その言葉に、乙姫とメイドが安堵の表情を浮かべる。
「くっくっく、お前たちの助けとやらは、全員城門に吊してやる。楽しみにしていろ! 行くぞ!」
ルシフェルは窓をバーンと開けて、そこから飛び出した。
駆け込んで来た男も、ルシフェルに続く。
「……大丈夫でしょうか……ルシフェルの実力は本物です……」と乙姫。
「……メービーを信じるしかありません……」とメイド。
メービーは「助けを呼んでくる」とは言ったが、誰を連れて来るかは明言しなかった。
◇
メービーを抱っこしたまま、俺は王宮の前に降り立った。
とりあえず乙姫を【アクティブサーチ】っと。
広くて綺麗な部屋のベッドに座っているのを発見。
同時に、その部屋から2人が飛び出した。
窓から、文字通りに。
しかも1人は俺を殴った若者じゃね?
キレる若者、超怖い。
あいつとは関わりたくないので、少し様子見。
キレる若者は、どうやらサビナたちの方に向かったようだ。
よし、じゃあ乙姫のところに【ショートゲート】っと。
「乙姫様! 助けに来たよ!」
メービーが俺の胸から飛び出しながら言った。
そして床に落ちたメービーは、陸に打ち上げられた魚の如く、ビターン、ビターンと跳ね回る。
それは喜んでいるのか!?
魚類の考えることは分からねぇ!
いや、メービーは可愛いけども!
俺のこと好きだし!
そもそも、メービーの頼みでなければ、助けに来たりしなかったわけで。
俺は綺麗なお姉さんと、自分を好きな女に弱いようだ。
まぁ、メービーの自認は女ではなくメスらしいけど。
「メービー! さすがです!」とメイド。
「……お久しぶりです、アルトさん」乙姫が小さくお辞儀。「あなたでしたか。それなら、安心です」
「久しぶりだな」
メービーを助けた時以来だ。
「メービー、ご苦労様でした」乙姫が言う。「褒美は何でも差し上げます。アルトさんも」
マジで!?
じゃあ俺、欲しい物があったんだ。
「トライデントが欲しいんだが?」
「「!?」」
俺が言うと、乙姫とメイドが目を剥いた。
あ、ダメな感じ?
「か、かつて海神様より賜った……大切な……その……槍でございまして……」
「いいじゃん、あげなよ乙姫様!」
苦い表情の乙姫と、あっけらかんとしたメービー。
「竜宮城の秘宝ですよ! それを渡すなど!」メイドが怒って言う。「まさに悲報!」
んんんんん!?
お前、今、ギャグ言ったの!?
いやまさかな。
「とりあえず、先に脱出しようか」
「砂浜でバーキューだよ!」とメービー。
参加する気だったのか!
いいけどね!
「分かった。じゃあ一旦、砂浜に行こう」
言って、俺は乙姫たちを連れて【ゲート】で砂浜に移動した。