3話 乙姫様と輝く者
「あたしはパス」ロキが小さく手を振りながら言う。「あたしらはバケーションに来たんだ、バケーションに。治安の悪い島なんてごめんだね。無駄に顔だけいい輝く奴とも会いたくないし。おい野郎ども、あたしにオイルを塗りな」
ロキはずっと持っていたサンオイルをプローホルに渡す。
プローホルは満面の笑みを浮かべた。
「順番ですよ!」「ロキ様にオイル塗りたい!」
「全身で塗りたい!」「早く、早くレジャーシートを!」
ワイワイと楽しそうに、ギャル男たちとロキが離れていった。
そういや、ロキはもう死語をあんまり使わなくなってたな。
現代に合わせてきたか。
逆に死語を使い続けて欲しかった気もするけど……。
「さぁて。サビナは一緒に来てくれるか?」
俺はメービーをお姫様抱っこしながら立ち上がった。
「いいけど……、その魚類は捨てて欲しいかな……」
サビナは座ったままでジーッとメービーを見た。
メービーが俺にギュッと抱きつく。
てか、なんでメービーに当たり強いんだ?
厄介事を持って来たからか?
「アルト、メービーちゃんのこと捨てるの?」
ウルウルした瞳でメービーが俺を見る。
「まさか。サビナだって本気じゃねぇよ」
「嬉しい」メービーが笑顔を浮かべる。「メービーちゃん、アルトの卵を産卵したいな」
産卵!?
なぜだろう、言われてもあんまりグッとこない!
思ったより高いぜ、種族の壁!
「「ぐぬぬ……」」
なぜかロザンナ、ニナ、サビナが唇を噛んでいる。
なんなの?
「サケの卵はとっても美味しいですが」エレノアが淡々と言う。「人魚の卵はどうなのです?」
知らねーよ!?
食ったことねぇよ!?
「メービーちゃんはサケとは違うけど!?」
メービーが驚いて言った。
最近のエレノア、食い物のことしか頭になくね?
「それで?」グリムが話を変える。「パンデモニウムとやらには、誰が向かうのだ?」
「俺とメービーちゃんと、サビナ。それからニナとロザンナも一緒だと嬉しい」
「「行く行く!」」
ロザンナとニナの声が完璧に重なった。
お前ら、実は仲良しなんじゃねぇの?
「僕も行きたいです」とリク。
「我もだ」とディアナ。
「ならば、わたくしも行くぞ」とエレノア。
あー、そっか、この3人は冒険者で同じパーティか。
エレノアはかなり真面目に冒険者活動を続けているらしい。
旅団長やりながら冒険者として活動し、更に俺の家で野菜を育てているわけだ。
なんで暇そうに見えるんだろうな?
「じゃあ、とりあえずお前らも一緒に行くか」
俺が言うと、リクが太陽みたいに明るく笑った。
なんて可愛いんだろう。
性格もいいし、女だったらみんなが嫁に欲しがるだろうなぁ。
ディアナはウンウンと頷き、エレノアは一度だけ頷いた。
さて残るは……。
俺はグリムに視線をやる。
まぁ、リッチロードのグリムが来ても、役に立つかは微妙だけども。
「ワシはブラピとここで待つ」
言いながら、グリムがブラピを撫でる。
この前、一緒に温泉に行って以降、ブラピとグリムは仲がいい。
「僕はどうしましょうか?」とサビナの眷属のマイルズ。
「うーん……待ってていいよ……」とサビナ。
マイルズが頷く。
「よし。それじゃあ、行くのは俺、メービーちゃん、サビナ、ロザンナ、ニナ、リク、ディアナ、エレノアだな?」
俺が言うと、アスタロトが「コホン」とわざとらしい咳払い。
いたのか!
存在感が薄いから忘れてた!
「えっと……どうする?」
俺はアスタロトとネビロスの顔を順番に見た。
「アッスーは待ってて」とロザンナ。
アスタロトはガーンとショックを受ける。
「では我々はバーベキューの用意をして待っています」
ネビロスが真顔で言った。
提案は普通にありがたい。
「よろしく頼む」俺が言う。「それじゃあ、まとめて【ゲート】するけど、マジで治安悪いからな? いきなり襲われる可能性とかあるし、油断しないようにな」
そして俺を守ってくれ。
特にサビナ、頼むぞ。
俺がサビナに視線を送ると、サビナは少しだけ頬を染めて、コクンと頷いた。
まさかの以心伝心か!?
まぁいいや、とりあえず【ゲート】で移動っと。
◇
(きゃっ、アルト君ったら、わたしを心配してるのね……。ふふ……大丈夫だよ……魔神のアルト君が、守ってくれるでしょ?)
アルトが視線を送ってきたので、サビナはそんなことを思いながら頷いた。
(それにしても……アルト君の半裸姿……興奮が……あ、ヤバい……無にならないと……)
◇
パンデモニウムの王宮。
その一室。
「乙姫様……私たちはどうなってしまうのでしょう?」
乙姫のメイドが半泣きで言った。
メイドは乙姫の近くに立っている。
「気をしっかり持ちなさい。メービーが助けを呼びに行ったはずですから」
乙姫はベッドに腰掛けて、淡々とした様子で言った。
乙姫は緑の髪に金色の瞳。
髪はロングで、体型は普通。
見た目の年齢は20歳ぐらい。
特に美人ではないが、不細工でもない。
服装はゆったりとした薄桃色で、袖が広く、スカートの丈が長い。
薄くて細長いショールを装備している。
ちなみに、下半身は魚ではなく人間のそれ。
乙姫は普段、海の中で暮らしているが、陸上でも生活できる種族なのだ。
「うぅ……あの無法者が……乙姫様を攫うなんて……」
グスン、とメイドが涙を拭う。
乙姫は小さく溜息を吐いた。
と、部屋のドアを乱暴に開けながら、その無法者が入室。
「よぉ、そろそろ俺と結婚する気になったか?」
無法者――輝く者を自称する男が言った。
「其方は此方の何が気に入ったのでしょうか?」
「一人称が此方なとことか」
輝く者が笑った。
輝く者はパンデモニウムの王で、見た目の年齢は20代半ば。
銀髪に赤い瞳の、すこぶるイケメン。
服装は黒い革のパンツ、革のジャケット。
そして、よく分からないアクセサリーをじゃらじゃらと装備。
「真に此方と契りを結びたいのなら」乙姫が言う。「伝統に則って、まずは……」
「ああ、そういうのいいって」輝く者が言う。「俺はな? この世界が真に混沌でありますよーにって願って、パンデモニウムを作ったんだ。ここは無法。何をしてもいい場所。伝統や規則と最も遠い場所だぜ?」
輝く者は滅多にパンデモニウムから出ない。
それは、彼にとってはここが理想郷だから。
「ですが……此方は秩序を重んじます」
「そう。俺とは真逆だな。でもなぜか、憎むべき人格のあんたに、俺は惚れちまった」
「ほ、惚れた相手を攫うなんて……!」メイドが輝く者を睨む。「これだから無法者は!」
そもそも、秩序を重んじる竜宮城と、混沌を是とするパンデモニウムは相容れない。
2つの勢力の対立は、戦争寸前まで悪化していた。
そこで、戦争を回避するため、乙姫は輝く者との協議の場を設けたのだ。
それが2人の出会いだった。
「最高の褒め言葉だぜ」と輝く者。
ちなみに、協議は普通に決裂した。
その後、乙姫は竜宮城に戻ったのだが、すぐに輝く者がやってきて乙姫を攫い、今に至る。
「此方を竜宮城に返さないのなら、本当に戦争となるでしょう」
乙姫は悲しそうに言った。
「いいんじゃねぇか? 俺はあんたさえ、手に入ればそれでいい。そもそも、戦力的に俺たちが勝つだろうし」
「ふん!」メイドが怒って言う。「こっちは助っ人を呼びに行ってるんだから!」
「ああ、確かサタナキアお気に入りの人魚だろ? 呼びに行ったのって。今頃サタナキアに捕まって、産卵してる頃じゃないか?」
ケタケタと輝く者が笑った。
「それに乙姫、俺を倒したきゃ、神様でも連れて来ないと無理だと分かってるだろ?」輝く者が乙姫をジッと見詰める。「この俺、パンデモニウムの王、輝く者、堕天使ルシフェル様を倒すにはな」
しばしの沈黙。
「いいか乙姫、邪神ロキでさえ、俺とは五分五分だったんだ」
「ロキ……? 太古の神……?」と乙姫。
「ああ。俺は長生きでね。まぁ、ロキは光の女神と相打ちで滅びたし、今この世界にいるのは……いるのは……」
ガクガクとルシフェルが震え始める。
「あ、やべぇ、思い出しちまった……あの魔神……。あれ以外なら、どうにでもなるけど……あれは……」
輝く者ルシフェルが苦い表情を浮かべた。
「魔神?」とメイド。
「ぶん殴ったらこっちの拳が砕けるっていう、クソやべぇ魔神がいたんだ」ルシフェルが忌々しそうに言う。「まぁ、俺に興味がなかったのか、何もせず帰ってくれたがな。どうであれ、二度と会いたくない」
まぁ、会うこともないだろう、とルシフェルは思った。




