2話 サタナキアの憂鬱
「パンデモニウムは厄介だな」とロキ。
その発言に、みんながギョッとする。
「あ、あなたが厄介だと感じるほどの存在なのですか?」
アスタロトがビクビクした様子で聞いた。
「存在ってか」ロキが言う。「パンデモニウムは島の名前だ」
「島が厄介なのですか?」とエレノア。
「治安が悪いからあたしは行きたくないねぇ」とロキ。
「やっぱそうだよなぁ。治安が悪すぎるんだよあそこ」俺は苦笑いしつつ言う。「俺、散歩のついでに寄ったら、若い奴にぶん殴られたことあるぞ」
「アルト様を殴った!?」
エレノアが仰天した様子で言った。
いや、お前も俺を殴ったことあるじゃん?
初めて出会った日に。
割と痛かったが?
「アルト君を殴るなんて……」サビナが震える声で言う。「許せない……殺さなきゃ……」
「協力しますよサビナさん」
ロザンナが鎌を亜空間から取り出した。
前に俺がプレゼントした鎌だな。
あと、ロザンナはなぜかサビナに対して丁寧に喋る。
あ、サビナが半神だからか。
「それで、その、どうなったのです?」エレノアが言う。「アルト様を殴った若者は……死にましたか?」
死んでねぇよ!
なんで殴った方が死ぬんだよ!
「その時の俺、『ユグドラの燕尾服』を着てたから、殴った奴の手が痛んだみたいだったな」
俺も少し痛かったけどな!
あの若い奴、腹を殴ってきたからな!
で、俺は平和主義者なので、さっさと【ゲート】で帰宅したってわけ。
「さすがアルト様! 殴った方がダメージを負ったのですね!」とエレノア。
あの若者が、殴り慣れていなかったのかも?
治安が悪いだけで、実力者が跋扈している、というわけではない……と思う。
「どうであれ、あんま関わりたくはないねぇ」とロキ。
ロキってイケイケに見えるけど、喧嘩は苦手なのだろう。
この前戦って分かったけど、あんまり強くないんだよな、ロキ。
子供の頃はあんなに怖かったのになぁ。
「特にパンデモニウムを統べる『輝く者』は神じゃないけど、神ぐらい強い」とロキ。
そんな強い奴がいるの!?
こわっ!
普通の若者に絡まれただけで、助かったな当時の俺。
って、ロキの言うことは話半分に聞いておかないとな。
神の強さなんてロキは知らないだろうし。
俺も知らないけども。
知り合いで一番強いのは半神のサビナだし。
「うぅ……アルト……」
メービーがウルウルした瞳で俺を見る。
「大丈夫、大丈夫だ。なんとかするから」
俺はメービーの頭をヨシヨシと撫でる。
「「ぐぬぬ……」」
なぜかロザンナが唇を噛み、サビナが拳を握り、ニナが表情を歪めた。
「ところでアルト様」エレノアが言う。「りゅーぐーじょーとは?」
「ああ、それは海の中の宮殿だ」俺が言う。「国と言ってもいいかな」
「ほう。海の中にも国があるのですね」
エレノアが目を丸くしながら言った。
「あ、あたし知ってる!」ニナが元気に言う。「昔、どっかの国の人が砂浜で虐められてる亀を助けたら、竜宮城に連行されたって!」
その言い方だと攫われたみたいじゃん!?
「そうそう」リクが頷く。「それで確か、お土産に玉手箱をもらうんですよ領主様」
「それは俺もメービーちゃんを助けた時にもらったぞ」
「「!?」」
ニナとリクが驚いて目を剥いた。
なんだ?
「大丈夫だったんです?」リクが心配そうに言う。「中の煙を浴びると、100年だか1000年だかの時間が過ぎ去……ああ、領主様は大丈夫ですね。人間で考えてました。今のナシで」
「そうだよね。アルトなら問題ないよね」ニナが頷く。「あたしも人間で考えてビックリしちゃった」
え?
あの煙って時間が流れるの?
一体、何の意味が……?
海に住む連中の考えることは分からねぇなぁ。
と、いきなり空から悪魔族っぽい奴が降ってきた。
ムキムキの身体に、ヤギの頭。
角がかなり大きい。
全裸ではなく、短パンをはいている。
「きゃー! パンデモニウムのサタナキア!」メービーが俺に抱き付く。「メービーちゃんのことを追ってきたのね!」
「ふん。俺様に従えメービー。可愛いよ可愛いよ」
サタナキアと呼ばれたヤギ頭は、低い声で言った。
「メービーちゃんは女じゃなくてメスだから、支配できないもんね!」
べぇ、とメービーちゃんが舌を出す。
「サタナキアって言うと、自分より弱い女を支配する能力者だな」ロキが言う。「まぁあたしは平気だけど、あんたら大丈夫?」
ロキが女性陣を順番に見回した。
「ほう。粒ぞろいじゃないか。可愛いよ貴様ら、可愛いよ」サタナキアが言う。「貴様らもついでに攫って帰ろうか」
堂々と人さらい宣言!
さすがパンデモニウムの奴!
「てかお前、メービーちゃんを従えてどうするつもりだ?」と俺。
「ん? そんなの決まっているだろう? あんなことや、こんなことだ!」
サタナキアはぐへへ、と奇妙な笑みを浮かべた。
どんなことだよ。
具体的に説明しろ、具体的に。
「それより」サタナキアがリクを見る。「可愛いな貴様」
「どうも」リクが肩を竦める。「でも僕は男だから、君の能力は通じないかな」
「何!? その可愛さで貴様、付いているのか!? それはそれで……二度美味しいのでは……」
サタナキアがうーんと首を捻った。
こいつただの変態じゃね?
「可愛いと言えば、わたくしだろう」
エレノアが立ち上がり、両手を腰に当てて小さな胸を反らした。
サタナキアはエレノアを見て、「論外」と呟いた。
「……む、貴様は悪くないな」
「ぼく? えっと、ぼくを支配するのは無理じゃないかな?」
サタナキアがロザンナを見て、ロザンナは笑顔を浮かべた。
「バカな……貴様、俺様より強いのか……ならば貴様だ!」
サタナキアはニナを見た。
「あたしがロザンナより弱いってことはないよ」とニナ。
「なん……だと……」
サタナキアが驚愕し、一歩後退する。
「ではそこの、根暗そうな女ならば!」
「あ?」
サタナキアがサビナを見て、サビナがサタナキアを睨む。
サタナキアは「ひっ」と小さな悲鳴を上げて、二歩後退。
だよなぁ。
お前が声かけた3人、魔王代理と勇者と半神だぞ?
「決着、付けようかニナ」
「いい度胸じゃないロザンナ。死ぬなら海がいいの?」
ロザンナとニナが喧嘩を始めた。
……放っておくか。
「おい、我には声をかけんのか?」
グングニルを持ったディアナが言った。
「ふむ……どうやら、貴様しか支配できんようだな……何なんだここの女どもは……」
サタナキアが頭を抱えて言った。
てか、ディアナは支配できるのか。
あと、ロキのことは完全にスルーしてるな。
いない者として扱ってるみたいだけど、なんでだ?
年増だと思ってんのかな?
「サタしゃま~」
支配されたディアナが、フラフラとサタナキアに寄って行く。
いや、マジで支配されてんじゃん。
俺は溜息を吐いてから、指をパチンと弾いてディアナの精神支配を解除。
「はっ、我は何を……」
正気に戻ったディアナが驚いたように言った。
「おおおおおおい!」サタナキアが俺に向けて言う。「貴様、俺様の特殊能力を! 簡単に解いただと!?」
「何が特殊能力だよ。そんな上等なもんじゃねぇだろ?」
精神支配系の魔法とほとんど同じだ。
特に珍しくもねぇし、ちょっと魔力をぶつけたらすぐ解ける。
「ふはははは!」エレノアが笑う。「貴様のような見る目のないボケは、ここでアルト様に殺されるのだ! ふははははは! ざぁこざぁこ!」
どうやら、さっき論外と言われたのを根に持っているようだ。
なんだかんだ、エレノアって見た目は確かに綺麗なんだよな。
エレノア本人もそれを自覚している。
「なんだと生意気なロリめが!」サタナキアがエレノアを睨む。「こうなったら貴様を支配して、いい年齢になるまで飼ってやる!」
「支配? 貴様如きがこのわたくしを? バカなのか?」
エレノアは全然、平気な様子だった。
幼いけどヴァンパイアクイーンだからな。
って、エレノアより弱いとか、サタナキアってかなり弱いんじゃ……。
人魚相手にイキって勘違いしちゃった系か……。
あ、人魚も支配できないのか……。
逆に何なら支配できんの?
あ、ディアナ……。
「なっ……俺様は、ロリすら支配できんのか……自信なくした……もう引きこもる……」
サタナキアはトボトボと歩いてどこかに去ってしまった。
パンデモニウムの奴って、やっぱ実力はそうでもないんだな。
じゃあ、輝く者って奴も大したことねぇかも。
「わぁ! みんなすごいね!」
メービーがニコニコと言った。
ちなみに、ニナとロザンナは喧嘩を続けている。
水着がボロボロになったところで、グリムが止めに入った。
「よぉし、とりあえず乙姫様を助けに行きますか」と俺。
もちろんみんなで。