1話 さらば我が平穏の日々
本日3話まで更新します!
15時→2話
18時→3話
俺は安楽椅子をユラユラと揺らしながらワインを飲んでいた。
今日も平和だなぁ、とか思いながら。
しかし突然、大きな黒い鳥がベランダに通じるガラス戸を突き破って侵入した。
「魔物!? 勘弁しろよクソッタレ!」
俺はワインをテーブルに置いてから立ち上がる。
魔物は倒さなくてはいけない。
なぜなら、そういう契約でこの村に住んでいるからだ。
村を脅威から守る代わりに『時々でいいから誰か血を吸わせてね』という契約。
「ヴァンパイアのアルトか?」
黒い鳥の魔物が言った。
黒い鳥は普通の鴉を二回りぐらい大きくしたような感じで、見た目からして酷く邪悪。
「ああ」と俺が頷く。
「なんという邪悪な顔立ち……」
黒い鳥が少し引いた様子で言った。
「うるせぇ! お前、初対面で酷いこと言うなよ! 泣くかと思ったぞ俺!」
顔が邪悪というのは、よく言われるのだ。
だから滅多に自宅からも出ない。
俺の容姿は黒髪ロングに、金色の瞳。
見た目の年齢は人間だと20歳前後。
肌は白いが、まぁヴァンパイアはみんな白い。
服装は燕尾服に黒いマント。
マントの裏地は赤。
白以外は邪道と呼ばれるタイを、あえてワインレッドにしているのがこだわり。
自分ではそれほど見た目が悪いとは思っていない。
自分補正かもしれないが。
「手紙だ」
どこから出したのか、黒い鳥は右の羽で手紙を持っていた。
羽で手紙って持てるんだなぁ。
まぁ魔物なので、普通の鳥と同じように考えてはいけないけれど。
「手紙? 俺に?」
「うむ。ワシは郵便配達をこよなく愛する暗黒鳥」
「自己紹介どうも」
俺は手紙を受け取った。
「では確かに渡したぞ、さらばだ!」
暗黒鳥はぶち破って入ったガラス戸から外に出た。
「おい! 弁償していけ!」
俺は叫んだが、暗黒鳥はすでに遙か彼方だった。
なんて邪悪な野郎なんだ。
許せねぇ。
けど、まぁとりあえず手紙を読もう。
俺は再び安楽椅子に腰掛け、ユラユラと揺れる。
手紙を開封すると、宛名が『魔王軍四天王・最古のヴァンパイア・アルト様』になっていた。
「名前しか合ってねぇよ!」
俺は危うく手紙を破り捨てるかと思ったね。
ビックリするわぁ。
宛名の時点で突っ込みどころしかないんだぜ?
俺みたいな善良なヴァンパイアは他にいねぇぞ?
なんだってそんな俺が魔王軍に入ってんだよ。
しかも四天王?
ないない。
俺はヴァンパイアの中じゃ、平均よりちょっと弱い方だぞ。
ヴァンパイアという種族そのものが割と強いから、この辺鄙な村の周辺に出る魔物には負けないけどさ。
そんでもって最古のヴァンパイア?
俺は確かに長生きだが、俺より年上のヴァンパイアも割といるだろ?
同族とは2000年ぐらい会ってないから、何人ぐらい残っているのかは知らないけど。
でもヴァンパイアはアンデッドである。
そう、寿命では死なないのだ。
事故か、あるいは殺されない限り。
つまり俺みたいな引きこもりは、ずっと生きられるってわけ。
「つーかこれ、別のアルト宛ての手紙じゃねぇの?」
そう思いながらも一応、続きに目を通す。
内容を要約すると、『魔王軍の幹部会議に参加せよ。不参加の場合は裏切ったと見なして粛正する』という趣旨だった。
「……いやいや、絶対これ別人宛の手紙だ! 俺は魔王軍に入ってねぇし!」
しかしこの手紙が俺に届いてしまったということは、だ。
本物のアルトさん、粛正されちゃうなきっと。
だって会議があること、知らないわけだし。
うん、仕方ないことだな。
俺は手紙をテーブルに置いて、ワイングラスを手に取った。
面倒ごとには関わらない。
アルトさんは運が悪かったと思ってくれ。
俺がワインに口を付けると、ベランダに小さな人影が降り立った。
全身を黒いローブで包んでいて、頭にはフードを被っている。
非常に小柄なので、人間だったら子供だな。
「マジかよ、今度は誰だよ……」
俺はワイングラスをテーブルに置く。
ベランダに降りた奴は、軽い足取りで室内に入った。
不法侵入のはずだが、自宅のような気軽さで入って来た。
そいつがフードを取って、俺をジッと見詰める。
うん、この子、ヴァンパイアの子供だ。
見た目は人間だと12歳ぐらいの少女。
前下がりのボブカットで、綺麗な金髪。
ルビーみたいな赤い瞳。
おっと、赤い瞳ってことはクイーンになる者か。
クイーンとは、単純に性能のいいヴァンパイアのこと。
順当に成長すれば統率者になる。
ちなみに普通のヴァンパイアは俺と同じ金色の瞳をしていて、キングやクイーンになる者は赤い瞳なのだ。
「……な、なんと邪悪な顔立ち……」
少女が引きつった表情で言った。
「悪かったな!」
俺は思わず叫んでしまった。
「あ、いえ、申し訳ありませんアルト様」
少女がスッと片膝を突いた。
んん?
将来のクイーンがなんで普通のヴァンパイアの俺に跪いてんの?
「おい、ローブが汚れるぞ?」
少女のローブはシンプルな装飾が施された高価な品だ。
「問題ありませんアルト様。始祖であるあなた様に跪くのは当然のこと」
「しそ? 香りのいい葉っぱのことか?」
「はっはっは! さすがは始祖様! ジョークも一流でありますな!」
少女がわざとらしく笑った。
いや、ジョークじゃなくて。
「つーか、お前、誰だ?」
「おっと、これは失礼しました」少女が言う。「わたくしはエレノア。キングの娘であり、最後の純粋な女性体であります」
「最後の?」
「はい。アルト様、あなたが最後の男性体です。故に、あなたが新たな始祖となるのです。わたくしと結婚してください。最古のヴァンパイア、アルト様」
えええええええええええ!?
俺は心の中で狼狽した。
最後の男性体で、最古のヴァンパイア?
嘘だろ?
ドッキリって奴か?
落ち着け俺。
冷静に、冷静に。
いきなり嘘吐き呼ばわりするのも気が引けるので、俺は一応、エレノアの言葉が事実だと仮定して話をすることに。
「お前……いや、エレノアと俺が結婚するしかないってことか? その、種族の存続的に」
「はいアルト様。わたくしのような小娘、万年を生きる偉大なるアルト様からすれば、不服も不服でありましょう……しかし、種族のためと思って了承していただければと思います」
「いや無理だろそれは! 何歳だよエレノア!」
「ちょうど300歳です」
「若っ! いや若すぎるって! 俺マジで万年生きてるからね!? 長生きだけが取り柄だからね!?」
どんなロリコンだよ。
マジで子供じゃないか。
少なくとも、結婚するならあと1000年……いや、できれば1500年は待って欲しい。
「はっはっは! 魔王軍四天王であるアルト様の取り柄が長生きだけとか、それはないでしょう! 面白い冗談です!」
「ん? 俺が四天王って認識なのか?」
「ずっと四天王だったではありませんか。わたくし、あなた様の旅団を預かっておりますが?」
んんんんんんんんっ!?
俺はいつの間に旅団を作ったんだ!?
これはもうズバッと言うべきだな。
うん、言うべきだ。
「エレノア、人違いだ」
「はっはっは! そんなわけ、ないでしょう! ヴァンパイアはわたくしとアルト様しかいないのですから! 実に面白いですな!」
確かに!
え?
俺って魔王軍四天王だったの?
いつから?
まったく記憶にございませんけれど?
「ささ、幹部会議に参りましょうアルト様。本日はお迎えに上がったのです。結婚の話も、もちろん真剣でありますが」
うん、まぁ、種族の絶滅がかかってるからね。
俺らが最後のヴァンパイアってのが事実なら。
「てか待って。俺、行かなきゃダメ?」
「ほう。ではアルト様、ついに立つのですね?」
「た、立つ?」
「今回の会議に出ないとは即ち、反旗を翻すという意味! 最古のヴァンパイアであるアルト様こそ真の魔王に相応しい! わたくしと2人で、ヴァンパイア全盛の時代を創り上げましょう! いざ! 魔王を打ち倒しましょうぞ!」
ダメだこれ。
行かないと俺、死ぬわ。
魔王なんか勝てるわけないじゃん。
俺、平均より弱いんだぞ?