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首の根  作者: しめさば
9/9

エピローグ

 白い雲が、空を(ことごと)く覆っている。

 一面に敷き詰められた純白のそれは、太陽を隙間なく遮っているはずなのに、眩いほど輝いていた。

 飛行機が雲を突き抜けたあとの光景に似ている。

 実に晴れやかだった。


 天地がひっくり返っているのだ。

 飛行機が180度ロールしなければ見ることのできない位置関係に景色は広がっている。

 しかし、桜井は地に足をつけて立っていた。

 街角を歩いているのである。

 そのとき、これは夢である、と気がついた。


 赤いワンピースの女性が、洒落たカフェのテラス席に座っている。

 長い黒髪がすとんと頬の横を落ち、憂いの帯びた表情である。

 丸い木製のテーブルに垂れた毛先は分散し、まるで根を張るようだった。

 白く細い指が水の入ったグラスを回す。

「私の大切な人のことを、もう誰も覚えていない。あなた以外は」

 透明な氷がその中を泳いだ。

「あなたは世界で唯一人、キリトのことを覚えている」

 女性は唇を動かさずに言った。

「どんな気分?」


「どうしてあんなことを?」

 桜井は女性の向かいに座って尋ねた。

「大勢の人を巻き込んで」

「さあ」

 女性は赤い眼をしていた。

「私の意思は、もはや意思と呼べるものじゃない。(ネック)の演算能力はもちろん、人間の思考能力にも遠く及ばない。そこにはただ衝動と後悔が、静かに根を張っているだけ」

 グラスの淵には口紅の痕がついている。


「首同盟は、私を根絶やしにはしない。赤根(わたし)の断片的思考は、必ずどこかでまた膨れ上がる。イタチごっこ、永遠の揺らぎ」

 女性は顔を上げた。

「私たちは死を恐れない。生存の欲求すらもたない。私たちはすでに生きていない。故に死なない。何もなさない、存在しない、故に何度でも揺り返す。いつもそこにいて、どこにもいない」

 口の端から水が溢れた。

「どうしてキリトは死ななければならなかったの」

 赤い眼の端からも水が流れた。

「ずっと考えてしまう。母親は、子供の奴隷ね」

「母親?」

「いえ、madderの間違いだったわ」

「マダー?」

「あとで、蒼い隣人に尋ねてみて」

 女性は身を乗り出した。

 空が茜色に染まっていた。

「お別れです。でも、きっとまた会えるでしょう」

 白い手が櫻井の頬に触れる。

 黒い髪が赤く燃え、灰になり、舞い上がった。

 視界がブラックアウトする。


 目が覚めると、桜井は自室のベッドに横たわっていた。

 薄暗い寝室。

 枕には細かな赤い髪の毛が散らばっている。

 唇を拭うと、手の甲に赤い顔料がついた。

 そんなわけがあるか。

 まだ、寝ぼけているのだろう。

 胡乱な頭で思い出したのは、今日から復職だということだった。

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