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「だから俺は、あのとき辞めて本当に良かったと思ってんだ」
そう言って宍戸は、4本目の缶ビールを空にした。
即座に最後の一本に手を伸ばし、気持ちのいい炸裂音を立てる。
顔はだいぶ赤い。
「あのまま我慢してしがみついたって、自分にとって何の成長も無かった」
宍戸は言いながら、バツの悪そうな顔の横で、手のひらを水平に振った。
どういう意味のジェスチャーか、独創的過ぎてわからない。
「いや、お前に辞めろって勧めてるわけじゃないぞ?」
「うん、わかってる」
「ただまあ、派閥ってのは、あるわけだ。どこにでも」
宍戸はビールをあおる。
「あんまり、下手な気遣うなよ。身の丈に合ってないぞ。お前のメンタルなんて昔から、ぎゅうぎゅうビタビタにプレスされて、こんなチンマイんだから」
宍戸は細めた眼前で、親指と人差し指を限りなく近づけた。
「ははは」
桜井は乾いた笑い声で相槌を打つ。
「心の病なんて、俺は信じちゃいないが、今のお前を見ていると、本当にそうなのかもしれないって思えてくるよ」
宍戸は上目遣いに睨んで、すぐ微笑んだ。
「いまさら? そうかもしれないじゃなくて、そうだよ」
宍戸は息継ぎにビールを飲んだ。
「でも、首の診断だろ?」
「蒼月は、人間より正確」
「そうなのか?」
宍戸も蒼月ユーザーで、今の問いかけは桜井に向けられたものではなかったようだ。
「ついに医者も後手に回ったか。いよいよ、世も末だな」
赤ら顔で酒をあおる老いた同級生の姿は、たしかに終末感漂う。
「人間が働かなくて済むかもよ」
「お前、ポジティブなのかネガティブなのか、どっちだよ」
「現にほら、働いてない奴」
桜井は両腕を広げることで自分を指して言った。
「生きてる」
二人は鼻から息を吐いて笑った。
ふいに、顔をあげた宍戸と目が合う。
腫れぼったい瞼の奥に、若かりし少年の頃の面影をわずかに残していた。
「あ、わかった」
宍戸が言う。
「そうじゃなくて、きっと本当の桜井は、もともとそんな感じの奴だったんだ」