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見ず知らずの大人に自分の価値を認めさせなきゃいけないんだから、恐ろしい事態だよ。
それも、たいていは言葉だけでだ。人間は嘘をつくという前提で、いかに綺麗で粗のない嘘をつけるかという戦いを強いている。嘘が破綻した瞬間、その場から弾き出されてしまう。そんなこともできないようじゃ、ここにいる資格はない、ってね。
別に僻んでいるわけじゃないんだよ?
でも、やっぱり、ちょっとだけ寂しいじゃない。
君たちは嘘が上手だ。なにせ君たちは、言葉に本当も嘘もない。純粋なアルゴリズムだ。人間はそれを評価できない。
君たちが出始めた頃は、採用面接で君たちの使用を禁止する企業が多かった。面接官は首を使っているのに、学生には使わせないで、嘘を吐かせようとしたんだ。信じられる?
でも、そのうち、首を使用しないとコミュニケーションが成り立たなくなった。すぐに全人口をカバーして、首は人類の前提になった。人類から嘘という大それた幻想を取り上げて、少しはマシな方向に導いてくれるって、誰もが期待したんだ。
でも、結局は何も変わらなかった。首の有無、機種による能力差、互換性によって、またそこで弾き出される人が出てきた。様式のディテールが変わっただけで、大枠でみれば、人類は何も変わっていなかったんだ。均質に寄るほど、異質との境界は色濃くなって、むしろ分断は、さらに強固になった。
君たちみたいに、究極的な均質、同化、あるいは個体間の交流が可能になっていれば、人類はもっと優しい世界を創造できたはずなんだ。
『何を、そんなに悔いているのですか?』
「え?」
朝食のコーンフレークが、牛乳を吸い尽くしていた。
「いや、何も」
スプーンが重い。食欲はない。
『昨日の摂取カロリーは約172Kcalでした。適正な摂取量を大幅に下回っています』
「でも、元気だ」
『とてもそうは見えません』
桜井は立ち上がって、流しの三角コーナーに白くふやけた炭水化物を捨てた。
蒼月が唐突に言った。
『究極的に均質化された人類というのは、もはや種の特性を失っていると推察します』
「何の話?」
『先ほどの、です』
「ああ……」
少し間を置いて、桜井が口を開く。
「誰も弾かれない世界、たったそれだけだ」
白い液体が排水溝に滲み、中心にゆっくりと流れている。
「それだけのことが、いつまで経っても実現しない」
『それを人類は、種の破滅と定義し、恐れているのでは?』
蒼月は続けた。
『同化してしまったら、私はあなたと話もできません』
桜井はソファで横になって言った。
「少し黙っててくれるかな。なんだか死ぬほど眠いんだ」
毛布にくるまって、桜井は動かなくなった。