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其の十四:安平を出る

 張と名乗る男を占う李平を見ながら、田氏は、


――何を占うのか聞かなくても良いのか。


 と思ったが、占いのことは良く知らないので、黙って李平を見ていた。

 武官を占った時と同様、三度占いを行った。その間、張はにこにこと笑顔を絶やさず、その様子を見つめている。


「即墨だな」


 占を終えた李平は、それだけ言った。

 田氏にも鈴にも、その言葉の意味が判らなかったが、張は喜んだようで、


「ありがとうございます。すぐにでも準備します」


 と感謝し、


「お礼です」


 と言って、どっしりとした重みの袋を卓の上に置くと、早々にどこかへ消えた。

 茫然とそのやり取りを見ていた田氏は、一体何が起こったのかが判らなかった。


「李子よ。あの張という人の何を占ったのだ?」


 田氏はもっともな事を聞いた。


「あの者は安平を逃れて、どこへ行くのが良いのか聞きたかったのだ。だから東の即墨だと答えた」


「即墨だと!?」


 田氏は思わず立ち上がると、声を高くしていた。


「李子よ、そういう事は早く言ってくれねば困る。我々も、そこへ逃れれば良いという事ではないか」


「まあ、そういうことになるな」


 事も無げに言う李平にあきれた田氏は、思わず笑ってしまった。

 はじめから判っていれば、逃亡先をあれこれ迷う必要もなかったし、すぐに燕に降伏するだろう安平に長居することもないのである。

 そんな事を話しているところに、鈴の、


「あっ」


 という声が聞こえた。

 彼女は張が置いていった袋を開け、中に入ってた大金に驚いたのである。鈴も田氏も見た事の無いほどの大金は、当然ながら占いをしただけの対価としては破格であった。

 李平は平然として、


「この金で、また食糧を買えばいい。即墨はまだまだ東だからな」


 と言うと、店の者を呼んで酒を頼み、代金は袋の中から支払った。


 この国の人々は、損得にかなり敏感なところがある。

 得になりそうな話にはすぐに飛びつき、損をしそうな危険な噂は、またたく間に伝播する性質を、人々は持っていた。

 繁華街の一角で起こった小さな出来事は、その例に漏れず、すぐに安平に住む一部の人々の話題となった。折りしも、間もなく攻め入ってくる燕軍への不安が極限にまで高まっている時である。そうした状況が、噂が広まるのを加速させた側面もあるだろう。

 ともあれ、田氏たちが安平を離れるに際し、一緒に連れて行って欲しい、と言うものが現れた。

 その数は百人を超えた。


「何をしてやれるという事もないし、燕兵が迫ったら、容赦なく置いていくが」


 突き放したように田氏は言うのだが、人々は、それでもいいから、と懇願するので、


「好きにするがいい」


 と田氏は言い置き、御の李平に出発を促した。

 ただ、小声で、


――後ろの者たちがついてこられる程に速度を落としてくれ。


 とも伝えた。

 微笑をたたえた李平は、ゆるやかに馬車を進める。

 こうして、彼らを先頭に、ぞろぞろと即墨へ向かう隊列が出来上がったのだった。




 安平を出た田氏らは、やはりと言うべきか、目に見えて進行速度が落ちた。

 ついてきた者の中には、女や子供、老人が多数混じっており、即墨へ向かう行程は、まるではかどらなかった。

 なによりも、馬車に乗っているのは田氏たちだけで、他の者は皆徒歩なのである。


――このままでは、燕に追いつかれる。


 鈴などは、そう思ったりするのだが、田氏も李平も何も言わないため、ぐっと言葉を飲み込むしかない。

 隊列は進んでは休み、休んでは進む。

 ときに老人などは体調を崩す者もいて、その度に李平が治療を施した。やがて李平の医術は評判になり、休憩の度にあれこれと治療を頼まれるようにもなると、李平は休む間もなくなる程になった。

 安平から即墨は離れている。

 おおよそ半月はかかろうかという長い道のりになるのだ。

 途中で邑が見えれば、そこにしばらく滞在し、食糧などの補給を行う。そしてその邑を出る時には、またしても連れて行って欲しい、という者が現れ、即墨へ向かう一行はまた人数を増やした。

 それを繰り返すうち、ついには三百人を超えるほどの大所帯となった。


――これでは、いよいよ移動ははかどらぬ。


 田氏は喉まで出掛かっている声を、その胆におさめた。

 今更言っても仕方の無いことであるし、ひとつには、鈴のために犠牲となった武官への思いがある。

 鋸を遠く離れ、斉都を越えた今でも、田氏には後悔に似た念が拭いきれないでいる。


――鋸の落城の時。なぜあの男を連れて逃げなかったのか。


 それが武官の男の意思であったというのは間違いない。しかし、それを振り切ってでも、縛り付けてでも、連れて逃げるべきだったのではないか。

 彼は鈴の婚約者だからだけではなく、当然、田氏にとっても友人であるのだ。

 

――私は、自分が助かるために、友を捨てた。


 その事実が、田氏の胸を、棘の付いたかせのように締め付け、苦しめるのだった。

 田氏に従う大勢の人々は、即墨へ逃れるためには邪魔にしかならない。それでも見捨てられないのは、武官を見殺しにした事への呵責と無関係ではない。

 

――もう捨てぬ。


 そう、田氏は密かに決意を固めたのだった。

 そんな田氏の心情を判っているのか、李平もまた、不満を言わず、とろとろと馬を進めるのだった。



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