スラオシャと葵の出会い
鏡 葵は友人たちといっしょに道路を歩いていた。
葵は肩まで伸ばした黒い髪に、白地に青いミニのプリーツスカートを着用していた。
今は夕方、学校が終わった後であった。
葵たちは橋の上を通り過ぎていく。
「それじゃあ、葵、またね!」
「また月曜日に会いましょう」
「うん、またね」
葵は明るく言葉を返す。
葵は一人だけ別方向に家があるので、二人の友人とは別れたのだ。
今日は学校で試験があった日だった。
葵は勉強もスポーツもそつなくこなす。
葵は勉強では上位十人の中に入っているし、スポーツは特にバレーが得意だった。
葵の家は古くから続く、武家の家である。
当然、葵もたしなみとして武道を習っている。
剣、弓、薙刀と一通り扱うことができた。
葵の祖父と祖母が武道に熱心だったため、葵は自然に武の道を鍛えることになった。
今でも葵は実家の道場で武道を続けている。
葵は強かったが、真剣に武道を学ぶというよりも、「精神的」たしなみとして習っていた。
この国では武道は宗教性を帯びていた。
葵はふと背後に気配を感じた。
それは今まで葵が感じたものではなかった。
葵は恐れた。
背後に得体のしれないものが存在している。
ストーカーだろうか?
違う、と葵は思った。
これは人の気配ではない。
「誰?」
葵は背後を振り返った。
そこには黄色い体をした異形の存在がいた。
細長い四肢に、ふっくらとした胴に長い頭……
「何……あなた……」
葵は大きく目を見開いた。
「我はクライガ(Kreiga)。悪魔クライガなり」
「しゃべった!?」
なんと目の前の存在はしゃべることができるらしい。
それどころか、自分を悪魔だというのだ。
葵は混乱した。
葵は恐怖で立ちすくんだ。
「恐れることはない。我は我が主のためにおまえを迎えに来た。鏡 葵よ。我といっしょに来てもらう」
クライガが両手を広げた。
クライガから魔力があふれ出る。
「ああ!?」
葵は魔力の呪縛で拘束された。
呪縛は黒いロープで葵を巻き付けた。
葵は全身の力で抵抗したが、まったく呪縛がきしむ様子はない。
クライガは徐々に葵のそばに近づいてくる。
葵をさらうつもりだ。
「リヒト・シュペーア!」
そこに光の槍が投げつけられた。
クライガは即座に反応し、葵と距離を取る。
葵の前に一人の青年が降り立った。
それはあまりにあざやかで葵は言葉を失った。
彼は手に槍を持っていた。
「解呪!」
青年がそう言うと、葵を拘束していた呪縛は解けた。
青年は放射状に広がる髪に、メガネをつけていた。
「あな、たは?」
葵はのどから声をひねり出した。
「俺は天使スラオシャ。君を助けに来た」
「私、を?」
葵は信じられない、というような目をした。
悪魔だけでも混乱しているのに、その上天使までとは……
スラオシャはクライガの前で槍を構えた。
葵はそれを見て、この人は強いと悟った。
武道をたしなんでいる葵には前で対峙するだけで、その人が強いか弱いか、だいたいわかるのだ。
「天使スラオシャ!? 大天使の一人か!?」
クライガが驚愕する。
スラオシャはニヤリとほくそ笑んだ。
「俺はそのスラオシャ様だ。どうする? 主のもとに帰るか?」
「フン! なめるな! 我が魔力を味合わせてくれるわ!」
クライガが再び呪縛をスラオシャに向けて放つ。
しかし、それは光の障壁に弾かれた。
「何!?」
「俺にはその攻撃は通じないぜ?」
スラオシャが不敵な笑みを浮かべた。
「まさか!? その槍は!?」
「その通り。この槍は聖槍トラエタオナ(Thraetaona)。神から与えられし、聖なる槍だ!」
聖槍に光が宿っていく。
そしてあふれんばかりの光は槍に収束していく。
「一撃でらくにしてやる!」
「!?」
クライガはとっさに丸いバリアを張った。
スラオシャは聖槍でクライガを突いた。
否、貫いた。
それは一瞬のできごとだった。
「がっ!?」
スラオシャの聖槍はクライガを一撃でバリアごと貫通した。
クライガのバリアが砕け散る。
「きれい……」
葵は静かに言葉を漏らした。
「我が主よ! 申しわけありませぬ!」
クライガはそのまま黄色い粒子と化して消えていった。
スラオシャは聖槍をかざすと、一回転させた後に聖槍を消した。
「まっ、こんなところか……」
葵は一連のできごとを呆然と眺めることしかできなかった。
「君はもう安全だ。安心してくれ」
葵はしばし、ボケっとした。
「? どうした? まあ、初めて悪魔に遭ったんだから、まあわからなくなるよな」
「あっ、はい! ありがとうございました!」
葵はふと我に返ると、思い出したように礼を言った。
「礼ならいいさ。これも『愛』のようなものさ」
「愛?」
「つまり、与えるものであり、見返りを期待するようなものではないということさ」
「あなたは天使なのですか?」
「その通り。俺の名はスラオシャ。君はシベリウス教徒か?」
「はい、そうです」
「なら、スラオシャの名も聞いたことがあるはずだ」
「七大天使の一人、でしたよね?」
「そうだ。俺はこの町で悪魔の気配を感じて、やって来た。そうして君を見つけたというわけさ」
「……」
「まあ、すぐには信じられないだろうけどな……」
スラオシャははにかんだ顔をした。
「いえ、私はあなたを信じます!」
「そういえば、君の名を聞いていなかったね。君の名は?」
「私は鏡 葵と申します」
「それじゃあ、葵、君は家に帰る途中だったんだろう? 俺が君の家まで送って行くよ。また、襲われるかもしれないからね」