瘴竜アエーシュマ
そのころスラオシャは槍の修業をしていた。
構えを安定させて、鋭い突きを繰り出す。
「スラオシャ、大変ですよ!」
「フェヴローニヤ?」
スラオシャはタオルで汗をふいた。
「いったいどうしたんだ? 何かあったのか?」
「葵さんが、アエーシュマにさらわれました!」
「なんだと!? アエーシュマに!?」
スラオシャは息をはき出した。
一呼吸をあえて入れる。
冷静なるためだ。
「それで、葵はどこにいる?」
「葵さんは聖智校の地下にある亜空間『魔洞』にいるそうです。すぐに向かってください!」
そのころ葵はというと……
そこはホールのように広大な広がりを持っていた。
葵はその中心に寝かされていた。
「クックック。動けないだろう? その術はこの私が自らかけた術。それを破るにはよほど強い聖なる力をもってでしかない」
葵は全身に力を入れてみた。
それでも体はまったく動かなかった。
アエーシュマは妖しく笑った。
「? どうした?」
葵はアエーシュマをにらみつけた。
「……その目、気にくわないな。まだ、絶望していない目だ。希望があるとでも思っているのか?」
「スラオシャさんは、あなたを決して許しませんよ。それに、ここに必ず、スラオシャさんはやってきます! それまでへらへら笑っていることですね!」
「それはスラオシャを愛しているからか? くだらん。愛などというはかない感情にすぎない。愛がいったいどれだけの力を出せるというのだ?」
「愛は力です! 他者をいつくしむことが無限の力を人に与えるのです!」
「フン! 信じられるのはただ力だけだ。力こそがすべてを征するのだ。絶対的な力の前に、愛など無力なたわごとにすぎん」
「それがどれほどの力を持つか、試してみるか? 大悪魔アエーシュマ?」
魔洞の入口から一人の青年の声がした。
青年は霧が立ち込める中を歩いてきた。
槍を手にして。
その槍の名はトラエタオナ。
スラオシャの愛槍である。
「スラオシャさん!」
葵の胸が喜びに染まり、不安が消えてなくなる。
「フッ、来たか、スラオシャ」
「アエーシュマ、葵を返してもらおうか」
「クックック! ああ、返してやるとも。この私を倒すことができたらな」
アエーシュマは笑うと、右手に槍を出した。
灰色の槍、名は「アーリマン(Ahriman)」である。
「おまえとの因縁、ここで断ち切ってやる!」
スラオシャとアエーシュマは視線をかわした。
それが合図だった。
二人は槍を手にして、互いに斬りつけた。
二人の力がぶつかり合った。
「よくわかっているな、この私の行動が!」
「それくらいわかるさ! おまえの目を見ればな!」
アエーシュマは力でスラオシャの聖槍を押し切った。
スラオシャが後退して、アエーシュマと間合いを取る。
アエーシュマは不敵に笑うと。
「闇力!」
闇属性魔法をアエーシュマは発動した。
闇力はドーム状の範囲を攻撃する闇魔法だ。
スラオシャはドーム内に取り込まれた。
アエーシュマは闇のナイフをドームめがけて放った。
アエーシュマにはこの程度の攻撃でスラオシャを倒せないことはわかっていた。
アエーシュマは追撃する。
ドームが消えると、聖なる光のバリアを張ったスラオシャが現れた。
アエーシュマが放ったナイフはバリアにはね返された。
アエーシュマはさらに闇魔法で追撃する。
「闇黒槍!」
闇の槍がスラオシャに向かって放たれた。
スラオシャはバリアを解除すると、天上の聖なる光の突きを繰り出した。
「ヒメル・シュトース(Himmelstoß)!」
スラオシャの突きが闇の槍を粉砕する。
「さすがにやるな、スラオシャ。ならば、これはどうだ? 闇爆!」
闇の爆発がスラオシャを呑み込む。
爆風は静かに収まっていく。
その中から無傷のスラオシャが現れた。
スラオシャの槍は青白く輝いていた。
「これは天聖槍。天上の聖なる光だ」
「フン、闇爆に耐えるか。忌々しい『光』だ! だが、これならどうだ? フィンスター・ランツェ(Finsterlanze)!」
アエーシュマは魔槍アーリマンに闇を収束した。
そして、スラオシャにアエーシュマは接近し、鋭い、闇の突きを繰り出した。
「ヒメル・シュトース!」
スラオシャが天聖の槍で突きを放つ。
二人の突きと突きがぶつかった。
「ぐうううううう!?」
「ぐおああああああっ!?」
二人とも衝撃で吹き飛ばされた。
「フッフッフ! いいぞ、スラオシャ! 体中を力が駆け巡る! くらうがいい、スラオシャ! 邪法陣!」
スラオシャの足元に六芒星が描かれた。
その角から闇の光線が噴き上がる。
闇属性大魔法「邪法陣」である。
一方、スラオシャは天聖の力を収束し、邪法陣に突き付けた。
邪法陣の魔力が拡散していく。
邪法陣はスラオシャによって無力化された。
「クックック……さすがだな、スラオシャ。それでこそ我が好敵手よ! いいだろう。この私の全力でおまえの相手をしようではないか! ふははははははは!」
アエーシュマから闇の魔力が噴出する。
アエーシュマは闇と溶け合って一つになった。
その闇は膨張し、大きな形となっていく。
闇はしだいに形を整えて、竜の姿になっていった。
瘴竜アエーシュマである。
黒い皮膚、鋭い牙、大きな脚、長い尾、それらはすべて圧倒的な力でスラオシャに迫る。
アエーシュマが咆哮した。
「これが、アエーシュマの真の姿か! だが、それがどうした? 俺もまだ自分の本気を見せていないぞ! はあああああああ!」
スラオシャの全身から天聖の光が放たれた。
スラオシャの背から白い翼が出る。
「天聖の天使スラオシャ、いざ参る!」
「フン! おのれの無力を思い知るがよい!」
アエーシュマは口から炎の息を出した。
アエーシュマのブレスだ。
スラオシャは宙に浮遊した。
スラオシャはアエーシュマの息を天聖の力で斬り裂く。
アエーシュマは口から熱線をはいた。
熱線が前面を薙ぎ払い、魔洞を震動させる。
岩石がいくつか落下した。
「フハハハハハハ! そうかわしていいのか? ここには鏡 葵もいるのだぞ?」
「ちっ! 天聖槍!」
スラオシャが天聖の槍を繰り出した。
アエーシュマはそれを口でかんで受け止めた。
アエーシュマの口に灼熱の炎がともった。
アエーシュマは灼熱の息をはいた。
スラオシャは上昇して回避する。
「はあああああ! ネーベル・シュス(Nebelschuss)!」
スラオシャの槍の周りに霧が立ち込める。
それらをビームとしてスラオシャはアエーシュマに撃ちだした。
「がああああああああ!?」
アエーシュマに絶叫がほとばしる。
スラオシャはこの隙を逃さなかった。
アエーシュマの心臓めがけて必殺の一撃を繰り出す。
「ヒメル・シュトース!」
「ぎいやああああああああああ!?」
アエーシュマは地面に倒れ伏した。
「バカな……この私が……大悪魔アエーシュマが……敗れるというのか……」
アエーシュマは黒い粒子と化して消滅した。
スラオシャは拘束されていた葵のもとへ向かった。
「葵!」
「スラオシャさん!」
二人は互いのぬくもりを感じ合うように抱きしめ合った。
「怖かったです」
「もう大丈夫だ」
「心配しました」
「心配?」
「スラオシャさんがやられてしまうんじゃないかと……」
「俺は大天使だ。悪魔には負けないさ」
葵がスラオシャの目をじっと見つめた。
「スラオシャさんは私を愛しているんですよね? だったら、その証をください」
「……ああ、わかった」
その夜、二人は一夜を共にした。




